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第一章 四話 新しいクラスの友達と妹

「お家騒動かー。


 ウチの実家でも昔あったらしいけど…まさか異世界に来てまで世知辛いものを見せられるとはねー…」


 朝食後…と言っても、もう正午をだいぶ回っていた。


 チナとシャルロットが朝食の片付けをし、ジェーンが子供たちの世話をしているともうそんな時間になっていたのだ。


 いつもより早いが…子供たちは昼寝をしていた。 


 シャルロットと、チナ。


 二人は一緒に休憩していた。

 

「異世界? ああ、あなた異邦人でしたわね」


「…。うん、そーそー」


 もう説明する気のないチナは、シャルロットにそう短く答えていた。


「実家でお家騒動なんて…まるで貴族のようではありませんの?」


「ああ、別にうちは貴族なんて立派なものじゃなくって。


 なんていうのかな…まあ、田舎の小さな出来事よ。


 どんなに田舎でも、遺産分与と、土地の境界線の争いはあるでしょ?」


「まぁ確かにそうですわね」


「それより、聞かせてよ。


 まあ、もめてるのは分ったけど…。


 この孤児院と修道院、いったいどうなってんの?」


「………」


 チナの問いに、シャルロットは答えた。

 もともとこの修道院は、亡くなったジェーンの祖父が修道院の神父をしていた。


 この世界の修道院の役割は三つ。


 布教。


 冠婚葬祭のとりしきり。


 回復魔法による施療。


 この三つのうち、上二つはほとんど金にならないそうだ。


 日本とはぜんぜん違う。


 そもそも街中のすべての人間が神父の名前と顔を知っている状態では今さら布教も何もない。


 説法もするが、そんなもの、一銭の金にもならない。


 また冠婚葬祭のほうもお布施という制度がないので、葬式一回いくら、結婚式一回いくらという決まった金額もない。


 お賽銭やら個人的な謝礼というものに近く、金持ちがたまに良い金額を浄財として寄付してくれるが、ほとんどはタダ働きみたいなものだ。


 しかし…組織の性質上、やめるわけにはいかない。


 本来、宗教はボランティアなのだ。


 で、回復魔法による医療行為だ。


 これは、基本的には儲かる。


 なにせ回復魔法は、覚えてさえしまえば、元手がいらないからだ。 


 競合相手は冒険者。 しかし彼らは自分か自分の所属するパーティのために回復魔法を使うのであって完全にすみ分けは出来ているし…それに、だいたい野垂れ死ぬ。それが冒険者だ。


 また、この世界においては……施療院(不特定多数の患者に治療行為を行う場所)は修道院以外では行わないのが通例となっており、それが修道院の収入源となっていた。


 実際、回復魔法に長けたジェーンの祖父は、わりと儲けていた。


 それこそ、言っては悪いが、道楽で孤児院を開設できるくらいに。


 近隣の小規模な街に孤児院などない。 よほど大きな修道院でもないとないくらいだ。


 実際、他の町で孤児となった子供が、この街に送られてくるほど。


 ……余談にはなるが、孤児院に送られるのはほとんどが女児。


 男児は将来的に労働力として期待されるのに対し、女児は……男児とは違う方面の労働力として、確保される。


 確保されてしまう。


 それを防ぐためのセーフティネットが、修道院なのだ。 ……当然、漏れは大きいのだが。


 しかし。


 ジェーンの祖父が亡くなった途端、修道院そのものが立ち行かなくなった。


 当然であった。


 祖父ほどのレベルのないジェーンでは、同じレベルの医療行為など、不可能だった。


 せいぜいが、外傷を治す程度…そんな病院には誰もいかないであろう。


 そこに送り込まれたのが、回復魔法に長けたニュー神父。


 未熟なジェーンの代わりに、ニュー神父が修道院を相続したわけだ。


 修道院はジェーンの個人財産ではなく、彼女らが所属する豊穣神教会の財産だからだ。


 孤児院はジェーンの個人財産である。


 ゆえにジェーンは、この場所にいることができたが…いかんせん、赤字しか生まない。


 祖父が運営資金は残してくれていたが、今はそれを食いつぶしている状態。


 そこへ来て、落書きの問題だ。


 それは消せば済むものではなく、よりにもよって改築が終わったばかりの壁を、削って書かれていた。


 修理費用も、そこそこ値は張るだろう。


「なるほどねー…まさに、詰んでる状態なわけか」


「つっ…詰んでなんかいませんわ!!


