第一章 一話 飛び出す妹
はじめまして。
本作品は『てんせいついんず』と読みます。
転生に関わった双子姉妹が、異世界と地球に分かれて頑張る、というお話です。
……なお、本作は随時改稿していますので時々頭から読み返すのも面白いかもしれません(露骨なPV稼ぎ)w
ではでは、よろしくお願いします~~。
その時。
チナは無意識のうちに飛び出していた。
彼女にとって、それは当然の行動だった。
迫るトラック……その進路に、自分の姉の姿を見つけては。
一卵性双生児であるのにどうして自分とここまで違うのかというほど思慮深く、それでいて少し天然さんの双子の姉、チカ。
スローモーションの世界の中で、チナはチカを思いきり突きとばすと……驚いた様子のチカを見る。
もう、急になにをするんですか……苦笑い。いつも通りのやりとり。そんな表情。
そのチカの表情が、チナの目の前で凍り付く。
迫るトラックと、自分の身代わりになろうとしている妹。
そう、これは、いつも通り。
ともに遊び、ともに笑い、ともに宿題を片付ける。
ともに助け合う…彼女たちにとって、それは当然の行動だった。
だから、気にすることなんてないんだよ…そう言おうとしたチナに、強い衝撃が来た。
状況は分からないが、トラックはノーブレーキだった。
幸か不幸か……チナは、苦しむ暇もなかった。
幸か不幸か……チナは、悲しむチカの姿を見ずに済んだ。
ただ……自分の死が、チカの負担にならなければよいと、チナはそれだけを思っていた。
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・
・
・
・
「……というわけで。
いやー死んだ死んだ。
これ以上ないくらい、見事に死んじゃったんですよ。
あはははははは、あははははは、あはははは……」
力なく笑いながら、チナは目の前の女性の問いに答えた。
「………。
は、はぁ…そうですか…」
女性は、チナの開き直った態度に戸惑いを隠せなかった。
「あははは、あはは、あは…………はあ。
まあ………ねぇ。 ……チカを助けられたからいいけど。
と言ってもねぇ……こんなに早く死ぬとは思ってなかったし」
そしてチナは、軟体動物ようにぐにゃりと机に突っ伏し、ぶつぶつと呟く。
そのおでこには…日本では定番の、幽霊をしめす記号が装備されていた。
例の、白い三角のやつである。
そんなチナの様子に咳払いなど、一つ。
女性は、手元の資料を見ながら続ける。
「死因は、おっしゃる通りですね。
えぇと、イトウ・チナさん。年齢は?」
「…十三歳でーす…」
「お姉さんがいらっしゃいますね。 お名前は?」
「イトウ・チカ」
「趣味が、体を動かすこと、と。
あら、意外ですね。
で、アホのk……げふんげふん。
頭のやさしい方、と。
で、命日が…?」
「今日、かなー。
……あたしの中では、ほんの一〇分前の出来事だけど。」
「よく迷わず成仏できましたね。
普通は、暫く迷うものなんですが」
そう言いながら女性は、手元の資料を閉じた。
そこには……その分厚い和綴りの帳面には、『部外秘』のハンコと、『閻魔帳~写し~』の文字があった。
そして女性は顔を上げる。
「さて……確認できました。
間違いなく、あなたはイトウ・チナさんですね」
女性……『転生を司る女神』と名乗ったメグルは、そう言いながら視線をチナに向ける。
それを受けチナは……懐疑的な目で見返していた。
初対面でいきなり『転生を司る女神』とか……胡散臭すぎる。
そう思わないでもなかったが、チナはまぁなんとなく信じる気になった。
だって自分、死んだし。
なんか、メグルの頭の上に、輪っかがついてるし。
それに……この空間。
無限かと思われる闇の空間の中で、ここだけが、なんか床ごと浮いている。
そして床の上に高級そうな椅子が二つと机があり、自分とメグルが差し向かいで座っている。
アニメや小説なんかでありそうな、なんとなくそれっぽい雰囲気。
そういえば、最近深夜アニメでやっているやつに、なんかこんなのあった。
以上が、チナが自称転生を司る女神を疑わなかった理由である。
妙に納得しながら、チナは『転生を司る女神』に問いかけていた。
「でも…考えてみれば大変なお仕事だよねー。
転生を司る女神…だっけ。
一日に何千人の人が死んでいるかは知らないけど……死んだ人全員にいちいちこんな本人確認? みたいな事してんの?」
女神さまに話しかけているはずのチナの口調はいつもと変わらない。
