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第一章 七話 大喧嘩と妹

 時は、少しだけさかのぼる。


 本当に少しだけど。


 それは…チナたちが、ドラゴンの産卵を手伝うことになる日の朝。


 その、早朝。


「あー…くそ。 行きたくないなぁ…」


 そこには、チナの姿があった。


 何度も何度も、入り口の前を往復する。


 それは………孤児院ではなく、修道院。


 改装中の足場はそのままだった。 職人は早朝のためまだ来ていない。


 …確か昨日も同じことを述べたが、別に職人がいないわけではない。


 ただ単に、早朝だっただけだ。


 ここは…言わばジェーンたちと敵対する勢力の、入り口。


 『ばかしんぷ しね』の落書き。


 その落書きの前で、チナはうろちょろしていた。


「おや…ティナさん、でしたか。 おはようございます。


 こんなところで何をなさっているのですか?」


 びくん。


 ふいにかけられた言葉に、チナの身体が大きく震える。


 そして…問いかけに応じる。


「あー…ニュー神父、だっけ。


 な、なんでもな……あ、おはようございます」


 ぺこり。


 思い出したように、チナは頭を下げる。


 田舎の中学生は、大人への挨拶を忘れない。


「おやおや。 それが異国の挨拶なのですね。


 では私も。 おはようございます」


 言いながらニュー神父はチナのマネをする。


 顔を上げたまま頭を下げるので、日本人には妙に滑稽に見える。


 柔和な笑みだった。


 それに、チナは驚く。


 とても、昨日のあの高圧的な様子は見られない。


「…どうかなさいましたか? 私の顔に、なにか?」


 にこにこしながら言うニュー神父。


 それが彼の営業スマイルであるらしかった。


「…営業スマイルだと話しにくいよ。


 ちょっと、中に入れてほしいんだけど。


 中なら化けの皮をはがしていいんだろうから」


「おやおや。 ひどい言われ様ですね。


 どうかなさいましたか?」


「ちょっと…中に…ほしいの」


「は?」


「だから、中に入れて欲しいって言ってんの。


 ジェーンたちに見られるのもアレだからさ…さっさと中に入れて欲しいんだけど」


「はあ…まあ、さまよえる子羊に閉ざす門戸はないですからね。


 取りあえず、中へどうぞ」


 そういうと、ニュー神父は扉を開いた。


 開いては、笑顔でチナを室内へ導く手振りを見せる。


 そこだけ切り取ってみると、随分紳士的な男だった。


「ニュー神父…本当に神父さんみたいなことをするんだね」


「はは…私を何だと思っているのですか。」 


 チナは、周りを見渡してから、いそいそと中に入る。


 と。


 きれいに清掃された、まさに修道院、と言う室内だった。


 内装は改築中ではないらしい。


「この辺りは、比較的雨が多いのでね。 外装を先にやってしまうそうです。


 私のところは、こちらより雨が少なくて。 外装も内装も一緒に工事するのですが。


 国が変わると、随分かわるものですね」


 物珍しそうにしていたチナに、ニュー神父はそう話しかけた。


 会話のきっかけ作りだったのだろう。


 しかしチナは、応じなかった。


「………」


 ずかずかと修道院の奥まですすむと、奥に吊ってあった、豊穣神の紋章が刺繍された旗だか布だかの前に立つ。


 近くで見ると緻密な刺繍で、わりと豪奢に見える。


 これが、ご本尊なのだろうか。 あるいは、像とかの代わり?


