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変わり者の従妹と婚約する事になりました

薔薇の騎士の密かな楽しみ


カー=アドラー少尉は、公爵家の気ままな三男坊。祖母は時の第三王女という高貴な血筋の貴公子だ。


『蒼の騎士』と貴族令嬢に持て囃される、黒髪碧眼の精悍なクロイ=バルツァー少尉と夜会の人気を二分する存在であり、うっかり引き込まれてしまいそうなグレーの垂れ目がちな瞳と、キラキラと透き通るような銀髪を持つ美丈夫である。

精錬で近寄り難い雰囲気を持つバルツァー少尉とは対照的に、常に様々な女性に囲まれ甘い言葉で彼女等を陥落するアドラー少尉は妙齢の貴族令嬢達に『薔薇の騎士』と呼ばれる偶像アイドル的存在である。

夜会の人の波間に一歩踏み出す毎に女性陣を甘い香りで酔わせるその様は、まるで薔薇のようだとある令嬢が形容した事が、その二つ名の由来と言われている。


優良物件の筆頭株と目されていたクロイツと比べ、カーは婚姻相手としては敬遠される傾向にある。カーは年長の男性に受けの悪いのだ。

例え血筋・地位・財力・武芸に秀でていようと、女性関係に節操が無い遊び人と噂されるカーに、是非娘を嫁がせようと言う家長は少ない。派手な女性付き合いを婚姻後も継続されれば彼方此方あちらこちらに落胤が発生し、家督継承を混迷に導く恐れがある。懸念材料が多い爆弾を抱えるよりは、やや凡庸でも安全な男の方が操縦が容易いと考える者が多かった。

また王立学院卒業と同時に少尉となったカーを妬み、優秀なバルツァー侯爵家の嫡男バルツァー少尉より一つ年下なのに同時期に少尉に任ぜられたのはおかしい、血統によるコネ人事ではないか……と陰で揶揄する者も多かった。




とは言え。


家長に阻まれ、その思いが結実する可能性が低いと判っていても、彼に手折られるために自ら近づく令嬢は後を絶たない。彼女等は親の言いなりのままでは味わえない、甘い夢を甘受する事を期待して『薔薇の騎士』に近づくのである。


しかし大半のご令嬢方は彼に憧れを抱いたとしても、薔薇の棘に刺される事を恐れ直接彼に近づく勇気を持てないのが実際のところ。そんな彼女達の間で今大きな流行ブームとなっているのが―――彼を題材とした創作物語である。

勿論本人の実名は使われていない。

登場人物は実在の人物と一字違い。書店の表にも並べられない、図書館にも収められていない。それは密かに売買され、一部のご令嬢の間で愛好されていた。




そのブームのおもむきが、最近少々変化したらしい。




『蒼の薔薇』




『蒼の貴公子』と『薔薇の貴公子』の禁断の愛を綴った、官能恋愛小説。

未婚のご令嬢を中心に爆発的なヒットを飛ばし、昨今常に品薄状態となっているらしい







** ** **







ハグマイヤ―伯爵の招待を受け、クロイツ=バルツァー少尉は夜会に出席していた。


本音を言うとクロイツはあまり夜会が得意では無い。無駄話をするより、職場の事務仕事を一つでも多く処理するか、鍛錬の時間に当てたいと考えている。

しかし侯爵家の嫡男としてそんな我儘は口には出せないし、上司である近衛騎士団第一師団長を務めるハグマイヤ―伯爵のお誘いは断れない。


このためレオノーラと連れ立って参加する予定だったが、彼女の急な体調不良により今回は独り寂しく馬車に揺られて参加する事になった。


けれども新婚効果は覿面てきめんで、相変わらず女性陣からの人気は途切れないものの、本気で侯爵夫人の座を狙う未婚女性の猪突猛進な突撃が無くなりかなり夜会の居心地が良くなったと彼は感じた。逆に側室や愛妾狙いの女性は増えたが、クロイツにその気が無いと判断すると、早々に退散する者が大半だった。

そういう女性は大抵、クロイツが意に染まぬ政略結婚により変わり者の侯爵令嬢を押し付けられたのだと誤解しており、彼が妻の惚気話を延々と始めるとやがて砂を吐くような顔をして後退あとずさって行く。独身時代よりかなり手間を掛けずに人払いが出来る事が分かってクロイツは大変満足していた。いや、むしろもっと長くレオノーラ自慢を聞いて欲しい、物足りない、と感じてしまうくらいだった。


難なく夜会の初期の段階で令嬢の包囲網を突破したクロイツは、騎士団の同僚と情報交換を行い、馬鹿話(就業中で無ければクロイツも躊躇いなく冗談を言うのだ)などに興じて、上手い酒を酌み交わし楽しんでいた。