「ええ、まあ一応…」
メグルはチナの問いに答えながら……ふいに疲れたような表情で遠くを見る。
「昔はそうでもなかったんですが…ね。
最近は、個人情報の保護とか本人確認とか、やたらうるさくなってしまって。
まぁそれも…我々サイドで情報漏えいとか、転生者の取り違えをした者がいまして。
そのこと自体は漏えいしてないとはいえ…信頼される死後の世界を目指し、我々も気を引き締めているわけです。
ちなみにこの後も、個人情報保護教育セミナーを受講しなければいけないわけですが。
そのあと、レポートを提出し、教育内容の落とし込みもしないとダメなんですが」
「ヘーソウナンデスネー」
どんよりと疲れた様子で返答するメグルに対しチナは……自分から話を振った割に、軽い返事を返していた。
おそらく社会人の経験のないチナには…げっそりしているメグルの苦労を全く理解できていないようだった。
それに大きなため息をついてから……気を取り直すように、メグルは口調を明るいものに変えてから、言葉を続けた。
「ま、まあ、それはさておき。
では、本題に入りましょう。
イトウ・チナさん。
あなたには、地獄行きがほぼ確定しています」
明るい口調で言うメグルに、思わず目を見開いていた。
・
・
・
・
・
「じ、地獄って……そんなに明るい口調で言われても。
あ、あたし…なんか悪いことしたかなぁ……一三年間生きてるけど……ああ、あれかな?
お肉とか、お刺身いっぱい食べたからとか?
もっと野菜食べとけばよかったとか…」
動揺を隠せない様子で応じるチナ……しかしそのセリフの内容にはまるで緊張感がない。
椅子の肘置きからかくっと肘を落としてから、メグルは答える。
「……そんな健康診断の結果を見たメタボ成人男性みたいな事を言わないでください。
それに何を言いたいか大体わかる気はしますが、一応言うと野菜……植物にも命はありますから。
生物の業とかカルマとかは話し出すと長いので省きますが……結論から言うと、違います。
そんなことで地獄行きが決まったわけではありません」
「ん…じゃあなんでなの?」
メグルの回答に、チナは素直に問い返していた。
「それは、未成年で亡くなったからです」
「はぁ?」
「『日本という国』で『未成年で亡くなった』。
それがチナさんの地獄行きの理由です。
これは、日本においてはそういうルールになっている、としか言いようがないのです」
理由になっているような、いないような……それを、常識を常識として語るような口調で語るメグル。
それにチナは鼻白んでいた。
「はぁ……それは何とも理不尽な……」
呆然と応じるチナに、メグルは変わらない口調で続ける。
「『未成年で亡くなった者』。
『親より先に亡くなった未成年』。
この両者は、『成人年齢に達する』か『親が亡くなる』まで、賽の河原という地獄に行かないといけないというルールなのです。
『親不孝者だ』と言うことですね。
完全に日本と言う土地の、ローカルルールです。
他の国なら、別に未成年でもOKだったんですけどね」
そのメグルの言葉に、チナは押し黙った。
そう言えば……確かに、父方の実家の信心深いおばあちゃんが、なんかそんなことを言っていたような気がした。
少なくとも天国行きではないと言う点では一致していたし、メグルの言葉の裏付けにもなっていた。
でも賽の河原って、たしか地獄ではなく地獄の手前だったような……そんな気はしたが、そこはあえて何も言わなかった。
「じゃあ…たとえば、メグルさん……さま?」
「はい」
「なるほど……まあ日本で日本人が未成年で死んだら地獄行きって理屈は分かった。
けど……じゃあ例えば、ガイジンさんが日本で死んだらどうなるの?」
当然の問いかけ。 チナはそれを返す。
応じてメグルは、事も無げに答えた。
「その土地のルールのほうが優先です。
どんな宗教を信仰していても、亡くなった土地のルールで、亡くなった土地の天国なり地獄なりに行く訳です。
実際……あなたの国の歴史の教科書、そこに載っている宣教師の方々。
彼らは実際……亡くなった土地の神様に召され、その土地の天国なり地獄に旅立たれていますから」
とんでもない事実が、女神の口からしれっと暴露された。
「えっ!? ……じゃあ、あの教科書のカッパハゲでお馴染みのあの人も!?」
「はい。
と言っても、仏教とキリスト教はそんなに仲が悪いわけではありませんので、駐在大使的な立場でいらっしゃって……い、いいえっ!!
