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孤独を愛する俺

 世界は急速に滅んでいった。理由は誰にも分らなかった。理由のないまま多くの人が死んでいった。もしかしたら、理由は不況かもしれない、宗教かもしれない。行き過ぎた民族主義の果てかもしれない。はたまた、地殻変動かもしれない。人々はそれらに理由を求めようとはしなかった。なぜなら我々は、それらが必要であったし、滅びるには滑稽すぎるものだったからだ。でもきっと世界が滅んでいくには理由があるはずだ。例えば、漫画みたいに悪の組織が現れて、世界を滅ぼしてしまう。そんな滑稽で、誰にでも倒すべき相手がわかる理由が。



 俺はずっと部屋に閉じこもっていた。世界が滅んでいく様を、部屋の窓から見ているしかなかった。いや、いっそ自分が死ねるならきっとそれで構わなかったと思う。嵐が来ようとも、バイオテロが起ころうとも俺はこの部屋から出ようとはしなかった。死にたがりで世間様から冷たくされるこの俺には、好都合だった。何か起こるたびに人々はこの町を捨てていった。そして人々が去るほど俺の心は安心を手に入れていった。


 毎日の様に不幸をお知らせするラジオを一周間前についに、事が切れたように無口になった。世界ってやつは本当に滅んでしまったらしい。


 そして今日俺はこの唯一無二の世界から出ていく準備をしていた、孤独を愛する俺にとっては、この部屋だけが唯一安心して暮らせる場所だった。しかし、もう部屋に閉じこもっている必要はなくなった。


 これからは世界そのものが俺の部屋になるのだから。きっと神様がいるのなら、俺は愛されているのだろう。世界で初めて地球を支配した男になれたのだから。俺は部屋から適当に服と食料を持ち出し、防護服に身を包んだ。外に出るのはいつ以来だろうか。1年いやきっとそれ以上だろう。俺は晴れ晴れとした気持ちで扉を開けた。


 目の前には倒壊した建物があった。目の前にあった一軒家は崩れ、瓦礫の山になっていた。

あたりを見回し、他の建物をみるが同じように倒壊していた。不思議なことに俺が住むこのボロイ二階建てのアパートだけが優雅に立っているだけだった。俺は思わず自分のいた部屋を見た。中には無造作にゴミが散らかり、生を強調していた。


 俺は隣の部屋に向かった。なんとなくだが隣の部屋の状態を確認してみたくなったのだ。以前、別に隣の部屋に住むやつになんて興味がわいた事なんてないが、今は無性に興味が沸いて仕方がなかった。


 ドアノブに手をかけるとするりと回った。俺はそのままドアを開けた。


 中は意外にも小奇麗だった。本棚には先ほどまで誰かが整理していた様に本が並べられていた。何一つ倒れることもなく。美しく飾られていた。俺は戻り、自分の部屋を見渡した。

二つの部屋を比べるとむしろ俺の部屋の方が、崩壊しているといった有様だった。しかし、その美しさが逆に滅んでいるとでも言えるのではないだろうかと、くだらないことを考えていた。


 俺は隣人の部屋に土足で入っていった。そしてたてかけているアコーティックギターを手に取った。かつてギターの音など聞いたことなどなかった。大概こういうのを持っている奴は遠慮なしに引いてそうなもんだと、考えていたが、案外ここの住人はいい奴だったのかもしれない。まぁ、ここを去った時点でもう関係のない話だが。


 他にも色々とみて回った。キッチンの方に向かうと食器や調理器具が几帳面に並んでいた。

俺はふと冷蔵庫を開けた。勿論食料なんて当てにしてなどいなっかった。ただ。ここも不思議と開けてみたくなったのだ。中身は案の定空っぽだった。俺はぱたりと冷蔵庫を閉めた。


 その後も適当に物色してみたが、ここには誰もいないということ以外俺にとって重要なものはなかった。

そして俺はなんとなくまた、安心を積み重ねた。


 俺はもう少し、遠くへ行くことにした。アパートの階段は少し歪んでいたが。問題なく降りることができた。


 道路は割れていたり、陥没していたので俺は気を付けながら大通りへと出ていった。大通りにでるとそれは派手に建物が壊れていた。鉄塔は折れ曲がり、この町のシンボルであったレンガ造りの時計塔は崩壊し時計部分が地面と引っ付いていた。俺は歩きながら、ぶらりと景色を眺めていた。きっと芸術家が見れば即倒するような光景なのだろう。崩壊した時計塔は以前よりも俺好みに美しく完成していた。


 あるいは建築家が見れば。この次に立てるべき時計塔を想像するだろう。しかし、俺には次の時計塔を考える必要性は感じなかった。これはこれでいいのだ。


 歩けば歩くほど街並みは俺好みに変化していた。あぁ。最初からこうだったならばどれだけ住みやすかっただろうか。きっと部屋になんてひきこもることなく健康な生活を送ることができただろうに。


 気が付くと自分の住んでいる街を出ていた。街の外を見るのは初めてだった。俺は滅びる前の世界を知らないが、きっと多くの車が走り、人、情報、物資を運んでいたのだろう。


 ただ、目の前にはもう何もなかった。道路は陥没し、信号は色を失っていた。標識は地面から掘り起こされている。彼らはきっと最後まで役目を果たしたのだろう。そこら中には乗り捨てられた思わしき車があった。しかし。もう主なき彼らは穏やかに眠りについていた。


