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第一章 七.五話 姉と妹

「あー。 兄貴、お義姉さん。 ちょっと千佳借りてくでー」


 そんな言葉を残し、葬式の真っ最中、大原は千佳を誘拐していた。


 まあ、そうとしか言いようがない。


 いたいけな少女がいかがわしい男と一緒に歩いていては。


 移動は、そのいかがわしい男の車だった。


 海外製の二人乗りの軽だ。


 金があるくせになぜ軽…そう思われそうだが、それは、この男の趣味である。


 改造費は、結構な額になっているだろう。


 黒の小さな車体に、オーバーフェンダーのタイヤ。 車高も少し落としてある。


 エアロパーツも追加されて…なんだか、昔流行ったプルバック式ゼンマイの車の玩具をそのまま大きくしたかのように見える。


 カーナビは今日日当たり前としても…音響機器はフルオーケストラの視聴に耐えうる程だった。


 完全に趣味と、見た目の面白さに走った車だった。


 それに…。


「あの、あの、大原の叔父様。


 私、私、この車に乗るのには、かなり勇気がいります」


「にゃははははー!! やかましい。 俺の嫁に何を抜かす。


 ええから乗れや! にゃははははー!!」


「は…はい…」


 そう言って、あきらめた様子で助手席に乗り込む千佳。


 閉めた扉の側面には…二次元美少女の絵がプリントしてあった。


 プリントは、そこだけではない。


 車体のあちらこちらに、メーカーのロゴとタイトルのロゴがプリントされている。


 ボンネットに至っては肌面積の多い姿のヒロインが寝そべっていた。


 いわゆる、痛車…街中で見かけても、生暖かい目で見送るしかない車だった。


 いたいけな少女がいかがわしい男のいたいたしい車に乗っていてはいたましい事態しか想像できないというものである。 誰か止めてあげて。


 しかし世も末の日本では、誰も制止する者はいなかった。


 だれにも制止されることがなかったので、そのまま二人は駅前の繁華街に向かったのであった。

「いや…しかし…これは…驚いたわ…。た、確かに…俺も可能性だけでここに来たけど…。


 まさか、ここまできれいに見えるとは…」


 大原は双眼鏡を思わせるレンズを覗きながら、息を飲んでいた。


 それは、駅前のコンタクトレンズ屋だった。


 営業時間内だが、店長兼眼科医兼大原の友人の頬を長財布で叩き、二人きりにさせてもらっていた。


 視力計測器。


 それに千佳を座らせ、右目の視力を自動計測している…かに見える。


 だが…実際は、千佳の網膜に映し出された映像を、反対側のレンズで観測していた。


「これが…千佳の言ってたステータスウィンドウ。


 網膜投影されてるんやな…」


 自動計測時に、計測対象者の目の焦点を合わさせるための、気球の絵。


 それを背景に半透過のステータスウィンドウが見える。


 それは、チナのステータスだった。


「…網膜走査型ディスプレイは、技術としては十年ぐらい前からあるけど…そのデバイスがないな。 どういう理屈や? …まあええか。


 …うん。大丈夫や、千佳。


 お前は精神病院なんか行かんでええ。


 精神は正常や! 理由は分らんが、異常なのは精神やない!


 他の何かが異常なだけや!


 よかったな、にゃははははー!!」


「あの…叔父様、それは良かったといってよいのでしょうか?


 それはさておき…こちらは見えますか?」


「あっ、千佳、視線を動かすなや…って、なんか違うウィンドウが。


 視線操作…いや、視点操作か! そんなに精密なんか!?」


「…はい。


 どうやら、このようにして操作するようなんです」


「はぁ…としか言いようがないな。


 なになに?


 使用魔法一覧か。


 光魔法…だけか。 千奈は回復系やったんやな。 意外。 超意外。


 で、そのカテゴリの中の…照光、清浄、回復、状態回復、完全回復、仮死蘇生。


 へえ…支援系はないようやけど、完全に回復系の回復係やな。


 あいつにそんなことできるんかいな。


 どっちかっていうと、先頭切って突撃しそうやけどな。 にゃははははー!!


 にゃはは…にゃはにゃは……にゃは……」


「? どうかなさいましたか?」 


 と、いつもの耳障りな笑い声が…途中で止まった。


「おい、千佳!!


