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第二章 四話 魔物の襲来と妹

「こっこれはこれはティナ様!!


 このようにむさくるしい所へ…ご苦労様でございますですううう!!」


 五体投地するように応対するのは、酪農業ギルドの職員だった。


 場所は町の中の小さな二階建ての建物。 


 お昼前の、職員たちが昼飯を何にするか、くだくだ雑談していたところだった。


 そこへ大口の融資者のアポなしの登場。


 なんだか少し悪い気がしてしまったチナである。


「あー、えっと。 聞きたいことがあって…あ、こんにちわ。 支部長さん、いるかな?」


 田舎の中学生は、話している途中でも挨拶を欠かさない。


 そのチナの言葉に、職員たちがざわつく。


「えぇと…どういったご用件でしょうか…?」


 さっさと取り次げば良いのに、どうして社会人と言うのは間に入りたがるのか。


 まあ一人で処理できれば得点にもなるし、そもそも丸投げでは子供と変わらないか。


 ため息をついてから、チナは続ける。


「ちょっと、聞きたいことと、お願いがあって。


 支部長さんをお願いしたいんだけど…」


「私にできることでしたら私で応対しますが…」


「ありがとうございます。


 じゃあ、早速ギルドへの融資の全額引き剥がしについてなんですが」


「さっそく支部長を呼んでまいります」


 くるりと背を向け、ダッシュで奥に消えてゆく職員。


 もちろん本気ではない。 チナは心の中で、しゃしゃり出てくんじゃねー、と悪態をついていた。


 待つこと、暫し。


 やがて出てきた女性に案内され、チナは別室に通されていた。


「よーう、嬢ちゃん。 あんまりうちの職員をいじめるんじゃねーよ」


 別室にいたのは、なんでこんなところにいるのか問い詰めたくなるくらい場違いな、堂々とした筋肉ダルマだった。


 酪農業ギルド支部長の、アレキサンダー。


 その強そうな名前にふさわしい、全身傷だらけの、いかにも歴戦の戦士、といった風貌。


 実際、冒険者を三〇年近く続けてきた男らしい。


 先のニュー神父の監査により…先代の支部長が左遷された。


 それはありきたりと言ってよい罪状…背任罪。


 つまり、身内や贈賄のあった相手に対し、審査を甘くする行為。


 貸し付けであったり、製品の品質であったり、いろいろな審査で便宜を図っていたのだ。


 ニューはそれを暴き立て、先代支部長をギルドからたたき出していた。


 その代わりに連れてきたのが、冒険者時代のニューの知己ちき、このアレキサンダーだ。


 当然反発はあったが…この男、荒くれものに見えて、実はかなりの記憶力があった。


 人の名前や顔はもちろん、癖や些細な会話の内容も記憶しており、ことあるごとに職員たちに雑談やアドバイスをする。


 そのアドバイスも、事務の細かい数字や事柄も完全に記憶したうえでのものであるため、的確。


 また、いちいち資料を引っ張り出さなくても良いので、事務仕事も早かった。


 言葉遣いが荒いので聞く者に若干の緊張は強いるが、仕事の早さを生かした手腕に、職員たちから地位以上の信頼を勝ち得ていた。


 それに第一、屈託がないので、余計な悪意を買わない。


 人心の把握能力は、性格の上でも仕事の上でも半端では無かった。


 ニューとチナが、一目置く所以ゆえんである。


「あたしはいじめてないでしょー。 むしろこっちが通せんぼされていじめられたわ。


 おっちゃんの教育がなってないんじゃないのー?」


「おっちゃんて言うな。


 やれやれ、小金を掴むと人間偉そうになるって言うけど。


 お前もその口かぁ?」


「なにが小金よ、ばかばかしい。


 あたしは別に、偉そうにしたいから蓄財してんじゃないの。


 蓄財したいから蓄財してるだけよ…何があってもいいようにね。 


 まあ、あたしが死ぬまで何もなかったら…どっか高い所から全額ばらまいてもいいよ」


「どんだけ風流なんだよ、お前。


 まあいいや。


 今日の要件は何だ?」


「ちょっと…ある牧場の経営状態について、教えてほしいんだけど」 


 急に表情を改めながら、チナはまっすぐにアレキサンダーを見ていた。

「アル牧場ねえ…んー経営状態は、今のところ悪くなさそうだな…」


 どこからか単眼鏡を取り出し、書類の束に目を通すこと一〇分。


 見ているのは…ギルドから納品した資材や、ギルドが買い上げた生産物の一覧の、過去十年分の記録。