カッパハゲというのがどなたの事かはわかりませんで、肯定はしませんよっ!?
い、いまのは無し!! 無しでお願いします!!」
「お……おぉう……」
チナの言葉に慌てた様子で応じてから、メグルは一度、咳払いを見せる。
「ご、ごほん。
つ、つまり……ナワバリというのは、それくらい大事なものなのです。
……ほかの神様のナワバリで死ぬほうが悪いのです。
ナワバリというのは、本当に大事なものなのですよ。
なので……海外旅行に行き、まして死んで異教の天国なり地獄なりに送られるのは自己責任、ということになります」
「へぇ……結構厳しいんだねえ。
じゃあ、メグルちゃんを信仰している人が死んでも同じなんだ」
……女神さまを捕まえて、ちゃん、と呼称する頭の優しい子、チナ。
それをジト目で眺めてから、メグルはもう一度咳払いを見せる。
「いま、何気にメグルちゃんて言いましたね? まあ良いですけど。
少し誤解があるようですが……私を信仰している人なんていませんよ?」
「え? 女神様じゃないの?」
驚いた様子で問い返すチナ。
それにメグルは平然と答えた。
「女神は女神ですが。
私は土地神ではありませんし、人々の思想や道徳観に関与する類の神様でもないのです。
どちらかと言えば、ギリシャ神話や日本神話の神々に近いですかね。
人々を導く方ではなく、例えば自然現象や、世界の運営に携わる方の神なのです。
そして私は世界の運営に携わる中でも……星の数ほどある異世界のうち、三千ほどの異世界のグループの中で、最初に言った通り、転生と言う自然現象に関わる仕事をしているのです。
なので、天地創造もしませんし、恋愛相談も受け付けません」
『神』だというのに、そんなことをアッサリと言い切るメグル。
それにチナは若干……というか、かなり引き気味に答える。
「えー…それって言葉通りの意味での神様じゃないよねえ…。
でも…三千の異世界? じゃあ、地球の神様より偉いってことなの?」
「よくある誤解ですが……いいえ、職務の違いですね。
どっちが偉いとか、そういうものではありません。
ですが、地球におわします神々とは一通り面識はありますよ。
職務上、挨拶に伺うことは多いですから」
「職務……ああ、転生の女神さまだっけ」
「……忘れてましたね。 私が神であること自体も。
まあ構いませんけど。
そう、私は転生を司る女神。
で、本題の続きになるわけですが」
そこまで言ったところで……メグルは一度言葉を切った。
そのまま、チナの顔をじっと眺める。 チナが、当然の疑問を口にするのを待っているかのようだった。
応じてチナは……その疑問を口にした。
「ん? 三千の…『異世界』? それってまさか…」
「ビンゴです、チナさん。
異世界に…チートな能力を持って、転生してみませんか?」
決めポーズのように指をさし、若干態度が砕けてきた女神さまであった。
・
・
・
「あーあーあー、あの。
最近流行ってる…異世界に転生する、あの」
「はい」
「深夜のアニメや、ネットの小説とかの?」
「はい」
「剣とか魔法とかの?」
「はい。
勇者がチートな能力でキャッキャウフフしながらヒャッハークククの異世界を勝ち抜いてゆくあれです」
妙に砕けたメグルの言葉に……今度はチナの方が、肘置きから肘を滑り落とした。
「う、うううーん……その例えはよく分かんない。
つまり、異世界で、女の子にもてたらいいの?」
「断じて違います。
つまり……ですね。
例えば勇者になって魔王を倒してその地に平穏をもたらしたり、地球の知識で科学技術を発展させたりして欲しいわけです」
「理由は?」
「異世界の平均化です」
即答だった。
メグルは柔らかく微笑むと言葉を続ける。
「異世界にも色々あります。
地球のような、科学技術がある程度発展した異世界、魔法技術が発展した異世界。
逆に発展が遅れている異世界…さまざまです。
それらをできるだけ均衡化させたい。
それが私の希望です。
ついでに言うと…実は地球にも転生者を送り込んだことはありますよ」
しれっとそんなことをいうメグルに、チナは目を瞬かせて数秒沈黙した。
「……いま地球に、魔王や勇者っていたっけ?」
「いえ、そちらではなく。
たとえば…そう。
地球には、アルファベットがありますよね?
