5.お告げ②
とはいえ、甘ったれは甘ったれだからこそ、祖父からもらったたくさんの飴の味も忘れていないものだ。
優しい兄貴分と二人きり、穏やかに話しながら歩いてきたこともあって、塔のてっぺんへとたどり着いたころには、パーシヴァルの気分は悪くないところにまで回復していた。
「僕はここで待ってるから、戻ってきたら話し合おう」
「……はいよ。じゃあ、ちょっくらじいさん孝行してくるよ」
なんにせよスロンベリーの国民なら避けては通れぬことだ。パーシヴァルは覚悟を決め、ユージーンの部屋のドアをノックした。
「おお、パーシヴァル! ようやく顔を見せてくれたな」
ユージーンの部屋は必要最低限の家具しか見当たらず、贅沢は悪とでもいうほど簡素な内装だった。豪奢な城内にあって、瞬間別の世界へ来たのかと思い違いをするごとくの異質さだ。
従来魔術師というものは質素堅実な性質を持っているものだが、長老という立場の者は輪をかけて強烈なのかもしれない。
「やあ、ユージーン。元気そうだね」
「ああ。おまえも……しかしまったく変わってないな。とうとう成人したというのに」
「……正確にはまだだよ」
「しかし、あと一週間だろ?」
ユージーンもかよ。
パーシヴァルはまたもぞんざいに扱われたと感じて腹が立ち、ユージーンを睨みつけた。すると好々爺はきょとんとしたのちに隙間だらけの歯をのぞかせ、豪快に笑い出した。
「なにがおかしいんだよ! ……まさか成人してないからまた来週も来いとか言うんじゃないだろうな?」
「違う違う。いやあ、わるかった。誕生日にはちゃんと祝いの品を贈るから安心してくれ」
「別に欲しくねえよ!」
「いや、本当にわるかった。成人の日を向かえるってのは確かに大切な日だよなあ」
「バカにしてんのか?」
「違うって。実を言うとな、お告げを聞くのに年齢なんて関係ないんだ」
「……なんだって?」
「生まれた瞬間からでもわかるものなんだ」
パーシヴァルは驚いた。というより深く考えたことがそもそもなかった。世にあるものがなぜそこにあり、どういった経緯で存在していたのかなど自分に知る由もない。お告げはお告げであり、そういったものがあるとしか認識していなかった。
「大昔は生まれた赤子の魔力の測定をするとき、一緒くたにお告げもたまわってやっていたものでな。ただ、人格が形成していない幼子にお告げの内容を伝えてしまうと、良くも悪くもなにかしらの影響を与えてしまう。……色々と面倒なことが起きてな。嫌と言うほどの教訓を得て、ある程度人生が見え始めた時期に教えてやるのがいいとわかったんだ。太古から続けてきた文化だから、お告げを与えない選択はできないが、ならば少なくとも何も知らないままのびのびと大人になってからにしようとな」
ユージーンは半ばおどけたような様子で言い、部屋の中央へと向かっていく。そこにはどっしりとした樫の机があり、端に両手で抱えてもこぼれ落ちそうなほどの水晶が鎮座していた。
「それが魔水晶?」
「そうだ。見たことなかったのか?」
「……ないよ」
パーシヴァルは魅入られたように歩みを進めて、水晶のそばへと近づいた。水晶というが真っ黒で、覗き込んでも顔を映さない。すべての光を吸収しているかのような深淵があるだけだ。
「触れるとすぐに発動するから気をつけろ」
「えっ? ユージーンがなにか術とかかけるんじゃないの?」
「術は必要ない。わたしがいようといまいと、ひとたび触れたら魔水晶はお告げを与えてしまう」
「媒介者とかいないんだ?」
「ああ、だから言葉を理解できる年齢じゃないと意味がないってのもあるんだ」
「てことは、他の人には聞こえないの?」
「そうだ。それに、内容によっては成人した者でなければ理解できない場合もある」
見た目には黒い以外になんの変哲もない。探そうと思わなければ気づかないほど、地味である。おそらく魔水晶それ自体が自らの存在感を薄めているのであろう。物でも魔力を帯びれば、自己防衛をする。何千年も魔力を注がれ続けた物体ならなおのことだ。
生唾を呑んだパーシヴァルは、闇夜より深い深淵に、そっと手を触れた。
そして、突然頭の中に言葉が響いてきて身体を震わせた。誰という声が聞こえたわけではないが、ぱっと言葉を認識したような感覚だった。
