消えた少女と拷問部屋の真実
「閉園前に来たきりだから、8年振りくらいか」
日の沈みかけた夕刻。大学生の貴志ハルキは、閉園した遊園地「裏野ドリームランド」の正門前に佇んでいた。
閉園前から様々な噂が囁かれていた遊園地ではあるが、ハルキの目的は肝試しでも、ましてや廃墟探索でもない。
この場所には、数日前から行方不明になっている友人の消息を確かめるためにやってきた。
『ドリームキャッスルには隠された地下室があって、しかも拷問部屋になってるんだとさ。
遊園地にあるわけないのに。
だから、今度確かめにいってくるよ』
そう言い残し、ハルキの友人である樫村イッペイは失踪した。
イッペイは昔から都市伝説の類が大好きで、地元からも近いこの「裏野ドリームランド」に纏わる噂については特に熱を入れていた。
もちろん家出や気まぐれで一人旅に出た可能性も否定できない。実際、イッペイの家族や相談を受けた警察も家出の可能性が高いと考えているようだ。
イッペイが「裏野ドリームランド」へ向かった可能性があることは家族や警察に報告済みだが、家出だと決めつけているせいか、まともに取り合っては貰えなかった。
こういった事情から、ハルキは真相を確かめるために単身この「裏野ドリームランド」を訪れたのだ。
「入ってみるか」
両開きの正門は解放されており、誰でも簡単に立ち入れるようになっていた。門の隅には錆びた大きな錠らしき物が落ちている。以前に誰かが破壊したのだろう。大きな廃墟をヤンキーや浮浪者が利用することは決して珍しくない。そういった連中に出くわさないようにも気を付けないといけないだろう。
「お邪魔します」
何となく一言そう添えて、ハルキは「裏野ドリームランド」の正門を潜った。
「……まじかよ」
園内の中央に位置する、かつてはフードコートだった一画で、ハルキは思わず言葉を失った。
地面には見覚えのあるアクリルのキーホルダーが落ちていてた。
イッペイはアニメオタクでもあり、アニメ「虐殺魔法少女クリムゾンフェイス」に登場する人気キャラクター、エリカのSDキャラがプリントされたこのキーホルダーで自宅の鍵を括っていた。
キーホルダーはまだ真新しい。時期的に考えて、イッペイの持ち物であると考えるのが自然だろう。
「それじゃあ、イッペイは本当にここに」
本当に園内にイッペイがいるのか、キーホルダーを見つけるまではハルキも半信半疑だったが、こうして物的証拠を見つけてしまった以上、疑念は確信へと変わる。少なくともイッペイが「裏野ドリームランド」を訪れたことは間違いない。
「この場所で知り合いが消息を絶つのは、これで二度目か」
ドリームキャッスルを見やり、ハルキは過去へ思いを馳せる。
イッペイの追っていたドリームキャッスルの拷問部屋以外にも、この「裏野ドリームランド」には都市伝説染みた様々な噂が存在する。
『あの遊園地には、度々子供がいなくなるっていう噂があったな。
閉園した理由は知らないけど、そんな噂があるようじゃねえ』
代表的な噂の一つに、こういった内容のものがある。
誰が最初に言い出したのかは分からない。
閉園してそれなりの月日が経った今では、話に尾鰭もついていることだろう。
だが、貴志ハルキにとってこの噂は、ただの都市伝説ではない。
度々起こっていたかは定かでないが、この「裏野ドリームランド」で一人の少女が行方不明となったことをハルキは知っている。
今から9年前。両親と「裏野ドリームランド」へ遊びに来ていた当時10歳の少女――伊豆見マリカが園内から突如として姿を消した。誘拐の可能性が高く、報道規制が敷かれていたこともあり、当時のことを知る者は意外と少ない。
終ぞ伊豆見マリカが発見されることはなく、心に深い傷を負った彼女の両親は程なくして遠くへと引っ越してしまった。
この件が影響したかは不明だが、「裏野ドリームランド」が閉園したのはこの翌年の出来事であった。
「マリカ……」
マリカはハルキの幼馴染であり、子供心ながらもお互いに好意を寄せていた大切な存在でもある。
マリカのことを忘れたことは一度たりとも無い。
イッペイが行方不明になってからこの場所を訪れるのに少し時間がかかってしまったのは、マリカの件を引きずっていて、園内に足を踏み入れるのにそれなりの覚悟が必要だったからでもある。
「ここで、一体何が起こっているんだ?」
