『3』ひとりは怖いから
身体が、動か、ない。
お兄さんが投げたあの小さな、ナイフに何か塗ってあったとしか、思えない……けど。
「おに、い、さん」
「大丈夫。大丈夫だから、すぐ仕留めるから」
「な、んで」
「自分をいつか、殺す前に俺が殺す」
理屈が、捻じ曲がっている。
わたしが好きなお兄さんは、もう壊れて終わってしまっていたなんて。
気付かなかった。わたしは、馬鹿だ。
「痛くしないよ。いつか、深鈴が俺を殺したように。あの時も、痛くなかったから。同じように、殺してあげる」
動けないわたしを仰向けにして、馬乗りになると包丁を両手で握って大きく振りかぶった。
鋭く研いだ刃がわたしの瞳に映る。
動けない身体に、ゆっくり入ってくる刃が冷たい事だけはわかった。
抜かれる冷たい刃を追うように熱いものが身体の外、中に溢れて行く。
吹き出したものがお兄さんの顔を濡らして、わたしの視界や何もかもが霞み揺らぎ消えて行く。
「……深鈴、深鈴。大好きだったよ。
だから、死ね。綺麗なままで、手を汚さない内に。大丈夫、ひとりにはしないから」
わたしが見た最後の光景は、わたしを刺した刃で首を搔き切る、笑顔のお兄さんだった。