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「こんな風に辛い思いを経験したのは私達だけじゃないだろうけど、それでもやっぱり堪えたよね」

「本当に、恐ろしい出来事でした……」

「さすがのお母さんもまいっちゃってたからね。もうあんな事が二度と起きないで欲しいよ」

 あの災害が残した爪痕が消えるには、まだまだ時間がかかるだろう。

 簡単に忘れられるものではない。

 忘れていく事が救いになる事もあるかもしれない。

 でも少なくとも、私にはそれはまだ出来そうにもなかった。

「また来ます。お母さんにもよろしくお伝えください」

「うん、いつでも来なよ。ここはあんたの家でもあるんだから」

「ありがとうございます」

 和室を後にし、玄関で脱ぎ去った靴に足を通す。

 じゃあまた、とみゆきさんの方に振り返った時、みゆきさんのどこか悲しそうな目が、心配するような目が、私に向けられていた。

「修一君」

 弱い声音。

「はい?」

「ありがとうね。いつも」

「急になんですか、改まって」

 私はそう言って笑って見せたが、みゆきさんの表情は変わらなかった。

「修一君、今彼女とかいるの?」

「え?」

 急な質問に私はどきりとした。

「いえ、いないですけど」

「そう……」

 みゆきさんの顔が、また少し悲しみ強めたように見えた。

「あのね」

 意を決したような声。

 私の心はざわついた。

「さゆりの事、忘れてとまでは言わない。けど……もし、もしね。さゆりの事で修一君が前に進めないようになってるなら……」

 そこまでが精一杯だったのだろう。みゆきさんの言葉はそこでつっかえて先に進まなかった。

「あ……ごめんね。急に」

 私はどんな顔をしていたのだろう。怒っているように見えたのだろうか。みゆきさんは取り繕うように謝った。何だかそれが家族へのものではなく、他人へのものに感じられて、私は少し悲しく思った。

「いえ。大丈夫です」

 だから私は、ちゃんと言葉でみゆきさんに言わなければと思った。

「みゆきさん」

「ん?」

「僕は忘れませんよ、さゆりの事。さゆりは僕の彼女でもありますし、家族でもあります。そんな大事な人の事を忘れるなんて、出来るわけがないです」

「……うん」

「大丈夫です。だからって前に進めないとか、そんな事はないですから」

「……そっか。うん、それなら良かった」

 みゆきさんの顔に少しだけ笑みが戻った。

「それじゃあ、また」

「うん、またね」

 みゆきさんにお別れを言い、私はさゆりの家を後にした。

 忘れるなんて、そんな事は無理だし、そんなつもりもない。

 ただ、それが出来ない、もう一つの理由がある。

 みゆきさんも、あゆみさんも知らない理由。

 私とさゆりは、いまだに繋がっている。

 一年に一度、この時期に限って。

 私はさゆりを待つため、自宅へと戻った。


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