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R15要素ありです。しかし私にはこれが限界orz
毎年、この町で行われる夏祭り。死者を迎える盆の時期に一日かけて人々は騒ぐ。この祭りの最大の見物は、漆黒の夜空を彩る大輪の花々と、この地の神に奉じられる神楽である。神楽は選ばれた娘が舞を奉納する。
「懐かしいか?」
去年まで神楽の舞を舞っていた美月に問いかける。
「別に」
即答。しかし、その返答の早さが今の美月の心情を表していた。当然、男もすぐに理解したが、追求しないことにする。
「残念だなあ。今年もお前の舞が見たかったよ」
舞姫に選ばれるのは一年の一人だけ。この町の少女たちは神楽の舞姫を目指して日々稽古を欠かさない。それでも三年間、誰にも美月にはかなわなかった。唯一、同格と評されたのが今年の舞姫、晴奈だった。二人は驚くほどに対照的だった。
美月が夜空に一人たたずむ月ならば、晴奈は蒼穹の空に光り輝く太陽。その性格も舞も二人の個性がよく現れていた。いつからか、美月は月姫、晴奈は陽姫と呼ばれるようになり、評判はさらに高まっていった。
二人は舞の腕を競う好敵手であり、最も信頼する友人でもあった。明るく社交的な晴奈と一人を好み、感情を表に出さない美月。対照的だったのが逆によかったのか、まるで姉妹のようにじゃれあっていた――――――二ヶ月前までは。
「どこかに行ってしまえ」
「いやいや、ここは俺の家だぞ」
それくらいのことは美月もわかっていた。町のはずれにあるこの屋敷は彼が成人した時に父親から与えられたものであるという。腹違いの兄が亡くなり、幼い甥の後見に立った時でさえ、この屋敷から領主の館に通い、甥が成人したのちは屋敷から出ることすらほとんどなかった。実際、美月が見る限り、のんびり昼寝してばかりで、退屈しないのかと疑問に思うほどだった。
「なぜ、私を助けたんだ」
今でも思い出すだけで体が震える。自分が全てを失った日。白が一瞬で黒にひっくり返り、全ての人が自分に背を向けた。唯一の友であると思っていた晴奈も。長年の付き合いである暁も。
皮肉にも、茫然とする私を拾ったのは知りあうどころかまともに会話すらしたことのない目の前の男。決して近づいてはならないと自ら戒めていた男だった。
「さてね」
男は人の悪い笑みを浮かべるだけで何も言わない。美月が自分という存在に戸惑い困惑していることを知っていて、あえて煙に巻くような言動をとっている。悪趣味と言ってよいだろう。
「旦那様」
そこに割り込んできたのは、藍で染められた衣を身にまとう青年。屋敷の主に幼少のころから仕えているという志羅という男だ。主に匹敵する硬質な美しさを持つかの青年は、両手に抱えていた箱をおいた。
「ご要望の品をお持ちしました」
「ごくろう」
男が箱を受け取ったのを確認すると、主と美月二人に頭を下げて去って行った。足音はおろか気配すら薄れさせてしまう。徹底的に主の影であろうとする彼が美月は少し苦手に感じていた。
「美月。こっちにこい」
縁側に座ったままの言葉に、ゆっくりと近づく。彼の隣に座ると男は手を伸ばして美月を自分側に顔を向かせた。
「ククク……そんなに俺が嫌いか?」
目の前の男はいったい何を考えているのか。何度としれない疑問が浮かぶも、口に出すことはない。向こうも口にしただけなのか答えを聞くことなく驚くほどやさしいしぐさで美月のほほを撫でた。
「お前がどう思っていようが、ここから出ることはかなわない。お前の居場所はもうここにしかない。お前をそばに置こうとする物好きは俺くらいだ」
出ることはない。ここにしかない。どちらも真実だ。美月がこの屋敷で一人になることはないし、出たとしても自分をかばってくれる人間はもういない。
「お前は一生、俺のものだ」
忘れるな。何度そういわれたことだろう。なぜ何度も言い聞かせようとするのだろう。この男が美月に興味をなくせば、自分はもう生きていくことなどできないのに。
「知っている」
だから、何度も繰り返し言の葉を告げる。
「私が生きているのはお前が私を生かすからだ。お前が私に興味を持つ限り、私は生きることができる」
美月を生かそうとする人間はもう目の前の男しかいないから。
「……興味を失えばさっさと捨てればいい」
そこでいつもと違う言葉を付け加えたのはなぜだろう。自分ではわからない。
だが、目の前の男はその瞳を鋭くとがらせ、獣じみた視線を送ってくる。最後の一言が男の怒りを買ったのは確実のようだ。美月のほほをつかむ掌に力がこもった。
「一生、といったはずだ」
獣のうなり声が聞こえないのが不思議なほどだった。それほど男の怒りが恐ろしかった。
「だが」
「黙れ」
弁明の言葉は口をふさがれることで途切れた。唇を薄く開かれ、中まで蹂躙される。荒れる息、生々しい水音――途切れそうな意識の中で美月は目の前に広がる青紫を見つめていた。
美しい。素直にそう思った。
ようやく、口を離され息を整えようとしたが、その前に男の両腕の中に抱えられていた。
「お前は、ただ俺のことだけを考えていればいい」
ぐったりとした美月を抱えたまま立ち上がると男は屋敷の奥へと入っていく。
この後何が起こるかもう知っている美月は眼を閉じながらふと、思う。
男と自分が最初に出会った日を。