 それを見ながら、アレキサンダーはゆっくりとそう言っていた。


 それに、チナは安堵のため息をつく。


「だが…それは、今のところ、というだけだ」


「どういうこと?」


「収入は平均的、債務の類はゼロ。 実に安定的な経営をしてるな。


 まさしく先祖代々の酪農家だな。 だが…それがいけねえ」


「安定が、何かいけないの?」


「先祖代々、発展してないってのが気に入らねえな。


 多分この家、ほとんど蓄財ってものをしてないぞ。」


「なんでわかるの?」


「俺の勘と、傾向ってやつだな。


 先祖代々やってるってことは、先祖代々やれてるってことだが…そこに発展ってものがないと。


 つまり、発展しなくてもやっていけてるってことは、現状を維持しているということだ。


 現状を維持しているってことは…言い方は悪いが、去年と同じことをしているってことだ。


 去年は一昨年と同じことを、一昨年はその前の年と同じことを」


「それの何が悪いの?


 酪業にしても農業にしても、そんなものじゃないの?」


「わかんねえか?


 毎年同じことをして発展がないのは、ちょっとずつ手を抜いてるってことだよ。


 その抜いた手を、発展に使えばよかったのにな。


 それを、使っていない…ひいては、手を抜いてるってことだ。


 つまり、最小限の労力で、最小限の収穫しか出していないが、それで満足ってことなんだよ。


 そんな経営者が、蓄財なんて考えると思うか?


 あっても、微々たるもんだろ。


 今は良くても…何か一波あったら、潰れるぜ。


 成長の止まった商店はな、どんだけ大きくても三〇年持たずに潰れていくんだ」


「商業と生産業は別もんでしょー?


 農家や酪農家のお仕事は大変だっていうしね。


 でも…まあ言いたいことは分るよ。


 アル牧場の夫婦は、そんなにガツガツした人じゃなさそうだったしね」


「ふむ…じゃあ、そこそこ蓄財してるのかもな」


「…どっちなのよ」


「まあ、びっくりするくらいの額じゃないことは確かだ。


 基本的に、よほど大規模にやらないと、酪農業は儲からねえしな。


 それに…設備投資を長年やってない様子だからな。


 建物も、だいぶガタが来てるんじゃないか?


 続けるとすりゃ、いずればたばたっとくるぜ。


 おんなじ月に、畜舎の壁が、母屋の屋根が…とかな。


 そういう出費は、重なるもんだ」


「なるほど…明るい材料も、ないわけか」


「で…この牧場の、何が気になるってんだ。


 お願い事、とか言ってたらしいが…」


「んー。 うちの孤児院のね…里親さんのところなのよ。


 縁故があるから…うちに直販してもらおうと思ってるんだけど」


「なるほどな…ギルドとしては特別扱いは出来ねえが、そういうことなら構わねえぜ。


 だがそれは、増産してもらって、その分を納品、て事にしてほしい。


 どんなに小さい牧場でも、ギルドとしちゃ、生産力として計算に入ってるんだ」


「ケチだねえ」


「ケチはしょうがねえ。 組織だからな。


 チマチマした陳情や要請を整理して、みんなが納得いくようにまとめなきゃいけねえんだよ。


 めんどくせえ。


 本当なら各農家や各酪農家なんて全部潰して…大規模農場にするのが一番効率が良いんだ」


「ふふん。


 それやって、潰れたところがあるよ。


 日本市おろしや町の集団農場。 コルだかソフだか、名前は忘れたけど。


 どんだけ頑張ってもお給料が同じだったらしいから。


 そりゃやる気もなくなって、生産力も下がる一方だわ」


「ふむ…そりゃ参考になるな。


 なるほど…結局、集団なんて、個人の集まりだからな…効率より、就業意欲か…なるほど」


 ぴこりんぴん。


 何となく、世界のどこかからそんな音が聞こえた気がした。


 食糧生産に関して、この世界のレベルが一上がった瞬間だった。


 社会主義思想など芽生えなければいいが…チナは、ふと心配になっていた。

 と…その時だった。


 こんこん。 こんこん。 こんこん。


 小さなノック。


 それがチナたちの耳に届く。


 音源を探すと…それは、窓。


 しかし、姿が見えない。


 不振がって二人が窓を開けると…そこにはスズメの姿があった。


 一五センチほどの大きさで…スズメにしては少し大きい。


 …よく見れば、少し向こう側の光景が透けて見えていた。


「ス…スズメの幽霊だー!!」


「ちげーわ。 ずいぶん小さいが…幻獣の類だな」


「げんじゅう?」


「魔法を使える動物の事を、魔獣って言うだろ?


