『2』己が為にヤンデレを救う
光に包まれて、目を開けると俺は自分の部屋に居た。……さっきまでひーたんの家に居たのに。
残機を見ると、本当に1になっていた。
当たり前だが、死んだら終わりだという事に思わず息を呑む。
「モノの言う通りなら、これはあの夜か」
俺が電話に出て、会いに行くことを躊躇った日。
あの日、電話の後ひーたんは自らを終わらせたわけだ。同じ轍は踏まない。
携帯が震えたのを見て、深呼吸して電話に出る。
『もしもし、りょーたん?』
ひーたんの声に、涙がこみ上げてくる。
だが耐えるしかない。この涙がバレたら余計にひーたんの心にマイナスを植え込むだけだから。
『あのね、わたしね?旅行に、行ってくるから』
「そうなんだ……ねぇ、会える?」
『え?』
「今、すげぇひーたんに会いたい。今すぐ、じゃないと駄目だ」
『う、うん。嬉しい……りょーたんからのお誘いだもん。何があっても、大丈夫だよ?』
「家の近く、公園あったよね?」
『うん。あの丘の上の奴でしょ?』
「そこは、大丈夫かな」
『うん。待ってるね』
いや、駄目だ。少しでも、一人では居させたくない。あぁなるかもしれない可能性は、なるべくなら回避しないと。
「迎えに、行くよ」
『え、うん』
この時の俺は、まだひーたんから家族の事は打ち明けられていない、から。家に上がるのはまずい。
「前で待ってて?行くから」
『待ってるよぉ……うへへぇ』
切れる電話をポケットに入れて、すぐに出掛ける準備を済ます。荷物は、要らないか。とりあえずすぐに行かないと。
ドアノブに手をかけると、瞬間。背中に悪寒が走る。
悪寒の元は恐らく、深鈴だろうが。
この時の俺はすでに完全攻略しているから死んでも大丈夫な筈。
でも、俺は知っている。
こうやって逃げる方法ばかり探していたから、救えなかった命があるという事。
向き合えなかった人がいる事。なら、深鈴ともぶつからないと。
「深鈴、開けるよ」
「流石です。バレましたか」
「俺は深鈴の兄だぜ?それくらいわかる。それに」
「それに、なんです?」
深鈴に最初に好きだと言ったのはこれから大分後だっけ。しかも、何だか真剣味のないふわふわした回答だったと思う。
「俺は、深鈴が好きだから。それくらい、わかるんだよ」
「……はぁ。狡いです、賢しいです、憎いけど、愛しいです。こっちの心を読んだような感じです」
扉越しに、深鈴は続ける。
「話は聞きました。あの、陽菜とか言うイカれたサイコ女の所行くんですよね」
「イカれたサイコ……うん、まぁそうだ」
「好きなんですか」
空気が、冷たくなった気がした。
だけど、止まることはしない。俺は行かないといけないから。
「ああ。好きだよ」
「わたしよりも?」
「一緒くらい、かな。
俺は俺を心の支えにしてくれた事に、真剣に向き合いたいんだ」
「……お兄さんは、バカです」
「おう」
扉の向こうから、いつもの深鈴の雰囲気を感じた。優しくも厳しくて包んでくれるような、いつもの空気。
「帰ってきたら、頭を撫でて下さい。それも本気で思いを込めて」
「おう」
「二人きりで、ですよ?他の皆さんも側に置いてはいけませんからっ」
「わかってるよ」
「お兄さん」
「……おう」
「大好きです」
わかってるよ。とは、口にしなかった。
そう言って、深鈴の気配が遠ざかって行く。
失敗はしないよ。大丈夫だ、深鈴。
お前の為にも、ひーたんの為にも。
もう誰も死なせやしないから。




