33.叶うはずのないお告げ
リアムのいう落とし前をつけに行くとは、魔族の制圧に向かうことを意味していた。
しかも単独で、応援や援護なしにパーシヴァルとリアムの二人だけで、他国をも含め鎮圧しに行こうという。
無茶とも無謀とも言える提案だ。しかし、パーシヴァルは承諾せざるを得なかった。
この方法が最も簡単でかつすぐに済む。
もし呑まないのなら自分ひとりでやるとまで言われては、断ることなどできなかった。
「国王陛下からの承認をたまわりまして、感謝の至りであります」
リアムはパーシヴァルに王城へ向かうよう頼み、到着するがいなや、騎士団長やら宰相やらに進言し、当日のうちに国王陛下からの承認を得ることに成功した。
「こちらとしては願ってもないことだが、本気なのか? 明朝でなくとも構わないんだぞ」
「お気遣い痛み入ります。ですが、一刻でも早く鎮圧すべきと存じますし、わたしどもといたしましても準備はすでに整っておりますので」
「しかし……」
「誠にありがたく存じます。すぐにでもというのは、彼の……パーシヴァルの誠意でもありますゆえに」
パーシヴァルは魔術師である。国に従事する立場にあり、国民を守るのは義務なのだ。その義務を放棄したばかりか、庇護すべき国民に向けて殺傷可能の攻撃を向けたのだから、どのような背景があったにせよ罰は受けねばならない。
本来ならクリフォードと同様に、禁固刑となる必要があった。彼とは違って期限のある刑罰ではあったが、リアムはたとえ数年でも離れたくないと言って譲らなかった。
討伐という手段であれば、離れることなく自分もともに行くことができる。パーシヴァルの力になり、国や人類を守れるのだから、これ以上の名案はないと言って嬉々とまでしていた。
パーシヴァルの罪は並大抵のものではない。しかし、幸運にも死者までは出さなかった。怪我を負わせ、街や森を破壊したのは事実であっても、対価として無謀な策を呑むのならと許可を得ることができたのだ。
「俺の住まいは騎士宿舎で相部屋だから、今夜はおまえのところに泊まらせろ」
「え! なん……準備とかしなくていいの?」
「必要ないだろ。おまえの術でなんとでもなるだろうし」
「俺の術……なんて大したことない……よ」
「待て。やっぱり、準備しなきゃいけないことがあった」
「あ、じゃあ、宿舎に向かう?」
「いや、おまえの家でいい。魔力の補給だからな」
「まりょ……えっ?」
王城を出たあとのパーシヴァルとリアムは、出立前夜を過ごす場所として、クリフォードと二人で住んでいた森の家へと向かうこととなった。
「魔術師の家って感じだな」
家は丸太を組み合わせてできたもので、こじんまりとして見た目にはかなりの年季が入っていた。
玄関を入ってすぐのところに居間と応接室を兼ねた部屋があり、台所や風呂場などの生活に必要な設備のほかには個室が三つあった。パーシヴァルとクリフォードがそれぞれ居室として使っていたのだが、居間にはおそらく個人のものであろう書類や本がうず高く積まれている。
「元はヒューゴの家で、死んだあとはクリフォードと俺が……クリフォードの荷物はどうなるんだろう?」
パーシヴァルには私物というものがほとんどない。溢れるほどの荷物はすべてクリフォードのものだった。
これらがなくなったら、部屋がかなりすっきりするだろう。
パーシヴァルは考えながらも、同時に言いようのない寂しさも感じていた。
三人が二人になり、今度は一人きりになる。荷物もなくなって、鎮圧から帰ってきたら生活感すらない空間で生きていかなきゃならない。
「運ばれるんじゃないか? すごい量だけど、見るからに重要そうだし。資料や研究書だろ?」
「うん……そう。クリフォードの研究の賜物だよ。もう、戻ってこないんだし、全部運ぶべきだよね」
クリフォードはルーファスによって呼び寄せられたあと、そのまま捕縛されることとなった。任意での捕縛だったが、元より少ない魔力はかなり目減りしており、抗う力のなかったクリフォードはルーファスから疑念を向けられたことで、おとなしく投降したのだ。
魔水晶にしかできない能力のひとつに、自白させる魔術がある。
よほどの重罪人にしか適用されないものではあるが、偽証が不可能であることを知っていたクリフォードは、捕縛されたあと術を使われるまえにと進んですべてを自白した。
「そんな顔するな。王城へ行けば会えるんだから」
どんな顔をしていたのか。パーシヴァルは気になりつつも、この家には鏡なるものがひとつもないせいで確認することはできなかった。