昔と随分変わってしまいましたが」
「まさか…」
「はい、あれは異世界からの輸入品です。
ずいぶん形は変わってしまいましたが。
おかげで地球の人類は汎用的で覚えやすい文字というものを手に入れました。
他にも…蒸気機関、旋盤、算盤…挙げたらきりがありませんが、人類の発展の起爆剤となったこれらはほとんど異世界の産物であり、転生者の遺物です!!
また逆に貴方の生まれた国で品種改良された『農林10号』という小麦とその子孫たちは…とある異世界の食糧事情を大幅に改善しました!!!
それまでの小麦の…なんと四倍の収穫量で!!!!
『緑の革命』は、異世界にも及んでいたのです!!!!!」
と…いつの間にか、メグルは拳を振りかざして熱弁し始めていた。
女神さまはだんだん調子に乗ってきたようだ。
立ち上がって、オーケストラの指揮でもするような大げさな身振り手振りで、言葉を続ける。
「それだけではありません!!!
生物の進化の過程におけるミッシングリンク!!!
また、説明のつかないオーパーツ!!!
未確認生物…いわゆるUMAと呼ばれる眉つばものの生命たち!!!
さらに言うなら、神話も含めた有史以前の様々な物語の、様々なチートな登場人物たち!!!
これらも異世界転生や異世界転移というものを前提にすれば説明がつくでしょう!
つまり、異世界転生というのはそれほど……」
「メグルちゃん、メグルちゃん」
「はっ…何ですか、チナさん! 今一番良いところで…」
若干頬を上気させながら、チナの制止に興奮気味に応えるメグル。
そんなメグルの高説を……チナはバッサリ切っていた。
「何言ってるか、全然分かんない」
「えっ!?」
「アルファベットぐらいから、後」
「って………全然最初のほうじゃないですか!!」
思わず全力で突っ込む女神様。 今度から転生とツッコミの女神と言うべきかもしれない。
女神さまの動揺を気にした風もなく……チナは事も無げに応えていた。
「ま……いーよ。 異世界転生だっけ?
やれば良いんだよね。
どうせ死んだんだし……やるよ、異世界転生」
「………? ……なんというか、軽いですね?」
ツッコミの女神さまはそう突っ込んでから、もう一度視線を『閻魔帳~写し~』と書かれた手元の冊子に落とす。
そこにどういう記述があったのか…女神さまは静かに「……ああ、なるほど」と呟いた。
応じてチナは、静かな口調で答える。
「うん……だって、やらないと賽の河原で石の塔を作らないとダメなんでしょう?
ていうか……そもそも、断れない条件のあたしを選んだんだろうしね。
……て、そうか。 日本人主人公の異世界転生ものが多いのは、それが原因か。
もしかしたら日本人で早逝した人って、みんな異世界に転生してんじゃないの?」
「うっ……鋭いですね、チナさん。 さすがに、全てではありませんが……」
図星を刺された様子の女メグルは…そこから言葉を継がなかった。
しばらく待っても言葉を継がなかった為か、チナは続ける。
「ま……あたしも前の人生に心残りはない……と言ったら嘘になるけど。
けど、チカを助けることもできたし……その代償ってんなら、ね。
あたしが死んだのにも、まあ、価値はあるかな。
だったらまあ、『転生』するのもしょうがないとは思うよ」
「チナさん……」
なんかいい雰囲気で視線を交わす二人。
深夜アニメならここでスタッフロールでも出そうな勢いだ。
妙に落ち着いた、穏やかな雰囲気……そんな中、チナは言葉を続けた。
「で、チート能力って何くれんの?」
・
・
・
・
・
「とりあえず、死なない能力が欲しい」
平然と口調を切り替え、そんなことをいうチナに……メグルは呆れた様子で応える。
「ダメです。
生き物というのは、生きた物と書くのです。
死なないというのは人間以前に生き物として失格です。
魂の器としてふさわしくありません」
ぴしゃりというメグルの言葉……それにチナはぶーぶーと食い下がった。
「えー。
それを言ったら…チート能力とか、ふさわしくないものそのものじゃん」
「チート能力をもつことそのものには何の問題もありませんよ。
それで、何をなすか、なのです。
死なないということは、何もしないでも生きていけるということです。
そんな人間が、この世に何をなすというのです?
