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花火が上がる

 現在と過去が交互に展開されます。



  祭りが始まった――

 そのことに気がついたのは、祭り特有の空気を感じ取ったからか、夜空に花開く花火を見つけたからだろうか。美月は、肩に打掛を羽織ると、庭先から静かに空を見上げた。墨色の夜空に輝く大輪の花はどこにいようとも美しかった。


「何を見ている?」

「別に」


 いつの間に近づいてきたのか。含み笑いを浮かべているだろう男を無視して美月は夜空を見上げ続ける。その様子にあきれたのか男は縁側に大きな音を立てて座ったようだ。


「あいかわらずかわいげがないな。いや、いつも以上に、というべきか?」

「関係ない」


 その時、立て続けに花火が打ちあがった。夜空は一瞬で火花に埋め尽くされ、どこからか人々の歓声も耳に届く。

 男は高い塀に区切られた夜空に輝く花火を見ていった。


「今夜だな」

「……」


 男を振り返ったのはいい加減に首が痛くなったからだ。心の中でそう言い訳をしながら目の前の男、この屋敷の主を見つめた。

 濃い紺色の髪に青紫の瞳の男は太陽が沈む昼と夜の境目を連想させる。気崩れた着流しは男の色気を感じさせ、思わず顔を赤らめて目をそらしてしまうほどだ。整った男らしい顔立ちと領主の代理人という肩書は、三十路をとうに過ぎても町中の女たちの視線をくぎ付けにしてきたことを美月は知っていた。


「貴方はなぜこんなところにいる」


 正賓の一人として祭りに呼ばれていることは美月も知っていた。まだ若い領主の叔父として後見に立った男は毎年祭事に顔を出していた。本来ならとっくの昔に屋敷を出ているはずなのに。


「俺はあくまで代理だからな。甥も成人になったし、最終日に顔を出せば十分だろう」


 男はカラカラ笑うだけで美月の問いに答えるつもりはなさそうだ。目の前の男はいつもそうだった。何を考えているかわからない不気味さを感じさせながら、多くの人間を魅了するあでやかさも身に着けていた。さながら人を誘い、堕落させる悪魔のような男だ。そうとわかっていても、男に落ちる人間は数知れない。初対面の時から、この男にだけは近づいてはいけないと確信していたが、現状、美月は目の前の男がいなければ生きることもできない籠の鳥だった。

 そして、自分の手の内にある小鳥をいたぶることで男は楽しむのだ。


「今年の舞姫は晴奈はるなだそうだな」


 たやすく、口にするのだ。二度と聞きたくないとさえ思っている名前を。

 男の眼は愉悦に歪んでいる。不意打ちで小鳥がどのような反応をするのかじっと観察している。目の前の男に弱みをさらしたくなどなかった。腹に力を入れ、わずかに震える手を抑える。表情を動かさず、目をそらすことなく男の青紫を覗き込んだ。どこまでも、まっすぐに。


「でしょうね」

「クク……懐かしいか?お前は晴奈をかわいがっていたもんな」


 男の含み笑いに苛立ちが募るが顔に出せばこちらが負けだ。目をそらしても同じ。


「相変わらず、その眼は美しいな……名前と同じ月の色だ」


 不完全でもな。


 男はそう言って私の左のほほを撫でた。顔の左半分を包む白い包帯越しの暖かさに、私は目を閉じた。











 ――――自分はいったいどこで間違えたのだろう。





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