 どちらにしても、参拝の方法など知らない。


「うーん、ま、いっか」


 とりあえずチナは、無言で、制服のポケットの中から、硬貨と宝石を取り出す。


 それは…チナの所持金の、ちょうど半分だった。


 それを、小さな祭壇の上に置いた。


 そして…二礼二拍手。


 お祈りするかのように手を合わせたまましばらく目をつぶってから、もう一度、一礼。


 そして、神父のところへ帰ってくる。


 チナとしてはそのまま孤児院に戻るつもりだったが、その途中で声をかけられた。


「それが…あなたの国の祈りの姿ですか。 勉強になります。


 やり方を、教えていただけますか?」


 そう言われ、チナは思わず立ち止まってしまった。


 ニュー神父は、狂信的な一神教信者というわけではないようだった。


「あ…えと………」


 ためらいながら…請われるままに、二礼二拍手一礼を教える。


 あと…死者を祭る神様には、拍手をしてはいけないことも。


「ありがとうございます。 美しい様式ですね。


 それ自体が儀式のような。


 一度、協会本部にも話してみましょう。


 形式にこだわるのもどうかと思いますが、それが美しいものであるのなら、取り入れてみるのも良いかもしれません」


「………」


 チナは、あっけにとられていた。


 ニュー神父の意外な低姿勢もそうだが…その彼の言葉。


 異教の礼拝の仕方を真似ようとする宗教家など、地球にはいない。


 チナは素直に聞いていた。


「ずいぶん…寛容な教義なんだね」


「なにがですか?」


「他の神様へのお祈りの仕方を知りたいだなんて。


 神父たるものが、背教に当たるんじゃないの?」


「はて。 何をおっしゃっているのでしょうか。


 それに、背教、とは。


 つまり、あなたの神様は、他の神様を否定しろとおっしゃっているのですか?