 詰んでなんか…。 …いえ、そうですわね。


 どちらにしても、あまり長く続くとも思いませんもの……」

 

「ねえ、今は辛うじて運営できてるんでしょ?


 いつまで持ちそう? あと…持たなくなったら、どうなるの?」


「そうですわね…」


 シャルロットは顔を上にあげて、目を閉じた。


 なんと彼女は…孤児院の金庫番をしているそうだ。


 彼女の胸には…最初アクセサリーかと思っていたが、金庫の鍵が下げられている。


 それだけに…日々目減りしていく資金を見ていたことになる。


 と…彼女の声が、震えだした。


「あと…一か月はもたない、という所ですわね…。


 子供たちはみんな…他の孤児院に…。


 たぶん、あいてるところなんてそうそうありませんから…バラバラに…ばらばらに……あ、す、すみません、こんなことで…」


「ごめん、わかった。 分かったから」


 チナはその言葉を聞きながら、ぐい、とシャルロットの体を引き寄せた。


 そのまま抱きしめる…途端に、シャルロットの言葉が詰まった。


 嗚咽。 それが始まった。

 シャルロットの小さな嗚咽は…やがて号泣に変わっていた。


 その小さな肩を抱き、背中を優しくたたき続けるチナ。


 小一時間は、そのままだっただろうか。


 シャルロットの嗚咽が収まり、呼吸が眠るように穏やかになるのを待ってチナは、シャルロットに声をかけた。


「あのさー」


「………」


「あたしの身上には反するんだけど……なんか、一発逆転できるような話ってないのかな?」


「……ないことも……ないですわ」


 否定的に、そんなことを言うシャルロット。


 チナはそれにパッと表情を明るくさせながら問いかける。


「あんの!?」


「え、ええ。


 と言っても……私の頭で考えつくのは、冒険者になってヒトヤマ当てるというぐらいですわ」


 意外なチナの食いつきの良さに、シャルロットは戸惑いながら応じる。


「『冒険者』?


 ああ、あれか……剣とか魔法とか使って、魔物を倒したり、ダンジョンを探索したりするアレ!?」


「………ふふっ…そうですわ………。


 いざとなれば、みんなで一緒に冒険者として旅に出ましょうか…。


 夢のような、冒険の世界へ…遠い所へ、みんなと一緒に………」


 睦言のように言うシャルロット…なんだか心中するカップルを連想しそうになる口調だった。


 早くもデレの片鱗を見せるシャルロットさんだった。


 反してチナは、シャルロットの両肩を掴んで、真正面からシャルロットの顔を見据えた。


「いや、そうじゃなくってさ。


 冒険者なら、手っ取り早く稼げるんだね!?」


「…えっ? えっ?


 まさか…本気で言っておられますの?」


「うん」


「そんな…あ、ティナさんの回復魔法なら、それなりの強さのパーティに」


「そうじゃなくってさ。 あたしたち三人で、冒険すんの」


「はぁ!? 正気ですの!?」


 両肩に置かれたチナの手を掴み、立ち上がるシャルロット。


「そうそう。 あたし、こう見えても結構やる女だから。


 壁役と、回復役と、攻撃役はまかしといて!!」


「それ、私たちが入る余地がないではないですか!」


「大丈夫、だぁい丈夫!!


 全部あたしがやるから。 痛いことなんてないから!!


 ね? ちょっとだけだから!


 ほんのちょこっとだけだから!」


「み、身の危険を感じるセリフはやめて下さいな!