 お前…ガントレットの出し入れはできたな!?」


「え? は、はい…」


「じゃあ、これはどうや!?


 光魔法!! これをお前は使うことが出来ひんのんか!?」


「ど、どういうことですか?」


「日本人失格! お前はゲームも嗜まんのか!


 千奈や!!


 お前がもし光魔法を使えるなら。


 …千奈を復活させることができるんやないか!?」

「おらー!! どけやカスー!! 殴られんぞー!!」


 街中を疾走する、痛車があった。


 ボンネットのはかなげな表情の女の子の絵が、妙にシュールな光景だった。


「千佳!! 出棺は何時や!?」


「わ、分りません!」


「くそう…あ、葬式は何時からやった?」


「えぇと…十時、でした!」


「じゃあ多分出棺は十二時やな。 今何時や!?」


「十二時を少し回って…」


「焼き場はいつものところやろ。


 飛ばすどおおおおおおおおお!!! にゃーははははははははー!!」


 目を血走らせながら、いつもよりハイテンションで叫ぶ大原。


 法定速度もなんのその。


 見通しの良い交差点なら、完全に信号をブッチぎり。


 そして我が物顔で公道を疾走する痛車。


 そのまま二、三十分は走っただろうか。


 ふいに千佳が叫ぶ。


「あのバス! 見覚えがあります!」


「送迎用のやつやな! じゃあ、霊柩車はその前か!」


「れいきゅうしゃ?」


「今は寝台車っていうらしいけど!! にゃーははははははー!!」


 言いながら、激しいクラクションを鳴らす。


 痛車は送迎バスを追い抜いてゆく。


 送迎バスの中から、痛々しいものを見るような視線を感じる。


 そのまま寝台車の前までたどり着く。


「一気に行くどおお!!!」


  そして…急ブレーキだ。


 ぎゃああああああああん!


 三台の車の、壮絶な急制動音が周囲に響く。


 止まった瞬間、二人は飛び出していた。


 そして…寝台車のドライバーにかみつく。


「おい!! さっさと千奈を渡して…い、いや。


 千佳と千奈に…最後の別れをさせてやってくれへんか?」


 とっさに言い換えた大原は、正解だった。

 

 寝台車のドライバーは、神妙そうな表情で、かしこまりました、と言う。


 冠婚葬祭を業とする人間は、顧客にはかように応用が利く。


 高い金額をとるサービス業は、顧客満足と言う言葉に敏感だからだ。


 ドライバーが操作すると、寝台車の後部が開き…中から電動で木棺がせり出してくる。


「ち、千奈!!」


 木棺に縋りつく千佳。 だが…すでに釘が打ちつけられ、開くことができない。


 救いを求めるように、千佳は大原を振り返る。


「ええからやれー!! ぶっ壊せーー!!


 金は全部俺が持ったるぁーーー!!」


「はいっ!! ガントレット!!」


 叫びながら千佳は、黄金のガントレットで千奈のいる木棺、その蓋を突き破る。 


 そして…そのまま引きはがす。


「やあああああああああああああ!!!」


 総ヒノキの木棺の蓋は、金属が曲がるような音をあげて抵抗する。


 それが、一気に外れた。


 ぶうん。


 千佳はそれを放り投げる。


 駆け寄る大原。


 二人で棺の中を見る。


 中にいた千奈…献花された花で、顔以外は見えなくなっていた。


「…やれるか、千佳」


「やります! 絶対やります!」


 そして千佳は、ステータスウィンドウを起動した。


 しかし。


「………」


「ど、どうした? 何も起こってないようやけど…」


「………。


 だめです、魔法をクリックしてみても、白くなるだけで何も起きません」


 焦ったように言う千佳。


 本当は『+1』『+2』『+3(max)』という表示に変わっているのだが、千佳には、そこまでわからない。


「音声入力かな?」


「か、回復! 完全回復! 仮死蘇生! 照光! 清浄!


