第二章 二話 愛されるより愛したい妹
「みんなー準備できたよー」
「「「「「「「「「「主よ感謝します」」」」」」」」」」
「…って、早えわ」
いつかどこかで見たやり取りである。
夕食。
ティナ孤児院の食卓だ。
電気のないこの世界では、なるべく陽のあるうちに食事をするのが通例となっていた…特に貧しい世帯は。
一〇人の孤児、チナ、ジェーン、デルタとネアン。
一四人で囲む食卓。
そうなるとにぎやかになりそうなものだが…当孤児院では、食事は静謐に行なうのがしきたりだ。
…嘘です。 みんな無言で、必死に食事をがっついているだけです。
それは、犬やら猫やらの食事を思い出す光景であった。
鳴きも吠えもせず、ひたすらにカウカウ言いながら食うという光景。
きっと、横から手を出せば、威嚇されてしまうだろう。
それくらいの勢いだった。
「…うっし!」
一人、調理担当のチナだけが、ガッツポーズを作っていた。
今日も孤児たちの胃袋をねじ伏せたという、勝利の宣言だった。
とはいえ…染みついた貧乏性が、まだ抜けていないだけかもしれなかったが。
ふと、チナはお使いの二人に視線をやる。
デルタとネアン。
二人は、食事を摂りながら、うれしそうな顔で身体をくねくねさせている。
チナの食事は気に入ってくれたらしい。
先ほどのことなど忘れ、目尻が下がるチナだった。
ちなみに今日の献立は…チーズをふんだんに使ったシチュー。
それをメインに、チーズをかけて焼き直したパンと、シーザーサラダ。
全体的に、量は多めだ。
しかし…孤児たちが食事を残す姿は、見たことがなかった。
それは、染みついた貧乏性が(以下略)。
「しかし…チーズかぁ。
保存食の王様みたいなもんだよねー」
「保存食…ですか…」
チナの言葉に、ジェーンは微かに苦笑した。
それに、チナは小さく吹き出す。
「まー、この冬は保存食ばっかり作ってたからねー。
子供たちにもいっぱい手伝ってもらったし。
乾麺でしょ? 干し肉でしょ? 乾燥野菜に、お漬物も。
苦労したなー。
こういう知識、うちの女衆が全く頼りにならないんだから」
「す、すみません……私も亡くなったお爺様も、近隣のご厚意ばかりに頼っていたものですから…」
「いいって。 あたしも牧場や農家のおばちゃんに教えてもらっただけだし。
備えも必要だったけど…まああたし自身もやってみたかったしね。
乾燥ジャガイモの作り方とか、向こうでも知らなかったし。
一度外で凍らせてから解凍して、皮ごと踏んで水分を出したり、なんて。
思いもよらなかった。
あれ、スポンジみたいで面白かったねー」
「あの、購入すればよろしかったのでは…」
「孤児院の子供たちの将来も考えて、やってんのよぉ。
将来、生活の知恵もないまま放り出すわけにもいかないんだし。
いつこの孤児院が無くなってもいいようにはしとかなきゃ。
備えあれば患いなしよ。
…なんなら、冒険者の基礎訓練ぐらいやっといた方がいいかもね」
「えぇと…それは、基礎だけで終わるんでしょうか。
まさか…屈強な冒険者になってしまうのでは…」
ジェーンは自分たちのパワーレベリングを思い出し、苦い表情を見せる。
「あ、そうか。 あたしたちと競合すると、困っちゃうか。
将来を押し付けられるのもどうかとおもうしね。
…いや…まてよ…最強の傭兵部隊と言う手も……」
「ほ、ほら、ティナさん! 食事が冷める前に食べてしまいましょう!」
「そうだねー。
私も、いっただっきまーす……作ったのあたしだけど。
…あ」
言いながらチナは、不意の来訪者に視線をやった。
だがそれは…お客様ではなかった。
「おっそいよー、神父ー。 先に食べてるよー」
「いやはや…皆さん、お早いですね。
すみません、今日もご馳走になりに来ました。
男一人だと、簡単なものばかりになってしまって。
手の込んだものは、なかなかつくれないのですよ」
言いながらニュー神父はジェーンの隣に座る。
「………」
ジェーンが、笑顔のまま無言になっていた。
壁の修理代の件は和解できたとはいえ、まだ蟠りは残っているようだった。
ニュー神父は、さすがに神父らしく模範的な食事前の祈りを見せる。
そして、皆に柔らかな笑顔を向けながら、食事を始めた。
つんつん。
チナは、ふいチナの隣に座っていたデルタに、つつかれる。
……美味しい食事の提供者に、デルタとネアンからチナに対する警戒心が取り除かれたらしい。
人はそれを、餌付け、と言う。
テーブルの下で、小さなガッツポーズを作ってから、チナは答える。
「なに? どうしたの?」
デルタはチナをつついたその指で、そのまま宙に文字を書いた。
『あの人は、だあれ?』
「ああ、うちのパーティ『ティナ孤児院』の、新しいメンバーよ。
そして…社会福祉法人『ティナ孤児院』の、頼もしい専任会計士。
ニュー神父っていうの」
…というか、社会福祉法人の下りは詐称もいいところだ。
というか…パーティの新しいメンバーとか、とんでもないことがしれっと披露される。