 そ、それに…そうですわ。


 冒険者ギルドには年齢制限があって、成人年齢である十五歳以下は、加入できないはずで………」


「それも大丈夫!! あたしにいい考えがあるから!!」

 冒険者ギルドの受付の男は、数十秒の間、渋い顔で申込用紙を見てから…ジェーンに、声をかけた。


「…本気なのか、ジェーン」


「は、はひっ!!」


 プルプルと震えながら、どこから出ているのか分らないぐらいの声で、ジェーンは答えた。


 神官服。 古ぼけた錫杖。


 この世界ではよく見る、駆け出し冒険者の回復役の姿を、ジェーンはしていた。


「先の神父様が亡くなって…跡目の問題で、孤児院の経営が苦しいのは知っている。


 金に困っていることも知ってる。


 まあ、確かにお前ももう十五歳。


 冒険者登録をしたいってんなら、止めないさ。


 だけど同時に、お前が冒険者にはむいていないってことも知ってるんだ、ジェーン」


「はひっ!! がんばりましゅっ!!」


「いや、かんばりましゅ、じゃなくてな、ジェーン…。


 俺が聞きたいのは…後ろの二人は、いったいなにやってんの?」


 言いながら、受付の男は、ジェーンの後ろにいた二人を指さした。


 そこにいたのは、人相がわからないほど顔に布をぐるぐる巻いた、チナとシャルロットだった。


 その彼女たちの胸のあたりが、ありえないほど膨らんでいた……そこには衣服の下に、詰め物が詰められていた。


 その詰め物の名は…夢と願望。


 変装しているのだろう…少なくとも、そのつもりなんだろう。


 成人年齢を超えていることをアピールしたいのだろうが……いかんせん、二人とも身長は低いほうだった。


 なお、顔のぐるぐる巻きは、とれと言われたら宗教上の理由といって拒否するつもりだった。


「何って言われてもねー。 ねえ、シャル…じゃなかった、シャーウッドさん」


「そ、そうですわね、えぇと…ターナさん、でしたっけ?」


「い、いっしょうけんめいがんばりましゅ!!」


 二人のせいいっぱいの偽装工作に、頭から湯気まで出始めたジェーンの声がかぶる。


 男は、頭を抱えて両肘をついた。


 チナたちは続ける。


「こう見えてもわしは永遠の十七歳なんじゃがのう…。


 …あっ、キャラ付けいろいろ間違った!?」


「え、ええと、私シャーウッドは、たしか、今年でにじゅう…あら、なんだか冷たい視線が」


「が、がんばってみなしゃんを回復しましゅ!!」


「…あれ? あのキャラ何歳設定だっけ?」


「あの…この小芝居は、いつまで続けますの?」


「じょ、じょうたいいじょうも回復しゃせましゅ!!」


 その姦しい(?)やり取りを呆然と眺める、受付のおっちゃん。


 ふと我に返って、大きな声をあげていた。


「状態異常はおまえだ、ジェーン! …なに? 何やってんのおまえら」


「きっ、きっ、今日はっ冒険者ギルドへの、とっ登」


「お前じゃない。お前じゃないよ、ジェーン。 ちょっとだけ黙っていような?


 後ろの二人!!


 お前らか! お前らがジェーンに混乱魔法をかけたのか!?」


「かけてないでーす。


 ちょっと自発的に不審な挙動を始めるまで、プレッシャーをかけただけでーす。


 じゃなかった。 説得しただけでーす」


「おっ、お前らは悪魔か!?」


「てっ、敵の魔物をいっぱい回復しゃせましゅ!」


「ジェーン! それ、回復役が一番やっちゃいけないこと!!」


「『ヤメロヤメロー』『ヤメロヤメロー』…あっこれ、あの人の中の人のネタだった!


 あれ? 違う人だっけ? みんなまねしてるだけだっけ? ……キャラ付けって難しいな」


「うう…恥ずかしい…故郷に帰りたいですわ…」


「そっ、蘇生をかけるので死んでくだしゃい!!」


「だめ! 駄目だ! ジェーン!