 狭い土地や原始的な集落に閉じこもっているなら、それでいいのでしょう…また、そうしないと生きていけないのでしょう。


 しかし、そこから外の世界に出るのなら…争いが起こってしまうではありませんか」


「………。


 あー。 何でもない。 忘れて。」


 チナはそういいながら、片手をプラプラと振った。


 そして、視線を外す。


 はい、否定せよとおっしゃっる方もいらっしゃいますよ、争いも起こってますよ、とは言えなかったからだ。


 話がめんどくさくなりそうだし。


「はぁ…そうですか。


 しかし…ずいぶん、奮発なさいましたね」


 いいながら神父は祭壇に視線をやった。


 それは…少女の所持金、と言うには多すぎる額だったようだ。


「…神様にお願い事をしたからね。 その依頼料よ」


 言うまでもなく、豊穣神に伝言を頼んだ件だ。


 だが…チナは、それを人に言う気はなかった。


 神と対話したなどと…まして、ガントレットまでもらったなどと。


 どんな騒ぎが起こるか………知れたことではない。


 そんなマンドクセーことは、望むところではないし。


「依頼料とはずいぶんないい方をなさる。


 素直に寄進とおっしゃればよろしいのに」


「んー、ちょっと、違うのよね。


 どちらかと言えばに、お礼なんだけど」


「お礼、とは?」


「い、いいじゃない、そんなこと」


「ああ、これは失礼しました。


 『聖蛇の巫女』たるあなたに、詮索などと」


「………はぇ?」


「街で噂になってますよ。


 この地に、『聖蛇の巫女』がやってきた、とね」


 ニコニコ言いながら言うニュー神父。


 どうやら、昨日森でゴブリン相手に遊んでいる間に、町では噂が広まっていたらしい。


 ふと、チナはあることに気付く。


「…あー。 それでか」


 今日のニュー神父の、先日とは全く違う態度。


 それは…チナが宗教的シンボルかもしれないとしって、掌を返したのかも知れない、と


言うこと。


「あたしが『聖蛇の巫女』とやらかもしれないから、それで…昨日と態度が違う訳か」


「はは…人聞きの悪いことをおっしゃらないでください、ティナさん」


 うろたえた様子もなく、こともなげに応えるニュー神父。


「別にあなたと敵対しているわけではありませんよ。


 …私がジェーンさんにきつく当たっている件ですね。


 別にあなたたちを不快にさせようとしてやっているわけではありません。


 確かに、若干こじれた気はしますがね」


 どこが若干なのか、問い詰めたいところである。


 ニュー神父は、続ける。


「彼女は、私の後進に当たります。


 私は彼女を指導しようと思っているのですよ」


「指導!?」


「はい。


 彼女には…経営能力がありませんから」


「経営能力」


「はい。


 いかに修道院とはいえ、運営にはお金の管理が必要です。


 他にも、事務ごとや、折衝など。


 今の彼女に、それができるとお思いですか?」


「はぁ、まぁ、確かに」


「後進の人間の教育には、厳しく接しないといけないこともあるのです。


 組織という物の中には、私のような人間も、必要なのです。


 今回の事は、いい勉強になると思いますよ」


 そんなこと言っても、修道院から追い出したら、意味がないじゃないの…そう言おうとして、チナはあることに思い至った。


「あ。


 ニュー神父。


 もしかして…あなた、ジェーンのお婿さん候補として送り込まれたんじゃない?」


「おや、ばれていましたか」


 とんでもない事実がしれっと暴露された。 


 この世界の修道院は、世襲が基本らしい。


 感覚としては、田舎のお寺の相続に近いか。


 日本の田舎の寺なら、後継者を失っても周りの寺から余っている坊主が放り込まれる。


それこそ、宗も派も超えて、だ。 それもできない場合のみ総本山から代わりの後継ぎがくる。


 さすがにこの世界では宗派を超えることはないようだが、ニュー神父は、後継ぎ兼お婿さんとして期待され、この地に派遣されたのだ。


 実に日本的。


 なぜなら…地域としても、それが一番丸く収まるから。


 チナは、妙に納得していた。


 だが…それにしては、ご両人の関係が悪すぎるようだが。


 新婦の友人にフォークを突き立てられそうになった新郎、というと語弊はあるが、まあ決して友好的ではあるまい。


「私が伴侶として望むのはですね。 金銭感覚のまともさです。


 先代もそうですが…どんぶり勘定どんぶり勘定、と言うのは…決して許せないのです。


 事務能力もそうですが…先輩として、しっかり教育してゆこうとは思っていますよ」


 そういうと…神父の目がギラリと光った気がした。


 あ、なんとなく昨日の神父だ。 …そういう人か、この人。


 ででん、ででん、ででん、ででん。ぎゅいーん。


 チナはいま…なんとなく、ヘビメタ系のBGMが流れた気がした。


「でもさ。 それは友好度が一定以上上がらないとできないでしょ。


 このまま決裂したらどうすんの?」


「その場合、私は冒険者に戻るのみです。


 こう見えても…冒険者上がりですのでね。


 しばらく、豊穣神教会本部に身を置いてはいましたが。


 まあ、相続という物にはごたごたがつきものですのでね。


 それくらいの準備はしています」 


 なるほど、オレ様だから自分は曲げない、と言うことらしい。


「あ、冒険者と言えば…ティナさん、少しお待ちください」


 と、ふいに神父は修道院を出て、自宅のほうへ戻っていった。


 すぐに、小さな皮製の包みを手に、帰ってきた。


 妙に古びてはいるが、汚らしくはなかった。


「冒険者になられたのでしたね。


 こちらに、解体ナイフ、火打石と言った、あると便利なものが入っています。


 こちらをお持ちください」


「え? いや、そんな…悪いよ」


「神の思し召しです。


 贈り物と言うのは、こうして人から人の手に渡ってゆくのですよ。


 あなたもいつか、こうして誰かに贈ってくださいね」


「う…じゃ、じゃあ…」


 妙に神父らしいことを言うニュー神父に、チナは断り切れなかった。


 貰う物を貰って、立ち去ろうとするチナ。


 その背中に声をかけられた。


「あなたの旅に、幸の多からんことを」


 いい人なのかそうじゃないのか、よくわからなかった。


 いらん話を聞いた、と言うこともある。


 笑顔でいう神父に、チナは複雑な思いを抑えきれないのだった。

 そして、時を戻す。


 ドラゴンのいた、洞窟の中だ。


 チナは、薄く目を開ける。 周りがうす明るい。


 どうやら、朝が来たようだった。


 洞窟の中で明るいというのもおかしな話だが…どうやら、ドラゴンが倒れていた広大な空間のどこかに、開口部があるらしかった。


 …まあ、当然の話である。 でなければ…どこから出入りするのか。


 目を開ける。


 思いのほか明るい洞窟内。


 見れば、空間の上のほうに大きな開口部があった。


 少し開口部への通路が曲がっているのか、直接空を見ることはできなかったが……そこから強い光が差し込まれている。


「う…んー………」


 チナは大きく伸びをした。


 しばらく、伸びたまま。


 その顔に微かな笑みが浮かんでいるのは、達成感があったからだった。


 三人で力を合わせドラゴンの産卵を助けた。


 そして…死にかけていたドラゴンを助けた。


 前も後ろも考えず、必死にみんなで助けた。


 空間に差し込む明るい光が、神の祝福のようにも思えた。


「……っあぁあ。 あーよく寝た」


 体が軽い。 爽快。 最高の寝ざめだった。


 と…ふと違和感を思える。


「あれ? シャルロットは? ジェーンは?」


 二人がいない。


 確か、一緒に寝たような気はしていたが…ああ、それはチナが二人を抱きかかえたまま気を失うように眠ったためか。


 無意識に、二人の姿を探す。


 広い空間に、こちらに背中を向け、眠ったままのドラゴン。


 そのそばに、シャルロットとジェーンはいた。


 ジェーンは、ドラゴンの頭のあたり。


 シャルロットは、ドラゴンのしっぽのあたり。


「あ、二人とも。 おはよー………って!!