今日は適当に頃合いを見てレオノーラの元に帰ろうと算段していたクロイツの肩を、ポンと叩く者がいた。


「カー、珍しいな。夜会で男の集まりに顔を出すなんて」


揶揄うとカーは、ふわりと笑って言った。


「クロイツ、今日は独り?レオノーラは?」

「ああ。少し体調を崩したので……屋敷で休ませる事にした」


カーは「ふーん」と考え込んだ後、クロイツの肩に手を回してグイっと彼の頭を引き寄せた。


「まぁった、レオノーラに無理強いしてるんじゃないだろうね。あっちの体力も考えてあげたら?このムッツリスケベ」


そう耳元で囁かれて、クロイツは頬を朱く染めてしまう。

確かに小柄な彼女につい無理をさせてしまっている、という自覚はある。

が、今日に限っては違う理由での欠席なので、憮然として否定した。


「違う!体調不良というのは表向きの理由だ。今回は研究に根を詰め過ぎて寝不足で倒れたんだ。彼女は今頃家でスヤスヤ寝ている筈だ」

「『今回は』……ね」


意味深な視線に図星を指され、眉間を顰めるクロイツ。

仕返しとばかり肩を抱いて自分に密着したままのカーの脇腹に、グリグリと拳骨を食い込ませながら言った。


「……俺の事より、お前はどうなんだ?縁談話が急に増えたそうじゃないか。さっさと身を固めろよ―――家庭を持つって言うのも、いいもんだぞ」


上から目線で言う浮かれた幼馴染を、カーはしらっとした目で見る。


「父上から指示があればどの子でも娶るし、何処へでも婿に行くよ。アドラー家の跡継ぎ問題はもう解消されているし、まだ俺には時期尚早さ。暫く気楽な独身生活を楽しむつもりだよ」

「お前がフラフラしていると、毒牙にかかるご令嬢が世の中に増えて困るだろう」


嫌味を言ったのに、物凄い笑顔で返されてクロイツは困惑した。


「俺、結婚してもフラフラするつもりだけど?」


屈託のない鬼畜発言を聞かされ、イラっとした。

クロイツは、ドンっとカーを突き放す。


「冗談も大概にしろっ」

「ええー、俺はいつでも本気だよ!」


何故かカーに軍の礼服の袖を掴まれ、ぞわわっと背中に悪寒が駆け巡った。

偶然か、同じタイミングで若い令嬢の悲鳴が聞こえた。クロイツはそのざわめきで、我に返る。




「もう、知らん!離せ!」




カーの手を振り払い、クロイツは走って(心情的に。実際は夜会会場なので競歩程度の速さで)逃げた。




(なんだ、アイツ?気味が悪い……!もう我慢ならん、帰ろう。可愛い妻の寝顔を見て気分を上書きしないと、これ以上一刻たりとも耐えられないっ)




そして一目散に主催者のハグマイヤ―第一騎士団長の元へ走り、体調不良の妻が気になるので早めに辞すると挨拶し、会場から逃げ出したのだった。







** ** **







そんな幼馴染二人の遣り取りの裏で。




「見ました……?」

「「「見ましたわ!」」」




先ほど悲鳴を上げた令嬢を含む同好の士が、広間の片隅に集まり額を寄せ合っている。

どの令嬢の頬もうっすらと紅潮し、瞳は爛々と異様に輝いていた。

ひと際興奮した様子の令嬢が、鼻を膨らませて言った。


「……顔を合わせるなり、肩を抱き寄せてらっしゃいましたわね……!」

「そして耳元で何か囁いていらっしゃったわ。愛の言葉かしら?」

「私は恨み言だと思うわ。例えばそう―――『新妻に随分ご執心のようだね……焼けるな、俺はほったらかしかよ』とか!」

「それ、いただきですわ!素敵!揶揄いの言葉に擬態して、寂しい気持ちを伝えずにいられないって処が」

「何か言い返していたわね」

「きっと『蒼の貴公子』はおっしゃったんだわ……『冗談だろ!俺がお前以外に夢中になるなんて、あり得ない』」


きゃあぁ~と、数人が小さく悶えた。


「だってその後『蒼の貴公子』が―――その―――『薔薇の貴公子』のお体に手をお伸ばしになったでしょう?」

「ええ」

「見ましたわ」

「確かに!」

「生真面目なあの方が公の場で体に触れるなんて、よっぽどの事よ!」

「そうよね。きっと溢れ出した恋情を理性では止められ無かったのに違いないわっ」

「真剣な顔で『薔薇の貴公子』に何かおしゃっていらしたわね?」

「きっと『俺にはお前しかいないんだ』って、更に言い募っておられたのだと思うわ」


そこでそれまで黙って成り行きを見守っていた、大人し気な容貌の令嬢がスッと一歩前に出て小声ながらも確信を籠めた強い口調で発言し始めた。


「―――私はね、こう思うの。『薔薇の貴公子』が『仲睦まじい夫婦だって噂で聞いた』って拗ねるの。そんな彼に『蒼の貴公子』は『本気で言っているのか……?彼女とはあくまで政略結婚だ。義務で接しているだけだって言っただろ?俺の愛を信じられないのか……っ』っておっしゃったと思う。なのに天邪鬼なあの人は言ってしまうの……『本当は俺と別れたいんだろう?』って」

