わたしのお兄さん
わたしのお父さんは物心つく頃にはもう家にはいなくて、お母さんは休む間も無く働いていたのを覚えている。
そんなある日、再婚相手と言って連れて来た男の人。その後ろでぼぅっとしながら欠伸をしている少年が、わたしの義理の兄と教えられた。
「あの」
「おーよろしくね」
軽く挨拶をしたその兄のことは最初は疑わしく思っていた。ふわふわして掴み所がなくて。
それからわたしはその不思議な兄と何不自由なく暮らしていた、のだが。
数年たったある日。
お父さんが死んだ。飲酒運転の車に撥ねられたのだ。
専業主婦だったお母さんが、また血眼で働き出した。
そして、その鬱憤をわたしにぶつけ始めたのだ。
当時の事を思い出そうとすると、頭が痛い。よく覚えていないのか、思い出すのを拒否してるのかはわからないけれど。
事態が急変したのは、わたしが中学三年生。兄が高校一年生の時だった。
わたしにぶつけていた拳を兄が受け止めたのだ。
今まで、傍観していたその拳を。
「何よ」
「いや。準備、終わったから。やっと邪魔できるなってさ。ごめんな、深鈴。辛い思いさせた。
これからの人生で全部償ってやるから」
兄は淡々と話した。
元々お父さんと暮らしてた家はまだ売却してはいないようで、そこの権利はお父さんの友人が持っていた。それを知った兄は、友人に頼んで住めることになった、と。
「ってことで、出ていくから」
「なっ、勝手を!?」
「深鈴に自分の身勝手ぶつけといてよく言うわ。
警察には連絡した。昨日確認した。痣はあるし、てか今のを撮ったから」
「お前っ!!なんて、こと「こっちの台詞だよ」
いつもはふわふわしていた兄の、鋭い声に呼吸が止まるような静けさが広がる。
「俺の大切な妹傷付けやがって。しかも、こんなになるまでしやがって。今から警察来なかったらお前を殺してやりたい気分だよ」
「わたし、は」
「大丈夫だよ。深鈴。
お前は俺の大切な妹だ。責任持って、全てをかけて幸せにするから」
その後すぐに警察が来て、兄は警察に全てを伝えてお母さんは連行されていった。
え、終わり?わたしがあれだけされたのに、これで終わりなの?納得行かないよね。
わたしは迷いなくキッチンから取った包丁を持ってお母さんに走り出す。
「駄目だよ」
兄の腕に深々と刺さる包丁。
震える手から包丁が落ちて、わたしの手に、血が。
「駄目だ、深鈴。駄目」
優しい声に涙が溢れる。
流れる血を、警察に見せないようにして兄は笑う。
「これから、二人でやってこうぜ」
「は、はい。わかりました、わたしとお、お兄さんでやっていきましょう。末永く、永遠に。一緒に」
わたしは決意したのだ。
兄は、お兄さんはわたしの全て。
お兄さんを愛して、愛されて。邪魔な障害は全て消す。
お兄さんは、わたしが守る。