「………」
相変わらず、無言で笑顔を見せるジェーンが、そこにいた。
なお、チナの考えた財テク・カッコワライに修正を施したのはニュー神父である。
チナの年金計画…当初は大きな落とし穴があった。
それは、受取人をチナやジェーンやシャルロットと、個々人にしようとしていた事だ。
つまり、彼女たちが死んだ場合…共済委託金が、全くの無駄になる。
また…それを狙って、ギルド側から暗殺者を送り込まれる危険性も。
それを指摘し、受取人を法人『ティナ孤児院』に変更するよう進言したのがニュー神父だった。
その一件もあって、チナは彼を強引に仲間に引き入れたのだ。
そもそもニューは冒険者上がり。
メンバー追加するだけだったから簡単であった。
「………」
その一件を思い出しているのか、凍り付いた笑顔のまま微動もしないジェーンだった。
「おや、珍しい。
山の民のお客様ですか。
はじめてお目にかかります。
私は隣の修道院の神父、ニューと申します」
『………?』
文字にはしていないが、そう読み取れる表情で、デルタとネアンは同時に小首を傾げていた。
小さな顔が、斜めに見える。
それを見たチナはテーブルの下で、激しく掌を握ったり開いたりを高速で繰り返す。
あふれ出る情熱を、そこから放熱させていたのだった。
そうしないと…なんだか、わけのわからないことになりそうだった。
そのおかげで、変質者による事案は、とりあえず回避できそうだった。
『心の底からあふれてくる感情、それが『萌え』である』
かつてそう語った人物を、チナは知っている。
チナは、間違いなく、大原のおっちゃんの姪であった。
「ああ、ええと…先代の神父様が亡くなったのは知ってる?
まあ、あたしは会ったことないけど。
…あ、知ってるのね。 で、代わりにきた神父さん」
「よろしくお願いしますね」
そう言って柔和に微笑みながら、ニューは二人に右手を差し伸べる。
ニューの求めた握手に、二人は顔を見合わせてから、おずおずと応じる。
二人同時。
デルタはニューの右手の人差し指、ネアンはニューの右手の小指。
妙に、ほほえましい握手。
ちっ…そういうアクセスもあるのか。 さすがの年の功。
チナは心の中で舌打ちした。
ニューの応対は非常に紳士的で、他意など感じられるものではない。
まさしく、神父、だ。
が。
チナにとっては最初の印象が強すぎるため、ヘビメタ好きな会計士のほうを、彼の本性と思っている節があった。
「まあ神父や会計士だけではなく…最近は学校の教師までやっていますけどね」
『学校?』
「はい。 こちらのティナさんのご提案でね。
孤児だけではなく近隣の子供たちも集め、文字や簡単な数学、簿記の基本など教えています」
『簿記ってなぁに?』
「帳簿と呼ばれるものに、お金や財産に関する取引の記録を記すことです」
『帳簿って?』
「簡単に言えば、お店屋さんの家計簿ですね。
取引に関する取引の記録を記したものです。 仕訳帳とも言います。
他にも総勘定元帳という物があって…」
『なんでそんなことするの?』
「お店が儲かっているか損をしているかと、お店に財産がどれくらいあるかを、正しく把握するためです。
また、お店にどれだけの価値があるか、知っておくためのものでもあります」
『総勘定元帳って?』
「仕訳帳の内容を勘定科目ごとに書き直した帳簿で…って。
ははは…まだ小さいのに、ずいぶん興味があるのですね。
今度、よろしかったら学校に来てみませんか?」
『でも…お高いんでしょう?』
「無料…と言いたいところですが、簿記を教える身としてはつらい所ですね」
ニューの言葉に、デルタもネアンが宙に文字を書く。
『w』
『w』
ちゃんと、冗談であることが分かったらしい。
「いかがですか、ティナさん」
「…そこで私に振るかな?」
「はい。
私はあなたを買っていますからね。
教会を使って学校を開くなど、いままで誰一人として考えもしなかった事ですから。
あなたは私に、このような形での地域貢献の機会を与えてくれました。
神父としては喜びにたえません。
いくらでも、あなたの顔を立てようというものですよ」
「もう寄付は貰ってるよー。 今日のこのチーズがそうだから」
「おやおや。 ではいつでもどうぞ、お二人とも」
「良かったねー、二人とも」
『ktkr!』
『wktk!』
なんだかよくわからないが、二人はそう書いては椅子の上で跳ねていた。
が…それが途中でしょぼん、と変わる。
『orz』
『(´・ω・`)』
その変わりぶりに、チナとニューは顔を見合わせた。
ジェーンが、横から声をかける。
「あ…アル牧場のお手伝いですね。
春先の出産ラッシュは終わったとは思いますけど…」
「あー…そっか。 生き物相手のお仕事だから、三六五日、休みがないのか…」
こくん。
こくん。
うなだれたまま、頭で返事をする二人。
その姿に…チナは思わず立ち上がった。
「おっし!