時期は大きく違えど、知人が二人もこの「裏野ドリームランド」の園内で失踪した。偶然にしては出来過ぎている。
イッペイの安否を確かめたい気持ちはもちろんだが、9年前のマリカの件を含めて、噂に纏わる真実を確かめたいという探求心がハルキの中に芽生えつつあった。
「……イッペイ。無事でいろよ」
キーホルダーをポケットへとしまい、ハルキはドリームキャッスル目指して再び歩みを進める。
「噂の通りだと、この城の地下に拷問部屋があるんだったか」
解放されたままになっているドリームキャッスルの入り口で、ハルキは持参してきたリュックから懐中電灯を取り出した。
廃園となった園内は夜間になっても明かりが灯ることはない。光源の用意は必須だ。
噂の中には、明かりの灯ったメリーゴーラウンドが勝手に回っているというものもあるが、ドリームキャッスルの正反対の位置にあるので、現状ではハルキにそれを確認する術はない。
「鬼が出るか蛇が出るか」
大きく深呼吸をして覚悟を決めると、ハルキはドリームキャッスルの中に一歩踏み出した。
一先ずは順路の矢印に従い、城内を一周してみる。
「……雰囲気抜群だな」
薄暗い城内を、進行方向を懐中電灯で照らしつつゆっくり進んでいると、ピンクを基調としたファンシーなウサギのキャラクターのオブジェが視界に飛び込んできた。元々は子供受けしそうな愛らしい外見だったのだろうが、経年劣化のせいでゾンビのような外見へ変わってしまっている。
ハルキはあまり物事に動じないタイプなのでこの程度のリアクションで済んでいるが、暗闇の中で突然このウサギゾンビを目にしたらトラウマものだ。
「……イッペイはどこに行ってしまったんだ」
蜘蛛の巣が張り、すっかりとホラー風アトラクションと化してしまっているドリームキャッスル内を進んでいると、足元で雫が跳ねたような水音が聞こえた。どうやら液体を踏んだらしい。
「何だ?」
水漏れで水溜まりでも出来ていたのだろうかと、ハルキが足元を照らしてみると、
「うわっ!」
これまでは比較的冷静だったハルキも、この瞬間だけは短い悲鳴を上げた。
足元に出来ていたのはただの水溜まりではない。粘性のある赤い水溜まりだ。
「……血、なわけないよな?」
塗料か何かだろうとハルキは自分を納得させようとするが、廃園となり人の手が入らなくなった遊園内で、乾燥していない液状の塗料が零れているとは考えにくい。そもそも漂う臭いが明らかに塗料の類とは異なっている。
「……おいおい」
淡い期待を打ち砕く証拠をハルキは照らし出してしまう。
赤い水溜まりには、数本の歯らしき物体が沈んでいた。
人体の一部が浮いているとすれば、仮に違うのだとしても、赤い水溜まりはもう血溜まりにしか見えない。
「……まさか、イッペイの?」
血溜まりに沈んでいたのは歯だけではない。画面の割れたスマートフォンらしき機械の姿も確認出来た。
拾い上げる勇気はハルキには無かったが、スマートフォンの機種とカラーはイッペイが所有している物と同じだ。これがイッペイの物であるとは限らないが、園内でキーホルダーを拾った直後ということもあり、想像はどうしたって嫌な方向に働く。
「……続いている」
滴り落ちた血の跡が順路の先へと続いていた。血の主はここで重傷を負い、この先へと逃げていったということだろうか。
「イッペイ……」
友人の安否を確かめたいというハルキの気持ちは揺らぎなかった。
危険を感じたら直ぐに引き返せばいい。幸い足の速さには自信がある。
覚悟を決めたハルキは順路に沿って歩みを進めていく。
「血の跡が消えている」
アトラクションの折り返し地点。西洋風の甲冑に囲まれた空間で、血の跡はポツリと途絶えていた。
力尽きたにしても、突然血の跡が消えるのは不自然だ。何かあるのではとハルキは周辺を観察する。
「赤い染み。いやこれも血の跡か?」
行き止まりであるレンガ色の壁には、薄らと血の手形が残されていた。血の主がこの壁を触ったということなのだろうか? いずれにせよ、痕跡はこれで完全に途絶えてしまったことになる。
「戻るか」
これ以上は消息を追えそうにない。今日は一度帰って、今後の方針を考えようとハルキは決める。
身を翻し、もと来た道を引き返そうとするが、
「えっ?」
突然背後から聞こえてきた、何かが開くような音と微かな振動。
ゆっくりと振り返ってみると、血の手形が残されていた壁がスライドし、地下へと伸びる階段が出現していた。
「……まさか、本当に地下室が?」
