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第一章 三話 どやーの妹

「ほぇー…これがジェーンのところの修道院かぁ…」


 チナは口を開けたまま、目の前の修道院を見上げていた。


 両手は荷物でふさがっている。 食糧が、袋にパンパンに詰められていた。


 先ほどまでいた市場で仕入れたものだ。


「…どうかなさいましたか、ティナさん?」


 急に立ち止まったチナに、キョトンとしながら問いかける巨乳シスターのジェーン。


「え、えぇと……(どう見ても、キリスト教っぽいんだけど……十字架がないのって違和感あるんだよね……)」


 困惑したように、修道院に飾られた紋章を見ながら、チナは静かにつぶやいていた。

 この朝に警備詰め所(留置場?)から釈放されたチナは、ジェーンに連れられて市場に向かっていた。


 昨夜看守のおっちゃんからもらった銀貨をさっそく使おうというのだろう。


 すべて食糧……しかも結構な量を次々に買い、持たされる…というか、チナはジェーンから奪うようにして荷物を持った。


 ジェーン……金髪碧眼で巨乳で美人で癒し系ならどじっ娘確定である。


 昔からそう決められている。


 何があるかわからない……ゆえに、チナは率先して荷物を持ったのだ。


 彼女(ジェーン)は全裸待機無効化のスキルを持っているだろうか。


 また自分の【全裸待機無効化】のスキルは…範囲指定で彼女をカバーできるのだろうか。


 チナは少し心配になった。


 で、冒頭に至る。


 買い出しの後にたどり着いた修道院は改装中だった。


 仮囲いと職人用の足場が高くまで延ばされていた。


 まだ早朝で作業が始まっていないのか、職人たちはまだ来ていない。


 その両隣に…建物があった。


 小奇麗に整えられた建物と…表現を選んでもおんぼろの建物。


 修道院と、関係者用の住居と、古くなった倉庫かなにか。


 修道院だけではなく…三つの建屋には、共通の紋章。


 それは、十字架ではなかった。


 その紋章は……なんと蛇の姿があしらわれていた。


 その意匠に……チナは正直な感想を漏らした。


「じゃきょうのやかた?」


「とっとんでもありません!!


 あれは、われらが豊穣神の使いの御姿をあしらったものです!!」


 後ろから、遅れてやってきたジェーンが、慌てて訂正する。


 なるほど。


 この異世界…英語は言語として定着しても、宗教までは定着しなかったようだ。


 地球で蛇はアダムとイブをそそのかした悪魔の使いであるが、こちらでは神の使いらしい。


 なんでも、農作物を荒らすネズミを食べてくれるからとかなんとか。


「他の蛇はともかく…グラスホッパーは、神聖なる生き物、聖獣にして神獣ですよ。


 ですので、傷つけてはいけません。


 前フリではありませんよ?


 絶対に傷つけてはいけませんよ?


