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第一章 五.五話 一発かます姉

 先程まで沈黙していたスピーカーが、急に小さくハウリングを起こした。


 何かのアナウンスが、始まろうとしているのだろう。


 それを察知してか、会場内が静まり返った。


 設置されたスピーカーから、女性の言葉が聞こえる。


『それでは…ただ今より、伊藤千奈いとうちな様の通夜を執り行います』


 途端に、通夜に出ていた少女たちが、むせび泣き始めた。


 おそらく、故人の同じクラスの女子生徒たちだろう。


 だが…出席者はそれだけでは無かった。


 数百人規模の喪服。


 それが会場周辺で動いていた。


 かなり大規模な通夜である。


 伊藤家の菩提寺でもあるこの寺…それを借り切っての通夜だ。


 専用の椅子から、坊主が立ち上がった。


 そのまま…祭壇の前に移動する。


 そして、読経が始まった。


 重い調子…それを放心した様子で聞く少女。


 名を、伊藤千佳いとうちかといった。


 漆黒の髪の長い少女。


 千佳は、用意された椅子の上で、憔悴しきっていた。


 最愛の妹の訃報に触れ、夜を泣いて明かした。


 なぜなら…彼女の死因を作ったのが、自分だったからだ。


 青の横断歩道を歩いていて…車にはねられそうになった。


 そこを、妹に救われた。 代わりに…妹が、命を失った。


 妹は数百メートル引きずられ、挙句に壁に衝突し、大破炎上した。


 当然、遺体はひどい状態だった。


 即死だったと言う診断は、遺族に配慮したものだったのかもしれない。


 重い読経は続いていた。


 と…その時。


 千佳の膝を叩く者がいた。


 遠慮のない叩き方。 末の妹の、理子りこだった。


「ぷいきゃあ」


 そう言って理子は、読経する坊主に向かって指をさす。


 変わった服を着ていれば、何でも『ぷいきゃあ』らしかった。


「…違いますよ、理子。


 さ…千佳お姉ちゃんと一緒に、いい子でここに座ってくださいね」


 泣き明かして、少しかすれた声だった。


「あい」


 おとなしく千佳の膝に座る理子。


 だが…幼児が大人しくしているわけがない。


 今度は、祭壇の上を指さす。


「ちな」


「…うん、そうですね。 千奈ですね…」


「ちーなー!」


 無邪気に千奈を呼ぶ理子。


 それが周囲の涙を誘う。


 一斉に、周囲でハンカチが動く。


 まあ、葬式によくある光景と言ってよい。


 実際、千佳の視界も潤んで揺れた。


 と…不意に理子がひざから飛び降りる。


 涙のせいで一瞬制止が遅れ、理子が走り出すのを止められなかった。


「ま、待ちなさい、理子」


 追いかける千佳。


 意外とすばしっこく、追いついた時には寺の門の近くまで来ていた。


「…いけませんよ、理子。 大人しくなさい」


「お、おー」


 そう言って、理子を抱き上げる千佳。


 その時だった。


「えー…ただ今。


 伊藤議員のご息女、伊藤千奈さんの通夜が、営まれています。


 関係者の皆様が大きな悲しみの中で、見送っておられます」


 テレビの中継だ。


 そういえば、やけに大きい車が止まっていた。


 今回の一件は、全国紙に載るほどのニュースとなっていた。


 実際、テレビ的には美味しすぎる話題だったろう。


 衆議院議員の未成年の次女の、あまりにも無残な死亡。


 事件と事故の両方で捜査されているという。


 贈収賄や女性問題などのスキャンダルのない、クリーンなイメージの衆議院議員に突然起きた悲劇!!


