32.幻覚にできるか?②
「おまえは物事を見る目が歪んでいる、っていうか考え過ぎなんだよ。人の気持ちを勝手に解釈するし」
「なに? どういうこと?」
「……世の中には本音と建前ってものがあって、表に見えているものとは違う部分があったり、わかりやすく出さない場合もあるんだ」
リアムが噛み砕いて説明してくれたことで、パーシヴァルはなんとなくでもわかりかけてきていた。まさにクリフォードがそうである、と。
「一度口についた言葉が本心だと思われたり、後から態度を変えても、思い込まれて誤解が解けないとか……だから俺が──」
パーシヴァルが感心していた途中、リアムは言い淀んだ。歯を食いしばり、続けるのを躊躇うようにパーシヴァルから視線を外してしまった。
「どうしたの?」
リアムは数秒ほどしてパーシヴァルへと視線を戻し、また伏せるといったのを繰り返した。しかし逡巡したのちに、あげく意を決したように口を開いた。
「おまえは、俺が……俺がおまえを特別に想っていることに気づいていたか?」
思いも寄らなかった言葉が飛び出てきて、パーシヴァルは絶句した。
聞き間違いだろうか。そうに違いない。
唖然としたパーシヴァルは、リアムの本意を理解しようとして、穴が開くほど彼を見つめた。
しかしリアムはパーシヴァルの反応に落胆した様子だった。再び目を逸らし、苦笑の形に口元を歪めながら軽く息を吐いた。
「……やっぱり気づいていなかったようだな。……まあ、そういうことだ。俺はおまえに惚れてるけど、おまえはわかっていなかった。態度だけじゃ伝わらないし、口について出た言葉で誤解されたまま、伝えても信じてもらえないこともある」
食いしばるように言葉を続けたリアムは、なんとみるみる顔を赤くしていくではないか。
そんなリアムを見たのは初めてで、まさかの次にもしやという驚くべく感情がせり上がる。
パーシヴァルは心を乱されながらも、しかし冷静さを失わぬよう努めた。
嘘や演技でなかったとしても、鵜呑みにするわけにはいかない。他にひとつ可能性が残っているのだから。
パーシヴァルは言葉での反応を返さないままに、リアムの頬に触れ、つねったり、服を持ち上げたり、髪をわしゃわしゃとしたりし始めた。
「なんのつもりだ?」
「……いや、幻覚にしては完成度が高いなって」
「俺が幻覚だって?」
「うん。……そうだろ?」
「……俺の幻覚をつくりだしてなんの意味があるんだ?」
「わかんないけど……俺を動揺させるためとか?」
「幻術って、触れることもできるのか?」
「俺の術じゃできないけど、クリフォードならできるかもしれない」
「そうか、じゃあこういうこともできるのか?」
リアムは問いかけて、パーシヴァルに口づけた。
直後に魔力が注がれ、パーシヴァルはいきなりのことに驚くと同時に、安堵と歓喜に包まれた。
「幻覚にできるか?」
リアムは離れた。しかし離れたのは口元だけで、額を触れるほどに近づけて、鼻の先ともいえる距離でパーシヴァルを見つめていた。
リアムの肌から感じる温かさと、胸に響く声、狂おしいほど甘美な唇とそこから漏れる息遣いは、間違いなくリアム本人だった。
「……できない」
彼の口づけは、魔力だけでなく心までも満たしてくれる。幻覚であるはずもなく、この世界にいる他の誰にも真似できない。
「ああ。じゃあ俺は本物だ」
「う……」
「泣くな。とりあえず恥ずいから、どこかに消えるぞ」
「消えるって?」
「いくらなんでもこれだけの人に見られてするのは……恥ずかしいだろ」
「見られてる?」
パーシヴァルは素っ頓狂な声をあげながら足元へ目を向けた。すると何千という目が自分に向けられているのを見て、小さく「ひいっ」と声を漏らした。
広場に集まった大勢の人間たちが、一様に顔をあげ、呆然としている。到着したときは群衆という単位にしか見えなかったはずが、彼らひとりひとりの表情までもがよく見える。いつの間やらだが、建物の三階部分くらいにまで高度を下げてしまっていたらしい。
まったく気づいていなかった。おそらくはあまりの光景に人々は絶句し、物音ひとつ立てられなかったからだろう。今もこれほどの人がいるとは思えないくらいに静まり返っていて、足元を見なければリアムと二人きりと言えるくらい気配を感じられなかった。
「こんな、俺……リアム、お告げのことが知られちゃう」
「知られる心配はない。俺がおまえのことが好きで、だからしてると思われるだけだ」
リアムはえっと驚くパーシヴァルにもう一度口づけし、眼下にいる何千という国民に見せつけるかのごとく長々と愛を注いだ。
魔力を供給する目的では短い。しかし、愛を確かめるためなら情熱的と言えるほどの長さだった。
「あの……リアム……」
気持ちを告げられてからの供給は、嬉しくもありながら恥ずかしく、どう反応していいやらまごついてしまう。
「あとは、落とし前をつけに行くだけだ」
「なに?」
「おまえの力は国民に恐怖を与えたかもしれない。だから今度は、安心させるために使うんだ」
パーシヴァルの荒唐無稽な噂を信じる者は多くなかった。しかし、人間離れした力を見て恐れを抱いたのは確かだった。
恐怖とは未知のものに抱く。
パーシヴァルは人付き合いをせず、何を考えているのかまったく読めない青年だった。魔術師のほとんどが同様といえど、彼は特別に人嫌いであり、愛想もなく根暗な面もあって、特に忌避されていた。
しかし、王子が彼を信用したばかりか、国一番ともいえる騎士が彼をまるで愛する相手であるかのように抱きしめ、人々の前で口づけまでしたのだ。
言葉を失うのも無理はない。
ただ、人目をはばからずに見せつけるという行為が意味することはわかる。関係を公にしたいという気持ちの現れだ。
リアムの意図を汲み取った人々は、直前に見たルーファス王子から得ていた信頼もあって、パーシヴァルに対する見方を変え始め、同時に内省させられてもいた。
パーシヴァルがいかに恐ろしい力を持っているとしても、彼はまだ成人したばかりの年頃で子どもと大差ない。そんな彼に対して自分たちがどのような目を向けていたのか。
魔術師たちを畏怖していたが、同時に差別していなかったか、と。