 絶対ですよ?」


「ははは…はぁい…」


「そして、生息地の、ここからずっと東のグラスホッパー平原は聖地です。


 決して立ち入っては(以下略)」


「はは…はあ、はい。 気を付けますです」


 びっくりしたわー、という顔をしたまま、ジェーンはチナの隣を通り過ぎ、修道院横手のおんぼろのほうの建物に向かう。


「…えっ?」


「ティナさん、どうかしましたか?」


「あ、いや、うん。 あっちの…修道院挟んで、反対側の建物の方だと思ったから」


「い、いえ、あちらは、その、新しい神父様のお住まいですので…」


「あー、そっか。 いくら神職と言っても、さすがに女の子と同じ屋根の下には住めないもんね」


 ジェーンはチナの言葉に答えなかった。


 少し遅れてから、そうですね、と小さく応じる。


 玄関前に、つく。


 おんぼろの建物と言っても、普請自体はしっかりしている。


 もともとはそれなりに金がかかっていたんだろう。


 壁には、西グラスホッパー孤児院、と書いてあった。


 なるほど、ジェーンはこの孤児院のシスターであるらしい。


「つきました。 ここが私の住まいです。 あの…少しばかりにぎやかですが、ゆっくりしていって下さいね」


 ジェーンが言った瞬間…建物の中から、大量の子供が飛び出してきた。


 その数、一〇人。


 全員、女の子だ。 なんか滅茶苦茶モブモブしているが。


 小学校でいえば低学年以下の子供たちは、超音波を発生させながらジェーンに飛びついていた。


「あ…昭和だ。  昭和の家だ」


 チナは思わずそうつぶやいていた。


 無論ここは異世界で、チナも平成生まれだった。


 だが…チナの目の前にあったのは、まさしく貧乏子だくさんという光景。


 きれいに洗濯された服。 だが、それほど高価なものではなさそうで…つぎはぎだらけだった。


 だがそれでも、子供たちの笑みに屈託はない。


「うわー、うるせー。 こども、うぜー」


 にこにこ笑顔を見せながら、チナは子供たちを眺める。


「あら、子供はお嫌いですか?」


「そんなことないよ。 うちにも、妹がいるし。


 夜中によく泣く娘だったし、おしゃべりだし。 あー、リコ元気にしてっかなー」


 実家でエンドレスでぷいきゃあ、ぷいきゃあと踊っている末の妹。


 無視すると、ちゃんと見て、と叱られる。 可愛い妹だ。


 おそらく行われるチナの葬式で、彼女はぷいきゃあの歌を歌わなければよいが。


 と。


 先行の子供たちに遅れて…もう一人、勢いよく飛び出してきた。 


 年齢でいえば…チナの少し下か。


 赤い髪が梳かれもせず、寝癖もついたまま。 起き抜けらしい。


 きっと、いわゆるツインテールが似合うだろう。


 ツンデレな精神はツンデレの肉体に宿るというらしいので、いろいろ説明は割愛する。


「シャルロットさん。 私がいない間、ご苦労様でした」


 飛び出してきた少女は、シャルロットというらしい。


 少し鋭い目をした、少なくとも両親のどちらかは端正な顔立ちをしていたことを忍ばせる少女……それがまるで自己紹介のような言葉を継ぐ。


「ふ、ふん! 誰も苦労なんてしてませんわ!!


