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前回と大分更新の間が開いてしまいました。申し訳ありません。
花火を毎晩挙げられるのを、美月は初めて見た。
去年までなら、花火が上がるのは最終日、神楽が見終わったのちの一時間のみだった。
神事を重要視する社の神主一族から反対の声も上がったというが、目の前に積み上げられた大金の山についに押し黙ったという。
山を積み上げたのは誰か、美月は何となく察していた。
「また見ているのか」
いつの間に帰ってきたのか。下駄の乾いた音を響かせ、近づいてくる男の顔はよくわからない。
顔を傷のせいで、視力がいくらか落ちてしまったのだ。今の美月は自分から少し離れた東也の顔すら判別できない。近づいてくることで、ようやく彼があきれ顔をしているとわかるくらいだ。
「中に入るぞ」
「ここでいい」
室内に閉じこもっても打ち上げ音は響くのだ。それならいっそ、外に出ていたほうがましだった。
「いいから入れ。汗をかいてるぞ」
美月の言を無視して手を取った東也は反対の手で額をなでた。今夜は昼間の暑さが残っているためか蒸し暑く、汗をかくのは当たり前だったのに、美月はその事に全く気が付いていなかった。気付いてしまったら背中にも汗のべたつきを感じ、不愉快になる。顔をしかめるさまがおかしかったのか東也は声を上げて笑いながら美月を引きずって歩きだした。
「せめて風呂に入れ。この時期に風邪をひいたら長引く」
「余計な世話をかけるか……わかった」
草履を脱ぎ棄ている間に綺羅が寄ってきた。
「綺羅。美月を風呂に入れてやれ。あと酒」
「かしこまりました」
まだ飲むつもりなのか。
彼を取り巻く手記に酒の気配をかぎ取っていた美月は眉間のしわが深くなるのを抑えなかった。
「大概にしておけ。二日酔いになるぞ」
「あいにく寝込んだことがないんでね。一度経験してみたいもんだ」
それよりも、と東也は美月に向けて笑みを深くした。
「心配してくれるとは、ね」
「してない。綺羅の面倒事が増えるだけだからだ」
まだつかまれていた手を振り払うと急ぎ足で湯殿に向かった。いささか足音が雑になったのはいらだったせいだ。絶対に。
何も考えたくなかった。
全てを失い、絶望さえも通り越して空虚に支配され。
死にたいとすら思うこともできず、ただ生かされる日々。
霞みがかった景色の中に、男が一人。唯一はっきりと見て、声を聞くことができる存在。
ふとした瞬間に気付いてみれば、自分の世界に居座っている彼。
彼、という存在が、私を生かすのだと理解したとき、胸に去来した思いは何なのか。
知りたくなどない。
だから。
「美月」
もう、名前を呼ばないでほしい。
絶望を思い出した私は、もう望みを持ちたくないから。