 そんな手段のために目的を選ばない的な間違いを犯すんじゃない!」

・(ちょっと強引な改行w)

「いい加減にしろ、お前ら!!


 お前らはいったい、何をどうしたいんだ!」


 机を強くたたきながら、受付の男はチナたちを怒鳴りつける。


 きょとん、としてからチナは動じることなく男に応じる。


「どうって…冒険者ギルドへの、登録?」


「どこにあったよ! さっきの小芝居のどこに登録申請する要素があったよ!!」


「じゃあ、今から。


 おじさーん。 あたし、ティナ・イトー。 十五歳ー!」


「嘘つけ! どこが十五歳だ」


「ちっ…ばれたか」


「ばれたか、て言うな。 どう見ても子供じゃないか」


「いいえ、あたしは十五歳。


 なぜなら、この世界で法的に証明できるものはないから。


 言ったもの勝ち」


「いや、言ったよ? 今、ばれたか、て自分で言ったよ?」


「そうです、ばれました。 本当は十七歳です」


「言ったもの勝ち過ぎるわ! ていうか、勝ってねーわ!


 ばればれだわ!!


 ああ、もう…わかった。


 じゃあ、クエストを発注してやるよ。


 このクエストを達成できたら…特別に冒険者として登録してやろう」


 盛大にため息をつきながら言う男に、チナははじけるような笑顔を見せた。


「ほんとに? やった!!」


「ただし…泣いて帰っても知らないからな」


 そういって男は、机の引き出しから、クエスト発注用の紙を取り出した。


 そこに、おもむろにクエストを書き出した。


 それをのぞき込み、シャルロットが息をのむ。


「昇級試験クエスト…G? Gって一番下のランクですわね


 報酬、冒険者ギルドへのランクGへ昇級。


 これって実質、登録試験ということですわね。


 内容は…グラスホッパーの捕獲!?」


「え?


 グラスホッパーって、聖獣じゃないの?」


 チナの言葉に……受付の男は不敵な笑みを見せた。


 そしてチナに応じる。


「まあ、たしかにな。


 だけど…この街の、悪しき伝統、ていうかな。


 この辺のナマイキ盛りの子供が、肝試しとして、たまにやるんだ。


 グラスホッパーを捕まえたら一人前、みたいなことをな。


 まあ、ほとんど捕まえられないんだけどな」


 不敵な笑みを見せたままの男に……チナはくるり、と背を向けた。


「…わかった! つかまえてくればいいんだね」


「あ、おい!! 平原の奥まで行くなよ!」


 慌てた様子で声をかける受付の男。


 この町の男はツンデレしかいないのか……男はそう言いながらも、かすかに心配そうな表情を見せていた。


 その、十数分後。


 直径一メートルほどの蛇玉から人間の手足をはやした魔物が冒険者ギルドに現れた。


 受付の男だけではなく、町はパニックに陥った。

「素晴らしい! 素晴らしいです、ティナさん!


 ティナさんは…伝説の『聖蛇の巫女』だったのですね!?」


 状態異常から回復したジェーンが、目を輝かせながらチナを熱く見つめていた。


「…巫女シャーマンって表現が、宗教的にありなんだね。


 まあ『聖蛇の処女』とか『聖蛇の乙女』とかって言われるよりは……あ、変わんないや。


 どっちにしても、髪が蛇だったり、なんか生えてたりしてそうだし。


 ていうか…それ、なに?」


「文字通りの意味です!


 豊穣神の使いであるグラスホッパーを思いのままに自由に使役し、豊穣神の威光を世に示す神の使いです!」


「いや…そういうわけではないと思うんだけど。


 たぶん、スキルの問題じゃないかな…」


「スキル!? そんなスキルがあるのですか? 教えてください!


 それは、どのようなスキルなのですか?


 私たち豊穣神に仕える者にとっては、垂涎のスキルです!」


「あぁ、えぇと…。


 …その…」


 チナはそこまで言ったところで、口籠る。


 視線でステータスウィンドウを起動し…そこにあるスキルを確認する。


成長速度倍化

肉体強化

全裸待機無効化

ハーレムエンプレス

????

