転生主人公に転生したら、世界が俺を殺そうとしてくる件について
深夜テンションで書きました、許して
「うわぁやっばい、やっべぇ……」
学校の、絶妙に掃除しきれていない臭いトイレの中で、俺は只管唸っていた。
「おいこら、うんこか藤峰!? ぎゃははは!」
知能がゼロすぎる煽りが、俺が引きこもっている個室トイレの扉の向こうで聞こえる。
そう、俺は藤峰刀壱。あまりにも主人公すぎる主人公ネームだ。それなのに虐められていて、両親との仲は最悪。あとついでに幼馴染はチャラ男に寝取られた。俺は、人生のどん底にいる。
トイレの臭いというのは、けっこう人を冷静にさせるものだ。
「……長くね、うんこ」
外野は黙っていてほしい。気が散る。いじめっ子の癖にガチトーンで言わないでほしい。
俺の今後の人生設計というか、未来図はこうだ。チャラ男に寝取られた不仲な幼馴染を救おうとして死ぬ。端的に言えば、幼馴染を庇ってトラックに轢かれる。
ここまで言えばわかるだろう。俺は、転生主人公なのだ。トイレの臭いで思い出した。
この世界は、前世で流し読みしたネット小説(タイトルに勇者とか入ってた気がする。あとアニメ化もしてた気がする。だから流し読んだのか)で、俺は、いわゆるトラ転を果たした後、女神様に前世の不遇さを可哀想がられ、剣と魔法の世界に最強スキルを持って転生する。
強くてニューゲーム。「トーイチ」と呼んでくる絶妙な発音がたまらない、悩めるヒロイン達を救い、侮ってくる人間にざまぁする、そんな物語が、今、始ま、
「始まらせてたまるかぁあああ!!」
「落ち着け藤峰! うんこしながらキレると血管が」
さっきからうんこの話しかしねえなこのいじめっ子は!
あと思い出した、こいつ、こいつが幼馴染の天宮姫乃を脅して寝取った最低のクズだ。俺の絶叫にビビっているようだが、そんなタマかお前は。俺は、ぎりぃ、と歯を食いしばった。
「絶対に死なねえぞ俺はぁ……!」
ふわっとした記憶でしかないが、なんか、現世パートの最後、グロい描写があった気がする。滲み出した血が〜とか、骨の折れる音を聞いた、とか。やめろやめろ、俺はそんなのごめんだ。
たとえ、可愛いヒロインがいる異世界に行くとしても、その前準備として主人公を残忍に殺させるのは良くない。本当に良くないぞ作者!
あと、なんかこの小説「ざまぁ」のやり方がまじで残忍なんだよな。なんかどっかの貴族の息子は、魔物に食い殺されるエンドだった気がする。
主人公から骨が脆くなる魔法だかなんだかを受けて、足のくるぶしを剣で切られて、魔物から逃げるうちに足が動かなくなって、みたいな。俺は思わず、自分の両手を確認した。
「……うおおおおお! 俺は絶対に俺の手を汚さねえぞ!」
「どうした藤峰! トイレットペーパーが無いのか!?」
「だぁってろ刻澤!」
汚さないの意味を勘違いした、どこまでもウンコにこだわる、無駄に格好良い苗字のいじめっ子に吠えてやる。お前原作そんなんじゃなかっただろ!
……と、思ったところでふと気付く。
もしかして、俺がこの原作のことを思い出したから、刻澤がうんこキャラになったのでは、と? いやどんな因果関係だよ。それをしてこの状況はどう好転するんだよ。
ばたん。
「血圧とか大丈夫か?」
「うんこでか?」
こいつの考えが読めてきた。頷くな。あと微妙に過保護なのが嫌すぎる。なにそのお母さんみたいな表情。本当の親より親っぽいんだけど(皮肉)。
俺は、ふっと笑ってやった。
「頗る好調だよ」
上等だ運命。肚は決まった。いつでも俺を殺しにかかってこ、
「ぎゃあああぁああああ!!」
幼馴染である天宮姫乃にタックルして絶叫した俺は、道路をゴロゴロと転がった。背後ではものすごい風圧。俺を殺そうとしてくるトラックが通りすぎたのだ。
「お前ぇ! 姫乃コラァ! 今週何回これやる気だァ、おおん!?」
思わず口調がよろしくない方向にいってしまう。助けられた姫乃は、「ご、ごめん」と焦点の合わない目で俺のことを見た。
「なんか、横断歩道を見るたびに、“赤で渡らなきゃ”って思うようになっちゃって……」
「そこをいっつも俺が見てこうやって助けてるわけだね。水辺に誘導されるカマキリかよお前はァ!?」
そのほっそい体にハリガネムシでもいんのか!?
