第一章 五話 神と妹
「ええと今回のクエストですけど…まあ大満足すべき結果と言えますわね。
無論、反省点は多々ありますけれど」
「はあ…」
夕食後。
シャルロットとジェーンはテーブルで向かい合いながら、ジェーンの書き出したメモを見ていた。
そこに書かれていたのは…数字の並び。
比較的大きな金額がいくつか、積み重ねられていた。
出納記録であるらしい。
その横に、算盤のようなもの。
日本のものとは違い、なぜか上の珠が四つ、下が五つだった。
子供が上に乗って遊んだ時の安定感のためかもしれない。
「支出は、実質、無しですわ。
ギルドへの登録料も…なんだが、うやむやのうちに登録できてしまいましたから。
私の剣は父の形見ですし、ジェーンの装備も…クローゼットにしまい込んであったものですし。
ティナさん…が、まさかの素手でいらっしゃいましたから…」
言いながらシャルロットは、算盤に手を伸ばした。
そして…珠をそろえ直してから、続ける。
「で、収入ですわ。
これが、クエストクリア報酬…まあしょせん、ゴブリン一匹の討伐、でしたからね。
討伐証明の…上位ゴブリンの牙の買い取り額が、これだけ。
あとは彼らが持っていた…彼らの通貨でもある、宝石の買い取り額。
これが意外と多くて…こう。
ティナさんに半分は渡すとして、残り……私たち二人の金額をあわせれば、こう」
算盤に示されている金額に、ジェーンは小さく息をのむ。
そして、祈りの言葉を口にした。
「節約すれば……孤児院一か月分の、運営費ですね…」
「ええ…なんとか、もう一か月は生き延びられそうですわね…」
そう言うと、シャルロットは滲んだ涙をぬぐう。
「でも…今回は、運が良かっただけかもしれませんわ。
上位ゴブリンがいて、しかもそれを討伐できたなんて。
まして…ボーナスに、宝石の類。
とても駆け出し冒険者の冒険一回分の収入ではないですもの」
「まあでも、運が良かったというのであれば…」
「…ええ。
ティナさんが、こちらにいたこと自体が、幸運ですわね」
「出会えたこと自体も、ですわ。 豊穣神よ…感謝いたします…」
そういって、ジェーンは祈りをささげる。
「ま、まぁ…私たちのレベルも一気に上がったことですし。
今後は私たちも、それなりに活躍できると思いますけれど」
シャルロットはわざとらしい咳を見せてからそう言った。
ツンデレさんだったことを思い出したようだった。
「…さて。 今後、ですわ」
「今後?」
「ええ。 このままこの稼業を続けますの?」
「今回ほどの収入は得られないかもしれませんが…それしかないでしょうね。
危険ではありますが、その…修繕費の事もありますし」
「……。 …ですわね。
あ、そういえば…ジェーンは回復魔法のレベルも上がっているのではありませんの?」
「施療院ですか?
あいにく…施療院は、教会でしか開設できないことになっているのです。
それに…子供たちのこともありますし。
まあ、ティナさんの作ってくれる…保存がきく食事と、あと上の子たちが下の子たちの面倒を見てくれているので助かってはいますが…」
「…そうでしたわね。
まぁ、でも。
この稼業を続けるのにしても…色々と、出てゆくものがありますわよ?
