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第二章 五.五四話 形而上物理学と姉

「…すごく…訳が分かんないっす」


 はっきりと言い切ったのは、店長だった。


 その言葉に千佳はため息をつき、大原はがっくりと肩を落とし…円は、ぎろり、と店長をにらむ。


 にらまれただけで…店長は、両腕をクロスさせて防御の姿勢をとる。


「ひっ…こ、怖いっす。


 あの人、怖すぎるっす。


 パイセン、助けて下さいっす」


「あー、いや、うん。


 俺もあの人、怖いから。


 そこはあんまり期待せんといて欲しい」


「…怖いとは失礼だわ、大原。


 何もしていないでしょう…『まだ』」


 ぎらん。


 店長と大原には、その目の奥に殺意の光を感じたような気がした。


「こ、怖すぎるっす。


 あの人、マジ怖すぎるっす。


 パイセン、マジ助けて欲しいっす」


「あー、ええと、うん。


 俺もあの人、マジで怖いから」


「大原」


 ゆっくり、硬い口調で言う円。


 天丼はやめて、事態を収拾しろ、と言う意味らしい。


 それに、大原は小さくため息をついた。


 『…な?怖いだろ?』とは言えなかった。


 大原は、先ほどまで店長に見せていた動画を一時停止した。


 そして…もう一度、最初から再生した。


 それは以前、医学博士たちの目の前で、千佳の回復魔法を使った時に録画していた動画だった。


 冒頭の店長の言葉は、この動画に対する感想だった。


 ちなみに。


 四人は現在、伊藤家にいた。


 店長に無理やり店を閉めさせ、拉致同然に連れてきたのだ。


 途中で本屋に寄り、千佳が本を買ってくるという、緊張感にかけた拉致であったが。


 なお…まだ、詳しい話は一切していない。


 変な先入観が発生するかもしれなかったからだ。


 その動画の中で千佳は…事故で片足を失った少年の足を再生させていた。


 正直、結構グロい動画である。


 それを知人とはいえ女性に無理やり見せるという行為は…何と言う法に触れるのだろうか。


 大原は、思考の隅で、そう考えるのだった。


「ああ、ええと…別にな、お前に、これを解析してほしい、って言ってるわけやないんや。


 たとえば…そうやな。


 お前が作家として…このシーンを書くとする。


 ここに、どういう設定を付けるか。


 …トンデモ理論でもいい。 超能力でも構わん。


 お前なら、どういう理屈をこじつけるか。


 それを聞かせてほしいんや」


「はあ…それでいいんすか?