それとも、これもまた、俺がこの世界が小説の中だと認識してしまった影響だというのか。
ちなみに、姫乃とは和解気味だ。原作小説では確か、死にかける藤峰刀壱に、姫乃が涙ながらに真相を語る(チャラ男に脅されて仕方なく付き合ったが、本当は刀壱のことを愛していた)のだが、それを俺は、多少のかすり傷だけで聞くことができた。
幼馴染を助けられて良かったね。という感じだったのに、なんでその幼馴染が寄生されたカマキリになってんだよ。
どうやら世界は、俺をどうしても殺したいらしい。
一度目の交通事故未遂。涙ながらに真相を語る姫乃に、小説内のキャラクターとはいえ心を打たれなかったわけではない。だけれど、何回もコレを繰り返されてみろ。あれ、お前本当に俺のこと愛してる? 監禁するぞ? とヤンデレ思考にもなろうものだ。
所詮は物語の中の存在。見殺しにしてしまえば良いと思うが、残念ながら、藤峰刀壱としての俺がそうさせない。毎回こうやって某大学の某部も真っ青のタックルで、幼馴染を救出しているわけである。もう少しで姫乃をあっちの歩道にまで吹き飛ばせそうだ。
「姫乃、手を繋ぐぞ。おら」
「う、うん」
顔を赤くするな。水辺に行かせようとしてないだけだから。
「こうしてみると、異世界転生した方が楽なんじゃね? って気分になってくるな〜」
転生主人公ってマジで大変だな。ベッドに転がりながら、俺は台所の机の上に用意してあった、焦げっこげの何かを食べる。
コレを食べないと、ヒステリックな母親が、「私の作ったものを食べれないっていうの!?」と怒鳴ってくるし、それを聞いた父親が俺のことをぶん殴ってくるからだ。
だめだなこの家族は。転生後とのギャップを出すために、とことんまでに家庭破壊されている。
親からの虐待と、カマキリ幼馴染にうんこにこだわるいじめっ子。それと、トラックに轢かれる一時的な痛み。俺はそれらを、頭の中で天秤にかけた。
結果的に、トラックに轢かれる恐怖が勝った。
「まあ、幼馴染問題はクリアしたからな。親の方は、原作でも修正不可能だったけど」
だからこそ、転生先で溺愛してくる両親の要素があるわけだが。
「あーあー、俺が作者だったらなぁ。親との関係を打破とかできるんだけどなぁ」
クソにわかミーハー読者が転生したところで、できることなんて何もない。だからといって、素直にトラックに轢かれるのもそれはそれで嫌だ。だって、異世界の生活基準とか、ちょっと怪しいと思う。
「あっちの世界にはマヨネーズってあったっけ……? マヨネーズの作り方を覚えておくか」
マヨネーズというのは、異世界転生の通貨である。と、俺は思う。異世界転移だったかもしれないが、なにせにわかなので許してほしい。
「検索したけど……よくわかんねぇな」
俺は、台所に行くことにした。現在深夜二時である。
「あんた、何してるの!? 明日学校があるでしょ!?」
俺に残された時間はごくわずかだ。俺は、キーキー喚く母親を無視して、ひたすらボウルの中を泡立てていた。
「こんなに卵をたくさん使って!! どうするつもりなの!?」
「見りゃわかるだろ。異世界転生に向けてマヨネーズを作ってるんだよ」
「は!?!?」
どん、どん、どん! 階段を降りる音がする。
「おいうるせえぞ! 何してるんだ、母さんを怒らせるな!!」
最悪のマリアージュである。が、普段ほどダメージは受けていない。なぜなら、深夜二時にマヨネーズを作り出す、こちらの方が異常者だからだ。
俺は、カシャカシャするやつを怒鳴り散らしている父に向けた。
「黙ってろモブが」
所詮は前座の人間だ。こっちにはな、嫌になったらトラ転する手段だってあるんだぞ。というか、この世界で機能しているかわからないが、児相という手もあるんだぞ。
「こういう息子に育てたのは、お前たちだろ」
主人公を殺すためだけに作られた世界の役者たち。幼馴染は救いがあったけれど、果たして、両親の方には、救いがあったのだろうか。
沈黙の中で、カシャカシャという音だけが、やけに目立っていた。
あれから俺は、来たる異世界転生に向けて、マヨネーズ作りに勤しんでいた。両親のことはフル無視だ。深夜にマヨネーズを作り始める息子のことを恐怖してか、両親はあまり声をかけてこなくなった。
そのかわり。
一度、試作品のマヨをタッパーに入れて冷蔵庫にしまってみた。翌々日くらいにはなくなっていた。それから俺は、できたマヨネーズを冷蔵庫にしまうことにした。
後から知ったことだが、母のメシマズ料理を頑張って食べていた父が、味変用に使っているらしかった。いや父にも焦げっこげのモン出してたんかい。
その後々で知ったことだが、母も自分の焦げっこげ料理にマヨをちょんとつけて食べているらしい。
会話こそないが、異世界対策に作り始めたマヨネーズが、家族間の軋轢を、少しだけ、ほんの少しだけ、滑らかにしてくれたようだ。マヨだけに。
そんな弁当を、トイレで食べている時だった。
うんこのことしか言わなくなった刻澤が、扉の向こうでつぶやいた。
「お前、何で死なないんだ?」
「驚いたな。お前、うんこ以外のこと喋れたんか」
「警戒心を解くために、あえて知能を下げたのに」
などと、シリアス口調で言ってくるが、もっと方法あっただろ。
「なあ、頼むよ。死んでくれよ藤峰」
なんか、苦しんでるみたいな声だった。お、これが世界の修正力か? 泣き落としみたいな?