収入即支出の経営も景気が良いなら構いませんが…運営資金の蓄えも必要ですし。
安全のために、買い揃えないといけないものもありますわ。
防具、武器、いろいろな道具、携帯食料なども…」
「楽観視もできない、ということですわね……」
「あと…ティナさん自身もどうなさるか、ですわ。
ティナさんは、今後、どうなさるのでしょうか」
「……えっ…?」
「今後も、私たちと一緒なのか…それとも。
もともと、異邦の方ですし…旅をなさっているのかもしれませんし。
ティナさんに、ここを守る義理はありませんもの。
「そういえば…そうでしたわね」
「私としては当然ここに残って…げふんげふん。
ま、まあティナさん次第、ということですわね」
言いながら二人は、隣の部屋のドアを眺める。
そのドアの向こうには…子供たちと一緒に寝るチナがいた。
・
・
・
やれやれ、そんなに気を使わなくていいのにね…薄暗い部屋の中、チナは目蓋を閉じたまま、心の中で呟いていた。
見えてはいないが、彼女の周りでは子供たちが安らかな寝息をたてている。
省スペースのための二段ベットの中に、二人ずつ。
チナのために空けられたベッドにも、すでに両脇に一人ずつ子供が入り、抱きつかれている。
懐かれてしまった。
まあ、悪い気はしない。
妙に高い子供の体温…それを、感じる。
「そう、ティナさん次第…ですね。 でも、子供たちも懐いているようですし。
私も、もう少しティナさんとお話ししたい…と思いますもの。
きっと私たちは…良いパーティになれると思います」
「私もそう思いますわ」
隣の部屋からそんな言葉が聞こえる。
心配するまでもない。
チナが他のどこにもいく予定は、なかった。
チナは他に行くところがないのだから。
まあ、自分の能力あっての、二人の言葉かもしれない。
かもしれないが…まぁ排斥されているわけではないのだから、チナも悪い気はしていなかった。
だが。 そんなことより。
チナは今、大きな問題を抱えていた。
体を、動かすことができなかった。
抱き付かれて身体がしびれている訳ではない。
体を、動かすわけにはいかなかったのだ。
「…………」
声を出すことができない。
声を出すわけにもいかない。
目蓋を開けることができない。
目蓋を開けるわけにもいかない。
チナは、恐慌に陥っていた。
それは、当然であったと言える。
薄く開けた目蓋。
一ミリほどしか空けられなかったが、その視界の中。
仰向けの状態のチナ…その、数センチ上。
そこには…幽霊が、立っていた。
日本製の映像作品では記号化されているともいえる………淡い照明を反射しているかのように、透けるような青白い光を放つ、みすぼらしい老人が宙に浮かんでいたのだ。
・
・
・
ゆっ、幽霊だーーーーー!!!
チナは、絶叫しようとした…が、必死で抑え込む。
悲鳴! 悲鳴!! 悲鳴!!!
抑え込んだ分、自分の頭の中に、自分の悲鳴が轟く。
だが、それを外に出すわけにはいかない。
身体を、一ミリも動かせない。
思考の内側だけが、完全な恐慌状態だった。
老人は、右手に、自分の身長ほどの杖を持っていた。
そして、無言のまま、チナを見下ろしていた。
無言。 無表情。 それが、なおさら怖い。
チナの、わずかに開いた視界に居座る幽霊。
そのまま、数分の時間が流れる。
やがてその老人は…小さく首を傾げた。
「…ん~~~~~~…」
それは、妙に高い声だった。
モノマネで、芸人などが妙に対象の声の特徴をマネしているかのような、そんな、癖のある声。 もしかしたら、強い訛りなのかもしれない。
老人は、そのまま言葉を続ける。
「ん、ねえ、ん、きみね。
ん、本当はね、ん、起きてるんじゃないの?」
…モノマネではないようだ。
本当に、こういう話し方であるらしかった。
たしかに…たまに、こんな妙な話し方をする人はいる。
だが…宙に浮き、淡く青白い光を放つ生物には、出会った事がなかった。
「…すー、すー…、すー…」
チナは、老人の言葉に答えなかった。
応えるわけもなかった。
幽霊を前に寝たふりを選択したのは、当然の心理だった。
老人は、続ける。
「ん、あのね、ん、本当に寝てる人はね、ん、たまに寝っ屁とかすると思うんだけどね」
なんてことを言いやがる。
チナは少し動揺していた。
「すー、すー、すー……ぐ、ぐー、ぐー、ぐー」
「あれ? ちょっと今ね、ん、がんばってみたよね?
あと、思いとどまらなかったかな?」
「ぐー、ぐー、ぐー…う、うーん」
チナはごまかすように寝返りをうった…そのふりをした。
と。
そこにいたものに、チナは絶叫しそうになった。
目蓋が動かなかったのは、奇跡だったといえる。
そこには、大きな蛇が、床の上でとぐろを巻いていた。
老人と同様、透けるような、青白い光を放ちながら。
その姿に、チナは見覚えがあった。
そのグラスホッパーは…彼女が平原でとどめを刺した、豊穣を司る神の使い。
愕然とするチナを見下ろしながら、老人は続ける。
「ん、ねえ君ね、ん、その子を殺さなかったかな?