 だ、だめです!」


「ふむ。 何かのルーンか…キーワード的なものがいるのかな?」


「ルーン?」 


「ああ…ほら、魔法使い的な呪文的なサムシング的な?」


「ぷいきゃあ! ぷいきゃあ! ぷいきゃあなんとか! なんとかぷいきゃあ!」


 大真面目な表情で、理子が夢中のテレビアニメのタイトルを叫ぶ。


「う…千佳、たぶんそれ違う。 それ呪文でもない。


 ていうか人前で……お前、度胸あるな」


「では、どうすればっ…」


 言いながら、両手のガントレットで顔を覆う千佳。


「あの…な、その…こういうことを俗物の俺が言うのも何なんやけど…な」


 ためらいながら、躊躇しながら、おそれながらと大原がつぶやく。


「……?」


「その…基本に忠実に、ていうかな。


 その…。……ってみたらどうだ?」


「どういうことですか?」


「いやその…ええい、恥ずかしいわ!!


 まぁその…俺らがやろうとしているのは、やな。


 神の奇跡みたいなことやろ?


 だから…本気で、祈って見たらどうなのか、と思ってな。


 あー! くそ! 本気ではじゅかちい事を言ってもた!! あー!!!」


「ほんきで…」


 言葉を返しながら…千佳は千奈の遺体に向き直る。


「!! お、おい…」 


 ふいに千佳は、棺の献花の中に手を差し入れた。


 そして…千奈の手を取る。


 妙に軽かったのは、それが他の部分と繋がっていないからだった。


 そのまま千佳は、千奈の手を自分の頬に当てる。


「神様…ですか。


 いずこにおわすのか、不浄なる私にはわかりませんが。


 そして不躾なる私の非礼なる…分不相応な願いをお聞き届けください。


 どうか…千奈の体を…癒してください。


 そして…再び温もりを与えてやってください……お願いいたします」


 言葉の後半…涙でよく聞き取れなかった。


 しかし。


「わっ、わっ、わっ…来た、来た来たあああああ!!!!」


 不意に大原が叫ぶ。


 瞬間…千佳の周囲を、光の粒子が帯状になって取り囲んだ。


 さらにその帯は大きく束ねられ…千奈と千佳を取り囲んでゆく。


 献花が、飛び散る。


 そして…光の帯は、全て千奈を包みこむ。


 閃光。


 目も眩むような光の爆発。


 その中で…千佳は見た。


 グレーになったスキル。


『完全回復+4

(OverHeat!!CoolTime:6days23:59 BeyondTheLimit!!Penalty:2days23:59)』


 その表示の向こう側で…千奈の身体が、完全に再生していくさまを。  


「い、い、生き返った! 生き返ったぞおおおお!!!!!