好奇心から階段を覗き込もうとした瞬間、
「がっ!」
後頭部を襲った突然の衝撃。何者かが背後からハルキを一撃したのだ。
一瞬で意識を刈り取られ、ハルキは前のめりに倒れ込んだ。
「……ここは」
意識を取り戻したハルキが薄目を開けた。後頭部には鈍い痛みが残っており、乾いた血が髪を固めている。
「……動けない」
意識がはっきりしてくると同時に、ハルキは自身の置かれている状況を知る。
固い金属製の椅子に座らされるハルキは、両手両足が枷でしっかりと固定され、自由に身動きを取れない状態にさせられていた。両腕は掌を上に向けた状態を取っており、どういうわけか椅子のひじ掛け部分だけは金属ではなく木製であった。
「……まさか、本当に拷問部屋が」
ハルキは蝋燭だけを光源とする薄暗い部屋の中に捕らえられている。
周辺に設置されているのは、アイアンメイデン、頭蓋骨粉砕機、異端者のフォーク、審問椅子、鰐のペンチ、etc……時代は中世かと錯覚する拷問器具の数々。
室内には腐臭が漂い、開け放たれたアイアンメイデンの内部は乾いた血液が赤黒い染みを作っていた。ただのコレクションではない。これらの器具には、今現在も実際に使われている形跡がある。
「お目覚めのようだね」
奥の扉から、三つ揃えの黒いスーツを着た長身の老紳士が姿を現した。
穏やかな口調と佇まいは、この血生臭い空間とはあまりにもミスマッチだ。
「頼む……拘束を解いてくれ」
声を震わせハルキは懇願する。拷問部屋に囚われている以上、これから自分がどのような目に遭うのか容易に想像出来る。
「それは出来ない相談だね。君は貴重な練習台だ」
「練習台?」
「そう。彼女たちを一人前のエージェントにするためのね」
「何を言っているんだ?」
老紳士は扉の奥から一人の少女を手招きした。
「Mこっちへおいで」
「はい。マスター」
漆黒のボディスーツを纏った女性が拷問部屋へと姿を現した。
艶やかな黒髪のロングヘアーと色白な肌を持つ、どことなく人形のような印象を与える女性であった。
無感情な瞳は黒く淀んでおり、右目の泣き黒子だけが無機質な表情の中で唯一主張している。
「……そんな、まさか」
女性の姿を見てハルキは驚愕に目を見開いた。
9年という歳月を経て見た目は大きく成長しているが、顔立ちや泣き黒子には、大好きだったあの子の面影が確かに残されている。
ハルキは確信した。女性の正体は9年前にこの「裏野ドリームランド」で行方不明となった幼馴染――伊豆見マリカであると。
「マリカ……なのか?」
「ハルくん?」
無感情ながらも、女性は小首を傾げることでハルキの言葉に反応した。
マリカは当時からハルキのことを「ハルくん」と呼んでいた。目の前の女性がマリカであることの何よりの証明だ。
「さあM。訓練の時間だ」
「はい。マスター」
老紳士に促され、マリカは拷問器具が収納された工具箱から二本の太い釘と大きな金槌を取り出した。
「お、おい! 訓練って何だよ! そもそも、行方不明になったはずのマリカがどうしてここに?」
拘束された体を必死に揺らしながらハルキは老紳士に問い掛ける。
何も知らぬことが一番怖い。せめて事情くらいは知っておきたい。
「練習台の願いを聞き入れる程、私はお人好しじゃないよ。分けも分からぬまま事が進む方が、精神的なダメージも大きいだろうしね」
「ふざけるな!」
「その威勢、どこまで持つかな」
世間話でもするかのような穏やかな口調で老紳士は語る。
「始めなさい」
「はい。マスター」
拘束されたハルキの正面に立ったマリカが、左手に持った太い釘をハルキの右手首へと当てた。
「……おいマリカ……冗談だろ?」
今更ながらハルキは、ひじ掛けが木製である理由を理解した。木製のひじ掛けは釘をしっかりと打ち込むための土台だ。
マリカは無感情のまま釘を打ち込むポイントを決め、手首の少し下、平行に並ぶ尺骨と橈骨の間に釘を当て、金槌を構えた。
「俺だよ。ハルキだ!」
「分かってるよ。あなたは私の大好きなハルちゃん」
「だったら……何で」
「相手がハルちゃんだからこそ、意味があるの」
一切の躊躇なく、マリカは金槌を振り下ろした。
「あっ――あああああああがっ――」
右腕に走った激痛。拘束された身では、痛みに仰け反る自由さえも与えてもらえない。
「M、左もだ」
「はい。マスター」
「……マリカ……止め――ああああああぁアァァあぁああ――」