こほん。
チナさん、いいですか?」
そう前置きしてから、メグルは続ける。
「チート能力と言ったところで、言ってみれば、ただの能力なのです。
ただ、人より何かが得意なだけなのです。
たとえその能力で…一人を殺そうが百万人を殺そうが、一人を救おうが百万人を救おうが、どう使われたかと言うだけで、能力自体はただの能力でしょう?
問題は、チート能力者自身が、どう使うのか、と言うことです。
チート能力者が生きやすいようにする為にチート能力を授けるだけです。
チート能力者が生きやすいようにする為だけにチート能力を授けるのです。
能力の程度の差で、出来ることの質は変わるでしょう。
能力の程度の差で、出来ることの量は変わるでしょう。
しかし、何をするか、と言うのは、結局本人にしか決められないのです。
神はね、その人の本質を、ちゃんと見てますよ?
一人しか殺してないから善、百万人を殺したから悪とか。
一人しか救ってないから悪、百万人を救ったから善とか。
決してそういう物ではないのです。
できることをどれだけやったか。
できることをどれだけやらなかったか。
そこで魂の価値が決まるのですよ。
まあ、それは私の職務ではないのですが」
神妙な、まさしく女神のように優しくお説教するメグル。
それに……チナは、長文乙、とばかりに応じる。
「ふうん…。
じゃあ、とりあえず、強い能力で」
そのチナの言葉に、本日二度目、肘置きから膝が滑り落ちる。 それはもう奇麗に奇麗に……メグルはどうやら、ずっこけの神でもあるようだ。
「あの…チナさん? 私の話、聞いていました?
…それに、要望がふんわりとしすぎです」
「んー。
死なない能力がだめ……じゃあ、死んでも蘇るのは?」
「実質死なない系なので、駄目です」
「わかった。
じゃあ生き続ける能力で」
「…それは死なない能力とどう違うのでしょうか」
天丼、というか伝統芸能、繰り返し芸を見せるチナ……メグルはそれをバッサリ切った。
「ちぇ……言ってみただけよ……」
唇を尖らせて拗ねたように言うチナに、メグルは一度ため息を見せた。
見せてから、話を進める。
「………。 とりあえず、基本的な能力からいきますよ」
「基本的な能力?」
「異世界の女性がもつ、肉体強化系のパッシブスキルですね。
これがあると自分の体重以上の武器を振り回したり、裸同然でもフル装備の男性と同じくらいの防御力を発揮することができます」
「へえ…アニメとかの女の子って、そんな能力があったんだね」
メグルのその説明に、チナは大きく頷いて見せた。
感心して見せるチナをあえて放置し、メグルは説明を進める。
「えぇと…転んでもパンツ見えないってスキルはどうしますか?」
「当然」
「なし?」
「……ありに決まってるでしょ!」
若干困った様子で、マジ突っ込みを見せるチナ。
それにメグルは……少し考えるような仕草を見せた。
「うーん…少々搭載コストが高いんですが…」
「大事。 それ大事」
身を乗り出して少し本気で食い下がるチナだった。
「……まあ仕方ありませんね。
あとめぼしいところではラッキースケb…」
「そのアンチスキルをお願いしますー」
若干、食い気味に応えるチナ。
答えてからチナは、不審そうな表情で問いかけた。
「……ていうか、女性用にもそんなスキルあるの?」
「ありますよ」
即答……平然と、笑顔で答えるメグル。
それにチナは思わず無言になった。
「………。 いや、いい。 とりあえず、いい」
「ああ、そうそう!