 で、千年万年生きた魔獣が、幻獣になるらしい。


 要は、魔獣の上位の存在って事だ。


 すこし、透けて見えるだろ?


 だから幻獣っていうんだが…数が少ないって意味合いもあって、滅多に会えるものじゃないんだ」


「へー…じゃあ、幽霊じゃないんだね」


 物珍しそうに言うチナ。


 幽霊じゃないとわかれば怖くはないようだった。


「いや…案外それに近いのかも知れねえ」


「ひぃ! どっちなのよ!」


「何しろ、千年万年生きてる連中だしな。


 生きたまま幽霊になりかかってるのかもしれねえ。


 …幻獣ってやつは、急に目の前に現れたり、消えたりしやがるからな」


「………」


 チナはアレキサンダーの言葉を聞きながら、ユニコーンの事を思い出していた。


 その時は気付かなかったが、もしかしたらユニコーンも少し透けて見えていたかもしれない。


「この世とあの世を自由に行き来できるっていう賢者もいる。


 この世と…よく分かんねえが、この世とは違う世界があって、その別の世界とこの世界を自由に行き来できるって言う賢者もいる」


「え!?


 それって…『異世界転移』ってこと!?」


 思わずチナは問い返していた。


 それはもしかしたら…元いた世界に帰る方法に繋がるかもしれなかったからだ。


 しかし…アレキサンダーは、首をかしげるだけだった。


「『異世界転移』?


 なんだそりゃ。


 幻獣があの世とこの世を自由に行き来できるってことをそういうのか?」


「………。


 …あー、何でもない。 忘れて忘れてー。」


 チナは、片手を振ってそう言った。


 やはり、異世界と言う概念はこの世では通じないようだ。


 本当に知らなさそうだったからだし…何よりもチナ自身に元いた世界に帰りたいという欲求が、そんなになかったからだ。


 郷愁が全くなかったと言えば嘘になるが…この世界に来てまだ半年。


 帰還できるとしてもそれはもう少しあとでも構わない、と、チナは思っていた。 放浪癖が強い性分であるらしい。


 姉の心妹知らず、と言ったところである。


 その様子を怪訝そうに見てから、アレキサンダーは続ける。


「俺は賢者じゃねえからよくわかんねえな。


 幻獣の中には、数十万年も生きているやつもいるらしい。


 が…さっきも言ったが、とにかく数が少ないから、滅多に出くわすこともねえ。


 …多分、出くわしても気付かないってこともあるんだろうが。


 こいつらがまた、人語を理解するくらい、かなり知性が高くってな。


 意識的に隠れられたらもう手も足も出せねえ…それを十分知ってるんだろうぜ」


「ふぅん…おっちゃんのくせに、詳しいんだね」


「おっちゃん言うな。


 まあ…長年、冒険者をやってたからな。


 幻獣を見たことぐらいあるさ。


 でもこいつ…召喚されてるんじゃないか?」


「召…喚…?」


 その言葉を聞いて、チナはある少女たちを思い出していた。


「ああ。


 幻獣の中には、気に入った人間に姿を見せるやつもいるんだ。


 その中には…人間と契約して使役されたりするやつもいるんだ。


 そうやって幻獣を呼び出す魔法を…召喚魔法っていうらしいけどな」


「召喚魔法…それって」


 チナは急に、激しい不安にとらわれた。


 振り返って…小さな幻獣に声をかける。


「ねえ、あなた!! デルタとネアンに何かあったの!?」


 問いかけるチナ。


 するとその瞬間…スズメの幻獣は、ユニコーンの時のように霧となって霧散していた。


 それが、チナに最悪の連想をさせた。


「おっちゃん…窓の修理代…つけといて…」


「あん? 窓がどうしたって……て! おい!! ここは二階だぞ!!!」


「『肉体強化…+3』!!」


 ぐわっしゃん!!


 チナは、枠ごと窓を突き破りながら、外へ飛び出していた。


 そして、大量の破片とともに着地する…そのままチナは走り出していた。


 先ほどまでいた…アル牧場へ!

 その襲来は、まさしく突然だった。


 それは、空から降ってきた。


 小型の、竜だった。


 それが…高速で急降下しては、牧場のヤギを一瞬で踏み殺していた。


 途端に、周囲のヤギたちが恐慌を起こす。


 小型の竜は、踏み殺したヤギの足を引きちぎると、血に狂ったように激しく頭を振った。


 ぴっ!