 『ちょっとこいつを見てくれ。こいつをどう思う?』なんていうから、定型文で答えないといけないのかと思ったっすよ。


 そういうことなら…」


 そういうと店長は…今までにないほど真剣な表情で動画を見始めた。

 動画を見ること、一〇分。


 疲れたのか、よほど真剣だったのか…店長は眼鏡を上にずらし、両の目頭を揉みながら静かに呟く。


「俗にいう、形而上物理学けいじじょうぶつりがくっすね」


「けいじじょうぶつりがく…」


「?????」


「………」


 聞き覚えのない単語に、大原は無意識に反芻した。


 千佳は、頭の周りに疑問符を一杯浮かべた。


 円は…全く関心がなかった。


「英語で言うと、Metaphysic physicsっす」


「な…なるほど…」


「???????????」


「………」


 聞き覚えのない単語の連発に、大原はとりあえずわかったふりをした。


 千佳は、頭の周りに疑問符をさらに一杯浮かべた。


 円は…やはり関心がなかった。


 その様子に、店長は大きく笑い出した。


「ぷっ…あははは。


 名前だけ聞いたら、それっぽく聞こえてかっこいいっすよね? 厨二心をくすぐるというか。


 でも…実際に形而上物理学なんて学問があるわけじゃないっす。


 海外の掲示板なんかで、アホなSFの理論や、ドラマやアニメの物理的におかしい場面を馬鹿にするときに言う言葉っすよ。


 あはははは」


「ぐぬぬ…人をフェレンゲルシュターデン現象に巻き込むな!!」


 その言葉に、大原は悔しそうに叫んでいた。


 ちなみに…フェレンゲルシュターデン現象を知らない人は一度ググってみてほしい。


 そして…一度、自らを省みるのも良いかもしれない。


 脳天にチョップでもしてやろうと思ったその矢先、店長の笑い声が力なく止まった。


「けどこの場合…そうとしか言いようがないっすね。


 形而上物理学…分かりやすく言い換えると、精神的な物理学、哲学的な物理学としか…」


 力なくそういうと…店長は、眼鏡をかけ直し、説明を始めた。


「では、この現象を解説する理論、こじつけてみるっす。


 まずはこの…光の粒子っすね。


 多分、この光の粒子に、意味はないっす」


「意味が…ない?


 え…この光の粒子が、体の組織とかに変わってるんじゃないの?」


「まあ確かに…この光の粒子、やってることはiPS細胞そのものっすね。


 患部に飛んで行って、患部に必要な組織に変化して治癒している…ように見えます。


 けど…iPS細胞が空飛ぶ必要性なんて、あります?


 そもそも…iPS細胞が宙に漂ってます?


 それに…iPS細胞自身が患部を見つけることなんて、不可能っす」


「………」


「だから多分…逆なんだと思うっす。


 この『けがをしたところが完全に再生する』という現象の『影』として、光の粒子があるんだと思うっす」


「現象の……『影』?」


「それを答える前に、パイセン。


 これって…『再生』してるんですかね?


 『元に戻ってる』んですかね?」


 店長の不意の問いかけ。


 それをしばらく考えてから、大原は答える。 


「………。


 あー、確かに、それによって解釈は全然違うな。」


「っしょ?


 『肉体を再生』してるなら、あくまで物理面の干渉。


 『元に戻っている』なら…もう物理学は超越しちゃってるっすね。


 『存在』に対する干渉、としか言いようがないっす。


 つまり先の動画なら『右足がない少年A』と言う存在を書き換えて、『右足がある少年A』に改編したとしか言いようがないっすね。


 その『存在の改編』という現象の『影』が、この光の粒子、ってトコっすかね。


 つまり光の粒子が治しているのではなく、『改編』に付随した現象じゃないかと言うことっす。


 …『存在の改編』なんてことが、人間にできるとは思わないっすけど」


「ん?


 しかし実際に『改編』してるやないか…その説が正しければ、やけど」


「ああ…じゃあ、『『『存在の改編』ができる存在』に改編できる存在』が、『『存在の改編』ができる存在』に改編してくれたんすね、きっと」


「…ん~…わからん!!


 もっと砕いて言ってくれ!」


「要は、神様が魔法使いにしてくれたってことっすよ…」


「………」

 

