31.幻覚にできるか?①
パーシヴァルはルーファスとスタンリーを王城へ送り届けたあと、広場へと戻った。
リアムがいるとの話は、もしかしたらクリフォードの流した虚偽かもしれない。それでも、可能性という面で無闇矢鱈に探し回るよりはマシだと考えたのだ。
パーシヴァルは防御魔術をまといながら、広場の上空に静止していた。
怒号はたまに聞こえてくるものの、ほとんどないと言っていい。ただ、ささやき声があちこちから漏れ聞こえていたせいで、小さくない音の渦をつくっていた。
ルーファスたちとの会話内容が広まっているらしい。クリフォードが弟子を貶めたなど荒唐無稽とも言える話だが、それを王子は受け入れたのだ。国民に刃を向けている魔術師を信用したうえに、目の前で行動を起こしさえしたのだから、いくら信じがたいことであっても捨て置けない。
意表を突く醜聞は人の好奇心をそそるものである。突風と等しい速度で広まるのも無理はなく、パーシヴァルはさらに注目を集めていた。
どれくらいが経過したのか。
神経を研ぎ澄ませていたパーシヴァルは、時間の感覚のない世界にいた。
三階から地面へ落ちるまでは二秒にも満たない。人間はおろか、魔術の使える術師や魔族にも、たとえ鳥類最速のハヤブサといえど駆けつけるのは不可能なことだった。
ただひとり、比類なき才を持つ者は別として。
「何やってるんだよ」
パーシヴァルにできないことはたくさんある。しかし、できることは誰も及ばないほど優れている。この世で初めて守りたいと感じた相手の危機であるならなおのこと、限界を超える力が出ても不思議じゃない。
「……おまえを捕まえるためだ。高度をあげろ」
リアムに抱きしめ返され、声を聞いたことでどれほど安堵したかわからない。パーシヴァルは胸を撫で下ろしながらも、聞こえた言葉の意味を理解したとたんにぎょっとした。
「捕まえるって、俺を?」
「いいから、雲にまで上がれ」
リアムから命じられると考えもなしに実行してしまう。リアムの命は自分の頭で考えるより信頼できるものと身体で覚えたからだ。パーシヴァルは反射的ともいえる瞬時の反応をして、聞くがいなやリアムを抱きかかえたまま飛翔した。
リアムはといえば、自分で命じて置きながら冷や汗を滲ませていた。何度経験しても慣れることがない。慣れる日など来ないだろうと思うくらいに飛翔の術が苦手だった。
なにせしがみついている相手は、少し力を入れただけでも潰してしまいそうなほどひ弱で、心もとないほど小柄なのである。
こんな身体に世界を焦土と化すほどの魔力を秘めているなんて、目で見た今でも信じられない。
リアムの目にパーシヴァルは、孤独に喘ぐ雛鳥のように見えていた。誰かが世話をしに来てくれるのをただ待つしかできない。精一杯鳴いて、存在を主張するしかできない庇護すべき相手としてしか見えていなかった。
「なんであんなところに……なんで落ちてきたんだ?」
「……逃げ出したんだよ。クリフォード様の術に縛られていたんだが、呼び出されて王城へ向かわれた。徐々に力が弱くなってきて、力付くで抜け出すことができたんだ」
クリフォードは技術があれど、魔力はない。距離が開けばその分効力は弱まるようで、術を解くことができたのだという。
「おまえのあのざまはなんだ?」
「あのざまって……」
「おまえが攻撃していた相手は魔族じゃない。人間だぞ?」
「……わかってるよ」
「わかっていてやったのか? ふざけるのも大概にしろ。未熟なのはいいとしても、頭のネジまで外してんじゃねえよ」
「ちが……リアムを虐げようとしたやつらを──」
「殺すつもりだったってことか? バカじゃないのか?」
「バカ? ……だって、リアムのことを魔族の味方だとか言って」
「だからなんだ? 好きに言わせておけよ」
「でもそれでリアムが攻撃されたら?」
「俺がただでやられるとでも思ってるのか?」
「でも、大勢でこられたらどうするの?」
「どういった理由があっても、人間に手を出すのはだめだ」
「なんでだよ? それでリアムだけが怪我をしたり……もし死ぬようなことがあったら……」
「だとしても、やり返すな。おまえが俺を大事に思う気持ちはわかる。俺の力はおまえにとって貴重だからな。ただ、死んだら諦めろ。復讐してもなんの意味もないだろ」
「貴重とか……そういうんじゃない。俺はただ、リアムに生きていて欲しいんだ。誤解されて欲しくないし、尊敬の念を向けられるべきだと思ってるから」
自分の想いをどう表現できるか、パーシヴァルは歯がゆくも頭を捻りながら訴えた。大切に想っていることは確かだ。ただそれは能力があるからじゃない。触れられて感じる喜びは、魔力の回復の他にもある。どういった感情なのか、答えは目の前にあるようでいて、明確にするのは恐ろしく、どう伝えたものか思いあぐねていた。
「……そういった考えは……誰もが持っている」
「えっ?」
「おまえが誰かに……俺に抱いてくれているように、人は誰かを大切に思うものなんだ」
「わかるよそんなことくらい……だから俺は、誰も悲しまないように一度に殺してやろうとして」
「だから、なんでそこで殺すほうへ向かうんだ?」
「だって、リアムは尽くしているのに……守ってやっているのに誤解して、勝手に思い込んで憎しみを向けるなんて、バカげたことじゃないか」
「俺は構わない。誤解されようが、憎まれようが」
「俺は嫌なんだ!」
「……構わないのは、人の感情は変わるものだからだ」
リアムの言葉がパーシヴァルの胸を震わせた。
人の感情は変わる。
まさにパーシヴァルが体験したばかりのことだった。思い込みが間違っていたことを知り、身を持って学んだばかりのことだ。
リアムに対しての印象は日によって変化している。今もなお、徐々に真逆とも言える方向へと気持ちが変化していっている。すべての人間から憎悪されているとの思い込みも、ルーファスたちによって揺さぶられていた。




