(5)
「こんな風に辛い思いを経験したのは私達だけじゃないだろうけど、それでもやっぱり堪えたよね」
「本当に、恐ろしい出来事でした……」
「さすがのお母さんもまいっちゃってたからね。もうあんな事が二度と起きないで欲しいよ」
あの災害が残した爪痕が消えるには、まだまだ時間がかかるだろう。
簡単に忘れられるものではない。
忘れていく事が救いになる事もあるかもしれない。
でも少なくとも、私にはそれはまだ出来そうにもなかった。
「また来ます。お母さんにもよろしくお伝えください」
「うん、いつでも来なよ。ここはあんたの家でもあるんだから」
「ありがとうございます」
和室を後にし、玄関で脱ぎ去った靴に足を通す。
じゃあまた、とみゆきさんの方に振り返った時、みゆきさんのどこか悲しそうな目が、心配するような目が、私に向けられていた。
「修一君」
弱い声音。
「はい?」
「ありがとうね。いつも」
「急になんですか、改まって」
私はそう言って笑って見せたが、みゆきさんの表情は変わらなかった。
「修一君、今彼女とかいるの?」
「え?」
急な質問に私はどきりとした。
「いえ、いないですけど」
「そう……」
みゆきさんの顔が、また少し悲しみ強めたように見えた。
「あのね」
意を決したような声。
私の心はざわついた。
「さゆりの事、忘れてとまでは言わない。けど……もし、もしね。さゆりの事で修一君が前に進めないようになってるなら……」
そこまでが精一杯だったのだろう。みゆきさんの言葉はそこでつっかえて先に進まなかった。
「あ……ごめんね。急に」
私はどんな顔をしていたのだろう。怒っているように見えたのだろうか。みゆきさんは取り繕うように謝った。何だかそれが家族へのものではなく、他人へのものに感じられて、私は少し悲しく思った。
「いえ。大丈夫です」
だから私は、ちゃんと言葉でみゆきさんに言わなければと思った。
「みゆきさん」
「ん?」
「僕は忘れませんよ、さゆりの事。さゆりは僕の彼女でもありますし、家族でもあります。そんな大事な人の事を忘れるなんて、出来るわけがないです」
「……うん」
「大丈夫です。だからって前に進めないとか、そんな事はないですから」
「……そっか。うん、それなら良かった」
みゆきさんの顔に少しだけ笑みが戻った。
「それじゃあ、また」
「うん、またね」
みゆきさんにお別れを言い、私はさゆりの家を後にした。
忘れるなんて、そんな事は無理だし、そんなつもりもない。
ただ、それが出来ない、もう一つの理由がある。
みゆきさんも、あゆみさんも知らない理由。
私とさゆりは、いまだに繋がっている。
一年に一度、この時期に限って。
私はさゆりを待つため、自宅へと戻った。