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【BL】甘ったれな魔術師と堅物騎士との滑稽な交わり  作者: 海野幻創


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9.礼と謝罪を袖にされ

「……だから、ぼけっとするなって言ってんだろ」

 

 リアムの声がした直後、パーシヴァルは突然ふわりと身体が浮き上がった。腹部に鈍い圧力がかかり、なにごとかと驚く間もなく目線の位置が上へと移動したのだ。


「なっ? えっ?」


 リアムがパーシヴァルを大木の枝の上へと連れてきてくれたらしい。凄まじい水流によって多くの木が流されている中で、樹齢うん百年とも言える大木は逆らえていたようだ。


「……魔術師ってみんなこんな無茶をやるのか?」


 リアムの声がすぐ耳元で聞こえて、パーシヴァルは身じろぎした。素肌に直接手が触れている感触にはっとし、リアムに抱きかかえられていること、しかも自分が全裸のままだったことに今さらながら気がついた。


「あ、お、俺……」

「服ならここにある。……もう降りてもよさそうだな」

 

 リアムはパーシヴァルを抱きかかえたまま、とんと地面に降り立った。驚くほど軽やかで、パーシヴァルは着地の衝撃をまったく感じなかった。

 水というものは流れが早ければはけるのも早いらしい。川の水は濁流となりながら散っていき、あたりは豪雨のあとの水たまり程度に落ち着いていた。

 降りたあと、リアムはパーシヴァルに衣服を差し出した。やや濡れているものの、焼けておらず、見覚えのありすぎる汚れ具合のこれは、間違いなくパーシヴァルのローブである。

 いつから持っていたのだろう。

 汚れもそのままなら、悪臭もいまだ変わらず酷い有り様だ。

 パーシヴァルはすぐさま奪い取り、袖に手を通そうとして、しかしぴたりと手をとめた。清潔となってしまった身体は、ともに汚れきった相棒を厭い、身にまとうのを拒否したようだ。


「……洗ってくる」


 パーシヴァルはぼそりと呟いて、泉のあったところへ向かった。今や煤色となってしまった汚水を消滅させ、新たに川の水を召喚した。

 頃合いを見て衣服を泉に投げ入れたあと、またも術を発動した。これまたクリフォードが怠惰な弟子のために開発してくれたもので、その名もずばり洗濯の術という。


「魔術ってそんなとこもできるのか」


 リアムが隣へやってきて、興味深げに覗き込んできた。泉の中は衣服が勝手にこすれて動く様が延々と繰り返され、透明な水が泥のように変わっていく。


「……できるけど、手間を減らすだけで時間は同じだけかかるよ」


 パーシヴァルは消え入りそうな声で答えた。素っ裸であることが居堪れず、あまりの恥ずかしさにいっそのこと消滅してしまいたい。

 魔術師は人間より勝る存在である。そのはずが、全裸で山火事を起こし、終いには洪水で森を半壊させたのだ。しかも見せつけてやろうと意気込んだにもかかわらずなのだから、滑稽極まりない。

 パーシヴァルはリアムを見ないようにしながら、しゃがみ込んだ。精一杯身体を縮こませ、洗濯が終わるまで耐えるしかないと腹をくくった。

 すると身体にずしっとした何かが、いきなり覆いかぶさってきた。濡れて冷えた身体に温かく、風を遮蔽してくれたそれは、リアムの着ていた上着のようだ。

 え、と驚き顔をあげると、リアムはいなくなっており、パーシヴァルはわけがわからず立ち上がった。


「なにしてんの?」

 

 リアムの姿を探すとなぜか身軽にも木に登りついており、器用にも枝を折っては脇に抱え、束をつくっていた。リアムはまとまった枝木を抱えてパーシヴァルの近くへ戻ってきて、足元にそれらを重ねて山をつくり、ポケットからマッチを取り出した。

