27.パーシヴァルの限界
パーシヴァルはすがるものを求めて、唯一の拠り所である自宅へと向かった。
しかし驚くことに、自宅の前にも人だかりができていた。待ち構えていたらしく、パーシヴァルの姿を目にするがいなや、石を投げつけてきたのだ。そればかりか、さきほど耳にしたのと同じような言葉もぶつけてきて、パーシヴァルはますます怯えることとなった。
彼らは混乱しているわけじゃない。魔族へ向けたパーシヴァルの攻撃を見て、自分たち人間が狙われたものと思い込んでいるのだ。
違うのに。
説明したとして、聞いてくれるだろうか?
──聞いてくれるはずがない。
怯えたパーシヴァルは、自宅がだめなら他にどこへ行けばよいのかと混乱するままに、人の気配を避けて森の奥のほうへと進んでいった。
それでも追いかけてくる声がする。もしかしたら、空に浮いているせいで目立ってしまっているのかもしれない。
ようやくという時間を経て気づいたパーシヴァルは、途中で歩きへと手段を変えた。
少しでも遠くへと駆けるように進んでいく。しかし、不安と恐怖で足取りは次第に重くなり、日が沈んだあとは闇夜の陰鬱とした空気に呑まれてしまって、どこなのかわからない場所で立ち止まった。
動けない。
なにもしたくない。
へたり込んだパーシヴァルは、目に留まった木を背にして腰を下ろし、膝を抱えて目を閉じた。
聞こえてくるは、動物の鳴き声と風が葉を揺らす音だけだ。人の気配はまるで感じられない。
運が良かったのか。もしくは闇夜の森は危険だとして諦めてくれたのか。
なんにせよ逃げ切れたようだ。パーシヴァルはようやく詰めていた息を吐き出し、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
少しリラックスできたのか、いつの間にか眠ってしまったようで、次に気がついたときは朝日が上っていた。
水場へ行って水分を補給したあと、何か口に入れるべきかを考えて、空腹を感じていないことに気づき、やめた。
地面のうえに寝転んで、またうとうととまどろみ、目を閉じた。
そのようにして二昼夜を過ごし、とうとう空腹を覚えたパーシヴァルは、適当に焚き木をつくって、獣を召喚して、食べた。
何も考えたくなかった。ただ食事をし、眠るだけ。いや、呼吸すらも煩わしいほどで、何もしたくなかった。
何もしたくない。考えたくないと強く思いながら、しかし、考えてしまう。
なぜ自分が責められるのか。命を助けてやったのに、なぜ攻撃されなければならないのか。
嫌悪するだけに飽き足りず、魔族そのものだと見做すなんて馬鹿げている。
そう否定したいのに、彼らの言葉はまさしくであるとする自分もいた。
──人間なんてすべて滅んでしまえという考えそれ自体も魔族と同じだろう?
人間たちと区別していたのは自分自身じゃないか。彼らの言葉を肯定するような思想でいたのだから、いまさら否定できる立場じゃない。
襲いくる過去の自分の考えに心を乱され、パーシヴァルはどんどん気持ちを沈ませていった。
そして、四日ほど過ぎたころだった。
勝手に脳内をうずまく考えにうんざりとして、ぼんやりとまどろみ始めたときだ。
パーシヴァルのすぐ近くで眩しいほどの閃光と、耳をつんざく轟音がした。
間髪入れずに次々と同じ衝撃があり、薄れゆく意識の中で攻撃されていることに気がついた。
確認するまでもなく魔法攻撃である。パーシヴァルは、もしや魔術師が自分を討伐するために遣わされてきたのかと考えた。
しかし、相手は魔族だった。
思い悩むあまり自虐的な考えに走りすぎただけだった。
その数は大群と言えるほど多く、現れたとたんにパーシヴァルの周りを取り囲んだ。
矢継ぎ早に攻撃を繰り出してくるも、パーシヴァルの防衛術がたちまちかき消してしまう。
防衛魔法はより強化され、持続力も伸びている。どれほどの多勢であろうとも相手の魔力が尽きるまでもつ。
無駄ともいうべき消費だ。
ぼうっと眺めながら、パーシヴァルはふと思った。
やるなら人間を攻撃しろよ。今なら蹂躙し放題だ。
──俺がいないのだから。
そう囁く自分を見つけて、パーシヴァルははっとした。
なにもかもすべてぶち壊してしまえばいい。自分にはその力がある。
守るべき国民から石を投げられ、心を開きかけたリアムからは憎悪されているだけと気がついた。
クリフォードやユージーンのことは確かに大事だが、今こんなに辛い想いをしているのに、助けに来てくれないじゃないか。誰も、誰一人としてパーシヴァルの存在など気に留めてくれていないのだ。
それに、全員死んでしまえば、責める者はいない。悲しむ者もいなければ不平等なこともない。自分さえも含めて滅亡してしまえばいいのだから。
パーシヴァルは、気づいたとたんに晴れ晴れとした気分になった。