 シャルロット! 卵、孵ったの!!!???」


 チナは思わず叫んでいた。


 卵が、孵っていた!!


 昨夜助けたドラゴンを、そのまま縮小コピーしたかのような姿。


 ただし…突き出した口の長さが、成竜にくらべてだいぶん短い。


 目もかなり大きい。 幼児性を感じさせる顔だ。


 三匹の幼い竜は、シャルロットの腰の高さほどか。


 鳴き声は…完全に、鳥のひなだった。


 ぴぃぃぴぃぃぴぃぃ、ぴぃぃぴぃぃぴぃぃ、ぴぃぃぴぃぃぴぃぃ。


 何となく、田舎の家の軒下の、ツバメの巣を思い出す。


 必死で、シャルロットに餌を求めているようだった。


「嘘…うそうそうそ! かわいい!!」


 無意識に、チナは叫んでいた。


 そのまま、走り出すチナ。


 そこを、横から名前を叫ばれる。


「ティナさん!! ティナさん!!! 早く!! 早く!!


 ドラゴンが…亡くなっています!!!!!!!!!!!」

「ええっ!!!」


 驚いて、チナは急制動する。


 まさに急制動…悪路で急ブレーキをかけた車のように土埃が大量に上がった。


 そのまま、ドラゴンの頭に向かう。


 視線の先には…完全にうろたえたジェーンの姿があった。


「ティナさんティナさん!! は、は、早く!!


 わ、わ、私では…私では…力が、及ばなくて…っ!!」  


 涙目、涙顔。


 悲壮な表情。


 これで泣き崩れていないのが不思議なくらいだった。


「………っ!!


 完全回復と仮死蘇生の重ね掛け!! 対象!! ……たいしょ…う……」


 全力で走りながら、絶叫するように言うチナ。


 だが…その走りが途中で止まる。 言葉も、力なく途絶える。


「ティナさん! ど、どうしたのですか!? 早く…っ!!」


「…だめだわー、ジェーン。 この子…もう、死んでるよ………」


「そ、そんなことは分っています!!


 早く!!