「そう、そうね!それは否定して欲しくて言っているのよね、つまり彼の愛情を試しているのよ……!」


少し被せ気味に言うもう一人の令嬢の言葉に、周囲の令嬢達の気持ちも煽られる。


「その通りよ!だけどそんな男の純情や心の機微を汲めないのが『蒼の貴公子』なのよ!まあ、鈍いのも天然なのもあの方の魅力の一つなのでしょうけど……きっとあんなに激昂されたのは彼の恋愛に関する鈍さが原因なのは間違いないわ。恋人の気持ちも察する事ができず一方的に責めてしまうの。『俺の愛を疑うのかっ』って」


うんうん、と聞いている令嬢皆が大きく同意の頷きを返した。


「その後がまた……くぅ~」


悶えつつ言葉にならない様子に、周囲は食い気味に後を継いだ。


「失神するかと思ったわ」

「『袖をきゅっ☆』でしょ?」

「あんな可愛らしい仕草で迫るなんて……『薔薇の貴公子』には、もう彼以外目に入っていなかったのだわ。彼をそんなに怒らせるつもりは無かった……もう一度こっちを見て欲しい……縋る気持ちが自然、その行動に現れてしまったのね」


騎士達の遣り取りに興奮して悲鳴を上げてしまったくだんの令嬢が、顔面を蒼白にして真顔で言った。


「あまりの可愛らしさに私耐えきれなくて……思わず悲鳴を上げてしまったわ」

「私も声を上げる一歩手前でしたの。身悶えしてしまいました」


うんうん、とまた周囲の令嬢が同意の意を籠めて力強い首肯で返す。


「でも、結局振り払って、去ってしまいましたわね」

「おいたわしいことだわ……」

「愛し合う者同士がすれ違ってしまうのは世のことわりとは言え―――目の当たりにするのは、当事者じゃなくても辛いものですわね」

「結局『蒼の貴公子』は、『薔薇の貴公子』のせつない男心に気付かないのですね」

「……結婚するまで自分のお気持ちに気付かなかったくらいですものね。でも、そこがあの方の魅力ですわ。あらゆる場面で完璧なのに……恋に対してだけ、鈍い……だからドラマが生まれるのですわ」

「流石ですわ……!私『薔薇の貴公子』に感情移入するばかりで、そこまでの視点に到達できませんでした」

「でも気になりますわね―――このまま黙っている『薔薇の貴公子』じゃありませんわよね。次の夜会も!お二人の恋の行方を、陰ながら見守りましょう!」

「賛成!」

「ええ、勿論ですわ!」

「必ず!」







** ** **







クロイツのあずかり知らぬ処で、彼とカーの運命の恋(?)を見守る会が結成されていた。

ちなみに『蒼の貴公子』『薔薇の貴公子』とは、巷で話題の創作物語『蒼の薔薇』の登場人物達の二つ名である。一応フィクションとして、作者側が『騎士』を『貴公子』に変換して配慮を示しているつもりらしい。読者にはモデルはバレバレだが。


カーは一部のご令嬢がそのような会を作って盛り上がっているのを、把握している。

知っていてワザと、そのご令嬢達の面前でクロイツに不自然に密着しているのだ。


そして噂を真実だと信じ込んでしまった、初心で純真なご令嬢にクロイツへの許されない恋心を「俺はどうすれば良いのか……悩んでる。君だけに話すんだ、絶対内緒だよ」と言ってそっと打ち明け、彼女達の同情と優しさに付け込む。

「不毛な恋を忘れさせてくれ」と言って縋り、美味しくいただいた後は「やはり俺はアイツを忘れられない」と言って去るという寸法だ。


勿論カーに男色趣味は無い。

生粋の女好きである。




(鬼畜だ)




場末の居酒屋に誘われ、話題に悩み「アドラー少尉の最近の趣味って何ですか?」と何の気は無しに振ってしまったマクシミリアンは、そう思った。

何故かカーに気に入られ定期的に呑みに誘われるが、心臓に悪い話ばかりで非常にツラい。


「……聞かなければ良かった……」

「ん?何か言った?」

「何でもありませんっ!あ、次のジョッキ頼みますね!」


(本当にあの天然&無邪気なクラリッサの実の兄なのだろうか、この人は)


と思いつつ、口に出せないマクシミリアンなのであった。



『恋愛』ジャンルのままで良いのか微妙で悩みました。


お読みいただき、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] こういうふざけたお話も好きです。 いつの日か鬼畜カーに恋に落ちてほしい!!
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