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悪と正義

「あんたが、世界を滅ぼしたんだ」


ふと思っただけだ。もし、自分が世界を滅ぼした時、人はどう考えるのだろうか。例えば自身が風邪にでもなって、人に移してしまったとき。そこには悪意がなくとも自身に責任を感じるはずだ。人と付き合えば必ず責任と目を向け合うことになる。自身の意思とは相反してもだ。向き合うのが嫌ならば孤独になるしかないのだった。


このたとえ話がより大きくなってしまって、世界を滅ぼした原因にまでなってしまったら?勿論、先ほどの例は自身に原因があるのが確定しているからこそ、責任が成り立つ話だ。世界が滅んだ理由は彼女にはないだろう。ただ、同様に彼女には否定する材料も存在しなかった。


地球上には世界が滅んだ理由も責任もすでに存在しなかった。全ては瓦礫と化した時計塔の中へ閉じ込められていた。


「私が…世界を滅ぼしたんですか?」


「あぁ。そうだ。あんたが世界を滅ぼしたんだぜ。今この地球上にいるのはあんたとこの俺だけだ。物事には理由と責任が存在するはずだ。そして責任と理由は常に人間に帰化する。だって世界をこんなに派手に壊すのが自然に可能か?勿論かつて恐竜を滅ぼしたような超巨大な自然災害が起きないとは限らない。でもよ、ならなぜこんなにも空は青いんだ?異常な自然災害が起きたなら、もっと異変が起きてもおかしくはないと感じないか?そう、これは明らかに人為的に起こされたものだ。そして滅んだ世界には2種類の人間しかいない。世界を滅ぼした人間と世界を救った人間だ」


噓つき。理論には根拠もなく、赤子が手を加えればいとも簡単に崩壊してしまいそうだ。こんなでたらめを言ったところで誰も信じちゃくれないだろう。ただ、俺は今彼女がここから消えてくれるのに必死だった。ありとあらゆる責任を彼女に押し付けてしまい、十字架で彼女を圧死させてしまいたかった。


「生憎、俺には世界を滅ぼす理由も記憶もない。つい一週間前まで流れていた。ラジオはあんたのすさまじい活動を詳細に報告していてくれてたぜ」


ラジオから流れるニュースはいつもやれ、某国に爆弾が落ちたとか、地震が落ちたとか。あ、地震は落ちないか。株価が暴落したり、未知の細菌が発生したなど、まぁ、いいこと尽くめだった。そこには目の前に立つ黒髪の少女の情報など一ミリも存在のしようがなかった。


彼女の後ろに立つ建物また時計塔と同じように倒壊していた。そしてそこには折重なって電柱が広告を背にしたまま倒れていた。


 「そう……なんですか。私が世界を滅ぼしたんですね」


彼女は顔を下に向けるとそのまましゃがみこんだ。俺はそれを期待を込めて見つめていた。

思いのほか簡単に信じ込んでくれたようだった。詭弁も積もればなんとかだろう。俺は伏せたままの彼女を見ながら今日の晩飯などを考え始めていた。といっても晩飯など不味いレーション以外に存在しないことに気付き、落胆する。そういえば彼女は食料を持っているのだろうか?


よくよく考えると彼女の存在は不思議だった。まず彼女はなぜこんな何もない場所で

立っていたのだろうか。そもそもはいつからここにいたのだ?彼女の後ろの建物は御覧の様だ。倒壊した時間はわからないが、つい先ほどまで立っていたとは、思えなかった。


少なくとも俺が街をぶらついている間は倒壊音など聞こえなかったし、電柱が倒れる様な音もしなかった。いや、彼女は他の場所から来たとは考えられないだろうか。世界が滅んだ後あてもなく旅をし、最後にこの街にやってきた。そして倒壊した時計塔を見つめ感嘆していたのだ。実に俺好みの展開じゃないか?勿論そんなはずはないだろう。しかし、案外、他の街から来たのは名答かもしれない。


俺は自惚れた名答に恍惚としていた。彼女はうつむいたままぶつぶつと何か独り言を言っている。大方、世界を滅ぼした罪悪感に自信を沈めているのだろ。これで見ず知らずの俺と心中なんて展開にならないといいのだが。生存者に出会ってしまったのが俺の今日最大の不幸だな。こんなにも早く生存者に合うなんてなんて不幸な日なのだろうか。もしかしたら、人類というのは案外滅び切っていないのかもしれない。俺はワラワラとみじめに助け合い生き残っている人々を思いうかべると途端に今日外の世界にでた事を恨めしくなってきた。きっと一週間という切りのいい日付で出てしまったせいだ。誰だって切り替えの日は外に出たがる。


俺は彼女の様にその場にしゃがみこんだ。彼女が死のうとも俺以外の人間はまだいる。俺はまた部屋で世界が滅びるのを待ちながらみじめに暮らしていかなければならないのだ。


彼女の顔を見るとまたぶつぶつと呟いている。一体なぜそんなに考える必要があるのだろうか?早く世界を滅ぼした虚構の責任で自殺してしまえばいいのに。あぁ、でも彼女が死んでももう仕方がないのか。


俺の興味は彼女から徐々にそれていった。それよりもまだ妄想の域に過ぎない集団に怯えていた。


ふと時計塔の方角を見た。あの崩壊した時計塔が美しき滅びからハエのたかる死体に思えてきた。きっとここに戻ってきた人々はあの塔を死んだキリストの様に再び掲げるのだろう。

だが生憎時計塔は蘇らない。地面とキスをしている時計は動き出さない。腐った死体が掲げられる様を部屋の窓から見る羽目になるんだ!