 わ、私の力がおよばないだけで…ティナさんなら、まだ間に合うかも!!」


「違う…違うの。 もう、仮死状態じゃない……。


 この子…たぶん、昨夜のうちに死んじゃったんだと思う…もう、間に合わないよ…」


「そ、そんな……」 


 愕然とするジェーン。


 その背中に、いつの間にかこちらに来ていたシャルロットが、声をかける。


「ティナさんのおっしゃる通りですわ。


 彼女は…間違いなく、昨夜、亡くなりましたわ。


 二人がお休みになって、しばらくしてからですわ」


 振り返るジェーン。


 そのまま、シャルロットの姿に目を見開く。


 ジェーンの目の前。


 シャルロットの手元に、三匹の幼竜がまとわりついている。


 シャルロットから、食事を貰っていたらしい。


 シャルロットの手が、ドラゴンの血で汚れていた。


「シャルロット…あんたが、やったの?」 


 背を向けたまま、チナが、静かに問いかける。


 チナの目線の先。


 そこには、ドラゴンの額があった。


 人間技とは思えない刺突痕。 それは、シャルロットの技の痕跡にみえた。


「ええ、私がとどめを刺しましたわ。


 おかげで…この有様ですわ………」


 振り返るチナ。


 振り返ったチナもまた、ジェーン同様、目を見開く。 


 そこにいたのは、シャルロットではなかった。


 少なくとも、昨夜、喜びを分かち合った時のシャルロットではなかった。


 冒険者たちの遺品だろうか……シャルロットの腰には、左に二本、細身の剣が装着されている。


 その鞘の先端から、血が滴っていた。


 気のせいか…少し背が伸びたような印象を受ける。


 表情から、幼さが薄れたような気がする。


 古龍と呼ばれる存在を一人で倒し、すでにティナのレベルを超え…クラスチェンジまでしたシャルロットがそこにいた。

「説明は…してもらえるのよね、シャルロット…?」


 静かに…震える口調で、チナは問いかける。


「…あたしは、助けようといった。 さもなくば、友達の縁を切る…とも。


 それでも、なんで…なんでドラゴンを倒したの?」


「…う…」


 シャルロットは、凄みを効かせたチナのセリフに、躊躇した。


 本気で怒っている。


 それがわかる。


 シャルロットは古龍にとどめを刺し、大幅なレベルアップをした。


 聞いたこともない強力なクラスに、クラスチェンジもした。


 決してチナにもひけはとるまい。


 だが…自分を友達と呼ぶ人間の逆鱗に触れ、おそれていた。


 友人を、失うことを。


「彼女はもともと、寿命が近かったとのことでしたわ。


 それが…今回のこのような出産で、それを一気に縮めたそうで。


 もう、長くないとおっしゃっておられましたわ…」


 伝聞調。


 それは古龍が人の言葉を話したということになる。


 それ自体は、チナも受け入れることはできた。


 だが。


「…二人がお休みになられてすぐ、ですわ。


 なかなかに傲慢で、不遜ないいようをされる方でしたが。


 でも、気高く、慈悲深い方でした。


 まもなく死を迎える自分…ならばいまとどめを刺し、その血肉を子供たちに与えて欲しい、と。


 強い竜に育つように………と…」


「そ、そんな…っ!?」


 シャルロットの言葉に、ジェーンは息を飲んだ。


「そんな時でしたわ、卵が孵り始めたのは。


 だから私は…彼女にせかされて、彼女に止めを刺しました。


 そして…今、その血肉を与えているところですわ。


 これが顛末で…」


「そうじゃない。


 そうじゃないんだわ、シャルロット。


 あたしが聞きたいのは…友達の縁を切る、とまで言ったのに…何でやっちゃったのか、てこと。


 あたしたちは友達じゃないの?


 なんで相談してくれなかったの?


 友達じゃなくなっても…良くなったっていうの?」


 ああ、違う、そんなことを言いたいんじゃない…チナは心の中で頭を振っていた。


「…できませんでしたわ。


 どんなに起こしても、二人とも起きませんでしたし」


「待てばいいじゃん…なんとかして、起こせばいいじゃん…」


「彼女は、苦しそうでしたし、雛たちも順番に孵りつつありましたし。


 そんな状況で、私はこれが一番、という選択肢をとらねばなりませんでしたわ。


 そしてそれは…今でも間違っていない、と思」


 きぃんっ!!


 ふいに、硬い金属音。


 その光景に、ジェーンは息を飲む。


 ふいにシャルロットの頬を打とうとしたチナ。


 それを剣で打ち払ったシャルロット。


 いつのまにかチナの手にはガントレットが装備されていた。


 そうでなければ、チナの手首は切り飛ばされていただろう。


 一瞬の出来事。


 それが、もう一度起こった。


 きぃんっ!!

 

 もう一度。


 きぃんっ!!


 それは暫く繰り返され…二人の衝突が始まった。


「どおりゃああああ!!」


「やああああ!!」


 金属同士が何度も激しくぶつかり合う。


 何度もぶつかり合う。


 何度も何度もぶつかり合う。


 チナの拳とシャルロットの剣。


 チナは、完全に拳闘スタイルだった。


 対するシャルロットは二本の剣を器用に使い分け、接近戦を挑むチナを押し戻す。


 それが何度もぶつかり合う。


 何度も何度もぶつかり合う。


 普通に考えれば、拳と剣では剣の圧倒的有利。


 それを互角にもっていけるチナは恐ろしいと言える。


 そのチナを抑えられるシャルロットも同様と言える。


「このわからずやさん!!」


「それはこっちのセリフよ!!」


 罵りあい。


 だがチナは…叫びながらも思っていた。


 おそらく彼女は、全面的に正しい。


 なぜなら、自分でも同じことをしたはずだから。


 シャルロットは辛い決断をしたはずである。


 ではなぜ自分は、友人としてそれに立ち会えなかったのか。


 代わってあげられなかったのか。


 その大切な友人を…自分は殴ろうとしている。


 八つ当たりしているのだ。 自分でも訳が分からない。


 自分でも訳が分からないから、八つ当たりしているのだ。


 頭が熱くなって、何も考えられなかった。


 何合も何合も打ち合う。


 と…ふいにシャルロットが舌を打つ。


「ジェーン!! ティナさんも!!