じゃあ、あたしがちょっと手伝いに行ってあげる!!」
・
・
・
「うっし。 じゃあちょっといってくるから」
翌朝。
デルタとネアンとジェーンとチナ。
自宅へ帰る二人に、お見送り一人、ストーカー一人。
そのうちのストーカーが、妙に気合が入った顔で宣言していた。
お見送りのジェーンは、怪訝そうにチナに問いかける
「あの…本当に行かれるのですか?」
ジェーンの問いかけに、チナは満面の笑顔で答える。
「当然よ。 こんな小さい子二人を護衛もなしで送り出せるわけないでしょ?」
「護衛は必要ないと思いますけど…」
「何言ってんの! こんなにかわいい娘たちなのよ!?
イエスロリータ・ノータッチを理解しない、迷惑な撮り鉄、みたいな連中がこの世にどんだけいると思ってんの!!
あたしがガードしないで、だれがガードするってのよ!」
自らの事を網棚に置き忘れてきたように言うチナ。
ていうか撮り鉄に怒られろ。
「は、はぁ…何のことかよくわかりませんが、心配はないと思うのですが…」
そう言ってジェーンは、イエスなロリータたちを指さす。
「ん? ……はぇ!?」
デルタとネアンは、不意に天に向かって、光る指をさしていた。
そのまま、二人は走り出す。 その軌跡が、二人の頭上に描かれる。
はじめはきれいな直線…それが、ふいに九〇度で折れ曲がった。
そして、二人で四メートル×四メートルの、奇麗な四角形を描き出した。
そのまま…笑顔でその下を走り回る。 踊りながら走り回る。
いや…ただ走っているだけでなない。
二人は、光る指で、絵を描いていたのだ。
「あ…キャンパスだったんだね、これ…それにしても…」
上から見下ろす形となったチナは無意識に呟いていた。
踊りながら描き殴ったにしては、実に写実的な絵。
それは、プロの画家が裸足で逃げ出すレベルだった。
二人は、キャンパスに馬の絵を描いていた。
今にも飛び出してきそうな馬。 その出来栄えに、チナは思わず嘆息する。
なるほど、頭上に絵を描いたのは…4メートルもの高さの絵を彼女たちの身長で描くためらしい。
そして二人は、笑顔をみせあうと…最後に、二人のサインを書いた。
その瞬間。
「わっ! ええええええええ!?」
驚くチナの目の前で、絵の中の馬が急に動き出した。
動いたと思ったら…枠の中から飛び出していた。
飛び出してきた馬は…よく見ると、額に短い角が生えている。
俗にいう、ユニコーンであった。
「あ…ご存じありませんでしたか。
山の民は固有スキルとして…『召喚魔法』を使えるんです。
たぶん、こちらへ来た時も使っていたと思うんですが…」
「見、見てないし、知らないよ、そんなの…」
動揺するチナに、ふいにユニコーンが近づいてくる。
ふんふんとチナのにおいを嗅ぐと、やがて甘えるように頭をこすりつけてくる。
「まあ!! ティナさん!!
ユニコーンが心を許すのは清らかな乙女ということです。
素晴らしいことです!!」
「え、や、やだなぁ、そんな。 清らかな乙女だなん…て」
照れたように言うチナ…その言葉が途中で止まる。
「…ジェーン。 この子…男の子?」
「えぇと…」
そう言ってジェーンは、ユニコーンの後方に回る。
蹴られないように注意しながら、立ったりしゃがんだりしてから、チナに答える。
「女の子ですね」
「ふーんそーなんだへー」
感情の入らない声でいうチナ。
その目が、少し死んでいた。
久々に…チナは自分のスキルの事を思い出していた。
呪われた、ハーレムエンプレス、というスキルを。
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