俺はまた再び顔を下に向けた。すると自身の影にもう一つ影が重なっていた。


彼女が立ち上がり、俺を真上から覗いていた。


なんだ?今更俺に騙されたことに気付いたか?悪いがその嘘にはもう理由は存在しないんだ。何を言われようが俺は答える気がない。それともみじめにふさぎ込んでいる俺を罵りたいのか?好きにしてくれ。どうせ二度ともう戻ってくることのない場所だ。明日には忘れといてやるさ。


俺の思惑とは別に彼女の目には先ほどの不安とは打って変わり光が宿っていた。

そんな目で俺を見てどうするつもりだ。そういう目は人に向けるのではなく、目的に対して向けるべきだぜ?


「あのぉ、私考えたんです。もし私が世界を滅ぼしたのなら、それに対する…その、報いなければいけないのかなって…」


なんだ。死ぬ気になったのか?でそれを俺に手伝ってほしいというわけか。悪いが俺はそんな責任を背負うきはない。死にたければ勝手に死んでいろ。


「だから、その私と…」


おいおい、心中なんてのはもっとごめんだぜ?俺は孤独を愛する男なんだ。心中は孤独から最も離れた行為だ。


「世界をもう一度やり直してください!」


「は?」


俺は思わず立ち上がった。この女は急に何を言い出すんだろうか?世界をやりなおす?わけがわからない。どうしたらそんな考えに行き着くんだ?彼女の瞳には未だに光が宿り、嘘が混じりそうな余地は感じられなかった。


「急に言われても困るかもしれません。でも私を止めてくださったあなたならきっと出来ると思うんです!」


「…?止めた?俺が、あんたを?」


「はい。だってあなたが世界を救った側の人間なのでしょう?それとも、世界を滅ぼした私のことが憎くて仕方がないのでしょうか?」


「俺が、世界を救った…?一体あんたなんの話をしているんだ」


あぁ。先ほどまでは憎くて仕方がなかった。自殺に追い込もうとしたほどにな。


「だって先ほど話されたじゃないですか?この世界には二種類の人間しか存在しないって…。世界を滅ぼした人間と世界を救った人間だって。私が滅ぼした側の人間ならあなたが救った側の人間じゃないのでしょうか?」


おいおい、俺はあくまでたとえ話としてそれをだしたつもりだ。何も鵜呑みにしろとまでは願ってはいない。記憶の混乱に下手に付け込んだとは悪手だったかもしれない。そうだ、関わらずに早く食料でも奪って立ち去ればよかったのだ。そうすれば彼女は勝手にこの場を離れ死んでいったかもしれない。


「俺に…世界を救った記憶なんてありゃしねえよ…」


「…もしかしたら私の様に記憶を失ったのかもしれません」


「俺にはちゃんと昨日までの記憶がきっちし残っている。あんたと一緒にすんなよ」


「そうでしょうか?私には世界を滅ぼした記憶はありません。でもこうしてあなたとおしゃべりできるだけの言語の記憶は残っています。あなたが世界を救っていないという、保証は私の記憶と同じようにどこにもないんじゃないでしょうか…」


「だって、私はきっと強大な悪だったんでしょう?ならそれを止める正義がいても不思議じゃないのではないのでしょうか?」


「きっと。私もあなたも無意識のうちに世界を滅ぼし、救ったのかもしれません」


「そんな。馬鹿げた話があってたまるものか!無意識なんて科学者作り出した屁理屈みたいなもんさ。全ての扉を開ける机上の万能鍵でしかない。そんなものを持ち出して俺に話しかけてくるんじゃないぜ!」


「…でも、世界を滅ぼしたのは私なんでしょう?」


そう言った彼女の目には涙が溜まっていた。今にもなにか壊れてしまいそうな、時計塔。彼所の涙に反射した時計塔は美しく崩壊していた。


あぁ。そういうことか。彼女にとっては今俺が話す言葉だけが世界でしかないのだ。そこに嘘か真実などは意味を持たなかった。彼女は俺がいなくなれば孤独ですらない。何かに変り果てるのだろう。孤独も汚い愛も世界が存在して初めて成り立つのだ。俺が望む孤独は、何もかもが満ち足りて、滅んだ世界だ。


「あぁ。あんたが世界を滅ぼした。そして俺が世界を救ったんだぜ…」


こうして俺は誰も背負う必要のない責任を背負う羽目になった。


世界を救った責任者なんてだれもいないのだから。


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