????

????

????▽


 上から、四番目。


 ハーレムエンプレス。


 おそらくこれが、全ての個体がメスばかりのグラスホッパーに作用している、とチナは確信していた。


 しかし。


 最近、少し…不安に思っていた。


 なんか…異世界の仲の良い知り合いって、女性しかいない。


 そういえばこちらの世界で女性たちに体を洗われたときに…妙に時間をかけられた様な気がする。


 もしかして…いや、しかし。


 自分はこのスキルに…なんだか、間違った方向に導かれようとしているのではないか。


 身震い、一つ。


 チナはふいに湧いた不安を押し殺しながら、答える。


「…多分、テイム系か、特殊スキルで蛇使い、とか何かじゃないかな…?」


「あれはもう、蛇使いってレベルじゃないですわね…まさに『思いのままに自由に使役』ではありませんの?」


「………。


 ま、まぁ無事にクエストクリアできたんだから、いいじゃない!!」


 チナは、シャルロットの問いに答えず、ごまかした。


 あまり、追及されたくはなかった。


 たしかに…意のままに、使役した。


 一時間ほど前チナは冒険者ギルドで、大量のグラスホッパーにビビりまくる受付の男を捕まえては蛇の首飾りをプレゼントし…昇級試験クリアを確定させた。


 そして…約束通り、冒険者ギルドへの加入を果たした。


 こうして、チナのパーティ『ティナ孤児院』は発足した。


 そして、さっそくクエストを受注した。


 ゴブリン一匹を討伐せよ。


 なんか初級冒険者の定番っぽいやつだ。


 そして一行は、さっそく南の森に向かっていた。


 なお、蛇たちは…チナの指示通り平原へ帰っていった。


 きれいな隊列を組み、文字通り一本の太い蛇のような行列に、目撃者を恐慌に陥れながら。


 …なんだか、スキルのレベルが上がっているような気がする。


 それはすなわち…そのうち、人間の女性にも…。


 チナは、もう一度身震いした。


 その時だった。


「ん…あれ?」


 チナは、ふと気が付いた。


 それは、ウィンドウを閉じようとした時だった。


 何気にスクロールさせた、スキル一覧の、最下段。


成長速度倍化

肉体強化

全裸待機無効化

ハーレムエンプレス

????

????

????

????

神の道具


 いつの間にか、新しいスキルを取得していた。


 しばらくウィンドウを開いていなかったから、何がきっかけかはわからない。


 だが、少なくとも、回復魔法を覚える前は、こんなものはなかった気がする…だから、それに関与するものなのかもしれない。


 しかし…神の道具?


 どういう意味だろうか。


 深く考えようとして…やめた。


 どうせろくでもないものに違いない…そんな気がしたからだった。


「まあ、そうですわね。 何とか、ギルドには加入できましたし。


 これで、効率の良い副業ができるようになればよろしいのですが。


 しかし…前半の小芝居は、一生もののトラウマになりそうですけど…」


 シャルロットの言葉で、チナは我に返る。


「そ、そーね。


 ま、最悪、ジェーンだけ冒険者登録してさ。


 あとは…私たちがこっそりついていけば良いだけだったし?」


「たちって…やっぱり私も数に入ってますのね…。…て!!