 私にとって家事なんて大したことではありませんもの。


 炊事だって、完っっ璧にこなしましたし!」


 ツンデレ。それは純然たるツンデレ。


 その仮説を補うように……ジェーンにまとわりついていた、女の子なのに鼻水を垂らしたクソガキが、うそだよー、と言った。 しかもちょっと、食い気味だった。


 ジェーンがその鼻水を拭いていると、別の娘が上申する。


「まめ、にがかった。 すーぷ、こげてた」


 液体のスープが焦げるとはいかなることか。 神の奇跡。 ツンデレの神様の御業だ。


「なっ……!!」


 瞬間的に顔を赤くさせるシャルロット……しかし、追撃の言葉は続く。


「ちのあじもしたよね」


「うん、してた。 パンになんかついてた」


「なっ! 指を切ったりなんかしてませんわっ!」


 慌てながら追訴を遮るように言うシャルロット……それにジェーンが応じる。


「まあ大変。 シャルロットさん、こちらへ」


「待っっ……あ…」


「シャルロットさん……お一人で、ご苦労様でした……」


 抱擁……それはまさに、小さなものを包みこむような、優しい抱擁。


「……ぁぅ……」


 その抱擁の中で……シャルロットが無言になった。 そしてそれは、しばらく続いた。


 その優しい光景……に、チナは心の中で小さくつぶやいた。


 ぽよんぽよん、と。


「わが主、大地に豊穣をもたらす神よ。 この者の傷に、癒しを」


 ジェーンは、シャルロットを抱きしめながら祈りの言葉を口にする。


 と…二人の体の周りに、光の粒子が十数個現れた。


 光の粒子はゆっくりとシャルロットの指にとんでゆき…消えてゆく。


 すべての光が消えたころ、シャルロットの指から傷が無くなっていた。


 どこかで見たことがある光景…そう、チナの再生の儀。


 かつて転生を司る女神がチナに使った、肉体を完全に再生させた光属性の魔法。


 今のジェーンが見せたのはその廉価版だった。


「治癒魔法…」


 無意識にチナは呟く。


「はい、そうです。 ふふふ、私も神のしもべですから」


 修道服に身を包んだジェーンは、そこまで言ったところでこてんと首を傾けた。


「でも、そんなに珍しいものでもないでしょう?」


 平然とそんなことを言うジェーンに、チナは少し驚いていた。


「い、いや…まぁ…。あたしのところは、神の奇跡なんて起こらないところだから。」


「まあ、大変! そんな教化もされていない土地だったなんて…ずいぶん、苦労なさった


でしょうに…」


 まるで地球が蛮国のような扱いをされていた。


 まあ否定できないんだけどね、とチナが心の中で呟いたとき……ツンデレ少女シャルロットが、じい、とチナを眺めながら問いかける。


「ジェーン、こちらの方は…どなたですの?」


「あらあら…まだ、紹介していませんでしたね。


 こちらは、ティナさん。 牢屋で知り合いになった方です」


「はぁ? 牢屋で知り合いに? それってただの犯罪者ということでは?」


「い、いえ、まあ…いろいろありまして…」


 再び、じい、とシャルロットはチナを見る。 値踏みしているらしかった。


 その視点がチナの絶壁(どことは言わない)に至ったところで、若干警戒心が解けたようだ。 同類、相憐れむ。


 だが同時に…シャルロットはぎゅう、とジェーンを抱きしめて見せる。


 子供らしく、とるなよ、と言っているらしかった。


「あ、ども、ティナ・イトーでーす。


 失礼だけど…フランスからの転生者? それっぽい名前だけど」


 警戒心を隠さないシャルロットに応じながら言うチナ。


 問いかけながらも……あ、よく見れば髪が縦ロールじゃなかったわ、などと心の中で呟く。


「はぁ? 何を言っておられますの?」


「いや、何でも。 ちょっと同郷に、似た名前があったから聞いてみただけ」


 チナは少しごまかしていた。


 シャルロットなどと言う名前……なるほど、やはり異世界というものは、フランス語も英語もドイツ語もごっちゃになっているのが普通らしい。


 だから全くおかしくないったらおかしくなかったりするのかもしれなかったりする。


 せめて女性の名前であったことが唯一の救いか。


「あらあら、ティナさんのお国はニホンというのでは」


「ああ、ええと…隣町の地名。


 日本市ヨーロッパなか町フランスヶ崎ってこと。


 最近、ちょっと治安が悪くなってるんだー」


「まぁ、それは恐ろしいですね!」


 驚いた様子で応じるジェーン。


 もはやチナに異世界を説明する気力はなかった。


 無言のままそのやり取りを聞いていたシャルロット……再び、静かに問いかける。

 

「ふぅん…で、何のようですの?


 まさか!! ジェーン、また拾ってきたのですか!?」


「拾ったわけではありませんが…。


 …ええ、異邦から来られて苦労していらっしゃるようですので…」


 犬猫扱いのチナは、日本人の習性として、笑顔を見せていた。


 とりあえずこんな風に笑っているのは(以下略)。


 ジェーンの返答に、信じられない、という風に頭を振るシャルロット。


 振りながら、暗算でもするように早口でつぶやく。


「…えぇと…一人分食費が増えるから…いえ! 食費はもう増やせない…だとすると質を落としてカサを増やしてもらうしかないですわね…もうこれ以上落としたくないのに……あとは薪も極力節約して…お風呂ももう、みんな一緒に…」