それよりも大事なことが。
転生の方法についてなんですけど」
不審さが累積していぶかしそうな表情を見せるチナ……その目の前で、メグルは手をパチンと叩きながら大きな声で問いかける。
「………?」
「転移系と、勇者召喚系と、新生児転生系と、乗っ取り転生系。
どれにしますか?」
「………。 ……説明!!」
急に知らない名詞を羅列され、チナは思わず問い返す。
「そのままですよ。
まず転移系とは…生きた方を、そのまま異世界に送る系ですね。
まあ、あなたは既に亡くなられましたので、今あるチナさんの魂を、魔法で再生したチナさんの身体に入れてから異世界に送ることになりますが」
「それが転移系ね。
じゃあ次の、勇者召喚系は…?」
メグルの言葉を確認しながら、チナはゆっくりとした口調で問い返す。
「先方の勇者召喚魔法に応じる形です。
ほとんどのクライアントはお姫様ですね。
ほら、よくある『異世界に召喚されて悪者を倒し、お姫様と幸せなキスをして終了』系の。
稀に、宮廷魔術師のケースもありますが……今のところ『男性勇者が男性宮廷魔術師と幸せなキスをして人生終了、うほっ』と言うケースは確認されていませんね。 少し見てみたい気もしますが。
それはさておき……勇者召喚系の場合、最初から手厚い保護を受けられるケースが多いです。
多いですが……まあ、そもそも召喚される理由が国家存亡の危機ですからね。
最初から国難と戦うことが義務付けられます。
いわゆる、魔王討伐ですね。
なお……魔王討伐に成功しても、お姫様と幸せなキスをして終了というのは、最近はレアです。
近年の傾向は……魔王討伐後、謀殺されます。
最近では…お姫様やその取り巻きが、実は腹黒いというケースが多くて。
ことが終わってから、後ろからバッサリとか、毒で、きゅう、とか」
メグルの言葉と、それをしれっと口にするメグル自身に、チナは無意識に大きなため息をついていた。
「世知辛いんだねぇ……。
で、残り二つは……新生児転生系と乗っ取り転生系か。
………あ、なんか想像がついちゃった」
「はい。
『新しい世界の住人として生まれ変わる』か。
『すでにいる住人の魂を取り外して、そこにチナさんの魂を入れる』か。
その二択ですね。
前者はある程度成長するまで何もできませんが。
『何歳で覚醒』とか、そう言う目覚しサービスをしてもかまいませんよ。
両方とも、メリットとして、現地の言語をコスト消費なしに習得できます」
「やだそれ怖い。
ちなみに…新生児転生の時って…その赤ちゃんの本来の魂はどうなるの?」
「もちろん取り外します」
「ひぃぃ! 命大事に! 命大事に!」
「代わって頂くだけですよ。
その代わり、地球などの比較的平和な異世界に、比較的に恵まれた環境を準備します。
転生の女神は、フォローも欠かさないのです」
「先生、胡散臭いこと言わないでください」
「で…どうします?」
「うーん、じゃあ『転移系』かなぁ。
…さすがに、見ず知らずの人は犠牲にできないなぁ…」
「言語とか、知識はどうします?」
「現地調達で。
まあ、なんとかなるでしょ」
「はぁ…そうですか。
まぁ…チナさんがそうおっしゃるなら…」
「ちょ…気になる引きはやめてよ」
・
・
・
・
・
「では、次のステップ。
どんなチート能力にしますか?」
「きた…ちなみに、どんな能力があるの?」
「まず…チートアイテムとその使用スキル。」
「ああ、本人にしか使えないチートアイテム持ちね。
チートアイテムを無くす展開がありそうだけど。 それから?」
「成長速度の上昇ですね。」
「ああ、これ良さそう。
…最初、ちょっと苦労するかもだけど。
次は?」
「ユニークスキルですかね。
こればっかりはパターンが多すぎて…どういうものか説明しずらい所もあるのですが」
「えぇと…本人しか使えない、オンリーワンのスキルて事よね」
「そうです。
あまりお勧めしませんが。」
「…どういうこと?」
「『何が来るか分らない』ということです。
無論、最強TUEEEなのは間違いないのでしょうが。
ただし…時折、ね。
あるのです。
たとえば…脱げば脱ぐほど強くなる、とか。
イロモノ系の発動条件…キスとかならまだ可愛いものですが」
