3.史上比類なき才能
クリフォードは弟子の不届きな振る舞いに気づいた様子はなく、真剣な面持ちで話を続けていた。
「……そのため国民に志願兵を募ることに相成りまして、騎士団の管轄のもと編隊を組んで戦地へ進軍してもらうことになっております」
「しかし、われわれは? 魔術師も騎士団に入団するというのか」
「いえ。ゲリラ隊として潜入していただこうと考えております」
「ゲリラ隊だと?」
「もちろん若者だけです。成人年齢に達していてかつ、三十代の者だけ」
未成年と成人の境にいるパーシヴァルは、クリフォードの言葉で散らしていた意識を場に戻した。
「では、八名だな。われわれはなにをするんだ?」
「未成年の子らは別として、他の方々はこれまでどおりの業務をこなしていただきながら、国防にも手を貸していただきたい。ただ人数は九名になります」
「九名?」
「パーシヴァルも頭数に入っている」
見開いたパーシヴァルの目に、柔和な笑みがかち合った。
冗談じゃない! 魔族を応援しているというのに、刃を向けなければならないなんて!
叫びたい衝動をなんとか堪えたパーシヴァルは、反論の言葉をも一緒に飲み込んでしまった。クリフォードはその様子を承諾と捉えたのか、笑みを満足げに大きくし、他の魔術師のほうへ顔を向けた。
「現在大広間には志願兵たちが集められている。魔術師たちと組むメンバーにも話がいっているはずだから、このあと合流してもらいたい」
「承知しました」
「今日からチームで動いてもらうことになる。指揮権は一応僕だけど、具体的なことは来週になるから、それまでは──」
「ちょっと待って」
いよいよ口を挟まねば手遅れになる。なんとしてでも反論せねばと奮い立ち、パーシヴァルは立ち上がった。
「俺はまだ成人してないから関係ないだろ? それに、攻撃魔法や防衛魔法なんてまだ修得してないしさ」
「おまえは今日すぐってわけじゃない。来週からだ」
「来週? ……つまり、成人してからってこと?」
「いや、ルーファス王子がセシリア王女をキヨシナの山へ疎開させていらっしゃって、ご帰還されるのを待ってからだ。だから早ければ四日ほどで合流してもらうことになる」
「ルーファス王子を待つ? って、なんで?」
「殿下も従軍なされるからだ」
クリフォードの言葉に場が大きくどよめいた。
王子が前線へ出兵するなんて聞いたこともない!
しかし、同時にこうも考えていた。ルーファス王子ならあり得る。いや、それどころかむしろ、いの一番に率先しておかしくないお方である、と。
そして彼らはそろって得心してもいた。なぜパーシヴァルが成年に至ってもいないのに呼びつけられたのかの理由だ。
パーシヴァルは自他ともに認める未熟者である。一週間ののちに成年に達すると言っても、経験はないのだから子どもと変わらない。聞けば修行を終えていない様子でもある。精神年齢はつかまり立ちの幼児と大差ないほどで、本人と同様、他の魔術師たちも彼が選ばれたのは血迷いごとだとして信じられなかった。
しかし、パーシヴァル本人がまるで自覚していないことに、彼の潜在能力は歴史上でも類を見ないレベルであることは知れ渡っていた。
ルーファス王子が志願したことは驚くべくことだが、言い出しかねないことであり、要望されたら勅令のごとく必ず実現しなければならない。
未熟で幼稚かつ扱いにくい甘ったれでも、一人を防御する基礎魔法くらいはできるだろう。その規模が天地を揺るがすレベルに強いものとなれば、王子の盾は魔族が何千とかかってこようが破られることはない。
「そんなの、だったらなおのこと俺なんかが務まることじゃないだろ? クリフォードが担当したらいいじゃないか」
なるほどと納得顔の魔術師たちとは違って、自覚のないパーシヴァルはひとり不服の顔つきで言った。
「そうだね。わたしが前線で指揮を取れたらいいんだけど、わかるだろう?」
「……でも、基礎魔法くらいしかできない俺なんか比較にならないよ」
「うん。パーシヴァルの言いたいことはわかるよ。でもね、戦争に於いて重要なのは、戦力よりも情報を制することなんだ。魔族の戦力がどれほどのものなのかを正確に把握して、戦略を読み切らなければならない」
「だからクリフォードにはできないって?」
「そう。僕にはやることが山積みで、殿下にお会いすることもできないくらいなんだ。今日もすぐにハーショーへ行かなければならないし」
「ハーショー?」
クリフォードは指揮を取るべき立場だろう? なぜこの有事に調査へ行くというのか。
七十に届こうという老年の魔術師連中までもが、顔を青くした。それは、祖父母ほど年の離れた老齢の魔術師たちの誰もが彼を頼り切っていたからだった。
若くして国の二番手となる位置にまで上り詰めたクリフォードは、いまや最も魔術に精通している優秀な術師であり、魔法学の権威なのである。
彼に答えられない謎はなく、歩く魔法学辞典とまで謳われるほどの知識を微笑みひとつで教えてくれるのだ。
「申し訳ありません。自分の目で見ないことには判断の正確性を約束できないのです」
しかし、魔族といえば魔術の専門家だ。彼らの知識に匹敵できるのはクリフォードただ一人であり、本人の言うように直接観察しなければ正確な判断は難しい。
不安ながらに反論の言葉など思いつくはずもない場は「だが、しかし……」と知りすぼみになり、やがて静まり返った。
話はまとまったようだ。
クリフォードは満足げに咳払いをひとつして、最初のときのように魔術師たちをぐるりと見渡した。
「話は以上です。遠方にいる術師たちには今回の議事録を含めて僕のほうで報せておきますから、みなさんは各自の義務を全うしてください。辞令は来週中に発布いたします」
クリフォードは言い終えると機敏な動作で席を離れてパーシヴァルのところへやってきた。
「よし。じゃあ行くよ」
「行くって、俺は来週からなんじゃないの?」
「……行くのはユージーンのところだよ」
パーシヴァルは目をしばたいた。ユージーンとは魔術師の頂点に立つ、現在の王室専任魔術師だ。
「なんでじいさんのところに行かなきゃなんないんだよ」
パーシヴァルは思わず声をあげた。いい加減に苛立ちを抑えることができなかった。
従軍の命令についての反論も軽くあしらわれ、不服極まりない状態だったというのに、ユージーンと会わねばならないとは最悪だ。
「お告げをたまわる時期だろう?」
「お告げ……って成人してからたまわるんじゃなかったっけ?」
「正式にはね。だけど、僕はハーショーへ行かなきゃだし、一週間くらいなら誤差と言っていいだろう」
生まれた日から数えて決まった日だというのに、まるで四捨五入した値切りのような軽さで扱われている。
パーシヴァルは爆発させた苛立ちを忘れるほどに呆れ、自分がなんとも憐れだと思い、悲しくなってきた。
──俺ってやつはどうしようもない。人間からだけじゃなく、魔術師からも……どころか家族のように思っている師からさえも舐められるなんて。
事実は違う。舐められているどころか恐れられているほどなのだが、パーシヴァルがどうしようもないというのは事実で、彼はなんでも悪いほうへ考えるたちだった。
その面倒な性格が災いし、気分が沈みきったパーシヴァルは、クリフォードのため息交じりな物言いが面倒そうに感じられ、ますます気落ちしてしまう。
会議室を出ていくクリフォードを追いかけるにも、どんよりと沈んでしまったパーシヴァルの足取りは、鉛のように重くなっていた。