「だ、大丈夫ですよ、シャルロットさん。


 実は今日、浄財を戴きまして…」


 腕をわたわたさせながら取り繕うように応じるジェーンに、シャルロットはため息をつきながら応じる。


「……そんなものは一時的なものですわ。 どちらにしても、そんなにはもちませんわよ」


「まあまあ…とにかく、朝食にしましょう。


 せっかく買ってきたんですから、さっそく準備いたしましょう」


「あ、あのー…あたし、手伝いまーす」


 少し硬くなった空気を割るように、挙手しながら入り込んだのはチナだった。


 それを一瞥、鼻を鳴らしてからシャルロットはチナを指さす。


「当然ですわ。 朝食の支度はあなたがなさい」


「シャルロットさん!」


 ともかく。


 一同は、孤児院の中に入ることとなった。

「ゲロインだから、メシマズだっと、おもうなよ♪

 (吐いちゃうくせに♪)」


 何かの曲に乗せながら、チナは両手を上げてコロンビアしていた。


 そして、どやー。


 その目の前で、孤児院一同、感動の目で食事を口にしていた。


 無言。 子供たちが、無言。 それはもう必死に。


 それがまさしく評価と言えた。


「お、美味しい…」


 チナの隣の席…チナの手料理を一口食べたシャルロットが、口元を抑えて素直に感動している。


 それを目ざとく見つけたチナが言葉をかける。


「お? もう一回言ってみ? もう一回言ってみ?」


「美味しい…ということもあったりなかったりするかもしれませんわ!」


「…強引すぎるでしょ、それ。 ツンデレの神様に謝りなさい」


「…つんでれ?」


「美味しいです。 本当においしいです、ティナさん」


 そこは口に物を入れたまま、おいひーというべき所。 だが、この世界では成人年齢に当たる彼女が、そんなマナー違反をするはずもない。


 パンツもスカートもはき忘れて外出するうっかり美人はいない、ということだ。


 ……神はもう死んでいるのかもしれない。


「ま、ね。 実家ではいろいろさせられてるし。


 あ、させられてた、か。 はは。


 平和な家庭は胃袋から。


 実家の厨房に張ってあるぐらいだし。


 世間では珍しいそうだけど、うちの男衆も、だいたい調理を叩き込まれてるし」


 どやーしながらそこまで言ったところで、チナは苦笑を見せる。


「と言っても、苦労はしたけどね。 味噌もみりんもないし。


 外国人って、極端に味噌嫌う人も結構いるし。


 じゃあ洋風って思ったら…コショウがないのが致命的だったわ。


 塩が安いって聞いたから結構使ったけど…あとはくず野菜とパンかな。


 今日買ってきた食材は、手はつけてない」 


「塩!? 塩だけですの!?」


「うん。 塩って結構、いろんな味に変わるんだよ。 辛くもなるし、甘くもなる」


「そんなはずがない、と言いたいところですけど…ぐぬぬ」


 ころんびあー。


 ぐぬぬが入ったところで、チナはもう一度両腕を上げていた。

 その時だった。


「ずいぶんと遅い朝食ですね」


 静かな声が、チナの背中にぶつけられた。


「ニュー神父っっ…さま…」


 シャルロットが呪いに近い口調を…途中で正す。


 振り返るチナ。


 そこには…控えめに言って、並の女性なら失禁して倒れるほどの美青年がいた。


 と言っても、みんなのアイドル的な要素はなかった。


 知性的ではあった。


 だが、笑顔がない。 笑顔が、想像できない。 そんな顔だち。


 そして、氷のような顔の癖に…どこか、暴力的な匂いがする。


『武闘派ヤクザが異世界に転生し、氷の美青年神父になりました♪』というラノベがあったらきっと主人公はこの男だろう。


 ちなみに、美青年神父と書いてイケメンと読む。


 だがチナは、ぽかん、としていた。


 ニュー神父の美しい姿も彼女の琴線には触れなかったらしく、人が飯食ってんのに何の用だ、程度にしか思われていなかった。


 ニュー神父は、続ける。


「随分と余裕が、おありのようだ。


 修道院の壁の修理費用。 その返済計画はもうできましたか?」


「そんな!!


 壁の修理代って…ジェーンはもう牢屋に行ってきたではありませんか!」


 呪詛に近い口調で問いただすシャルロット。


 しかし……氷の美青年(イケメン)神父はそれに動じない。


「それは、犯罪に対する刑罰です。 補償や賠償が相殺されるわけではありません。


 投獄されたからってそれで終わりというわけではありませんよ。


 ジェーンさん。 どうですか」


「もうしわけ…ありません…」


 消え去りそうに言うジェーン。だが、そのまま言葉が続かない。


「黙っていても仕方ありませんよ。


 では、どうなんですか。


 私個人が立て替えることもできますが…期日は決められますか?