いちおうね、ん、ワシの使いなんだけどね…」
かっ!! 神様だったー!!
チナは脳の内側で、大音量で絶叫していた。
・
・
・
「ん、この子ね、ん、かわいいでしょ。
ん、コータくんていうの。 ん、コータくん。
ん、かわいいでしょ、ん。
こんなにかわいいのに…こんなに早く殺されちゃうなんてねぇぇぇぇ…」
びくん。
チナの体が、小さく震えた。
豊穣神の言葉。
加害者側にあるチナにとって、それはそれほどの恐怖だった。
豊穣神は、続ける。
「ん、ひどいよねぇえ?
ん、こんなにかわいい顔をしてるのに、ん。
お口の中から…頭をふきとばされちゃったんだってぇぇぇぇぇ…」
びっくん。
チナの体が、大きく震えた。
「ん?
今なんか、ん、おっきく動いたよねえ?
まさか…神様を前に、寝たふりをしているような不届きものはいないよねぇぇぇ…」
「ぐぐっ、ぐっ、ぐ、ぐー、ぐー、ぐー…」
豊穣神の正確な言葉に、完全に口で言っている寝息が、震えた。
こんなに完ぺきな擬態を見抜くなんて、さすが神。
さ、さすがだわ、神さま…チナは思考の奥で感嘆していた。
豊穣神は、こともなげに続ける。
「ん、ま、いいかな、ん。
なによりね、ん、この子をね、ん、こんなに早くしなせてくれたんだから」
「ぐう?」
豊穣神の意外な言葉に、チナは思わず問い返した。
「ん、神様はね。 気に入った子には、早く死んでほしいものなんだ、ん。
はやく、近くにきて欲しいからね、ん」
「……」
チナは、思わず無言になった。
予想外だったからだ。
まぁ…まあ、確かに。
自分が神様だったとすれば…下界をのぞいていれば、この神のような心理にたどり着くかもしれない。
チナは、妙に納得した。
善い人ほど早く死ぬという理論が、完全に説明されたからだ。
豊穣神は続けた。
「あー、もちろんね、ん、自分で下したり手を回したりはね、ん、しないんだけどもね。
ん、この子もね、ん、あと一〇〇年は生きるはずだったんだけど…ん。
君のおかげでね、ん、こんなにも早くにね、ん、ワシのもとに来てくれたんだ、ん。
ん、だからね、ん…君にお礼が言いたくてね。
ん、だけど……ん、眠っているなら仕方ないね…」
「………」
チナは、困惑していた。
豊穣神の言葉。
沈黙するチナ…あ、寝息を忘れていた。
「…ぐー、ぐー、ぐー……」
「ん? コータくん、どうしたの、ん?
…ん? 寝たふりをしてる気がする? んー?
ん、まさかぁ。 神様を前にして、そんな不届きな娘がいるわけがないでないの?」
あのバッタ野郎! もう一回殺してやろーか!!
チナは絶叫しそうになった。
「…んー?」
豊穣神は、チナの顔を覗き込んだ。
一応確認するつもりらしかった。
目でも悪いのか…豊穣神は、チナの顔の数ミリ手前まで顔を近付ける。
近い、近い!! 焦る、チナ。
と…今度は、顔を遠ざける…と思ったら、もう一度顔が近づく。
それを、何度も繰り返す。
目が悪いのか、どうやら目の焦点が違和感なく合う場所を探しているらしかった。
チナはその都度身を固くした。
老眼ですか、この野郎!!
