ごめんな、ヤンデレ
崩れゆく身体を支えることすら、出来なかった。
膝が動くことを拒否しているかのように、固まって微塵も動く気配がない。
その場に縫い付けられたかのような身体の硬直を感じながら、ゆっくりと歩いてくるひーたんに視線を移すしかなくて。
「な、んで殺した」
「やだなぁ。りょーたん。相手はバットを持って殴りかかろうとしたんですよ?」
血を拭って、さっきのような純粋な笑みを俺に向ける。その笑顔にはさっきのような可愛さはもう感じられない。
狂気。
その一言しか出てこなかった。
「正当防衛だよぉ?」
「だからって、殺してもいいのかよ」
「じゃないとりょーたん死んでたんだよ?なんでそんなに怒ってるの?」
「わかった。もういい」
こいつに話してても無駄なんだな。
俺は重い足を引きずりながら血溜まりの中で動かない弓月の身体を抱き上げる。
「え、え?りょーたん待って?そいつはわたしじゃないよ?なんでわたし以外の女の子に触るの?」
「このままにしとくのかよ。俺は、弓月の幼なじみだ。ちゃんとしてやりたい。俺のせいで死んでしまったんだから」
優しく抱き上げる俺の背中に鋭い痛みが走る。
カッターが突き刺さったんだと、すぐに理解はするけれど。弓月を離さない。
「りょーたん、死んじゃうよ?」
「いいよ。俺は弓月を家族の所まで届ける。
それは命に代えてもやらなきゃあ駄目なんだ」
「置いて、置いてよ。わたし以外の女の子をお姫様抱っこするの?わたしが好きなんでしょ?」
身体がどんどん冷たく、感覚が遠くなってゆく。
出血多量、か。まぁいいさ。とりあえずこのターンでは選択肢の間違いに気付けた。
「最後に、言っておくよ。ひーたん」
「うん」
「俺は君の事は好きじゃない」
「え、嘘」
「本当だよ、今俺は好きな人はいなくてね。絶賛募集中なんだってば」
「嘘だ嘘だ嘘、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ!!!!」
大丈夫だよ、ひーたん。
俺がいつかみんなを幸せにするから。
今はごめんね、辛いかもしれないけど。何度も君と別れるかもしれないけど。
「嘘、だよ」
ひーたんは自分の首をカッターで掻き切り、弓月と同じように血を吹き出して倒れてゆく。
ごめんな、支えられなくて。いつの間に俺は地面に倒れていた。自分の身体が熱を失ってゆくのを止められない。
「弓月ごめん。ひーたん、ごめんな……」
視界が揺らぎ、暗闇へと落ちてゆく。
三度目の死は前よりも酷いもので俺はまた死んだのだった。