30.誤算からの綻び
突然、天がまたたいた。日が傾き始めていた空は薄ぼんやりと赤く染まりかけていたのに、突如昼間のような明るさになり、割れるようにぐらぐらと揺れた。遅れて地が揺れ、耳を塞ぎたくなるほどの地鳴りと、目がつぶれるような閃光が絶え間なく続いた。
王都は何千人と収容できる広さの広場があった。魔族からの攻撃があったことで、騎士団はそこへ避難するよう都民に呼びかけた。魔術師たちがまとめて防御できるようにするためと、瓦礫などによる二次被害を避けるための避難場所としてだが、このときすでにすし詰めとなるほど都民たちが詰めかけていた。
彼らは突然のことにあんぐりと口を開け、放心したように宙に浮かぶ人物に視線を集めていた。
自然現象ではない。間違いなく魔術による攻撃である。
これほどの術を発動できる者は、この世界に多くない。いや、一人だけであろう。
「クリフォード! どこにいる?」
大勢の耳目を集めていた人物は、たいそう怒り狂った様子で大声をあげていた。
魔術師たちによる防御は今のところ、彼の空前絶後の攻撃を防いでくれている。しかし、いつ破られるともわからない恐怖から、彼の目が自分のほうへ向けられるがいなや慌てて目を逸らし、注意を惹かないよう口をつぐんでいた。
「リアムをどこに連れて行った?」
彼は一見して成人したばかりのうら若き青年である。見た目はまだ少年に見間違うほどのあどけなさを残し、背格好は女の子と言えるくらいに小柄だ。愛想は悪く、まったくと言っていいほど笑顔を見せない。無気力かつ怠惰だと言って蔑み、どれほどの天賦の才能があっても宝の持ち腐れだとして揶揄の対象にしていた。
「……クリフォード! 出てこい!」
いくら史上稀に見る天才と言えど、未熟者に大した力はない。たかがガキなのだから。
見下していた人間たちは、刃を向けられて初めて、自分たちの思い違いを自覚した。
癇癪を起こすのはまさに子どもじみた振る舞いだが、その子どもが途方もない強さを持っていた場合は話が変わってくる。
たかがガキと舐めていた者たちは、そのガキの気持ち一つで、自分たちの未来が露と消えてしまうということを、目前となって初めて実感したのだった。
「パーシヴァル!」
そのときふと、群衆の中から応える声が響いた。
「落ち着け! こっちに来い!」
人々は驚き、声の主を見た。そして驚き我を取り戻した彼らは、敬意を示すために恭しく後ずさり跪いた。
前にいる者が跪くと、後ろにいた者たちも誰であるかに気づく。みな一様に慌てて跪き、次々と伝播していったことで、群衆の中にぽっかりと穴ができた。
「パーシヴァル! ここへ下りてこい!」
激昂して前後不覚になっていたパーシヴァルは、不自然にも空いた穴を見てはっとし、誰かが応えてくれていたことに気がついた。
そして、誰であるかを知ったとき、まさかと目を見開いた。
「ルーファス殿下……スタンリー」
「下りてこい」
こんなところにいるとは思わなかった。驚いたパーシヴァルだったが、居ても立ってもいられなくなり、すぐさま滑空して、彼らの前に降り立った。
「……リアムがどこにいるかご存知ありませんか?」
「リアムを探しているのか?」
「……クリフォードと一緒に消えちゃったんです」
「クリフォード? なぜリアムと?」
「それは俺にも……」
わからない。パーシヴァルは答えようとして途中で止めた。
クリフォードがリアムをさらった目的は、考えるまでもなくわかっている。
リアムの能力を独占するためだ。
しかしルーファスたちに伝えることはできない。最も信頼していた師が別人のように豹変したのだ。リアムのことが心配でたまらずとも、誰を信用したらいいのかわからず、パーシヴァルは疑心暗鬼に陥っていた。
「いったいどうしたんだ? クリフォードと何かあったのか?」
ルーファスは心配げに覗き込んできた。彼まるで守るべき幼子を相手にしているような態度で、心から気遣ってくれているように見える。
「……おまえがこんなことをしたのには理由があるんだろ?」
隣に立つスタンリーも、ルーファスと同じ眼差しでパーシヴァルを見ていた。
大丈夫。話してごらん。
パーシヴァルはルーファスたちを見上げて、ふいに幼い頃に見た記憶を思い出した。
ヒューゴはいつもこんなふうに微笑みかけてくれていた。安堵を誘うように、他になんの含意もなく、ただパーシヴァルを心配し、寄り添おうとしてくれていた。