 飛び散ったヤギの血が、立ち尽くしていたデルタとネアンの頬に飛んでくる。


 すとん。


 糸が切れたみたいに、二人はその場に座り込んだ。


 恐怖が度を過ぎて…呆然としているようだった。


「デルタ! ネアン! 逃げなさい!!」


「逃げるのよー! 二人ともー!!」


 大好きな義父と義母の必死の声。


 それさえも、二人の耳には届かない。


 竜は、先ほどまで弄んでいたヤギの足を丸呑みすると…もう一度、足元のヤギにかぶりつく。


 その時だった。


 がん、がん、がん。


 金属同士をぶつける音。


 それが耳障りだったのか、竜が音源に顔を向ける。


 そこにいたのは…アル夫婦。


 竜の注意を自分たちに向けようと、手近にあった金物で大きな音を立てていたのだ。


 ぎろり。


 不快なものを見たように、竜の血に飢えた目が夫婦をとらえる。


 それに、夫婦は悲鳴を上げる。


 瞬間、二人は同時に立ち上がった。


 顔を上げ、最も高音が出しやすい姿勢をとる。


 そして二人は歌いだした。


 怒りに燃える歌を。

 それはソプラノ以上のソプラノだった。


 人間技とは思えない高音。


 寡黙な少女たちのものとは思えない大音量。


 そして、オペラ歌手を思わせる声量。


 しかし、怒りや殺意と言う感情に燃え上がっているということがよくわかる。


 それが、幼い姉妹の喉から飛び出していた。


 それは、歌詞ではなかった。


 言葉でさえなかった。


 曲。


 言語ではなく、感情で奏でられる曲だった。


 デルタとネアンは、怒りを奏でる楽器となっていたのだ。


 同時に…彼女の周りに幻獣が召喚される。


 ユニコーン。 それに…見たこともない生き物たち。


 チナが見ていれば、それをサーベルタイガーとマンモスだと指摘していただろう。


 すでにこの世界でも絶滅した生物たち。


 それが、幼い姉妹の周りに伏していた。


 姉妹は…歌いながら竜を指し示す。


 すると…この世にいないはずの生物たちが、一斉に竜にとびかかっていた。


 スキル『夜の女王のアリア』。


 二人の固有スキルであった。


 姉妹の怒りをそのまま受け継いだかのように、その使徒たちが普段の何倍もの力で竜に襲い掛かる。


 長い角、長い牙、鋭い牙…戦いのためにあるすべての力が、竜に向けられる。


 完全に竜は圧倒されていた。


 肩の肉をごっそり食いちぎられ、長い角で足を串刺しにされ、翼の被膜も引き裂かれていた。


 だが…相手も小型とはいえ、竜であった。


 ユニコーンの首の骨をかみ砕き、サーベルタイガーの腹部に大きな裂傷を負わせている。


 ほぼ、痛み分けであった。 互いの傷が深すぎる気はするが。


 痛み分け、対峙しあっているその時だった。


『………』


『………』


 姉妹が…糸が切れたように、ふいに倒れた。


 スキルの使用限界が訪れたのだ。


 途端に、召喚された幻獣たちが姿を消してゆく。


 残ったのは、アル夫婦と、デルタとネアン。 そして…猛り狂うドラゴン。


「デルタ……」


「ネアン……」


 絶望的な表情を浮かべるアル夫婦。


 しかし…もう、打つ手などなかった。


 ドラゴンが、幼い姉妹に近付いていく…その時だった。


「どおおおおおおりゃあああ!!! あんた何やってんのよおおおお!!」


 どがんっっ!!


 黄金のガントレットのフルスイングで、ドラゴンを殴打する者がいた。


 言うまでもない。


 チナだった。


 ドラゴンはそのまま数十メートルふっとばされると、完全に服従の姿勢をとっていた。


 それを確認し、チナはアル夫妻に向かって走り出した。


 そのまま…スライディング土下座を見せる。


「この度は…ウチのドラゴンが、大変ご迷惑をおかけしましたあああああああ!!!」


「ええええええええええええええ!?」


「…ぐう」


「……ぇぇぇぇぇぇぇ……?」


 数キロ離れた土地から三分で到着したチナは…そのままスキルの超過使用のペナルティで一〇分の行動不能に陥っていた。


 あとに残された夫婦は…互いの顔を見合わせるしかなかった。

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