 収支計画は? そもそも収入のめどは?」


「あ、あの。 近隣にお住まいの方からの浄財と…治癒魔法で、施療を…」


「こんなたいして大きくない街で寄付だのみなんて、不安定にもほどがある。


 それに、貴方レベルの治癒魔法で、何ができるというのですか。


 それにそれは、私の修道院で既にやっていることです。


 施療院は修道院でしか開けないのですよ」


「『私の』? 私の修道院だなんて…私の修道院だなんて!


 あれはもともと私とおじいさまのっ!」


 と…ふいに、ジェーンが今まで見せなかった表情を見せた。


 それは、怒りともいえたし、悲しみともいえた。


 その体が……かすかに震えていた。


 しかし。


 それでも……ニュー神父は動じなかった。


「そうです。


 先の神父様が、後継者を作らないまま亡くなられたからこうなったのです。


 後継者がいらっしゃれば、世襲して構わないのですがね。


 われらが豊穣神教会本部は、代わりの神父として私を派遣しました。


 いいですか? 私が、後を継いだのです。


 あなたには、後を継ぐ資格がない。


 あなたには、後を継ぐ能力がない。


 つまり、後継者、たり得ない。


 あなたは孤児院にいる孤児と全く変わらない。


 それが教会本部の判断なのです」


「………」


 それは何度か聞いたやり取りなのか……ジェーンは反発せずに、そのまま俯いてしまった。


 その肩が震えている。


 ニュー神父は、追い打ちをかける。


「つまり、あなたはもう、当修道院の運営側の人間ではない。


 先の神父様が個人的に運営しておられた孤児院も、当修道院の施設ではない。


 ですので…孤児院の子供が修道院に付けた傷も、孤児院で原状回復していただかないとならない。


 …まぁあなたがやったとかばうものだから、あなた自身が投獄されることになりましたが。


 それでも、修繕費用は負担していただきます」


「…はい…それは、分っています…」


「では、最初に戻りましょう。


 返済計画の…」


 ニュー神父がそこまで言ったところで…涙をにじませたシャルロットがふいに爆発した。


「ニュー神父、この外道!!


 聖職者にあるまじき金への妄執!! あさましきかな!!


 このシャルロット・ド………いたたたたたっ!!」


「あ、ごめーん。 椅子で足ふんじゃった♪」


 激昂を見せるシャルロットを一瞬で制したのは……チナだった。


 その言葉通り、シャルロットの足の甲を座っていたイスの脚で完全に踏みつけていた。


 言いながら、まだ足をぐりぐり踏みつけるチナ。


「痛い! 痛い! 痛い!」


「あぁあ。これ、折れちゃってるかもしれないね。


 たいへんだーたいへんだー」


「………」


 無意識に、無言で立ち上がろうとする神父。


 癒しの魔法を使おうというのだろうか。


 それをチナが席を立って……ふわり、と両手で押しとどめる。


「いえ、だいじょうぶでございますです、神父様。


 私たちで看病いたしますです。 お礼の浄財もままならないもので」


 慇懃無礼に言うチナに、ニュー神父は無言で視線を向ける。


「………。 初めて見る顔ですね。 君は?」


「ティナ・イトーでございますです。


 『ジェーンと同じ』この孤児院の孤児でして、その新入りで」


 当てて擦るようなチナの言いようのためか、ニュー神父はもう一度無言になった。


「………」


「申し訳ありません、神父さま。 見ての通り、取り込み沙汰となってしまいまして。


 今日のところは、お引き取りを」


「……。やむをえないですね。では、ジェーンさん。近日中にまた来ます。


 それまでに、返済計画を」


 そう言ってニュー神父は一同にくるりと背を向けると歩き出し、そのまま隣の修道院に帰っていった。


 チナはバカ丁寧な態度で外まで見送ると…そこに、ある文字を見た。


 修道院の、壁。 そこに書いてある文字。


 『ばかしんぷ しね』


「…あれか」


 チナは大きくため息をついていた。

「痛い痛い痛い…」


 硬く目を閉じ、シャルロットは足の甲を抑えながら、痛みをこらえていた。


 先ほどチナは誇張したつもりで言ったが、本当に折れているのかも知れなかった。


「おっと忘れてた」


 チナはシャルロットに近寄ると、その隣に両ひざをつき、患部に触れる。


「なんだっけ。 呪文? 祝詞? なんていうんだっけ?


