出来ない、ヤンデレ
意識が自分の身体に戻って行く。
振り返ると、決意を秘めた伊澄がうららときららに寄ってきていた無粋な男達に制裁を加えていた。
初めて、会った時のように腕を取り本音を引き出す。少しでも嘘が混じれば二度と近づかせないようにお灸を添えていた。
それも、あれがあったから。
命を救われてこれ以上望んではいけないと自分に枷をはめたのだ。
なんて、不器用で。なんて純粋な生き方だろう。
俺は素直に伊澄を凄いと思うし、でもその裏で間違っているとも思ってしまうんだ。
とりあえず、伝えよう。
変わらずとも、言葉が、気持ちが届くなら。何度でも語りかけよう。
それこそ、俺も命を掛けて。
「間違ってるぞ、伊澄っ!!」
「は?ボクのことも知らな「知ってるさ!!」
俺の叫びに少し力が緩むがあえて、解かない。
この方が近くはっきり聞いてくれるだろうから。
「知ってるなら口を挟まないで。
これは、ボクが望んでやってるんだよ」
「なら。さっさとやれよ。俺は今から傷付けようとしてるんだぞ?」
「ぐっ……」
「出来ない、んだろ?ならお前は望んでないって事じゃんか」
「全く、こんなことになるなら。こんな気持ち要らなかったよ」
手を離してくれる、が。すぐに俺は手を伸ばす。
仕込んでいるナイフの刃を思い切り握り締めて、伊澄の自害を遮ることには成功した。
めっちゃくちゃ痛いけど、背に腹は変えられない。
「良くん!?い、いいから。離してよ」
「良くない。本音聞いてないしっ」
「本音って何さ。ボクの?」
「そうだよ!!死にたい奴が、そんな顔するかっ!!未練たらたらで死にたくねぇならそう言えよ!!」
「死にたくないに決まってる!!」
伊澄の聞いたことのない声に、俺も止まってしまう。今までの、のらりくらりと躱していた伊澄とは表情が違う。
真っ直ぐと、俺を見て口を開く。
「命を掛けて何もかもから守ると決めた!!
でも、最近はボクはおかしいんだ。今までは何でも出来た。自分で出来る最善をして自分を殺して色々なものを排除してきた。
っ……全く君のせいだよ。良くん」
ナイフを離して、壁に寄りかかる。
俺はなるべく遠くにナイフを投げて、伊澄が取れないようにしておく。
「ボクにしたくないこと、出来た。
君を殺す事、だよ。そうなっちゃったら色々素直に出来なくなった。乱されたんだよ、君に」
いつもの冷静な顔じゃなく、朗らかな微笑みを見せて俺の血塗れの手を取る。痛え痛えよ。
「良くん。たった一つだけ。ボクはお嬢様方に従えない。君に、結婚の強要は出来ない」
「なんでだ?」
「……気付けバカ」
少し俺の手を引いて、頬に柔らかい何かが当たる。それは赤くなる伊澄の表情からすぐに答えがわかってしまう。
「好きだよ、良くん」
それは多分。伊澄があの夜以来に口にした、心からの言葉だと俺は思った。




