4.お告げ①
お告げとは、予知とおまじないが混じり合ったようなもので、この国に住むすべての国民が成人年齢に達したあと魔術師からたまわるものである。
国に現存する最古の文献は二千年前のものと古いが、お告げに使われている魔水晶の歴史はさらに遡るという。いつからのことなのか、現在も脈々と受け継がれていることに、魔術師の長とも言うべき立場の者が四六時中魔力を注ぎ続けているという驚異的な代物だ。
何千年と魔力を注がれ続けてきたのだから、魔水晶の力は想像もできないほど強力に違いない。お告げが神聖なるものとして扱われるのは、畏怖の気持ちがあるからだった。
「そんなに緊張する必要ないって。単なるアドバイスなんだし」
クリフォードは弟子が気分を沈ませている理由を緊張と捉えているようだった。
彼のいうように、実のところはお告げを真に受ける必要や義務はない。
いかに畏怖の気持ちがあり、強大な魔力を帯びているとはいえ、個人を拘束するような力はないのである。
ただ、たまわる内容は基本的に対象者を幸福にするものであるため、苦労するくらいなら叶えるための努力をしたほうがいいという考えに誰もが至るだけの話だった。
「……わかってるよ。ただ、あのじいさんに会いたくないだけだ」
「またそんな偏屈な態度をとる。なぜおまえはユージーンを毛嫌いするんだ? ヒューゴの親友じゃないか」
「だからに決まってんだろ。顔を見るたびに俺とヒューゴを比較しやがって、あれこれと口うるさくしてくるのが嫌なんだよ」
軽やかな足取りのクリフォードとは対象的に、パーシヴァルは全身で不快感をあらわすようにだらだらと城内を進んでいた。向かう先は王城の東の端にそびえる塔のてっぺんだ。そこにユージーンの居室がある。
彼は王室選任魔道士であり、スロンベリー王国にいるすべての魔術師の頂点に立つ長として、王都を守る重要な任務を負っていた。そのために、便宜上居室を与えられているのである。
以前その地位にあったのはヒューゴという魔術師で、クリフォードが現れ師となるために辞任するまで続けていた。
ユージーンとヒューゴは年が近く、魔術師でありながら兄弟のように仲がよかった。
「それは、ヒューゴへの弔いと責任だよ」
「……だからって、いちいちヒューゴを持ち出す必要はなくないか? いくら師とはいえ、天才と比べられたらやる気が失せるだろ」
「なんでだよ? ユージーンは誰も彼もに言ってるわけじゃないんだよ? 比較されるってことは、それほどの潜在能力があるってことだろう?」
クリフォードは思い違いをしている。ユージーンだけじゃなく彼もとは、呆れて言葉も返せない。
ユージーンの態度の大元の理由は、ヒューゴが生前によく口にしていた世迷い言のせいなのだ。
──パーシヴァルは世界一の魔術師になるんだぞ。
魔術師は親元から離れるうえに、自身も子を成さない。そのため師と弟子は親子のような関係になるのが通例だ。
バカバカしいとしか思えないその言葉は、息子かわいさの親バカ発言と同じようなものでしかない。
その世迷い言を、あろうことかユージーンは鵜呑みにしたようで、もしかしたら亡き友の意志を継ぐつもりなのかもしれないが、なんにせよ現実にしようと躍起になっているだけなのだ。
「ユージーンはおまえに会うのを楽しみにしてるっていうのに、こういった機会でもなければ全然顔を出さないんだから」
「会いたいんなら向こうから来ればいいんだよ。王都を歩くのはユージーンのほうが得意だろ」
「得意かどうかの問題じゃない。暇か多忙かの問題だよ」
「……俺だって忙しいんだ」
「ごろごろすることに?」
クリフォードに言い返されてしまい、パーシヴァルは言葉を詰まらせた。
師であり兄貴分でもある彼は、パーシヴァルを言い負かすのはお手の物なのだ。
基本的に魔術師の師と弟子の関係は二人一組だ。弟子が二人となる場合の多くは、一人が成人したのちに別の弟子をとるという流れになる。ただパーシヴァルが生まれたとき、クリフォードと同様に、彼も普通の魔術師が扱うには厄介な性質を持っていたことがわかった。ならばとヒューゴは二人の師となる決意をし、パーシヴァルとヒューゴは兄弟弟子の関係となった。珍しくはあるものの前例はあるため、誰も止めることなく彼の決意を尊重した。
しかし十二年前にヒューゴは志半ばで生涯を閉じてしまった。国を半壊させるほどの大地震が起きたとき、国民を守るため奔走した魔術師たちの多くが巻き込まれ、ヒューゴもそのうちの一人だった。
本来なら三千もの国民を抱えるスロンベリー王国に、魔術師は三十人ほどいるはずの計算になる。二十一人しかいない現状は、魔術師たちが責務を果たした結果だった。国民百万を守りながら、一人の魔術師が代わりに命を失ったのである。
当時のクリフォードは成人したばかりで、師を失おうとも、どの道独り立ちをしなければならない時期だった。しかし、六歳だった弟弟子を他の魔術師の元へ預けたくないと訴え、パーシヴァルとの生活を守り抜くことを選んだ。父を失った兄弟たちが、自分たちだけで生きていくことを決めたのだ。
そういった背景もあって、ユージーンは親友のヒューゴが遺児たちを誰よりも目にかけ、かわいがってきたのである。
「ユージーンは僕の代わりに嫌われ役をやってくれてるだけだよ。……わかるだろう?」
「……」
「おまえがしっかりしていたらユージーンは厳しいことを言わないよ。口うるさいのは、パーシヴァルを愛しているからこそだよ? あんな生活をしていたらいつまでも一人前になれないからじゃないか」
わかっている。クリフォードが改めて諭してくれずとも、パーシヴァルは重々承知していた。
ユージーンを疎ましく思っているのは自分が不出来だからであり、彼の性質に忌避する要素は一つもない。ユージーンは好々爺といえる人好きのする老人で、王室からの信頼が厚いだけでなく珍しくも国民から愛されている偉大な魔術師なのである。
ただ、パーシヴァルたちをかわいがっていたことと、その愛される性質が災いしただけなのだ。
ユージーンはまだ幼子だったパーシヴァルを文字どおり甘やかし、溺愛の限りを尽くした。クリフォードは元来穏やかな性格で、真面目に黙々と勉強をするタイプである。師となっても優しく教えるだけで、厳しく叱咤したり、強引に導くというのは苦手だった。
パーシヴァルは確かに稀代の才能を持っていたが、原石は努力によって磨かれなければ無垢なままだ。
人によるとは言え、甘やかされて育てられたら、努力などという面倒なことは極力避けるようになるのが道理だ。パーシヴァルは修行をサボることばかりに終始し、怠惰にもだらだらとして無精の限りを尽くしたあげく、なんの修得もできないまま、ただ年を重ねてきた。
そして手遅れになった頃──若者が聞き分けの悪くなる年頃になり、ようやくユージーンは気がついた。
このままでは才能をつぶしてしまう、と。
パーシヴァルが煩わしく思うようになったのは、単にユージーンが自らの失態を焦ったからというお粗末な理由だった。ある程度成長してしまってから、ようやく厳しい態度をとっても後の祭りである。
甘ったれに育った者は耳に痛い言葉など聞き入れない。犬に食わせてしまうのが世の理だっただけなのである。