 回復魔法の用意はよろしいですか!?」


 シャルロットは、目の前で交差させた剣の合間から十センチほどのところにあるチナの顔に向かって叫んだ。


 煽るわけではないか、離れたところで見守るジェーンにも聞こえるようにするためだ。


「なにを…」


 警戒するチナの前で、シャルロットは大きく息を吸い込んだ。


 そのさまに…チナは直感的にあるものを連想し、絶叫する。


「!!! か、『完全回復+2』と『仮死蘇生』の同時掛け!!


 対象、あたし!!」


 そのチナに…シャルロットは思いきり、息を吹き付ける。


 その吐息は彼女の口を数センチ離れたところから…火炎放射器どころかロケットの推進炎のような炎が沸き起こった。


 ドラゴンブレス。


 それが、新しいクラス『古龍の守り人』になったシャルロットの奥の手だった。


「…せーの、ぽん…」

 

 炎に包まれ、吹き飛ばされ、身を焼かれながらつぶやくように詠唱するチナ。


 それがせいいっぱいだった。

・      (シリアスはここまでw)

「…はひー…」 


 床に仰向けに倒れたままのチナ。 目が、バツ印みたいになっている。


 全回復の魔法により、髪どころか産毛の一本に至るまで焼け跡はない。


 いちおう、死にはしなかったようだ。


 だが…服は全焼していた。


 前半分は瞬時に溶け、後ろ半分は吹き飛んで…遠くで、まだ燃えている。


 全裸だった。


 彼女のスキル『全裸待機無効化』も、ぱんつが燃え尽きてしまえば効果がない。


 あとは謎の光と、オブジェの謎のレイアウトに頼るしかなかった。


「あ…ぎゃー!!! 服! 服! ちょっとタンマ!!」


 チナは戦闘中だったことを忘れたかのように、全力疾走した。


 それは、スースーする行為だった。


 それはとてもとてもスースーする行為だった。


 向かった先は…冒険者たちの遺骸のところ。


 装備品を奪い取るためだった。


 ざ、ざ、ざ、ざ、ぺこぺこん。


「…なにこれ。


 ドラゴンブレストメイル…ドラゴンブレスとメイル?


 今食らったとこじゃない。 嫌味か、コラ。


 まあいいや。 装備して…うっ、詰め物がいるわね。 主に胸」


 ぺこぺこん。


「白の修道服…て、修道服って白いものなんじゃないの?


 …まあパーカー代わりに着てよっか。


 裾はもっともっと切らないと可愛くならないよね。


 袖も六分ぐらい…いや、もっと切らないとおかしいか。


 解体用のナイフだけど…これで切っちゃえ、えい!


 …あ、あれ?切れないな…『肉体強化+2』!!


 おー切れた切れたぁ」


 ぺこぺこん。


「翡翠の編み細工…ああ、あの、ビーズなんかで大きい網目の、腰に巻くやつね。


 名前は忘れたけど。


 …防具にはならないと思うけど…おしゃれさんだったのかな?


 それとも、魔法効果?