 週刊誌やテレビなどが、ほぼ全誌で取り上げていた。


 まあ、父親に何のスキャンダルもなければ、二日で終息するだろうが。


「………」


 千佳は、ふと視線をやる。  


 中継が終わったのか、TV中継のクルーたちがVサインなどして笑っていた。


 よくある光景だ。


「いやー、しかし。 遠かったっすね、ここ。


 地方議員だからって、ここまで田舎じゃなくっていいのに」


「まあ、そう言うなよ。 まだ、帰らなきゃいけないのに。


 本家はこんな辺鄙なところだけど…実際、伊藤家は全国の都市部に大きな不動産を持つ県内でも指折りの資産家だからな。


 他にも株式や証券の類…でっかい会社にもそうとう口が利くってことだ。


 うちは報道の下請けだけど…元請けの会社の株も持っているんじゃないかな」


「それを早く言ってくださいよ! なんかあったら、首じゃないすか!」


「自分で調べとけよ、それくらい。


 ま…伊藤議員がクリーンなのもわかるよな。


 政治資金なんか、自前で調達できるし。 巨大資産家の一族が政治家だなんて。


 利益誘導なんてお手の物じゃないか?」


「うーん、その辺で何か出てくればいいんすけどねー」


 中継クルーの二人は、そんな会話を続けていた。 放心した千佳の耳にも届いているというのに。


 そんなの、出るわけがない。 千佳は思った


 伊藤の家は、守りの家だ。


 ハイリスクなものなどには手を出さない。


 ローリスクなことだけを地道に数百年やってきて、今の伊藤家があるのだから。


 製造業や生産業にも直接は手を出していない。 一部、流通と仲卸に手を出したのみ。


 本当に価値のある金融と不動産を、丁寧に。


 堅実。 それが伊藤の家の根幹だった。


 無論、彼女が知らないこともあるのだろうが、少なくとも彼女はそう思っていた。


 二人は、続ける。


「でも…ま、かわいそうっすよね、死んだ子。


 写真見たっすよ。 結構、可愛かったのに。


 それが…数百メートルも引きずられたなんて」


「それもそうだが…聞いたか?


 死んだ子のお姉ちゃん、ひいた車の進路をたどって、ばらばらになった妹の遺体を一つ一つ拾い集めたって話。


 …もう、着てた制服、血まみれだったってよ」


「ひえー…そりゃ…ちょっと…。 胆すわってるっすね」


「目撃者も、拝む奴と、腰抜かした奴と、泣いてた奴と。


 でもそいつらが、後ろからクラクション鳴らしたドライバーを取り囲んで詰め寄ったりしたらしい。


 で、一緒に回収を手伝ったんだと。 警察は困ってたらしいが。


 世の中、捨てたもんじゃないよな。


 まあ、伊藤の家の娘って知ってたのかもしれないが」


「カリスマ性ってやつっすかね。 いくつでしたっけ?」


「十三歳だってよ。 そうそう、双子だったって。 死んだ子と。


 学業優秀、文武両道…あ、空手とか柔道もやってたらしい」


「…完璧超人じゃないすか」


「ああ、それが……ちょっと変わり者らしくてな」


「というと?」


「いい年頃の娘たちだってのに…先代当主に連れられて、遊びまわってたらしい。


 山の中に入ってサバイバルとか猟師の真似事とか。


 海外行ってロッククライミングとか。


 それは、上の兄弟も同じだったらしいけどな。


 家の方針らしいが…いつ路頭に迷ってもいいように、とか…よくわかんねえな」


「へえ…成績とかは、どうだったんですかね」


「さっき言ったじゃねえか…て、それは姉のほうだったか。


 妹のほうは…ま、あまり芳しくはなかったようだな。


 それでも、上の下から中の上、ってとこらしいが。


 武道のほうは、妹のほうが上…だったかな?


 …まあそんなもの、何の役にも立つまいが。


 おっ、中継再開だってよ」


「あ、了解っす。


 へえ、じゃあ…こう言っちゃなんですけど…良かったっすね」


「十、九、…何がよ」


「『死んだのが、下の子のほうで』」


「はは…そう言ってやるな。


 三、二…え? ちょっ…AD!! その娘を」


「はい、再び、現場で…ごはあっ!!」


 テレビの中継が再開された時…それは歴史に残る放送事故となった。


 それは端正な顔をしたレポーターが、十三歳の少女に殴り倒される映像だった。


 レポーターは、千佳の渾身の左拳を、顔の正面から喰らっていた。


 映画のワイヤーアクションみたいに、後ろに吹っ飛ぶレポーター。


 そこに、追撃の一撃。


 吹き飛ばされて自由落下していく頭部に追いつき、拳を上から下に振り下ろす。


 右拳ごと、頭部を地面に叩きつける。


「千奈への侮辱は…絶対に許しません!!」


 静かに言う千佳。


 その手に…チナと全く同じく、黄金のガントレットを輝かせながら。

 そして…理子の歓声を聞きながら。


「やー! ぷいきゃあ! ぷいきゃあ!」


 理子、それ、ぷいきゃあ違うよー。 お姉ちゃんやー。

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