『×』輝く月の隣で
家を飛び出して、気付くと近くの公園に来ていた。丘の上にある公園のベンチに座って大きく深く溜め息をつく。
「はぁぁぁ……逃げちゃったよ。ははは……」
「何から?」
「うおぅっ!?ゆ、弓月?」
「偶然、見かけたからさ。深刻な顔してるんだもん。付いて来ちゃうよねぇー」
隣に座って、俺の手を取る。
小さくて細い手でも今はとても暖かく大きく思えた。
「……ありがと、安心する」
「ふふん。幼なじみに感謝してよね?
ここまで一途で健気な可愛い幼なじみなんてゲームの中くらいしか本当は居ないんだよ?」
「ゲームの中、ね」
とんだ皮肉だが、その通りだ。
隣で笑いかけてくれる赤髪の美少女は『俺』の世界には居ただろうか。
「本当だな。……俺は、恵まれてる」
「そーだよ。何か言うことないの?」
「そうだな……えっと」
今までを思い返してみる。
落ち込んだ時には隣にいて、叱咤し背中を押してくれた弓月。
あぁ……今更気付くかな、俺。
ずっと、そうだった筈なのに。近くに居る事で気付かなかった。いや、どこかで気付いてたのかもしれない。
本当に、臆病で逃げてばっかりの俺だが。
もう逃げる訳にはいかない。はっきりしないと。
好きな子に、ずっと好きだと伝える時くらい。
「弓月」
「はぁい?何かなぁー?」
「ったく、茶化すなよ」
「二人きりが恥ずかしいの察してよね」
「そっか。そうだね、俺もだわ」
「えぇ?らしくないじゃん」
「もうそうなったんだよ」
弓月がもじもじと身を捩る。
それに見惚れている場合じゃなく、伝えるんだ。
「弓月の事が、大好きだって、気付いたから」
「……ふぇ?」
「だーから。婚約者がいっぱいでも。
俺は、ずっと前から。弓月の事が大好きだったんだって」
「……ほん、と?」
「この状態で嘘はないよ。……弓月」
「は、はいっ!?」
手を強く握って、向き合って。
髪の色みたいに真っ赤になった、その愛しい顔を見つめる。
「弓月。大好きだ」
「うっ」
「……ん?」
「ううぅえええぇえんっ!!!!」
「え、えぇ!?弓月っ!?」
「良也、が大好きってぇ……嬉しいっ……よぉ……!!!!」
「ははっ……嬉しいのに、泣くのな」
「嬉し泣きだよっ!!わかれバカァ!!!!」
涙を指で拭って、優しく抱き寄せる。
身体が硬くなってるのに気付いて、つい笑いが漏れてしまう。
「なっ……笑わないでっ」
「別にバカにして笑ってないよ。ただ、俺が弓月にくっついてて、嬉しかっただけだから」
「……えへへ。そっかぁ」
可愛い。たまに強がりから漏れるこうゆう所も大好きだ。そうそのまま伝えると黙ってしまう。
「何よ、いきなりっ!!積極的で!!」
「ただ、理解したんだよ。言わなきゃ、わからないんだってさ」
「……何、あったの」
「もう、終わったから大丈夫。まぁ逃げたんだけどね……大事なことから」
「ふぅん」
今度は弓月から抱き付いて来て頭を、背中を撫でてくれる。
「逃げても、いいじゃん。いつか役に立つ筈だよ。逃げた後悔とか結果が」
「そう、だね。そうなるといいな」
「きっと、大丈夫。その……あたしが居てあげるから」
「……なら、大丈夫だな」
「でしょ?」
笑い合って、見つめ合う。
そして何かに惹かれるように軽くキスをした。
「……キス、しちゃった」
「うん」
「良也と、あたしが!?」
「うん。そうだよ。もう一回しとく?」
「なっ!?……う、うん」
そんないちゃいちゃをずっと繰り返していると、もう日も落ちてしまいそうだった。
「どんだけ、してたのよ」
「ははっ申し訳ない」
「いいわよ……あたしも、嬉し、かった……から」
今日は晴れだったし、良い月が見れそうだ。なんてのんびりした事を考えていると。
「良也っ!?」
「はい?」
「今日、ね?あの、えっと!!
あたしの部屋で、一緒に寝ないかな!?」
「え、俺今そんな事したらまともでいれないよ?
多分その、襲うぜ?そうなったら……」
そこで、言葉を止めた。
顔はまた赤くなっている……あ、そうか。了承の上という事だよね。
「あたしの気持ちに気付かなかった分だけ、愛してよね。鈍感で大好きな良也っ!!」
二人で手を繋いで歩き出す。
ふと、視界の端に映った月は、まるで弓を引いたかのような美しく輝く三日月だった。
ーーー『柏原崎弓月』end