 まあ、ベルト代わりにいただき」


 ぺこぺこん。


「ロングブーツ。 …ふつうね。 あ、でも魔法で劣化してないのか。


 …水虫とか、大丈夫…かなぁ」


 ぺこぺこん。


「皮の下着? ああ、虎のは良くて強くてすごいものだ、て言うしね。


 い、いや、しかし、人の使用済みはちょっと…あ、清めの魔法。


 さっきのブーツも、ぽん。


 はい、きれいになった。


 …そして大方の予想通り、胸のサイズが合わないね。


 上を付けないのは…10歳以来かな…。まあ、あまり変わってないんだけど。


 下は…ちょっと短めに結べばいいか。 紐のって、初めてなんだけどね…」


 と、一通りの装備を整え、すーすーしなくなったチナ。


「全く。


 ドラゴンブレスは強力過ぎて…こちらまで吹き飛ばされるのが難点ですわね……」


 そういいながらシャルロットが、洞窟の奥から歩いて来た。


 確かに…作用反作用の法則。


 ロケットのような火力の放出をすれば、その分ロケットは推進するしかない。


 放出を続ければ、空まで飛んでいくのは間違いなかった。


 そして、チナを見ながら言う。


「あの攻撃でぴんぴんしてますのね…全く…さすがとしか言いようがありませんわね…」


 ため息をつきながらいうシャルロット。


 そのまま、剣を鞘に戻す。


 もう、戦闘意欲はないようだ。


 その足元には古龍の雛たち。


 おわった?おしごとおわった?とばかりにシャルロットの足元にヨチヨチとよりつく。


 完全にシャルロットを親と思っているらしい。


 シャルロットが頭を優しく撫でると…そのまま目蓋を閉じていた。


「あ、ジェーン。 私、一か月ほどこちらに逗留しますわ。


 この子たちのお世話をしませんと。


 一か月ほどしないと、ヨチヨチで外を歩くこともできないそうですし」


「…いいよ…そんなの」


 口をとがらせて言うチナ。


 それに寂しそうな笑みをみせるシャルロット。


「彼女に…頼まれましたから」


「みんなでやればいいよ、って言ったの。 友達でしょ」


「え? あ…そ、そうですわね」


「ま、いいや。


 ジェーン、あたしたちは、とりあえずいったん帰ろう。


 収穫はあったからね」


「ふ、ふぁい…」


 ジェーンは山積みになった大金貨と金貨を眺めながら、夢のような口調で呟いていた。


 アイテムボックスを空にした時の中身だ。


 下手をすれば、町を半分くらい買い取れるかもしれない。


 それくらいの量の金貨だった。


「あ、ジェーン。


 それは全部、冒険者ギルドと商業ギルドと酪農業ギルドに分散して預けるから」


「…………。え?」


「ん?」


「ふぇえええええええ!?」


 状態異常になりそうなジェーンがなんとも情けない悲鳴を上げた。


 洞窟中に響く大音量に、チナは、思わず耳を押さえる。


 そして…反響が収まるのを待ってから、チナは続ける。


「共済金システム……つまり、月々いくらかの掛け金を一定期間払って、期間後にそれを受けとる。 まあ、年金みたいなもんね。


 たしか、それぞれのギルドにあったはず。 それを利用すんのよ。


 それだけあるなら交渉して、ドカンと預けて、来月から少しでも配当金を貰おう。


 いわゆる利息生活ね。


 この世界には、銀行ってものがないから…」


「??????」


「あ。


 いっそ、銀行を作ってもいいのか…商人とかで、希望者には担保をとって貸し付ける。


 貸し倒れにならないよう少なめでもいいから利息を取って…貸し倒れたら差し押さえたらいいんだし」


「??????????」


「ローリターンでも、ローリスクをとる。


 総資産を減らさず、不労働収入を得る。


 言っとくけど、タンス預金なんて自分の手足を食うようなものだから。


 イトーの家と同じく、自己資産の運用と運営管理だけで生きていくのが理想。


 あたし頭は悪いけど、親の背中ぐらいみてたんだからね」


「そうなの…ですか?」


「あと、拾った装備も、必要なもの以外は全部売る。


 これは当座の運営費に充てる。


 利益が出るのはしばらく先になりそうだから。


 これも余ったら、運用に回すからね!


 大金が入ったからって、贅沢しようなんて、考えちゃだめ!!


 身銭を切ってするのは贅沢じゃない!