「……どういう意味?」
ただ、認識したその言葉をパーシヴァルは理解することができなかった。頭の中で繰り返し、やはりわからないと眉根を寄せるしかできない。
ユージーンならわかるだろう。わからないものは聞けば済む。
パーシヴァルは困惑の目を庇護者に向け、これまでに何度となく繰り返してきたこと──訊ねようと口を開いた。
「お告げは人に言わないほうがいい」
「……えっ、なんで?」
「理解できずとも自分で考えなさい」
「自分で? 言葉の意味がわからないのに?」
「知らない言葉だったのなら、自分で調べなさい。人に話したところで効力が下がるわけではないが、ただ内容によっては利用される恐れもあるものなんだ」
「利用? そんな大げさな」
「大げさじゃない。おまえにとって大したものでなくとも、他人にとっては利用価値のあるものかもしれないんだ。それに、どこに耳があるかもわからない。わたしは誰のお告げも聞かないようにしている」
確かに、とパーシヴァルは口をつぐんだ。ユージーンの言葉はもっともだ。
パーシヴァルのたまわったお告げは、見ようによってではあるものの、もし利用されるとしたら、危険を孕みかねない内容だった。
「まあ、すぐに理解する必要もない。じっくり考えてみろ」
ユージーンは言うと、仕事があるからと言って会話もそこそこにパーシヴァルを追い出した。
久々の邂逅だったが、さすがに戦時下のいま、国のトップに立つ魔術師が長々と雑談をしている暇はないようだ。
パーシヴァルが部屋を出ると、約束どおりクリフォードは待っていてくれたらしく、廊下の壁にもたれかかっていた。
「どうだった?」
「元気だったよ。なにも変わってないとか言いやがってさ。背は伸びたし、顔つきも男前に……ちょっとはなったっていうのに」
「そんなの口だけに決まってるよ。おまえが成長していることはユージーンにもよくわかっている。ただ、へたなことを言わないよう気をつけているだけだ……それでお告げのほうは?」
「……ああ……うん」
「どうした? 難しい内容だったの?」
「うーんと……ユージーンは人に言わないほうがいいって言ってて……」
「ああ、うん、確かにね」
「言葉の意味がわからなかったんだけど、それでも自分で調べて考えろって」
「そうだね。人に言うものじゃない」
「うん。ただ、調べるって、どうやればいいの?」
自分で調べろと言われても、パーシヴァルはわからないことのすべてをクリフォードやユージーンに訊ねて解決してきた。他の方法など、思いつきもしない。
「すべてを言わなくても、わからない部分だけでも聞いていいんだよ?」
さすがクリフォードだ。パーシヴァルのことならなんでもお見通しである。
そもそもが、師であり家族でもあるクリフォードが利用しようなどとするだろうか?
一人で考えることを苦手とするパーシヴァルは黙っていることも苦痛で、すぐさま思い直し、打ち明けることに決めた。
「あのさ、番うって、どういう意味かわかる?」
「……番う?」
クリフォードは目をぱちくりとさせた。口を開いているのに、ただぽかんとしているだけで何も言わない。
「そう。どういう意味かわかる?」
まさかクリフォードが知らないなんてことはないよな?と一抹の不安を覚えたパーシヴァルだが、無論国で二番手につけている魔術師に知らないことはほとんどない。ただ意表を突かれただけだった。
「番うっていうのは……普通動物に使う言葉だけど、人間に用いる場合は……たぶん結婚よりも強力な意味になるのかな?」
「結婚?」
「……つまりはあれだ。伴侶っていうか、その相手を生涯に渡って愛し続けるみたいな意味だと思う」
パーシヴァルは未知の言葉の意味を知って、その強烈さに意識が遠くなりかけた。
「で、番うからなんなんだ? お告げの内容は?」
もういいや、とパーシヴァルは思った。スロンベリー中どころか、全世界に言いふらしても利用される心配はない。
誰が利用できるというのだろう?
端からお告げどおりに行動する気などなかったが、したところで叶う見込みはゼロといえるお告げなのだから。
隠す必要はない。パーシヴァルは大きく息を吐き出し、たまわったお告げの内容をクリフォードに伝えた。
「……生涯にただ一人と番えば伝説となれるんだって」