「はい、駄目です。
まだ処女です、あたし。
未成年だし、見た目的にも、色々駄目です。
『時折』でもそんなギャンブルは嫌です」
「はぁ…意外と安定志向なのですね」
「まぁ…こう見えても、女なんで」
「あら、こう見えても、だなんて。
チナさんは十分可愛らしいではないですか」
「いや…やめてよ。
あたし、ひねくれ者なんで。
可愛いなんて言われたら…殺意が沸くから」
「さ、殺意、ですか!?」
驚いて問い返す女神さまに……チナは自嘲しながら視線を逸らす。
「ふっ…そりゃそうだよ…。
完璧超人のうちのチカに、比較され続ける人生ですよ。
ほんとに一卵性双生児かっていうぐらいの個体差ですよ。
ほんとに一卵性双生児かっていうぐらいの体格差ですよ。
あたしが勝ってるのは体育会系だけ。
恥ずかしいからいちいち列挙はしないけど、それ以外、全て完全敗北。
母親も心配して、時々あたしにだけやたら栄養価の高いものを出すレベルだから。
……もちろん、チカはいいコだから大好きだけど。
あたしに対する賛辞はただのお世辞かおまけ。
本当の賛辞ってやつは、姉に向けられるものなのよ。
そしてあたしもそれを理解しちゃってるから。
『あたしには、常に上がいる』、と。
しかも、一番身近なところにね。
だから…褒められると『バカにすんなー!!』って思っちゃう。
無意識にね」
「は、はぁ…類いまれなコンプレックスをお持ちだというのは分かりましたが。
気にしすぎではないですか?」
「いいの。
年齢と同じだけ付き合ってきたコンプレックスだから。
それはもうどうしようもない…たぶん、一生付き合っていくんだろうし」
「……。
でっではチートスキルは成長率の上昇、ということでよろしいですねっ!?」
「強引だね。 まあいいけど。 よくわからないんで」
・
・
・
「では…さっそく、肉体再生の儀を始めましょう!!」
「うわなにこの急な展開。
もしかして、さっさと追い出したい心境?」
「………」
「ちょっと…否定も肯定もなしで…」
「若干、ランダム要素があるので気を付けてくださいね。
せーの、ポン!」
「ひぁっ」
急に来た感覚に、チナは思わず可愛い声を出してしまった。
それに気づき、気恥ずかしそうに口元を押える。
と…ふいに己の周りを、光の粒子が回り始めた。
規則的な円周期をするものもあれば、ふらふらと蛍のように不規則な軌道をとるものもある。
それが、円の中心…すなわちチナの魂に引き込まれるように、回りながら吸い込まれてゆく。 大きくなってゆく。
自分が、変身しようとしている。
なんとなく、チナにはそれが分かった。
それはあたかも…。
「わっ…魔法少女ものの変身シーンみたくなってる!
ちょ…やめて!! あざとすぎるからやめて!!
あたしの体は人様にお見せできるようなものじゃ…ぁ……ぎゃー!」
チナは正直すぎる感想と悲鳴を上げていた。
そのまま、絶句。
それは謎の光に包まれた全裸の美少女が、あざといポーズをとりながら前衛的な衣装に身を包んでいくと言う…大きなお友達が大好きな光景ではなかった。
血管、筋線維、骨…それらがうねうねと蠢いて、定位置に収まってゆく。
光の粒子ひとつひとつが消滅するごとにそれらが発生し、チナの体を作ってゆく。
それは規制が厳しい今の世の中、完全にモザイクが入るレベルであった。
そして…約三〇秒の、世にも珍しいモザイク入り変身バンクが終わったときには。
「う…魔法少女の変身バンクの謎の光って…実はグロいのを隠してたんだぁ…。
そうだよねぇ…身体能力とか…肉体を作り変えてるとしか言いようがないもんねぇ…」
生まれ変わった…というか、再び作り出された肉の器に、チナの魂が放り込まれた。
うーとかあーとか呻きながら、チナは自分の体を触り、感触を確かめる。
自分だ。
間違いなく、自分の体だ。
なぜなら、年齢と成長が一致していない。
サービスシーンというぐらいだからサービスしてほしい。 自分に。
どうせならもうちょっと見栄えのする体形にしてくれてもよかったのに。
チナはそう思った。
ちなみに、着衣はセーラーだ。
死亡時の服装を再現したらしい。
「肉体再生の儀は成功しました!
