6.怠惰な男の独居生活
──生涯ただ一人と番えば伝説となれる。
バカバカしくもむちゃくちゃなお告げである。
そう、パーシヴァルが呆れ果てるのも無理はないことだった。
この国、いやこの世界で魔術師と結婚しようなんて物好きはめったにいない……のではなく、ゼロと言ってもいいことだからだ。
なぜなら、魔術師から魔術師が生まれる可能性はゼロ、つまり魔術師と結婚しても富くじに当たることができない、というのが理由だった。
魔力を持つ子が生まれると大金を手にすることができる。平民にとっては富くじに当たるのと同じことであり、手元で育てることができないと嘆く親もいるにはいるが、大金と交換なら話は別という場合が圧倒的に多いのが現状だった。
この世界では子どもを産んでも五歳まで生きてくれたら僥倖といえるような衛生環境なのである。生涯に二桁の子を生む夫婦も珍しくない状況は、大金のためなら一人くらい手放しても別に構いやしないという考えを生んでいた。
ただ、問題としてあったのが、魔術師を排出した家系は、数世代ほど経ないことには新たに魔術師が生まれてこないという統計的事実だ。
つまり魔術師と恋に落ちたとしても、大金を手にする未来が来なければ、国に仕えている身であるため生涯最低限の生活しか送れない。
しかも魔術師の多くはパーシヴァルのように偏屈かつ人嫌いであり、クリフォードやユージーンのように好かれるタイプは珍しい部類なのである。彼らとて恋仲になるほど他者と親しくなったことはないのだから、他は考えるまでもない。
「意味のないお告げってあるんだね」
パーシヴァルはため息混じりにつぶやいた。驚くことに、少しショックを受けていた。どうでもいいと口では言いつつも、幸福になるかもしれないという期待がわずかばかりあったようだ。
「意味がないなんてことはないよ。伝説だなんて凄いじゃないか」
「凄い? 前提がある話なんだから、そこが不可能なら一生かなわないってことだろ?」
「おまえ、伝説になりたかったのか?」
「……そういうわけじゃないけど」
「お告げは言わば可能性だ。告げられたとおりにしなければ絶対にかなわないというものじゃない。つまりおまえは伝説になれるだけの潜在能力を持っているってことなんだよ」
クリフォードは兄としてではなく、師の顔で言った。優しげで柔和な顔は厳しくも真剣な色を帯び、お告げの神聖さを揶揄するなという意味なのか、珍しくもわずかに冷たさすらも滲んでいる。
「……でも、無意味であることには変わりないだろ?」
「それはおまえの努力次第だ」
「結局努力しろってことなのかよ?」
「そうだよ。ちょうど今は力を発揮できるときでもあるんだし、僕がいなくてもだらだらしていないでちゃんと修行しておくんだよ」
クリフォードはなだめるように優しく弟子を諭し、ハーショーへ行くための準備があると言い、二人は王城の中で別れた。
パーシヴァルは師を見送ったあと階下へ行き、大広間で意気軒昂に隊列を組んでいる輩たちを見もせずに城を出た。
「おい! パーシヴァルだろ?」
来たときと同じように、石畳ではなく植木を踏み荒らしていたパーシヴァルは、思わぬ呼びかけに振り返った。
「……なんだよ」
誰だこいつ。パーシヴァルは精一杯不快感をあらわにして、駆け寄ってくる大柄の男を睨みつけた。
「魔術師の会合が終わったら、広間へ来るよう言われただろ?」
男は奇怪にも鋼の鎧をまとっている。志願兵に違いないが、だとして今から出発するのだろうか? それとも普段から装備を完璧にしていなければ落ち着くことができない狂人とか?