 それが一番最善の手ではありませんでしたの!?」


「ま、まあまあ。


 出来るだけ、パーティは組みたかったんだ。


 ちょっと、考えてることがあるから」


「…いやな予感しかありませんわ」


「まあまあ。 ま、あたしに任せといてよ」


「何か似たような事をさっき言われて、ひどい目にあったような…。


 でも…おかしいですわね…。


 なんだか最近、なんだかティナさんの言葉には…なんだか逆らえないような気が…」


「そういうこと言わない! そういうこと言わない!!」


 シャルロットの言葉に薄寒いものを感じ、チナは二回言うほど大事なことを叫んだ。

「…平和…ですわね…」


 夕刻近い平原に並んで座りながら、シャルロットとジェーンは草原を渡る穏やかな風を感じていた。


 グラスホッパー平原の、南西。 町の南にある丘の端。


 そこには、そのまま山脈に連なる大きな森があった。


 その森の入り口の倒木に、二人は腰を掛けていた。


「そうですね。


 なんだか…いつもの忙しさが、嘘みたいです」


「ふふふ。


 子供たちが相手では、ちょっとした休憩もままなりませんものね」


「ええ。


 どうせなら、お弁当を持ってくればよかったですね」


 ぴろりろりん。


 世界のどこかから、なんだかそんな音が聞こえたような気がした。


「あ、またレベルが上がりましたわね。


 …そうですわね。 でも、そろそろ日が暮れますわ」


「そうですね。


 どうせならもっとしっかり準備…あ、私もまたレベルが上がりました」


 ぴろりろりん。


 ぴろりろりん。

 

「あら、二つもですの? 絶好調ですわね」


「えぇと、絶好調というか…ティナさん、頑張り過ぎではないでしょうか」


 その言葉に、二人はほぼ同時に振り返った。


 そこには…普段と変わりのない、見通せないほど深い森。


 だが、その奥。


「どおおおりゃああああ!!!! これで、ラストぉぉぉぉぉ!!!」


 森の中から、チナの咆哮が聞こえてくる。


 続けて、獣の断末魔の鳴き声が響く。


 それが…途絶える。


 ぴろりろりろん。


「あ…私もまた上がりましたわ…というかこれ、本当に大丈夫ですの?」


 思わず、シャルロットはつぶやいていた。


 すでに、ジェーンとともに、レベル二〇を超えていた。


 いわゆる、パワーレベリングというやつ。


 ロールプレイングゲームのシナリオ中盤以降などに、新たに加わった仲間によく施されるあれだ。


 最強のパーティに最弱のメンバーを加入させ、そのまま最強のメンバーが強い敵を倒すと…何もしていない最弱のメンバーのレベルがすさまじい勢いで上がっていき、最速で実戦レベルになるあれだ。


 その理不尽さは、太古の昔よりロールプレイングゲームが抱える問題の一つ。


 その理不尽が、二人に行われていたのだ。


 と。


 姿は見えないが、森の奥から怒気を含んだチナの声が聞こえてきた。


「さーて。 分かってるよね?


 もう十回死んで、それを二セットぐらい、いっとこーか。


 完全回復と仮死蘇生の同時掛け。 エリア指定、半径一〇メートル。


 対象、無差別。


 せーの、ぽん」


 チナの言葉に応じ、森の中からまばゆい光がこぼれだす。


 それはすでに、何度も何度も繰り返されている光景だった。


 森の中では…五匹のゴブリンと二匹の上位ゴブリンが素手で撲殺されては蘇生されるという光景が繰り返されていた。


 おそらく森の中では…全身に返り血を浴びたチナが、鬼神のような表情を浮かべているに違いない。


「くぬやろども。


 女の子だからって、舐めてくれちゃって。


 後ろからジェーンをさらおうとか…『ファンタジー』って言葉の風上にも置けない野郎どもね。


 まぁ、生きるか死ぬかの世界だから、仕方ないんだろうけど。


 けど…まあ、うちのパーティに目を付けたのが運の尽きね。


 ゴブリン? 上位ゴブリン?


 は!!


 なんだかんだ言っても、しょせん人型でしょ?


 そんなの、イトウ家の人間が、後れを取るわけがないじゃないの。


 そもそも対人戦で靴を履いてない(・・・・・・・)って……舐めてんの?


 あんたら、喧嘩とか一回もしたこともないんじゃないの?


 その辺のチンピラと戦っても負けるんじゃないの?」


 よほど腹に据えかねていたのが、チナは立て続けに気勢を吐いていた。


「それに……イトウ家の身内に手を出したんだから、仕方ない。


 地獄に落ちる前に、ここで地獄を体験していきなさ…あれ?


