第三章 七.四話 エルフの『娘』と妹
急なシリアスで申し訳ないです^^;
「なんてことよ……こういう事だったんだね………」
チナは、村の中心にある人工建築物に背を預けながら…大きすぎるため息をついていた。
森の中、一〇×一〇メートルほどの広さの土地に人の高さほどの土が盛られ、その周りを自然石で固めた石垣で覆い、周囲より一段高い土地が作られている。
そこに、茅葺のテントのようなものがいくつかあり、覗いてみると、備蓄された食料と思しきものが置かれていた。
ここは食糧庫であるらしい。
テントの中には、イチジクを乾燥させたもの、クルミなどの木の実、動物や川魚の干物に…日本で言うユリネや、山芋を思わせる植物の根のようなもの。
意外なことに…玉ねぎや大根、以前チナが口にした紫色のテーブルビートもあった。
もしかしたらこれらの野菜は、ヨーロッパ原産だったのかもしれない。
穀物の類は、一切なかった。
どうやら、日本で言う縄文時代程度の漁労採集生活だったのだろう。
その石垣の周りに、同じくテントのような、茅葺の住居が並んでいた。
村の住人はそちらのほうに住んでいたと思われる。
「まあ…この石垣を見ても、どう見ても定住型の村よね。
漁労採集生活なら、定期的に移動しそうなものなんだけど。
それだけ競争相手も少なくて、豊かな森だってことか…。
もっとも…その『豊かな森』ってのが悪かったのかもしれないけど………」
言いながらチナは、周りを見渡してみた。
そこには…血の惨劇が、広がっていた。
ここは、エルフたちの村だった。
辛うじて、それとわかる程度の遺体があったからだ。
ざっと数えて、十数人分、と言う所か。
その遺体のすべてが…内臓のあたりに滅茶苦茶な損壊があった。
「あーあ…これは、肉食獣の集団にやられたかな…。
全滅…か。
人間やエルフも所詮…食物連鎖の構成員、自然の一部ってことよねぇ…。
地球の現生人類だって…生き物として試行錯誤の時代、総人口が二〇〇〇人以下に落ち込んだ時期があったらしいし。
そう考えると人間も…絶滅危惧種と、あんまり変わらないのかな…」
誰に言うともなく、チナは一人、つぶやいていた。
チナには…現代人にしては珍しく、こういう部分があった。
わかりやすく言うなら…死体を見ても、悲鳴一つ上げない。
それは、どう考えても現代の中学生にはありえないことであっただろう。
『人』の『死』というものに、冷静な部分があるのだ。
かつて…小児科のある病院に、長期入院していたことがあるチナ。
そこでできた『友達』の死…それを、何度も見ていたことも関係しているのかもしれない。
自分だって、いずれ死ぬ。
『死』というものを身近に感じ、直接触れ…そういう心境にたどり着いたらしかった。
こちらの訳のわからない世界でいろんな体験をし、また新しい知己も得て楽しい人生を謳歌できているのも…彼女の人生観を覆した『回復魔法』を取得したおかげである。
どちらかと言えば…本来の彼女は、皮肉ばかり言って周囲を苦笑させるタイプの人間だった。
ふと、上空を見る。
チナの直掩にあたっているのは、イッコだけだった。
サンコとヒャーウーは…ジェーンだけ寄越すように伝言し、この場所を教えて返してある。
レーダーでこの村の惨状を予想した瞬間…ヒャーウーに見られないように、一時退避させたのだ。
と…チナは不意に身体を起こす。
「『いちおう』、回復魔法をかけてみるか…。
『仮死蘇生』、対象…エルフ、範囲指定…半径五〇メートル。
せーの、ぽん!!」
いつものチナの神の御業…今回は『完全回復』の重ね掛けは、なかった。
が。
なぜか、いつもの『光』が発生することはなかった。
つまり…完全なる失敗。
その結果が最初から分かっていたのか…寂しそうな表情のままのチナ、その表情が施術の前後で変わることはなかった。
「…ごめんね。
あたしの回復魔法…『老衰で死んだ』生き物と『他の生き物に食べられた』生き物は、蘇生できないんだぁ…。
だから…あんたたちを、蘇生することは、できない………」
そういってチナは…瞼を閉じた。
冥福を祈っているかのように、そのまましばらく言葉を発しなかった。
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チナは…思い出していた。
昔、チナはジェーンに聞いたことがあった。
MPを回復するには…どうしたらよいかと。
HPは、回復魔法で回復できる。
だが…MPは、休息しないと回復しないのだ。
いまでこそ、『祝福』という魔法を得たが…それでも、『祝福』は自分のMPは回復できない。
チナの問いかけ。
それに…ジェーンは、静かに答えていた。
『生き物の命を頂くことです』、と。
休息すれば回復するMPも…元をただせば、その人間が口にした、生き物の命なのだ。
無論、植物だって命がある。
人類と生存戦略が違いすぎるために、理解しにくいだけだ。
その生き物たちの命を頂いて…それが、MPになっている。
それは、魂、と呼ばれるものに近いのかもしれない。
他の生き物に食べられて死んだ者は…そこから、魂というものが、残滓も見つからない。
寿命で死んだ者も同様だった。
ゆえに…蘇生できない。
それを思い出して…チナは苦笑していた。
「その言葉を聞いた時…妙に納得したなぁ。
ふふん…もしかしたら、ジェーンは本当に神職なんじゃないかって思ったくらい。
道理で、回復魔法を使うお肉屋さんがいないわけだ…教えられてなかったら、真っ先にあたしがそうしてただろうけどね。
で、一日で倒産…と。
でも…あれ?
