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大切な子 / 大好きな人

晴鳥深春はるとりみはる

性別:女

年齢:26歳

職業:会社員(営業職)

身長:158cm

好きなもの:リリ、鍋、カメラ

肩にかかるほどの黒髪。体型は色々控えめなスレンダー体型。リリ曰く「もうちょっとお肉がついてもいいのになぁ」


リリ(L_3829-6568)

ボディ:女性型

身長:165cm

好きなもの:ハルハル、植物(特に百合の花)

腰までのびる明るいはちみつ色の髪。体型は出るとこ出てる。深春曰く「とにかく柔らかい」

――まったく、これだから女は

――晴鳥先輩って、恋人とかいなさそうだよねー

――ちょっと仕事ができるからって調子のってんじゃない?


 これが私晴鳥美春(はるとりみはる)今日のハイライト。

 会社帰りに思い出すのにはいささか面白味の欠ける台詞だけど、街頭の少ない田舎道をでは自然とネガティブなことしか出てこない。

 どれも直接言われたわけじゃなくて、会社の資料室とかトイレとかで影口されてるのを聞いただけ。

 まぁ、言われ慣れてるからいいんだけど。

 気にしてないよ。全然気にしてない。 

 私の愛想が悪いからって性別を理由に人をばかにする上司も、恋愛至上主義者の後輩も、自分が業績が上がらない腹いせに人の努力を笑う同期も。

 気にしてない。気にしてない。


「『これだから女は』ってなんだよ、これだからってなんだどれだからだよ。恋人?いないよ、いないけどなんだよ。私に恋人がいないことがなにか迷惑をかけてるかよ?ちょっと仕事ができるだぁ?そりゃできるよ。仕事しに来てるんだもん。だいたいなによ、調子のってるって。あれか、書類のミスを指摘したからか?」


 ……いやぁ、やっぱり無理だわ、気にしないなんて。

 道端の小石を蹴飛ばす。

 今の会社に入った頃はスカートを穿いてたし、靴だってヒールだった。

 それが今はどうだ。

 地味な色のパンツスーツに黒のスニーカー。

 スカートをやめたのは会社のエロジジイ、もとい上司からセクハラを受けたからと「女性だから」と言われるのが嫌になったからだし、ヒールをやめたのは不真面目な同僚や後輩の分まで走るようになったからだ。


「やってられんわ……」


 独り言を言っていると、すぐに家に着いた。

 私は家が好きだ。

 運よく見つけた新築マンションの、たまたま空いていた4階の角部屋。このマンションの自体が高台の上にあることもあり、窓からは住んでる街がよく見えてお気に入り。

 そして一番のお気に入りポイントはこの部屋に住む同居人。

 大好きな同居人の顔を思い浮かべながら玄関のドアを開ける。


「ただいまー」

「おかえりなさい!ハルハル今日は早かったね。どう、疲れた?ご飯にする?お風呂にする?そ・れ・と・も……」 

「それとも、の先は言わなくていいから。あーと、ちょっと着替えてくるからご飯の準備してくれるかな?」

「なーんだ、つれないなぁ。オーキードーキー。利用者(オーナー)様のお願いであればなんでもいたしますわ。晩御飯の鍋の準備が整いましたらお呼びしますわお嬢様ー」

「ちょっとなにその口調、拗ねてんの?」


 彼女と顔を合わすと会社であったことなんかすべて飛んでいくみたいだ。

 彼女の名前はリリ。正式名称は「AND-roid L_3829-6568」

 よく言うところの人造人間(アンドロイド)ってやつ。女性型だからガイノイドって言うんだっけ。

 アニメとか漫画で出てくるアンドロイドは強大な敵と戦ったりしてるけど、この子はそうじゃない。

 一人暮らしをする若者のワークライフバランスを保つための「家事手伝い」を目的に作られたらしく、この子は主に私が家にいない間の掃除洗濯料理をやってくれる。

およそ一年前に契約してから今まで、家に帰ってからも私の心を癒してくれる最高の同居人なわけだ。


「もうリリがいてくれたらそれでいいや……」


 スーツを脱ぎ、自室で一人下着姿で今の幸せを噛み締める私。

 リリには見せられないなぁ……。


「呼んだー?」


 ドアから顔だけを覗かせるようにしているリリがいた。


「おぉっと勝手に入ってこないでよ!まだ着替え中だよ!?」

「別にいいじゃん。ハルハルお風呂上がりはいつもそんな感じの格好でしょ?」

「そうだけどさぁ……」

「あ、せっかくだし今のうちに健康診断やっとこっか」

「え、このままやるの?下着姿だけど……」


 リリのようなAND-roidには「家事手伝い」の他に2つ役割がある。

 1つは「留守中の防犯」。私が家を空けているときに不審者が現れた場合、そいつを撃退することになっている。

 そしてもう1つが「利用者(マスター)の健康管理」。AND-roidに搭載されているセンサーによって利用者(マスター)の簡易的な健康診断を行うというもの。

 そのやり方はそれぞれの個体によって違うらしく、リリの場合は肌と肌を接触させることで体温を測定したり脈をとったりするらしい。


「はい、じゃあおいで?」


 リリが私に向かって両手を広げている。

 いつもは握手のような簡単な接触ですましているのだが、今日はハグか……。

 リリのスキンシップは、ちょっと過剰なんだよなぁ。


「えっと、リリさん?流石にこんなほぼ裸同然でハグはちょっと恥ずかしというか……」

「あ、なるほど。なら私も脱げばハルハルも恥ずかしくないよね!」


 ……止める間もなく服を脱がれてしまった。いくら自宅といえども下着姿でいるのには違和感を抱くわけで……。

 目の前のリリはそんなことには気がついていない様子でニコニコと両手を広げている。

 これ、いかないとダメなのかな。

 えーい、ままよ!