 しかし、思ったより道路の状況はよかった。道路は陥没しているが、何とか人一人程度なら避けて歩けば行けそうだった。昔の映画みたいにまるで突如穴が開いたようにひどい状況だったら、俺の世界はぐんと縮まっていただろう。


 俺は道路の状態を分析すると自身の街に引き返した。あまり、一度に世界を楽しみすぎるのも体に毒だと思ったからだ。


 帰りの足取りは非常に軽かった。特に倒壊した時計塔のことを思い出すと思わず小躍りしそうになってしまう。帰りにもう一度見ていこう。俺はそう決心した。


 そういえば、死体を一度も見かけなかった。ここの住人は子の街と心中する気はなかったのだろうか。すると案外街に出なったこの俺が街を一番愛していたのかもしれない。そう思うと滑稽で溜まらなかった。



 俺はスキップで時計塔に近づいていった。そして行きとは違う道を選んでいた。どの道が生きていて死んでいるのか確認したかったのだ。この街に長居する予定はないが、それでもしばらくはここで観光を楽しもうと思っていた。


 そのためにも必要なことだったのだ。全ては俺にとっていい方向に回っていた。なぜか無事なアパート。消えた隣人。倒壊した時計塔。なんとか出れそうな外への道。


 幸福は最後に回ってくるものだ。俺はそう思っていた、しかし、それは勘違いだった。最後にやってくるのはいつだって不幸なのだ。


 俺は見つけてしまった。本来ありえないはずのものを。いや、世界にとって不必要なものを。

彼女をただ、元からそこに溶け込んでいたように立っていた。黒く伸びた髪は艶があり、俺以外の生を訴えてくる。不思議そうに俺をみつめる目には光が宿っていた。


 防護服越しでも俺は目を離せなかった。きっと何かの間違いであってほしい。世界で生きてていいのは自分だけなのだ。俺はその場に硬直して立ち続けるしかなかった。


 彼女はゆっくりとこちらに近づいてきた。その足取りは消して強いものではないが俺には恐ろしくてたまらなった。


 俺は目をつぶった。これは夢であってほしい。そう心の中で呟いた。


 しかし、現実は非常だった、俺が目を開けると、彼女はすでに目の前に立っていた。その幼さが残る顔を見つめるのが怖くて仕方がなかった。


 彼女はいったい何者なのだろうか。俺に近づいて何をする気なのだろうか。まさか俺と同じで孤独を愛するものなのだろうか。


 そうだ。きっと彼女は俺を殺し、真の孤独を手に入れるに違いない。なぜなら、孤独を愛せないものは死んでしまうしかないのだから。

 俺は指先に力を入れた。ここで殺すしかないと。目の前できょとんとする彼女の首元に手を近づける。簡単だ、ただ絞め殺すだけでいい。


 「あのぉ、ここはいったいどこなんでしょうか」


 彼女は急に話しかけてきた。俺は伸ばしていた手を思わず止めてしまった。


 「私、記憶がなくて…。目が覚めたら周囲がこんな状態で、いったい世界になにがあったんです?」


 思考が止まった。彼女はただ淡々とおれに疑問をぶつけてきた。俺は伸ばしていた手を思わずひっこめた。


 すると逆に彼女は俺の手を取り自身の首元にあてた。


「あ、もしかして幽霊だと思っています?大丈夫ですよ。ちゃんと生きてますから」


 俺防護服越しに伝わる脈動は俺をよりどん底に陥れていく。幽霊の方がどれだけありがたかったことか。


 俺は嗚咽しながら彼女に状況を説明した。世界が滅んだこと、生き残りは俺だけだということ…


 それを聞くと彼女は泣きもせず、ひたすら悩みだした。きっと記憶がないために何が起きたのかわからないのだろう。ただ、話を聞く態度を見る限り、俺とは違い孤独を愛するものではなさそうだった。むしろ人々から愛され、愛しあった人なのだろう。


 彼女は悩む続けているとポツリと一言つぶやいた。


「なぜ、世界は滅んだのでしょう…」

 

 それは俺にもわからないし、理解する気もなかった。なぜなら、ラジオは理由を述べようともせず、ただ不幸の手紙を回すだけだった。俺に必要なのは理由ではなく結果だった。それゆえにラジオに問いただす気もなかった。


 世界は、きっと下らない理由で滅んだだろう。愛しあうからそんな目に合うのだ。孤独を愛せば俺の様に滅びることなどなかったのだ。


 真の孤独を手に入れるには彼女に死んでもらうしかなかった。しかし、俺には彼女を殺す勇気はもうなかった。きっと彼女を殺した瞬間俺は孤独ではなくなるのだろう。あぁ。彼女が喋らない人間だったらどれだけありがたかっただろう。


 一体どうやって彼女に消えてもらえばいいのだろうか。記憶消失の彼女は俺を頼るだろう。そしたら俺は孤独ではいられない。あぁ、彼女自殺しないかな…。


 そう考えた時俺はふとある賭けを思いついた。小さな嘘だ。でもきっと彼女は耐えられない。彼女は俺と違って愛され、愛した人であろうだからだ。


 

「世界が滅んだ理由…知ってるぜ」


 「…!?」


 彼女は驚いていた。でも次の言葉はもっと驚くだろう。


「あんたが、世界を滅ぼしたんだぜ」


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