彼らの表情がヒューゴと重なって見えた。そのことで、パーシヴァルは気がついた。
クリフォードからこんなふうに案じてくれたことがあっただろうか。彼は常に柔和な笑みをたたえていたし、パーシヴァルがどれほど無能でも優しく諭してくれていた。しかし、どこか見た目だけといった感じで、心からのものには感じられなかった。
人が違うのだから感覚も違っていて当然だ。感じていた違和感をそのように処理していたパーシヴァルだったが、ルーファスたちとヒューゴが重なって見えたことで、いかに表で取り繕おうとも本音はにじみ出るものなのだと気がついた。
パーシヴァルは不安でたまらなかった。怒りに身を任せるほど絶望に呑まれ、苦しみに苛まれていた。
そのため、ルーファスたちにならと、胸のうちを打ち明ける気になった。
リアムを探そうにも一向に見つけることのできない焦燥感も手伝って、パーシヴァルは二人に吐露した。クリフォードから憎悪を向けられていたことや、リアムが連れ去られてしまったことを、お告げの部分は避けたため疑問だらけだったろうに、彼らはなぜとも聞き返さずに最後まで聞いてくれた。
「……パーシヴァルと国民を対立させる目的があったのかもしれないね」
「俺と国民、ですか?」
「四日前くらいかな。いきなり噂が流れたんだよ。パーシヴァルが魔族であるとか、味方をしているという噂がね」
「噂……」
思ってもみなかった単語が出てきて、パーシヴァルは困惑した。噂というのは、出どころがあるものだ。人々はパーシヴァルの攻撃を見て判断したものと考えていたが、どうやら違っていたらしい。
どういうことなのかを考えていたところ、「そうだ」とスタンリーも話に入ってきた。
「魔族が攻撃してきたんだから、反撃だってことに疑念の余地はないだろ。だからほとんどの国民は信じちゃいなかった。ただ、一部のやつらだけが……たぶん元もと魔術師に対して思うところがあったんだろうけど、ごく一部のバカが噂を聞いて声を上げたんだ」
ルーファスとスタンリーの態度は、いっさい崩れることがなかった。噂のことについてはバカバカしいとでも言える態度で話し、パーシヴァルの言い分に対しては微塵も疑う様子はなかった。
何者かの正体はクリフォードなのではないか。
事実であれば辻褄が合うようにも思えるその考えを、共有しているような気にすらなった。
そのためパーシヴァルの期待も崩れることはなく、信頼してもいいとの気持ちはより増すこととなったのだった。
「だったら、わたしが王城へ行くのが手っ取り早いかもしれないね」
ルーファスは、王子である自分の立場を利用するのはどうかと提案してくれた。
ユージーンだけは難しいが、他の魔術師であれば王子は誰でも呼び寄せることができる。魔水晶を使って魔術師を呼びつけるのは、珍しいことではない。
表立って反旗を翻したわけではないのだから、現在の立場は保持したいはずだ。思惑があり、黒幕だったとしてもクリフォードは無視できないだろうとの考えだった。
「……ありがとうございます」
「パーシヴァルには助けられているからね。この程度じゃ返しきれないくらいの恩があるよ」
「そんな……魔術師としては当然のことですし……」
「権利に義務が含まれている。そう言いたいのかもしれないけど、同じ権利を享受しながら、何万倍もの力を使ってくれているんだ。きみはもっと尊重されるべき存在なんだよ」
彼らの会話は、周りの群衆にも聞こえていた。
ルーファスやスタンリーがパーシヴァルに対して恐れを抱いていないばかりか、これほどの攻撃をしながらも彼を信頼し、気遣おうとしている姿勢も、まざまざと見えていた。
クリフォードの計画は完璧だった。
ただ、無敵というものがないのと同様に、完璧なものもまた存在しないのである。
完璧に見えるものでも、どこかで必ず綻びが出てしまうのが世の常なのだ。
クリフォードの誤算は、弟子が所属することになった小隊にあった。メンバーたちは、たかが数日の付き合いでパーシヴァルの人柄を見抜いていたのである。
成人年齢に達したばかりのパーシヴァルは、実のところ見た目そのままに純朴な青年だった。
人付き合いを避けてきたことで思い込みの強い面もあったが、一方でまったく擦れていないという側面もあった。
他国をも震え上がらせるほどの才能を持ちながら、心は幼子のように無垢だった。
彼はまだいかようにも導くことができる。
そのことに、小隊の全員、リアムも例外ではなく、気づいていたのだった。