 贅沢ってのは、余って遊んだお金でするから、贅沢なんだよ!」


「は、はい!!」


 なんだかわからないまま、敬礼までして見せるジェーン。


 そんなことではいいお嫁さんにはなれませんよ、とは言わなかったチナだった。


「じゃあ、シャルロット。


 あたしたちはいったん帰るから。


 子供たちの相手をしないと。


 明日また来るし。 その時に交代しよう。


 …頑張ってね。 そして…ごめんなさい」


「そんな…私のほうこそごめんなさい、ですわ。


 その…お、おともだち、に、あんなことを…」


「気にしないで、私も気にしない。


 あはは…お前が言うな、ってねー」


 そう言って、チナは笑顔を見せると、ジェーンを伴って帰っていった。


 拾った装備と金貨の類は、全てアイテムボックスに収納している。


 アイテムボックスは都合四つあったので、いったん中身を空けてから三人で分配した。


 無論そこにも大量の金貨が入っており、またもジェーンが状態異常に陥ることとなる。


 残りのアイテムボックスは、金庫へ。


 孤児たちの中から希望者があれば…冒険者にするのも面白いかもしれない。


 その時のために、売らないでおいた。


 この先どうなるかはわからないが…取りあえず、チナたちの冒険は始まったばかりだった。  

 後日。


 チナたちは、『ティナ孤児院』を立ち上げた。


 と言っても、パーティではない。 孤児院のほうだ。


 『ティナ孤児院』と名前を変え、法人化したのだ。


 と言っても…中身は社会福祉法人とは言い切れない。


 『孤児を養うための』寄付受付。


 『孤児を養うための』金融貸し付け。


 『孤児を養うための』商売行為。


 建前を前に、もう何でもありだ。


「この業務形態は使えるよね。 他の町や向こうでも使えないかな…ひっひっひ」


 悪い顔をしながら、チナはそう言っていた。


 また。


 今まで通りの孤児院のほかに、週に何日か、ささやかな学校業務をすることにした。


 地域の子を集めて文字を教えたり、チナの知る中学一、二年までの授業内容を教える。


 人数は少ないからあまり金にはならないが、これが意外と高評価を受けた。


 チナは頭が悪いのではない。 勉強以外では、普段使っていないだけだ。


 また、孤児院の子供たちも外部の子供と交流することができ、お互いの理解が進んで、友達が増えたようだ。


 十歳以上とそれ以下を、日によって分けた。


 十歳以上はチナが受け持ち……その中でも出来のいい子供は、下の子供の先生として授業をさせた。


 戦前の日本の方法に近い。 そのうち野口英雄みたいな人物も出てくるかもしれない。


 かくしてチナは、チナなりのやり方で、おそらく継続できるであろう『孤児院』を確立した。


 当初の問題だった運営費など、すでにハナクソみたいなものだ。


 そして、もう一つの問題。 壁の修繕費。


 こちらは、一つ話しておかなければならない話がある。


 ドラゴンの洞窟から帰ったチナとジェーンは、その足で壁の修繕費を払った。


 無論、迷惑料も含めて。


 結果、壁は修理されることが決まった。


 その夜。


 チナは子供たちの目を盗み、例の神様への依頼料を支払いに修道院に行こうとしていた。


 神有月まで、チナは自分の収入の半分を豊穣神に渡すことを決めていた。


 孤児院のドアを開けたチナ。


 と。


 夜の闇の中、こっそりと修道院のほうから、目を忍ぶようにして歩くジェーンがいた。


「あ、あうう…ティナしゃん! ここここんな夜中にいったいにゃにを?」 


「え…? ジェーンこそ。


 こんな夜中に、修道院から帰ってくるなんて…。


 ふふふ。夜の修道院から顔を真っ赤にして帰ってくるなんて。


 まさか…いけないことを…なんて」


「しょしょしょしょんな!! い、いけないことだなんて…」

 

 そういうとジェーンは、赤い顔をさらに赤くさせながら、逃げるように孤児院に入る。


 すてーん! ばたーん! がっしゃん!


 そんな漫画みたいな音が、孤児院の中から聞こえてきた。


「あっちゃー…悪いこときいちゃったかな………?」


 言いながら、二人の顔を思い浮かべてみる。


 ニューとジェーン。


 美男美女で、なかなかお似合いなのかもしれない。


 うらやましいとは、裏山で死んでほしいの略だ。


 とはいえまあ、なるようになったのかもしれない。


 丸く収まるなら、それはそれでいいのだ。


 そう思い、依頼料は明日にすることにした。


 …逢瀬のあとのお片付けなど、見たくなかったことでもあるし。


 と…視線を修道院に向ける。 


 例の落書き。


 『ばかしんぷ しね』


「ばかしんぷ しね、か…確かにうらやまけしからんわね。


 日本じゃ十五歳はまだ未成年なのに。 …うん?」


 思わず声に出して読んだ落書き…その隣。


 『ざまあみろ くそしんぷ』


 新たな落書きが追加されていた。


 脳裏をよぎる…先ほどのジェーンの『いけないこと』と言う言葉。


「って!!! あんたが犯人だったのかー!!!!」


 チナの激しい突っ込みが、孤児院の周りに響いていった。

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