転生主人公の殺し方にも、色々なバリエーションがあるんだなと、俺は思った。マヨネーズうまっ。
「この世界にいても、良いことなんてねえよ。そういうふうに、俺が作ったんだから」
……おお?
「死にたくなるように、前世に未練がないように。伏線にしてた幼馴染の思いも、ちゃんと死ぬ間際に伝えさせたし。転生してわかったよ。お前に俺が経験させたのは、地獄だったんだ」
なんか、口ぶりから察するに、この人も転生した人っぽいな。悪役に転生するの可哀想。
にしても、伏線だの、経験させただの。それじゃまるで、この小説の作者みたいじゃないか。
俺は、トイレの中で頭を抱えた。うわぁ、まるで名前が出てこない。こういうとき、「え、〇〇先生!?」とか言えたら良いんだけど。というか、この作者アニメ化作家だよな。転生して大丈夫なのか? 今ごろ出版社、阿鼻叫喚になってない?
「……俺が考え得るかぎり、一番マシな死に方なんだよ。両親になぶり殺しにされるより、よっぽどマシだ」
「いやグロ描写嬉々として描いてたじゃないっすか」
骨の折れる音とか書いてたじゃん。口にして、俺はまずった、と口を手で塞いで、まあ別にいいかと開き直った。
「ていうか、そういうの好きな作家でしょ。なんかグロいところが妙に詳しくて」
「う゛っ」
鳩尾にパンチを入れられたような声。「あの」声がする。
「も、もしかして、中にいるの……読者様?」
「にわかですがね」
驚いたことに、この世界には、転生者が二人、いたらしい。
作者と読者。作者の方は、藤峰刀壱君の置かれた状況があまりにもひどいものだから、いじめっ子として精を費やし、幼馴染を作者特権でカマキリ状態にし、さっさとこの世からおさらばさせようとしていたらしい。
とはいっても、虐待死は酷だから、両親はちょっとマイルドにしたとか。そこに俺のマヨネーズ作りが加わって、あんな感じになったわけだ。
「それなのに、中に入ってるのが読者だなんて」
「にわかのね」
「それを指摘されるの、地味に傷つきますね」
はは、と好青年の笑みを浮かべる刻澤。あまりにも似合わない。敬語やめろ。
「ていうか、作者特権があるなら、俺を生き返らせてくださいよ」
「できるならそうしたいんですが、俺も死んでしまった身なので。食中毒で」
「そうなんですか、俺は、」
前世は、日本にいて、アニメ化されたこの作品を見ていた、普通の視聴者であり読者。死因は覚えていない。というか、死んだのか? 頭に靄がかかっている気がする。
「トイレの臭いで前世の記憶を思い出したので、死因はそれに関係すると思います」
「それは、思い出さない方が良いのでは?」
真顔で言われた。本当、どうして俺はこんな作品世界に転生して、こんなことをやっているのだか。
『あんたなんか、生まれてこなければ良かったのよ!!』
いやあ、本当に思い出せないなぁ。
夢を見た。
『もしも、来世があるんなら、あのアニメの主人公になりたいなぁ。ひどいことしてくる奴に、ざまぁとかしてさ。まあそんなこと、俺ができるわけないんだけど』
髪を掴まれて、水面に目玉が浸かって。彼の死に際は、非常に、残酷なものだった。
だから、俺の考えた世界に転生してくれて、本当に良かったと、トイレの中で奇声を上げる彼を見て思った。俺なら君を、主人公にしてあげられる。前世の辛い記憶を思い出す前に。
「本当に、心苦しいことではあるんだけれど」
世界の修正力は、なにも、俺だけのものじゃなくて、彼の力も確かにあった。だけどこの世界にいたら、いずれ彼は、前世のことを思い出してしまうだろう。
「だから俺は、君を殺す」
それが、たとえにわかでも、読者になってくれた、彼への恩返しである。
「君を殺して、君を」
正真正銘の、藤峰刀壱にする。