精肉したあと…蘇生してから食べたらどうなるんだろうね。
…って…試す気にはなれないなぁ…」
なんとも怖い冗談を言うチナ。
目の前の惨劇をどうにもできない事に…自虐的な気分になっているようだった。
「ま…いいや。
ジェーンが来たら、遺体を埋めるのを手伝ってもらおう。
たしか…遺体を埋める穴って、二メートルは掘らないといけないんだよね。
じゃないと…匂いが地上に出て、他の生き物に荒らされてしまうんだよね。
…土葬が彼らの文化にあるかどうかは知らないけど、そこは勘弁してもらおう。
やれやれ…今回の旅、めんどくさいことばっかりやってる気がするなぁ…」
そう言いながら、チナは…『肉体強化+2』を起動した。
「さて…一気に掘るか。
露天の手掘りって…いつの時代の採掘奴隷だか」
そう言うとチナは…ショベルカーも真っ青な勢いで、ズガガガガっと穴を掘り始めていた。
ジェーンに突っ込まれる前に、作業を完了させるつもりだった。
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結局、イッコも返して…シャルロット、ジェーン、ヒャーウーを呼びよせることになった。
そして…ほぼ二時間ほどで、全員は集合した。
気の毒だったのは…ヒャーウーだった。
やはりここは、ヒャーウーの村だったのだ。
ヒャーウーは、村が襲撃を受けたことを…知らなかったようだった。
狩りから戻る途中、母に呼ばれ、作りかけの丸木船に乗せられ…川に流された。
そして…戻ってみれば、この惨劇。
そんな事情をチナたちは知る由はなかったが…遺体の一つに愕然とするヒャーウーの姿に、三人はいたたまれない気持ちになるのだった。
そして…遺体を、チナが掘った穴に並べて行く。
縦横二×一〇メートル、深さ二メートルの穴。
とても人間が二時間で掘った穴とは思えない。
だが…それに突っ込む人間もなく、チナたちは遺体を洗ってから、次々に並べていった。
もともと、修道院の施設であった孤児院出身のシャルロットに、修道院の神父の孫のジェーン。
遺体の扱いは心得ていたし、葬式の流れも完全に把握していた。
そして…最後に、ヒャーウーの母親。
泣いてすがるヒャーウーを無理やり引きはがしたのは、チナだった。
チナはそのまま子供の力では引きはがせない力で、後ろからヒャーウーを強く抱きかかえる。
抗議の爪や歯を立てられても、チナは全く何も言わなかった。
その間に…墓穴に据える。
と…そのことで母親の死を実感したのか、雷にでも撃たれたかのようにヒャーウーは動かなくなった。
そのヒャーウーの長い耳に…チナは、後ろから優しく声をかける。
「ヒャーウー…あれがあなたのお母さんね?」
「おかあさん……おかあさん。」
言葉を反芻し…ヒャーウーは言葉の意味を理解してから、チナに答える。
そのゆっくりとした言葉が終るのを待ってから……チナは続けた。
「じゃあ…あたしが、今からお母さんよ」
「!?」
驚いて、チナを振り返るヒャーウー。
それに…チナは柔和な笑みを見せる。
「あたしだけじゃない。
ジェーンも、シャルロットも、あなたのお母さん。
ティナ孤児院へ…いらっしゃい。
きっとみんな…お帰りなさい、と言ってくれるわ」
そういってチナはヒャーウーを正面から優しく抱きかかえた。
そのチナの厚意に…ヒャーウーは身を震わせていた。
そしてそのまま…ゆっくりと、チナの抱擁に応えていく。
震えるその手が…やがてチナの着衣を固く掴む。
その二人を見守るジェーンとシャルロット。
いつの間にか、献花用の花を携えていた二人。
チナの言葉を聞いていた二人…それに、異存などなかった。
あるはずも、なかった。
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