その絶叫を、チナは何とか抑えた。
「ん、まあいいんだけどね、ん。
ん、それにね、メグルちゃんからね、ん、よろしくって言われてたからね、様子をね、ん、見に来たんだけどね、ん」
「ぐぅ!!??」
チナは驚いていた。
転生を司る女神、メグル。
彼女は確かにそう言っていたが…地球の神様とも知り合いだとも言っていたが、それはこちらの神様も同様であるらしかった。
意外とすごい人だったんだ…女神様を捕まえて、そう思うチナであった。
「けどね…ん、メグルちゃんもね、ん、ひどいよね。
何も説明せずに、転生先に放り込むなんてね、ん。
今この世界に、魔王なんていないのに、ん。
じゃあ何をすればいいんだ、って話になるよね、ん。
ん、かわいそうにねぇ……」
「………」
「ん、まあ職域が違うからね、ん、ワシには何も説明できないけどね、ん。
まあね、ん、これからいろいろ大変そうだからね、ん、これあげるよ」
そう言うと豊穣神は、どこからか金色に輝くものを取り出した。
それは…金属の籠手。
すべての部品が金属の、完全防御タイプの、籠手。
分かりやすく言えば…手袋のように完全に皮膚が隠れるタイプのものだ。
しかも手首から指先まで、すべての関節が曲げられるらしい…そんな精密加工のもの。
超精密な、ガントレットだった。
それを…ぽい、とチナのお腹の上辺りに落とす。
「ぬぐほっ!」
重そうな全金属製の籠手による、それはまさしく腹パン。
急に来た衝撃に、チナは思わず起き上がった。
「…あ」
「あ…」
「……」
チナと豊穣神と大蛇。 視線がそれぞれ交差する。
「やっぱ起きてんじゃねえかああああ!!!」
「なっ!? こ、これは違っ……おごっ!!」
豊穣神のゲンコツに頭頂部をとらえられ、チナはそのままベッドの上に倒れた。
・
・
・
「まったくね、ん、だめだよ、神様を無視しちゃ、ん」
「あ、ええと…一応、日本じゃ神様を見つめたらいけないことになってまして…」
適当に理由をでっち上げながら…先ほど殴られた頭頂部を撫でながら、チナは豊穣神に応える。
「ん? あーそっか。 そっかそっか、ん。
キミは日本の娘だったよね、ん」
「あれ? 日本を知ってるの?」
「うん、毎年ね、ん、行ってるよ?
といってもね、ん、いつも、オフシーズンにだけど。
ん、いいとこだよね、日本」
そういいながら豊穣神は笑顔を見せた。
バカンス感覚か。
そう言いそうになったが、チナはあることを思い出す
「え?
それってまさか…十月?」
「ん、そうそう。神有月だっけ?
なんだかね、ん、そういう風習があるんだってね。
ん、日本の神様も見栄っ張りだよね。
いくらヤオヨロズって言っても…本当にね、ん、八〇〇万柱も神様を集めるようとするんだからね、ん。
ワシなんかも呼ばれるわけ、ん。 ワシ、異世界の神なのに。
ん、頭数合わせもいいとこだけどね、ん。
…まあ、ただで異世界旅行にいけるからいいんだけど。
たまにはね、ん、夏とか冬にね、行ってみたいもんだわ」
そういって豊穣神は、カラカラと笑っていた。
うれしくもないが意外ではある事実が暴露され、チナは反応に困った。
なるほど。 出雲の十月には、異世界の神様も来日しているらしい。
「それよりね、ん。
これ。 ん。
ちょっとつけてみてくれる?」
「はぁ…」
言われるままに、金色のガントレットを装備してみる。
お、意外としっくりくる。
試しに拳を作ってみる。 いい感じの重さだ。
角度を変えて見てみたり、指を伸ばしたり、チナは何気に、気に入ったようだった。
「この籠手。
ガントレットの籠手っていうんだよ。
ん、かっこいい名前でしょう?
考えに考えた名前で、自信作なんだよ」
考えて考えすぎた結果、『美しい美人』とか、そんな感じになってしまったわけか。
無意識のうちにチナは突っ込んでいた。
「…自信作てのは…名前の部分なんだね…」
「ん?
うん。
だってワシ、基本、営林と酪農業の神様だもの、ん。
たまに商人がね、角度を変えて信仰することもあるけどもね、ん。
まぁ、生半可なことじゃ壊れないのはね、保証するけどね、ん。
あ、そっか。
そっかそっか、付与スキルね、ん。
ん、じゃあつけるよ。
せーの、ポン」
豊穣神は杖を伸ばし、チナの膝の上のガントレットを叩く。
「ん、付けといたからね。
ん、酪農業を司る豊穣神らしくね、『搾乳量上昇』と『受粉率向上』と『家畜出産率向上』の上位スキルね。
『乳しぼり待ったなし』『エンドレス果実収穫』『作る側の子供好き』。
ん、キミの住む土地にはね、豊かな収穫がね、訪れるだろうね、ん」
「ちょ…それ、性的な嫌がらせ的に、どうなの!?」
青少年の育成的に、大丈夫なの!?」
言いながら反射的にガントレットを外そうとする。 が。
「は、外れない!?」
「あー、それね、ん。
ん、魔道具の上の、神器だから。
ん、念じれば、ちゃんと存在を隠すことはできるよ。
ん、念じれば、出てくるしね。
やー、便利だよね、ん」
「そ、そうじゃなくってさ。 は、外すにはどうしたらいいの!?」
「んー? 神器だから外れないよね?
