少しだけ素直なヤンデレ
帰り道を一人で歩きながら辺りを見渡して、溜め息をつく。まさか車で歩道に突っ込んで来るなんて。漫画の世界だけだと思ってた。
「ってこれゲームじゃん」
ならあるよね。
そしていきなり現れた伊澄にも、俺は驚かない。
……ん。伊澄の視線がさっきとは違うような、気がしないでもないような。
「貴方」
貴様じゃなくなってる……!?
俺なんかしたかな。さっきのやり取りの中でプラスになるような事……小切手かな。
「何故、お金を返した」
「え、だって。5000万よ?何もしないで貰える金額じゃないから」
「殺されかけてるんだぞ。それでも、貰わないのか」
「うん。いらない、って言ったら嘘だけど」
「どっちなんだっ」
「んーいらない」
それを聞いて、伊澄は肩を落として溜め息をつく。呆れたように俺を見て、微笑んだ。
それは初めて見る伊澄の笑顔で。
正直俺はその瞬間、目を奪われたんだ。
「……良也殿は、バカだ」
「なんだとっ……まぁ否定はしないけども」
「目に嘘がない。……こんなこと、一回しか言わないぞ。ボクが言ったとはすぐ忘れろ」
「おう」
伊澄は背中を向けて、クラウチングスタートの形を取る。えぇ夕日に向かってダッシュですか?
「うららさんを頼む」
「は?」
とんでもないスピードで走り出したその背中には手は届かなかった。……伊澄の結った黒髪が風に揺れて、それを見送るしかなかった。
「……うららさん、ね」
その時、俺は弓月のタロットを思い出す。
「やべ。何引いたか忘れた」
バカ、だった。




