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第七話

春香は、改変前の本物のログの解析に没頭していた。

これだけのログがあれば、必ずアイツの正体にたどり着ける筈だ、そう信じていた。

そして、そのログを時系列で古い物から順に舐める様な熱心さで読み込み、ようやく目当ての物を見つけ出した。

ネットワークに接続するための機器は、製造時に同様な他の全ての機器と重複しない個別の文字列が付与され、それはMACアドレスと呼ばれる。

このMACアドレスが判れば、対象となる機器を一台に絞り込む事ができる。

言わば指紋の様な物である。

ただし、通常はネットワーク上では任意に採番可能なIPアドレスが使用されるので、MACアドレスが出てくる事は滅多にない。

しかし、OSやコマンドによってはMACアドレスを要求される場合があり、そういうコマンドのログがあれば、MACアドレスを拾い出す事ができる。

これだけ様々な種類のログがあれば、MACアドレスを含む物が見つかる可能性は高いだろうと踏んでいたわけだが、期待通りの結果が得られた。

勿論、MACアドレスだけではその機器が今どこに有るかを知る事は出来ないが、探すヒントとしては大変有力な物となる。

彼女は、ネットワーク随所で自分の支配下にある全てのマルウェアに対して、このMACアドレスを探す様に指令を出した。


部室では、今日も木田がPCを前に悪戦苦闘していた。

「おう!永田、丁度良かった。またハードディスクが飛んだんだ。」

コンピュータの大容量ストレージは、長年に渡って、磁性体の円盤を何枚も重ねて高速回転させるハードディスクが主流であった。

しかし、その後半導体の大容量化と低価格化が進み、モーターを必要としないメモリで構成されたSSDと呼ばれるストレージが一般化して、一部の超大容量を必要とする物以外はSSDに替わった、

それでもPCの大容量ストレージは、慣習的にハードディスクと呼ばれている。

「だから、この前言ったでしょ。このSSDは劣化が進んでるからもうそろそろ限界ですよ。このまま使ってると、いずれデータが全部飛んで修復不能になりますよ。」

「うーん、それは判ってるんだけど、予算の目処が来年度まで立たないからなあ。」

木田が苦笑いする。

サークルの活動内容からして、PCの優先順位は低いのだ。

永田はバックパックを下ろしながら言った。

「だと思ったから、僕のを持って来ました。型は旧いけどCPUやストレージはわりと良い物を使ってるから、来年度までなら問題ないと思いますよ。」

そして、ファスナーを開けてノートパソコンを取り出した。

「え、良いのか?」

「ええ、もう使ってないヤツだから、取り合えず使って下さい。」

部室に期せずして歓声が上がった。

中には拍手している者までいる。

実はこのPCも、部室にある物と同じく6年物なのだが、元々のスペックが大きく違っている。

それは、彼の父が当時中学生だった彼に2代目のPCとして買い与えた物で、それまで使っていた自分のお下がりのPCでの習熟ぶりを見た父が買った、当時の最上位ハイエンド機種と言って良い物である。

事業に忙しい父は、その罪悪感からか実に鷹揚に彼に物を買い与える。

彼は母が家に居なくなってから、父にそれ以外の事を期待するのは止めたのだった。

それ以降、彼のハッキングテクニックに益々拍車がかかり、それに伴い必要な装備も増えていったが、父はその都度理由を詮索する事無く、それらを買い与えていった。

やがて彼の部屋には、ノートPC以外にも三台のサーバ機が並ぶ様になった。

ただし、それらはあくまで大容量のデータサーバとして使用し、メインの作業は相変わらずノートPCで行っていた。

それほど、このノートは高スペックだったのだ。

その後、あの事件の後でほんの偶然から自分の惹き起こした結果を知った彼は、それから急激にPCに対する情熱を喪ったのだが、それを知った(それはあの事件から一年以上も後の事だった)父にその理由を問われた時、説明に窮した彼は、このノートPCはもうスペックが不満なので飽きた、と言って誤魔化した。

すると父は、それ以上追及する事もなく、より高性能なPCを買い与えた。

そして、それ以来このPCは彼の部屋の隅でずっと埃を被っていた。

勿論、6年経った今では高性能とは言いがたいが、それでも素人が使うなら特に不足は無い程度のスペックはあるし、信頼性が高いパーツで構成されている高級機だったので、今でも動作に支障が出る事はない。

部員たちが集まって興味津々で覗き込む中で、セットアップを始める。

と言っても、もう事前にSSD等を初期化した上でビジネスソフトやその他使いそうなツールはインストールしてあるので、データの移動だけの簡単な作業である。

ほんの5分程作業した後、永田は椅子ごとPCの前から退いて木田に声を掛けた。

「これで使えますよ。」

木田が椅子を引きずってPCの前に座ると、恐る恐るキーボードに手を掛けた。

無言のままキーを叩く音だけが響く。

やがて一通りの操作を終えた木田は、永田に向かって親指を立ててウインクして見せた。

先程を上回る歓声が起こり、今度は全員が永田に向かって拍手した。

「使い方は前のPCと変わりません。取り合えず新しいPCが入るまで、これでやって下さい。」

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