ん、それね、それ自体が魔法なの、ん。
あのね、わかるかな?
この世にあるものはね、ん、人も物も、空気も水も、森羅万象すべてが魔法なの。
だから、その構成情報を書き換えてやれば、全てを変えることができるのね。
これがね、魔法の原理なの、ん。
ん、君に光魔法を付与したときと一緒でね。
『君という魔法』をね、『光魔法を使える『君と言う魔法』』に書き換えた、て言えばいいかな?
ん、DNA…あ、君、日本人だったらわかるよね、ん。
そのDNAをキーにしてね、『君と言う魔法』を書き換えといたからね、ん」
「そんなこと聞いてないよ。 よくわかんないし。
それより…呪いのアイテムじゃないの、コレ!?」
「ん、ひどいこというよね、ん。
そんなこと言う娘は…」
「あーごめんなさいごめんなさい!!
それより…さっき出た話なんだけど…」
拳を構えられ、チナは正直に謝っていた。
下手に出たのは…少しお願いしたいことがあったからだった。
「ん? なにかな、ん?」
「毎年、十月に日本に行ってるんだよね?
じゃあ…ちょっと、お願いしたいことがあって…」
・
・ (急なシリアスですみませんw)
・
しばし、沈黙。
豊穣神が、頭を傾けながら、思案顔でチナを見ていたからだ。
「んー。連れてくってのはダメなんだな、ん」
「そ、そうじゃなくって。
むこうじゃ…あたしは、もう死んだんだし。
それは…わきまえてる。 うん。 わきまえてる。
多分…夕べか今夜辺りがお通夜で、今日か明日がお葬式、ぐらいかな。
遺体だって、きっとひどい状態で…もう荼毘に付されてるはず。
…あ、あれ?」
と…不意に涙がこぼれた。
そう、自分は死んだのだ。
「そっか…あたし、死んだんだよね。
チカにももう会えないし、リコにだって構ってあげられない。
…あはは、違うか。 あたしがリコに構ってもらってたんだったりしてね。
それで、伝言を頼もうとして…もう会えないって今さら分かって、それで自分が死んだことに気付くなんてね…」
「…ん? 伝言?
んー、色々問題はあるんだけどねぇ…他の神様のナワバリだしね、ん。」
「……お願いします」
ぺこり。
チナは深々と頭を下げる。
下げたまま、上がらなかった。
「まあ…虫の知らせ的なものか、向こうの神様に頼んで、コータくんみたいな使いを借りるか、だねぇ、ん。
その程度ならいけなくもないけど、ん。
日本の神様は、その辺、わりとゆるいから」
「…ありがとうございます」
チナは…頭を下げたままだった。
もしかしたら、泣いているのかもしれなかった。
「ん。
じゃあ、ね、伝言を聞いとこうかな」
「わたしはこっちで元気でやっている、って」
「ん。 確かに聞いたよ。
次の神有月まで待ってくれる?」
「はい」
「ん、よろしい。
じゃあ、ん、ワシはそろそろね、ん、帰るとするよ」
そう言うと…回復魔法の使用時のような、光の粒子が発生した。
頭を下げたままチナは見送るつもりのようだ。
「ん、寄進、いっぱいしてね」
「ぶふっ…はぁい!」
若干黒い冗談は、彼女も好きなところだった。
小さく吹き出すと、思わず顔を上げる。
まだ涙は残っていたが、かすかに笑顔が浮かんでいた。
それを確認すると、豊穣神の姿はその場から消えていた。
残った形跡は…彼女の両腕のガントレットだけだった。
・
・
・