 なにをしているのか。

 リアムは答えてくれなかったが、ここまで見たらさすがにわかる。衣服を乾かすためか身体を温めるためか、なんにせよパーシヴァルのために火を熾そうとしてくれているのだ。

 リアムはマッチを擦っては捨てるを繰り返している。うまくいかないようで、次第に苛々とし始めた。濡れて湿気ってしまったらしい。

 パーシヴァルはしばし躊躇したあげく、無言のままそっと火魔法を放った。リアムはぴくりと肩をかすかに震わせ、パーシヴァルを一瞥するとまたどこかへ去っていった。

 パーシヴァルは火が安定するまで魔術を発動し続けた。数分ほどするとぱちぱちと燃え始めたので、安堵のため息をついた。

 正直なところ、寒くて死にそうだった。唇は夏の空のように青くなり、身体は小刻みに震え続けていた。だとして寒いなどとは口が避けても言えなかった。自分のしたことの結果であり、これ以上人間(リアム)のまえで情けない姿をさらしたくなかったのだ。


「おまえは、パーシヴァルで間違いないよな?」


 いつの間に戻ってきたのかリアムから問われ、パーシヴァルはこくりと頷いた。


「あの、これ……助かった」


 リアムに対して怒り心頭のパーシヴァルだったが、気遣ってくれた行動には感謝しなければならない。彼は煽っただけであり、勇敢にも一人で立ち向かったあげく、パーシヴァルのために汚物を拾い、助けてもくれ、火まで熾してくれたのだ。

 度が過ぎたことへの引け目もあったので殊勝にも礼を言うと、リアムは小さくため息をつき、地面にしゃがみ込んだ。


「誰が攻撃を食らっているのかと思えば、探していた当人だったとは思わなかった」

「……探していたって、俺を?」


 聞き返すとリアムは近くにあった枝を拾いあげ、火の加減を調整しながらため息をついた。


「容貌が少し違っていたから最初はまさかと思ったんだが、こんなところで悠長に湯浴みをする魔術師なんて、パーシヴァル以外にいないだろうしな」


 パーシヴァルは普段、伸ばした髪を目深く下ろしている。人目を避けるためと、幼気な顔立ちを隠すためだ。今は湯浴みで濡れた髪を後ろへ撫でつけている状態で、成人を迎える年齢とは思えぬ顔立ちがあらわになっている。

 

「それは……殿下のまえでこんな……あの……」


 しどろもどろになりながら、どう説明すればいいかパーシヴァルは言葉に詰まった。

 またも厭味ったらしいことを言われてむっとしたものの、息が止まるほどの端正な顔をまえにしていると、怒りが霧散してしまうらしい。腹立たしく思いたいのに、美しいと感じてしまったがゆえに、自分が卑小に思えて落ち着かない気持ちになってくるのだ。

 リアムは耳障りなほどに大きなため息をつき、伏せていた顔をあげてパーシヴァルを上目に睨みつけた。


「殿下を気遣ってのことなら、のんびりしてないで一刻も早く王城へ来るべきだったんだ。ったく、戦時中だというのに魔術師ってやつは自己中心的すぎる」

「な……ま、魔術師はって、差別だぞそれは。俺は……」

「ああ、じゃあおまえだけの特性ってことか? 他の魔術師はまだましってんならまだ救いはあるが、魔術師連中が仕えている王太子殿下は、王位継承者でありながら志願なされた立派なお方なんだぞ。出立に遅れたのも私用なんかじゃなくセシリア王女のためだし、すでに出立しているやつらに遅れを取らないよう急いで戻られたんだ。それなのに、ただ待っているだけだった魔術師様は、チームのメンバーと訓練するどころか湯浴みもせずのんべんだらりとして──」

「ううううるさいな! 結局は魔族を追い払ったんだからいいだろ?」

「……一人残らず、な。そうだ、礼を言い忘れていた。助けてくれて感謝する。捕虜にできれば情報を得ることができたかもしれないのに、死体すらも確認することができないほど木っ端微塵にしてくれたんだ。礼を言うよ」


 パーシヴァルは唖然とした。これほど酷い当てこすりをされたのはさすがのパーシヴァルでも初めてのことだった。

 リアム・アーシュウェンといえば、国で一二の腕を持つ騎士である。高潔なる人物だとして名高く、パーシヴァルでさえも知っていたほどの傑物だ。しかもこの美貌を前にしていると魔術師という自負を忘れて気後れしてしまうくらいの威厳もある。

 なのになぜ、こんなにも嫌味ったらしく無礼であるのか!