 半ば投げやりに言われた店長の言葉に…大原は無言になった。


 ちなみに…彼女に『回復魔法』のことは、全く教えていない。


 店長は続ける。 


「それはさておき。


 確認するなら『再生』の前後で…切り落とす前の足と再生した足の差とかを原子レベルで…あ、切り落とす前の足に、マーキングするだけでもいいっすね。


 施術後にマーキングがあるなら『存在の改編』、ないなら『再生』っす。


 …こんなもんっすかね、自分のオタ知識だと。


 これ以上のことは、本物の物理学者に聞いてほしいっす。


 きっとシュレティンガー的なサムシングをこじつけてくれるっすよ。


 それか…『形而上物理学だねーはっはっはー』と鼻で笑ってくれるっす」


「ふむ…なるほどな……」


 店長の説明に…大原は考え込んだ。


 店長の言葉は…アドバイスとしては結構良かった。


 物理学、とは思いもよらなかった。


 再生前後の差を調べると言うのも気が付かなかった。


 このアドバイスを聞けてよかったとは思うし参考にもなった。


 しかし。


 彼女は…物理学者ではない。


 悪い言い方をすれば……これ以上の利用価値もない。


 千佳の視界の中の千奈のステータスウィンドウを目撃されたため連れてきてしまったが…これ以上巻き込むのは、どうかと思えた。


 ふと…円を見る。


 ふん、と鼻で笑われた。


 察するに、大原の迷いを察し…自分で考えろ、と言うことらしい。


 もしくは…そんなことも自分で判断できないのか、とあざ笑われたのかもしれないが。


 相談くらいさせろ、チチがデカいくせに。


 大原は、決して口にできない言葉を飲み込むのであった。

 大原はそのまま…千佳に視線をやっていた。


 千佳は…床に正座したまま、視線だけを動かしていた。


 と言っても、千佳の周囲に目を引くようなものはなかった。


 これは、ここ半年の間にできた、千佳の癖だった。


 おそらく…千奈のステータスを確認しているのだろう。


 特に店長が動画を見だしてからは、全く会話に参加していなかった…思うに、退屈していたのだ。


 その間に、ステータスをチェックしていたのだ。


 千佳に聞いたところ、千奈のレベルは今…六〇を超えているらしい。


 上限がいくつかは知らないが、結構な数字なのではなかろうか。


 それでも時々、HPやMPが大きく変動することがあるらしい。


 きっと、戦闘でもしているのだろう。


 そんな時の千佳は、何を話しかけても無駄。


 数値が回復するか、安定するまで…ハラハラしながら見守る千佳であった。


 今はハラハラしている様子はないから…退屈しのぎのチェックであるらしい。


 その姿に苦笑する大原。


 …と。


 千佳の口がふいに、ぽかん、と開いた。


 何かに、気付いたらしい。


 見たことのないものがあったのか…あるいは、今まであったものがなくなったのか。


 しばらく千佳の視線が動かなかったから、それを眺めているようだ。


 その時だった。


 部屋の中で…何かが動いた。


 その気配に、振り返ろうとした大原。


「何してるの!! 早くこっちへ!!」


 ふいに叫ぶ円がいた。


 その手には…いつの間にか、拳銃。


「ひぃっ! 九二式手鎗! …まさか五.八ミリモデル!?」


 なんだかよくわからないが、店長が叫ぶ。


 叫びながら…円のほうに走ってゆく。


 何事?


 大原はその場に立ち尽くしていた。


 その腕を、思いきり引かれた。


「私より先に、そいつに殺されたいの!?」


 大きくよろけながら体勢を立て直し、大原は振り返る。


「!!!!!」


 先ほどまで自分がいた辺り…そのすぐ後ろ。


 大原はそこに、ある生き物を見た。


 大原はそこに、あってはいけない生き物を見た。


「あの…すみません! 退屈だったので…つい!


 すみません! すみません!」


 後ろから、千佳の動揺した様子の声が聞こえてきた。


 千佳にしては珍しい…完全にパニックに陥っていた。


 おろおろしながら、千佳は続ける。


「気が付いたら新しい魔法が増えていたので…。


 試しにクリックしてみたら新しい項目が出ていたので…。


 それを試しにクリックしてみたらこんなことになってしまって…。


 すみません! すみません!!」


「新しい魔法…?」


 問いかけながら、大原は…なんとなく想像がついていた。


 大原の問いに、千佳が答える


「『召喚魔法』です」


 そう答える千佳たちの目の前に…この世にいないはずの生物がいた。


 サーベルタイガーの幻獣は、警戒した様子で威嚇の声を響かせていた。

「ねぇ…あなた」


 円がふいに口を開く。


 円が声をかけたのは、隣にいた店長だった。


 びくん、と体を震わせてから、円の顔を見上げる店長。


 円は…ずいぶん、悪い顔をしていた。


「こんなに面白いものまで見てしまって…あなた、もう逃げられないわよ」


 悪い顔のまま楽しそうに言う円に、店長は足をすくませるのだった。

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