 まあいいや。


 せーの、ぽん」


 と。


「!!!!!」


 その場にいた全員が、絶句していた。


 先程のジェーンの治癒魔法の行使…それの数十倍の奇跡が起こっていた。


 百や二百ではきかないほどの光の粒子が、二人の周りで発生した。


 それが…一気にシャルロットの患部に吸い込まれる。


「いつの間に回復魔法なんて…」


 口を開けたままのジェーンも、そういうしかなかった。


「ああ、それは…なんか、さっきの見てたら、覚えちゃったみたい」


「……。 あの、洗礼とか、入信とかのご経験は?」


「んー。 日本でいっぱいやってるかなぁ?


 七五三して、お正月に初詣して、お盆にお墓参りして…クリスマスにはクリスマス会もするし。


 あ、こないだはハロウィンイベントにも参加したかな?


 ネトゲのだけど。


 多分、そのどれかがヒットしたんじゃない?」


「治って…しまいました…わ……」


 唖然としたまま患部を眺めるシャルロット。 


 そのシャルロットに、チナは声をかけた。


「フォーク」


「え?」


「シャルロットちゃん。その、いまだに握りっぱなしのフォークで、何をするつもりだったの?」


「そ、それは…」


「はい、それは?」


「あの害虫神父を駆除するためですわ!」


「そのフォークで?


 まあ、専門家じゃないから絶対不可能とは言わないけど。


 でも…ちゃんと、確実に、殺せた?」


 びっくん。


 チナのその物騒な言葉に、シャルロットは大きく体を震わせた。


 チナは、続ける。


「当然、あたしにはできないと思う。 やったこともないしね。


 抵抗されて…返り討ちにあうだけだろーね」


「か…構いませんわ!!


 一太刀でも浴びせられるなら…」


 意外なほどのチナの威勢に飲まれながらも…自分を奮い立たせようとするかのように、シャルロットは叫ぶようにチナに応じるが……チナは静かにため息を見せるだけだった。


「フォークで一太刀…ねえ。


 そんなことしたら、また損害賠償だの慰謝料だの治療費だの請求されるのは目に見えてるんじゃないの?


 やるなら、ここで、確実に、あと腐れなく、殺しておくべきじゃないの?


 シャルロットちゃんに、それができた?


 じゃないと、ジェーンに余計に迷惑がかかるだけなんだよ?」


「………」


「あ、あのう…ティナさん。


 なんとなく、シャルロットさんをお諫めになっているのは分かりますが…。


 あの、もう少し、表現を…ここ、一応修道院の敷地なので…」


 意外と物騒なチナに驚きながらも、その場を収めようとするジェーンに……チナはもう一度ため息をついた。


「はいはい。


 まあ、いろいろお説教したいところだけど。


 一つだけ。 あんたはまだ子供なんだからね。 その意味を、自分で考えて。」


「……………」


「まぁ、あたしも子供じゃんって突っ込まれたらそれまでなんだけど。


 でもね、責任感の強い子は大好き。


 みんなのために、みんなのジェーンを守ろうとしてくれたんだよね?


 ありがとう」


 そういってチナは、しゃがんだままのシャルロットの頭をなでる。


 ツンデレさんは褒めるにかぎる。 現代の医療でも、それしか対処はできない。


 つける薬がまだ開発されていないのだ。


「……ぅ…あなたなんかに褒められても……」


 涙のにじんだ目をそらすシャルロット。


 それでも、チナの掌を抵抗せずに受け入れていた。


 ふと、視線を横に向ける。


 と。


 この騒動の中、いまだに食事に夢中の子供たちがいた。


 …て、まだ食っとったんかーい。


 なんとなくチナは突っ込んだら負けなような気がして、あえて突っ込まなかった。

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