 パーシヴァルはかっときたものの、ぐっとこらえた。内容に関してはぐうの音も出ないものだったからだ。無事に乗り切れたとはいえ、どの角度から見てもパーシヴァルの落ち度だらけであり、謝罪すべき場面なのは間違いない。

 パーシヴァルは謝ることが大嫌いだった。謝るくらいなら全裸で王都を歩き回ったほうがましだと言うほどに、癪にさわる行為なのである。

 悪かった、ごめん、申し訳ない。口に出すだけで済むという場面でも、喉から言葉が出てこないのだ。

 黙れ、死ね、うるさい。などの罵倒は、出てきて欲しくなくとも勝手に口をついてしまうというのに、謝罪の言葉は脳が全力で拒否しているらしい。

 だとして、惨めで不格好な姿ばかりをさらして、なおも突っぱねるほどの勇気もなかった。

 無理やりにでも謝ったほうがすっきりするかもしれない。謝罪したという免罪符にもなる。

 

「……わ、わ、わる……か……」


 だからとパーシヴァルは、全身に怖気を走らせながらなんとか自分を奮い立たせてみたのだが、途中で声がかすれたあげくに、咳き込んでしまった。げほげほとして涙目になり、ほぼ言い終えたようなものだとして、そのままついでとばかりに続きの言葉を飲み込んだ。


「謝罪をするなら俺じゃないだろ。メンバーたちのほうにしろ」


 リアムは冷え冷えとした鋭い目を向けながら、腰に巻いた手荷物入れから革袋を取り出し、パーシヴァルに差し出した。警戒しながらそれを受け取ると、中身は液体のようだった。

 もしかして、水? かすれた声を出したことで、気遣ってくれたのだろうか。

 そういえば喉がからからに乾いている。あんなに水が豊富にあったというのに、飲むなんてことが頭から抜け落ちていたようだ。パーシヴァルは遠慮なくと栓を抜き、中身をぐっと飲んだ。すると生き返ったような気がして、現金にも気分が上向いてきた。

 

「メンバーって、ルーファス王子?」

「それと、スタンリー・ビークロフトだ。四名が第十七特任小隊のメンバーとなる。そろそろ服も乾いただろ? さっさと行くぞ」


 歩き出したリアムを見て、パーシヴァルは半乾きの衣服を急いで身につけた。

 態度は最悪だが、なにもかもというわけでもないところに戸惑ってしまう。嫌味な面と気遣う面が半々くらいで、どう反応すべきかよくわからない。

 目上のものとして頼るのも違うし、人間だからと一概に敵視しきれない。これまでに出会ってきた誰とも同じくくりに置くことができず、喋ると苛立って仕方がないのに、いつものように無視して捨て置くといったこともできそうにない。


 ──いったい、なんなんだよ。


 未経験の戸惑いに不安を掻き立てられたパーシヴァルだが、たかがあと数分だけという事実を思い出し、だったら気にすることもないかと気持ちを切り替えた。

 ルーファス王子と、そのなんとかっていう誰かと合流するまでの関係だ。

 リアムがなぜパーシヴァルを探しに来たのか、王城までの道を知っているはずのパーシヴァルから離れず、そばにいるのはなぜなのか。

 パーシヴァルは疑問に思うことなくのんきに構え、リアムの美貌は見納めだなどと考えながら、後について歩いていた。

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