あとは追い出…送り出すのみとなりました!」
誇らしげに言う転生の女神メグル。
「成功しましたって…成功してなかったら存在意義を問われるとこじゃないの。
だって『女神さま』なんでしょ?」
「うっ!
痛いです、チナさん。
その言葉、痛いです」
「あれ?
思った以上のダメージが。
まさか…失敗したことが…」
「ノ、ノーコメントで…い、いえ正直に話します。
実は…以前…さっきの肉体再生のプロセスで…。
他の転生者さんを…猫にしてしまったことがありまして…。
…でっ、でもいいですよね!!
さっきは失敗しなかったんだし!!
いいですよねっ!!」
「事前説明!
事前説明、大事よ!」
「き、気を付けます…さて、チナさん。
ちょっとステータスを確認していただけますか?」
「お…おおー。
なんか、視界の半分にウィンドウみたいなのが。
LV:1
HP:10
MP:15
攻撃:5
防御:5
魔法攻撃:15
魔法防御:11
速攻性:15
だって」
「意外と魔法使い系だったんですね。
では次に、スキル一覧を」
「んと。
成長速度倍化
肉体強化
全裸待機無効化
ハーレムエンプレス
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説明、説明! 超説明!! 三番目以降、超説明!!!」
「あ、なんかいまラップみたいでしたね。
まず、成長速度倍化と肉体強化は先ほど説明しましたね。
全裸待機無効化も…先ほど説明したと思うんですが。
転んでもパンツ見えないというスキルで」
「表現大事に!
問題は、その次!」
「えぇと…ハーレムエンプレスですね。
すごいじゃないですか。ハーレムクイーンの上位スキルじゃないですか。
女性のお友達、たくさんできますよ」
「上位とかどうでもいいわ!
そっちの水は嗜んでないし!!」
「え?
でもファーストキスは確かお姉さんだったと…」
「幼稚園の頃の話じゃないの!!
文字通り『勘違いしないでよね』だわ!!
というか、リサーチ能力ハンパないっすね!?」
「あと…表示されていないのは、レベルを上げるか、特定条件で覚醒しないと見えない系ですね」
「スルーすんな。
ちょ、これ消せないの?」
「あ、無理です。
もう一度死んで、もう一度転生するくらいじゃないと」
「………」
「あ、そろそろ異世界転生の時間ですね」
「え?
ちょ…せめてここは、感動的な贈る言葉的な台詞を聞けるんじゃないの?」
「あ、大丈夫ですよ。
私、自分に酔う癖はないもので」
「わっ、辛辣」
「では。
せーの、ぽん」
「ぎゃあああああ!死ぬううう!!」
「うふふ、面白い冗談ですね。
今から転生するのに死ぬだなんて」
絶叫とともに、チカは急に足元にできた魔法陣に吸い込まれていった。
おそらく『異世界』とやらに飛び出していったのであろう。
それを眺めること、数秒…転生を司る女神メグルは、ぼそりとつぶやく。
「あ……あれ?
そう言えばさっきのイトウ チナさんのステータス画面、ジョブが表示されてなかったような。
……汎用の【転生者支援システム】だから、バグなんてないはずなんですけど。
神代魔法【解析】、イトウ チナさんのステータス表示! せーの、ぽん!」
そう言いながらメグルは……なんとも気の抜ける呪文で魔法を行使した。
そして……メグルの目の前に表示されるウィンドウ。
それを見ながらメグルは……こてんと首を傾けていた。
「あ、あれ?
なんか挙動が重いような……まるで激重のアプリを多重起動しているような……って!!
このジョブ!!
イ、イトウ チナさん!!??
た、確かにランダム要素はあるって言ったけど、あなた……なんて【ジョブ】を引き当てたんですか!!?
Tueeeと言えばTueeeですけど、これ……」
そう言ってメグルは、静かに沈黙した。
『転生の間』を取り囲む闇の空間に……それは静かに溶けていった。
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