なんにせよパーシヴァルは、関わり合いになりたくないと無視を決め込み、黙ったまま歩き出した。
「おい! おまえは第十七特任小隊の所属に決まったんだ。俺もメンバーで……って、ヒナギクが来たら無視すんなよ?」
おそらく従軍に関することを叫んでいるのだろう。しかし、招集されるまで一週間はあるはずだ。拒否はできないにしても、それまでは自由にさせてくれ。
人嫌いであるパーシヴァルは、その発端ともいうべき自身が魔術師であることも憎んでいた。
アイデンティティの否定とはつまり、人生に対してなんの期待も抱いていないということ、要は、生活に頓着しなくなるのである。
人は死に向かって生きているのであり、どんな進路を通っても同じ、というのが、豊かな生活など想像することもできないパーシヴァルの哲学ともいえない持論だった。
パーシヴァルは自宅へと戻り、さてと床の上に寝転んだ。
そしてなにをするでもなく、ただ眠った。寝ては起きてぼーっとし、また寝てとごろごろし、ただ生存するのみの屍と化して怠惰の限りを尽くした。
家事などしないため家は荒れ、食料を買いに出るわけもないから保存食を食べ尽くし、それでも外へ出たくないため腹を空かせ、寝そべったまま窓の外に飛んでいる鳥を魔法で撃ち落とし、丸焼きにして生きしのいでいた。
生存するためでもそんな有り様なのだから、当然のことながら湯浴みや洗濯などするはずがない。
クリフォードは数日前から帰ってきていなかった。その前も帰宅する時分は遅く、パーシヴァルは十日あまりもの間、独居状態であった。
綺麗好きで世話焼きの師匠の目がないのをいいことにのびのびとしていた結果、家はおぞましき悪臭を放つゴミ屋敷へと変貌していった。
四日ほど経ったころ、パーシヴァルのもとに一羽のヒナギクが現れた。無視をしていてもヒナギクは対象の人物へ勝手に近づく。
床に寝そべったままのパーシヴァルの額にとまったヒナギクは、ちゅちゅちゅとついばみの音を奏でてメッセージを伝えた。
──また王都かよ。
ヒナギクは、ルーファス王子が帰還したこと、そのため今日すぐにでも王城へと参上するようにとの命令を伝達してくれた。
義務を忌々しく呪いながら、パーシヴァルは王都へと向かうべく家を出た。
無論、透過術をかけてだが、しばらく歩いて人の数が増えてきた頃、パーシヴァルは理由のわからぬ事態に直面し、不安を掻き立てられるはめに陥った。
姿が見えないはずなのに、まるで見えているかのように、行く手にいる人が勝手に避けていくのである。ぶつからないよう避ける心配もなく、進むとさーっと人の波が割れるのだ。
──もしかして、術が効いていない?
不安に思い、何度も自分の姿を確認するが、ちゃんと消えている。だったらなぜ?
パーシヴァルは未熟者だが、透過術は何十回も使ってきた技で慣れたものだった。ミスをするはずもなく、理由もわからない。
「パーシヴァル……でしょ?」
不可解で不気味な事態に首を傾げていたパーシヴァルは、とつぜん呼びかけられ、空耳かと思いながら顔を上げた。すると、またもやなぜなのか、アビゲイルがそこにいた。
「……なんで……やっぱ術が効いてない?」
しかも一人ではなく、見知らぬ若者が三人お伴についている。アビゲイルから散歩ほど後ろに離れているが、道のど真ん中で立ち止まっているのだから、連れであることは疑いようがない。
「効いてるわよ。でも解いてくれる?」
アビゲイルから命じられても聞き入れる必要はない。ただ、パーシヴァルはなぜ見破られたのかが気になり、おとなしく術を解いた。
「なんでわかったんだよ」
姿を現したパーシヴァルに、アビゲイルは不快げに顔をしかめながら顔を背けた。
「ルーファス王子が戻られたそうね」
そして、質問には答えるつもりはないようだ。
「……ああ、うん」
「あなた、同じ小隊なんでしょ?」
「そうだけど……なに?」
「王子の御前に出るっていうのに、その格好で行くの?」
その格好とは、なにか問題があるのだろうか。
パーシヴァルは眉根をしかめつつ、自分の姿を見下ろした。ちゃんと魔術師のマントをまとっている。下は寝間着だが、首元までしっかり閉じているし、国王に謁見するときでもこの格好なのだから、王子の前でもなんの問題があるというのか。
「汚いし、臭いわ。遅刻しても湯浴みをして着替えたほうがいい……いえ、絶対にすべきよ」
呆気にとられたパーシヴァルは、顔をあげて凍りついた。後ろにいた三人は顔をしかめながらさらに、鼻先を指でつまんでいたのだ。
「……じゃあ、わたしたちはマホーフへ向かうから。あなたはハーショー?」
「し……知らない……」
「違うかもね。九人しかいない魔術師を近くに置くわけがないし。じゃあ、武運を祈るわ」
アビゲイルは言うと、あうあうと口を開けては閉じているパーシヴァルを温度のない瞳で一瞥し、風のように去っていった。
見送りたくもないが動くこともできず、パーシヴァルはぼうっと天を仰いだ。近くに背の高い木があり、鳥の巣なのか小さなクチバシが何個も飛び出ているそこへ、少し身体の大きな鳥が何度も体当たりのようにぶつかっては戻るを繰り返している。
「……せめて森のほうで佇んでもらいたいよな」
がやがやとした街中で、突如パーシヴァルの耳に飛び込んできた。はっと意識を向けると、パーシヴァルから大股五歩分くらいの距離で円ができている。行き交う人々が、見えないバリアでもあるかのように、その円から先へ入ろうとしない。
これは、魔術師だから避けているのではない。透過術も確かに発動されていた。ただ、悪臭が酷いせいだったのだ。匂いの元たる本人が自覚することは難しいため、指摘されるまで気づけなかったのだ。
パーシヴァルは今さらながらに恥ずかしくなり、全身が火に炙られたかのように熱くなってきた。
──家へ帰ろう。いや、一刻も早く洗い流したい。
自覚したらとたんに自分が汚物のように思えてきたパーシヴァルは、居ても立っても居られずあたりを見渡した。
すると遠くもないところに森が見え、逃げるように歩き出した。