 千奈が、生き返ったんやああああああああああああああ!!!」


 途端に周囲の歓声が爆発した。


 良かった…そう言おうとした千佳の意識が暗転した。


 充実感の中、千佳は目蓋を閉じる。


 そのまま、三日間、開くことはなかった。

「おはようございます、千奈。 朝になりましたよ」


 そう言いながら室内に入ったのは、千佳だった。


 カーテンを、開ける。


 部屋の奥には…和室だが、ベッドが設置されていた。


 眠っているのは千奈だ。


 安らかな寝息で、目蓋を閉じている。


 それに、柔和に微笑む千奈。


 あれから七日後。


 とりあえず、慌ただしかった。


 まずは、寝台車から救急車への、千奈の移し替え。


 それはなかなか日本でも珍しい光景だったろう。


 千奈は息を吹き返す、千佳は倒れる、親族は泣き崩れる……遅れてきた警察もいろんな疑惑をかけるが、だれも応対できない。


 だがどういう圧力があったのか、あるいは何かの意向が働いたのか、警察関係の追及はすぐに抑えられた。


 報道は「悲劇の事故」から「奇跡の生還」に変わっていた。


 一部では自作自演ではないかと言う声もあった。


 まあ確かに…遺体がバラバラになっていたのに生還したと言うのはおかしな話だ。


 バラバラは誤報だった…そう思わせるため、敢えて病院から帰宅する際は、報道関係に帰宅の一部始終を撮らせていた。


 ともかく。


 千奈は実家に帰ってきた。


 結局。


 千奈は、目を覚ますことはなかった。


 千佳の目の前…静かな寝息を立てながら、千奈は眠っていた。


 植物状態だった。


 魂が不在であるかのように、千奈の肉体だけが、そこに眠っていた。


 栄養補給の点滴が、つるされている。


 食事ができないので、成分点滴で肉体を維持しているのだ。


 だが、生きている。


 触れられるものとして、そこにある。


 千奈とその親族は、それだけでよかった。


 おかえりなさい。


 退院して実家に千奈を迎えた家族全員の言葉がそれだった。


 と…その時だった。


「ういー、大原のおっちゃんやでー」


 何か、限定物の購入と言うことでわざわざ東京に足を運んでいた大原。


 千奈の様子を見に、実家に寄ったらしい。


「おう。 二人とも、息災やな。 にゃははははー!!」


「はい、おかげさまで」


 柔和に笑みを返す千佳。


 と…不意に表情を改め、正座する千佳。


 そして、頭を深々と下げる。


「叔父様。


 この度は…誠にありがとうございました」


 美しい礼だった。


 そのまま、全く頭を上げない千佳。


 確かに。


 大原の行動と言葉がなければ…もう三〇分ほどで、千奈の遺体は、荼毘に付されていただろう。


 いずれ回復魔法の存在に気付いていたとしても、その際に千奈の肉体がなければ意味がない。


 千佳の礼は、本心からの礼だった。


 と…頭を上げながら、千佳は続ける。


「つきましては…また、お願いがあるのですが」


「…へ?」


 ぴょこん、と上がった頭に、大原は非常に嫌な予感がした。


 金銭で間に合う物なら、財布の中身が及ぶまで何とかしてやろうとは思う。


 だが…彼には、信条があった。 


 即ち其れは……働きたくないでござる!!


 無意識に大原は両耳を抑え、叫んでいた。


「アーアーキコエナーイ!! キコエナーイ!!」


「まあ! 大原の叔父様! 私が可愛くないのですか!?」


「は、はえ?」


「聞こえているではないですか!


 千佳が、千奈が、可愛くないのですか!?」


「ああ、いや、その、可愛いですよ、もちろん」


「ではわがままを聞いてくださいますね?」


「あ、あー…うん。 まあええけど」


「では…調査をお願いしたいのですけれど」


「調査?」


「はい。


 高名な資産家か優秀な学者さんで…お身内に、重大な疾患か、重傷を負って回復されていないかたが、いらっしゃる方。


 そういう方を、探して頂きたいのです。


 できるだけ、たくさん、です。


 これは日本に限らなくても構いません」


「…あ。


 お前…悪いことを考えとるな?」


「はい。


 足元を見るようで心苦しいのですが。」


「つまり…協力させようってか。 光魔法をえさに。


 千奈がどういう状況にあんのか。


 またそこから…どうすれば救い出せるのか」


「ええ。 それを知り、それと戦うためです。


 まずは、人脈作り、ですね。


 状況が状況ですので…SF作家さんや宗教家の方も必要かもしれませんね。


 リストアップは大変だと思いますが…叔父さま、よろしくお願いしますね?


 私たち二人で…なんとしても、千奈を取り戻しましょう」


 笑顔でそんなことを言う千佳。


 続けて…とんでもないことも言う。


「なんなら、千奈を貰って下さっても構いませんよ。


 あの子は、昔、叔父様のお嫁さんになりたいといってましたし」


「あー、はいはい。 理子ぐらいの時な。


 しょうがねえ…まあ、いっちょ手伝ってやるか!


 未来の嫁さんのためにな! にゃははははー!!」


 そう言ってガッツポーズをみせる大原。


 そのまま、しばらく時が過ぎる。


 あれ? 冗談と思われなかったか?


 引いた? 引いた?


 不安になって千佳の顔を覗き込もうとする大原。


 それに、千佳の少し拗ねたような大声が浴びせられる。


「もう! 何をしているのですか! 叔父様!! 早く行ってください!」


「え? あ、はい! ただ今」


 追い立てられ、大原は慌てて部屋を退出した。


 そのまま…乗ってきた車に向かう。


 走りながら…大原は、彼女は、彼女たちは、もう大丈夫だと思った。


 何となく、そんな気がした。


 これから、大変だ…付き合うこっちのほうがな。


 そう思う大原の顔が、笑っていた。


 これもまた、冒険の始まり、というところであった。


取りあえず第一章終了です。


お付き合いいただき、ありがとうございました。

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