 ちょ…逃げんな、コラー!!」


「ギ、ギ、ぎぃぃ!!!」


 と…ふいに森の中から、二匹の上位ゴブリンが這い出してきた。


 魔物たちは、二人の姿を認めると、そのまま二人に突進していた。


「………」


「………」


 二人は無言で立ち上がると…そのまま顔を見合わせ、ゆっくりと頷きあった。


 そして、迎撃する。


 えええい、やあああ。 可愛らしい掛け声。


 だが…それは魔物たちの悲鳴にかき消されることとなった。


 『神剣士』にクラスチェンジしたシャルロットは手にした細身の剣でゴブリンの胸部を『吹き飛ばしていた』。


 一秒間に何十回もの刺突。 異様な刺突。 至近距離でショットガンでも撃たれたかのようだ。


 実際、その瞬間の爆音は、金物系の効果音ではなく、ぱあん、だった。


 空気の壁の中を一定以上の速度で物体が移動すると、このような音がするようだった。 


 『上位神官』にクラスチェンジしたジェーンは片足を上げて素早く体重移動し…攻撃の瞬間、体重の乗ったフルスイングの錫杖を頭蓋骨に叩き込む。


 高めに浮いた球を往年の強打者が撃つように…魔物の頭部はきれいに吹き飛んでいた。


 きっと、見えないスコアボードを超えて飛んで行ったに違いない。往年のどこかの四番打者のようだった。


 瞬殺。


 まさに瞬殺。


 二人とも、思いは一つだった。


「私たちでは…あのかたを止められませんから…」


「…早く楽になってくださいましね…」


 そういって、成仏を祈るのだった。


「うぬぬぬ。


 誰が逃げていいって言ったのよ!!


 ジェーン! そいつら、回復させといて。


 上半身だけでいいから。


 下半身は…ナメロウにしてネギでもかけといて!!!」


「そ、そんな器用な回復はできません!!」


「もう! もう、もう!!


 連帯責任!! 残ったあんたたち! 覚悟はいいね!?」


「ぎ、ぎぎぃ…」


「ぁあ? 今さら許すわけなんてないでしょ?


 あん? ボスに言われて、やむなく? …あたしに忠誠を誓う?


 何言ってんの?


 そんなヘタレ悪役の最後みたいなセリフが通用するわけがないでしょ!!」


 続けて気勢を吐くチナ。 


 なぜか、コミュニケーションが成立しているようだった。


「ぎぃぎぃ…」


「……え?


 俺様系ボスコンビに慰みものにされて…逃げるに逃げられず?


 ふ、ふん! そんなこと言っても、手加減なんか…え?


 誰が新しいエンプレ…!!


 …ス?


 なんであたしのことそんな熱い目で見てるの?


 なんであたしのことそんなうるんだ目で見つめてるの?


 まさか…あんたたち、みんなメス!? ひっ…!」


 がさっ!!


 瞬間、チナが森の茂みの中から飛び出してきた。


 その出現にジェーンとシャルロットはほっと一息つき、声をかける。


「あ、ティナさん。 上位ゴブリンの討伐証明は採取しておきましたから。


 あとはそちらのゴブリンのほうの…」


「…帰る…」


「え? でも残りの討伐証明はどうなさいますの?」


「…いいから! あたし、もう帰る!!」


 がささっ!


 不意に茂みの中からゴブリンたちが顔を出した。


 その視線は、まっすぐチナに向けられていた。


「ひぃっ!!


 帰ろう! もう帰ろう!!


 帰らないと…本気で泣くわよ!!」


「わ…わかりましたから!」


「ダッシュ! 全力ダッシュ!!」


「ちょ…ティナさん、お待ちになって!!」


 全力で駆け出すチナに、慌てて荷物をまとめるシャルロットとジェーン。


 そしてそのまま追いかける…チナのパワーレベリング、しかも倒した端から蘇生させてまた倒すという超効率によりレベル二十五となった二人は、さほど遅れることなくチナについていくことができた。


 こうして『ティナ孤児院』の最初のクエストは完了することとなった。


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