「い、いくからね!えいっ」

「はーい、それじゃ健康診断診断始めますよー。……うん、ずっと下着だけだったから体温がちょっと低くなってるかな?あと、ちょっと脈拍早くなってるよ。ドキドキしてるのかな。今日はどっか体調不良あった?」


 ドキドキしてるのは間違いなく、今こうやって貴女と肌を合わせてるからですよ。

 リリは人工物とは思えないほど柔らかい。

 主に胸部が。

 ……えーと、なんだっけ?体調不良?リリに癒されて今はピンピンしてますけど?


「えーと、頭痛がしたかなぁ……」

「あーそりゃ、ストレスだね。ハルハル頑張りすぎなんだよ。真面目さんだからね」


 そういってリリは私の頭を胸に抱くようにして、頭を撫でてくれた。

 人工物とは思えないような柔らかい肌。人間よりは低いものの暖かみを感じる体温。ほとんどの項目で「異常なし」言う声は子どもをなだめるような優しい声だ。

 そのすべてが、私の中にある凝り固まった何かをゆっくりと溶かしていくのを感じる。


「はい、健康診断終わりー。特に悪い所もなかったし、ストレスには気を付けてねって感じかな」


 リリの体が私から離れていく。

 リリは手早く自分の服を身にまとい、タンスから私の着替えも出してくれた。

 んー、少し名残惜しいかな。

 そう思うと同時に会社での悪口がフラッシュバックする。


「ん、ありがと……」

「どうしたの、ハルハル?」


 しょーもないこと思い出してたせいで返事がちゃんとできなかったじゃないか。

 リリがいるこの家なら私は私として生きていられる。

 でも、会社ではそうはいかない。

 会社での私は「愛想の悪い部下の女」であり、「恋愛に興味のない堅物の上司」であり、「調子にのった同期」なのだ。

 会社では誰も私を私として見てくれない。私は、晴鳥深春という個人はあそこには存在しないのだ。

 そう思うと涙が零れ出てきた。なんだか立ってられなくて、床に座り込んでしまう。リリからすれば服を着だしたとたんに泣き出したのだから、さぞ驚いたことだろう。


「えっ、どうしたの?私の選んだ服嫌いなやつだった?もしかしてさっきの健康診断嫌だった?ごめん、私の気がつかなくて……」


 あーあ、リリに心配かけちゃった。

 

「……違うの。リリのハグはとっても気持ちよかったし、リリが選んでくれたこの服も私が大好きなやつじゃん。大丈夫だよ。大丈夫。」


 涙は止まってはくれなかった。

 手で拭っても次から次へと溢れだしてくる。

 目の前のリリは困ったような、傷ついた動物を眺めるかのような目でこちらを見ている。

 そんな目では見ないでほしかったなぁ。

 リリからは憐れまれたくない。リリには笑っていて欲しい。だからお願い、そんな目で見ないでよ――


「……ねぇ、ハルハルは知らないと思うけど。ハルハルって嘘つくとき同じ言葉を何回も繰り返す癖あるよね。私、知ってるんだよ。ハルハルのことずっと見てたから。私が作った料理が苦手なものだったとき『美味しい、美味しい』って言ってくれたよね。ハルハルが子どもの頃から使ってたマグカップが壊れちゃったときも『大丈夫、大丈夫』って……。私のために嘘ついてくれてるのは分かってるよ?でも、私ってそんなに信用ないかな?」


 床を見つめながら涙を流す私を、リリは抱き締めながらそう言った。

 こんなことされると、リリが人間じゃないってのが疑わしくなっちゃうよ。

 私が望むことは口に出す前にやってくれるんだもん。

 リリは私の好きな食べ物も、お気に入りの服もみんな知ってる。私のことを一番知ってるのは、見てるのは間違いないなくリリだ。

 まさか癖まで見抜かれるなんて思ってもなかった。

 これじゃ、嘘つけないじゃん。


「……信用ないわけないじゃん。私はただリリのことが好きだから……。だから……」

「なら、なにがあったか話してくれないかな?私もね、ハルハルのことが大好きなの。だからね、ハルハルのことならなんでも知りたいし、ハルハルの力になりたいの。ねぇ、ちょっとでいいから話してくれないかな」


 私を抱きしめるリリの声は震えていた。

 人間じゃないから、涙なんか流すはずもないのに。

 そんなはずないって分かっていても、リリの声は今にも泣き出しそうに聞こえた。

 そして私はやっと気づけた。

 私にはこんなに大切にしてくれる人がいるのに、こんなに名前を呼んでくれる人がいるのに、力になりたいと言ってくれる人がいるのに。

 それなのに私は、リリに嘘つこうとしてたんだ。傷つけたくないだなんて思っちゃって。

 伸ばされた手はちゃんと握り返さなきゃいけないじゃん。

 私はリリが好きだから。


「ねぇ、リリ。聞いてくれる?私今日会社でね……」


 それから私はリリに抱かれたまま会社での話をした。

 自分の居場所が会社にないように感じていること。自分の居場所はリリのいる家だと改めて感じたこと。リリのことが大好きなこと。もう嘘はつかないようにするということ。

 頭で整理されていない、話題が行ったり来たりするような話だったと思うけど、リリは優しい声で相づちをうちながら聞いてくれた。

「ハルハルはとっても素敵な女の子だよ」とか「ハルハルの恋人なら私がなりたいくらいだよ」とか「ハルハルは真面目に働いてるのにひどいよね」とか、時々冗談も混ぜながら、いつまでもリリは私の話を聞き続けてくれた。


 人間の私と人間じゃないリリが今までよりも仲良くなった夜のことだった。

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