おそらく悲しみと心細さによって、情けない顔をしていたのだろう。
クリフォードが自白した内容は、まったく誰も想像すらしていなかった、驚くべく話だった。
なんと彼は、十年以上にも渡って魔族と内通していたことを打ち明けたのだ。突然魔族が反乱を起こしたのも、クリフォードによる扇動の結果であり、魔族は勝算があるからと言ってそそのかされただけだったという。
戦争を引き起こすべく暗躍していたことが判明しては、最良でも終身刑は免れない。彼は判決を受け入れ、いっさいの上訴をしなかった。
本来であれば極刑、つまり死罪ともなるべくの重罪だったが、彼の知識と頭脳はパーシヴァルの才能ほどに貴重なものだった。
そのため、生涯を牢の中で過ごすこと、そして魔術による忠誠で縛ることを受け入れる形で、生かされたのだった。
「会うことはできても、俺になんて会いたくないよ、きっと」
なぜなら、パーシヴァルを貶めようとしていたことは事実であり、そのためにすべてを計画したのだと、そこまでもクリフォードは告白していたからである。
世界のすべてを滅ぼすほどの事態を引き起こした理由は、弟子への嫉妬だった。
誰もが驚いたが、パーシヴァルの力を目の当たりしたこともあり、後からでも納得できる者は少なからずいた。
正反対ともいえる二人が師弟関係だった。それは、良くも悪くもどちらにも傾くことができる。今回は、すべてが悪いほうへと振り切ってしまった。ただ、それだけの話だったのだ。
「……会いたくないと思われていたからって、それがなんなんだ?」
「えっ?」
「向こうがどんな気持ちだろうと、おまえにはまったくもって関係がないだろ。そもそも相手がなにを考えているのかなんて、どうやって正確に知ることができるんだ?」
リアムは入るなり家の中を歩き回っていたのだが、話しながらパーシヴァルのまえで足を止めて、正面から見すえてきた。
「特に感情や他人に対する印象なんかは、自分でさえわからない場合もある。口に出した言葉だって、嘘かもしれないし、どこまでが真実なのかわからないだろ。……しかも、変化するものでもある」
「……うん」
「それとその顔」
「……なに? また顔の話?」
「泣きそうな顔をしてるのは、この家に一人きりになるなんて不安を感じているせいじゃないだろうな?」
「えっ?」
「……見当違いもいいところだ」
やっぱりな、という顔でため息をついたリアムは、パーシヴァルの腰に手を回し、抱き寄せてきた。
「なんで……わかったの?」
「……惚れた相手を見る男の洞察力を舐めるなよ」
リアムは恥ずかしそうに頬を染めながら言い、なおもパーシヴァルを抱き寄せて、息がかかるほどの距離にまで距離を詰めた。
「少しは頭を使って欲しいんだが、普通に考えたらわからないか? 俺がいるんだから、これから先おまえは一人になることはないだろ」
「えっ? どういうこと?」
「……おまえに惚れてるんだから、つまりおまえと人生をともにするってことだろ」
「じ、人生?」
「もしまた過ちを犯したら一緒に償ってやるし、おまえの知らない楽しいことを教えてやったり、一緒に料理したりとか……するつもりだけど、俺は」
「それって……」
みるみる顔を赤くしたリアムを見ながら、パーシヴァルは言葉を詰まらせた。
まるで、夫婦のようだ。
そう口についてしまいそうで、恥ずかしさのあまりつぐんだのだ。
生涯をともにするという誓いめいた言葉を聞いて、あることを彷彿としたせいもあった。
──生涯にただ一人と番えば伝説となれる。
自分には絶対に起こり得ないことだと思っていた。
叶うかどうか以前に、前提の条件すら希望のないものと思い込んでいたのだから、仰天するのも無理はない。
パーシヴァルはこの先、リアムとともに暮らすことになる。彼と愛し合うということは、愛を確かめ合うたびに、求めずとも魔力が供給されることにもなる。
二人の愛が変わらない限りは、パーシヴァルが魔力切れになることはない。
さらには、供給されるたびに魔力は増していくのである。もとより地上に敵う者なき才を持っていたパーシヴァルは、リアムといる限り青天井に能力が増していく。
史上最強の存在であり続け、もしも後から同じだけの才能を持った者が現れたとしても、よほどのことがない限り追い抜かれることはない。
さすれば、いつの日にか叶う日がくるかもしれない。
伝説と呼ばれるほどの存在になり、お告げがかなうときが、訪れるかもしれない。