懇願の最中にも容赦なく、左腕にも釘が打ち込まれ、ハルキの体はこれまでに以上に椅子と一体化していく。
「若い男の練習台は久しぶりだ。次はどんな拷問にするべきかな?」
「鰐のペンチですか?」
「正解だ。使い方は分かるね?」
「はい。最初に熱するんでしたね」
マリカは工具箱の中から、鰐の頭を模した、ギザギザしたペンチを一本取り出した。
「私は一度席を外させてもらうよ。同じ男性として、流石に忍びないからね」
「……お、おい。何だよ、あのペンチ……」
両腕の激痛に脂汗を浮かべながら、去り際の老紳士にハルキは不安気に尋ねる。
「男性用の拷問器具だよ。もっとも、拷問する側も大半が男だから、実際に使用された例は少ないようだがね」
「……おい、行くな!」
背筋の凍るような言葉を残し、老紳士は拷問部屋から姿を消した。
「……頼むマリカ……それだけは止めてくれ……釘なら我慢するから……」
「駄目だよ。マスターの命令だもの」
熱した鰐のペンチを手にしたマリカが、拘束されて身動きの取れないハルキのズボンに手をかけた。
「随分と盛大な悲鳴が上がってますけど、一体どんな拷問を?」
「詳しくは聞かない方がいいと思うよ。男性ならば特にね」
「そうですか」
苦笑いを浮かべながら、樫村イッペイは老紳士の向かいの椅子に腰かけた。
二人が今いるのは、かつてはスタッフの休憩室として利用されていた一室で、拷問部屋の真上に位置している。
「樫村くんには感謝しているよ。最近はここを訪れる廃墟マニアや、勝手に住み着く浮浪者連中も減少しているからね。練習台を招き入れてくれる協力者の存在は必要不可欠だ」
「これぐらい、お安いご用ですよ」
ハルキの悲鳴をBGMに、老紳士とイッペイは紅茶を啜りながら優雅に会話を交わす。
「しかし、良かったのかい? Mに縁のある人間を連れて来てくれたことは嬉しいが、これまでに連れ込んだ人間とは違い、今回の彼は君の正真正銘の友人なのだろう?」
拷問する側の人間には、知人でさえも容赦なく傷つける非情さが必要不可欠。それを試す機会を得られたことは、Mにとっても上司である老紳士にとっても、とても有意義なことであった。
「僕は自分本位な人間でして。友人よりも趣味の方を取りますよ」
「趣味?」
「こうしてあなた方に協力するようになった気づいたんです。都市伝説を追いかけるよりも、都市伝説側になった方が百倍おもしろいって」
「私も大概だが、君もそうとういかれているな」
親友の悲鳴をBGMに微笑むイッペイの姿は、拷問部屋の主である老紳士以上の狂気に満ちていた。
「次の練習台も一週間以内には確保出来ると思います。都市伝説好きの集まるコミュニティで、オフ会を企画しておきました。地下室の拷問部屋の噂はなかなかキャッチ―ですからね。10人は固いと思いますよ」
「仕事が早くて助かるよ。我が『X機関』への協力を心より感謝する」
謎多き闇の組織――通称「X機関」
多くの家族連れが集まる人気のテーマパーク「裏野ドリームランド」としての姿を隠れ蓑に、遊園地に遊びに来た子供達を誘拐。洗脳に近い形で殺しや拷問の技術を教え込み、一流の闇のエージェントして育て上げることを目的としている組織だ。
方針の変更によって「裏野ドリームランド」が閉園となった後も、「X機関」は園内の地下で活動を続けており、園内を訪れた肝試し目的の若者、廃墟マニア、寝床を求める浮浪者などを捕え、殺しや拷問の練習台として利用してきた。
犠牲者は、今回の貴志ハルキで97人を数える。
巧みな情報操作により、今のところ「X機関」の所業が明るみに出る気配は無い。
犠牲者の数は、これからも増えていくことであろう。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。僕が今回のオフ会を主催致しました、ハンドルネーム『アルノ』です」
6日後。アルノこと樫村イッペイの主催するオフ会が開催された。
参加者は全部で11人。
イコール、今回の犠牲者の数だ。
了
※男性は特に閲覧注意です(今更遅い)
余談ですが、最後の方でイッペイが名乗っていたハンドルネーム「アルノ」は裏野のアナグラムです。
URANO → ARUNO といった感じの。
期間内に間に合えば、遊園地の設定を利用してもう一作くらいは投稿したいですね。
今作はサイコホラーだったので、次は霊的なホラーがいいかなと構想中です。