思い悩んでいたのが嘘のようにすっきりとして、すべてから解放されたような気分だった。
まずはこいつらだ。
パーシヴァルは軽やかに立ち上がり、攻撃魔術を発動した。
パーシヴァルの防衛魔術にあたって掻き消えていた攻撃が止むのと同時に、魔法光が放射状に広がった。
衝撃が音となり、木々や物体を破壊する音が続いた。森全体が転げ落ちたように揺れ、大きな音を立てたあと、場は静まり返った。
そして、木が倒れていく音が重なるよう反響して、地鳴りの衝撃が空気を震わせていく。やがて森であったはずの場は亡骸を横たえる荒廃とした空間に変貌した。
「ふん、あっけない」
吐き捨てたパーシヴァルは飛び立とうとした。しかし、またもや攻撃が襲ってきた。
ドドドと矢のようにパーシヴァルの防衛魔法に突き刺さる。
舌打ちをしながらパーシヴァルは駆け出した。
同じ攻撃をしたとしても囲まれていない状況では意味をなさない。狙いを定めて撃たなければ魔力を無駄にするだけだ。
これまで魔族を相手にするときは必ずリアムがそばにいた。リアムがいて、魔力を補充してくれていた。
今は、いない。
まだ魔力は半分以上残っている。しかし、リアムの存在がないということは、補充できないことを計算に入れなければならない。
パーシヴァルは駆けながら頭をひねった。飛翔すると魔力を消費するし目立つからだが、もとより体力のないパーシヴァルすぐに息がきれ、ろくな食事を摂っていないこの四日間もたたって、すぐにバテてしまった。
「くそ……」
肩で息をしながら、仕方なく迎え撃つことに決めて振り返った。攻撃がきたら、向かってきた方向へ反撃すればいい。
待ち構えてすぐに攻撃が向けられ、狙いをつけてやり返した。しかし、手応えはなく、むしろ増していくようだった。
少しずつ目減りしていく魔力を気にしながら、他に方法がないのだからと額に汗を溜めていく。
また逃げるか? だとしても体力がない。だったらいっそこちらから近づくか? 魔力が減っていけばいずれ死ぬわけだし、だったら一か八かだ。
覚悟を決め、足を踏み出そうとしたときだった。
「北西、いや北北西だ」
ふと声が聞こえてきて、パーシヴァルはつんのめりそうになった。
「おまえから見て正面右、右足のつまさきが向いている方向だ」
その声で思わず下を見て、足の先を確認したのちに顔をあげた。
「そう。真正面にぶつけてやれ」
聞こえたまま、攻撃魔術を発動させた。どんっという音と、木の揺れる音が続く。
「へたくそ」
はっと、声の聞こえたほうへ振り向くと、声の主がいた。
「そっちに行くから、防衛魔術を弱めろ」
リアムである。パーシヴァルに向かって近づいてくる。パーシヴァルはなぜとも考えずに言われたままにした。
「へたくそ」
そう言って、リアムはパーシヴァルの片手を掴んだ。防衛魔術を弱めるよう言ったのは、触れるためだったらしい。
リアムはおもむろにどこぞを指し「ここだ」と言い、パーシヴァルは反射的にそこへ攻撃魔法を放った。
「次はこっち」
リアムはまた別の方向を指し、パーシヴァルはまたも言われたとおりにその方向へ撃った。何度もそのようにして、防衛魔術にあたる攻撃がすべて消えるまで、淡々と繰り返した。
しばらくすると魔術による閃光が消え去り、あたりは闇夜に包まれた。騒々しいまでの攻撃もやんでいる。月の光だけが淡く荒涼とした世界を照らす、幻想的ともいえる空間だけとなった。
「……なんで……リアムがここに」
あまりに静かすぎるせいで、パーシヴァルは心臓がバクバクと脈打っている音が聞こえてくるようだった。魔法を使いまくった興奮か、動揺か、手は汗ばんでいるし、喉もひどく渇いている。
「あんな無茶苦茶な攻撃をするやつが、おまえの他にどこにいる?」
リアムは答えてパーシヴァルの腕を引き、自身のほうへと抱き寄せた。なぜと思う間もなく顔が近づき、パーシヴァルは跳ねたように後ずさった。
「なにするんだよ」
しかし、手はまだ掴まれている。パーシヴァルは摑まれた場所を睨みつけ、次にリアムに目を向けた。
「……なにって、魔力が減っただろ」
不思議そうに言うな。
おまえが嫌だと毒づいたんじゃないか。
パーシヴァルはリアムの反応を見て、カッとした。
「俺の餌になるのが屈辱なんだろ?」
低く、恨めしいほどの声でパーシヴァルは言った。
「ああ。でも、やらなきゃいけないことだ」
「……しなくていいって何度も言ってるだろ」
「俺がやらなきゃ、おまえは死ぬだろ?」
またもぐいと腕を引かれ、パーシヴァルはリアムの腕の中へと抱かれてしまった。
「……死んでもいい」
パーシヴァルの目に涙が滲んでくる。溢れそうになるのを必死に堪え、憐れな自分が恥ずかしくてたまらなくなった。
「なんでだよ」
聞く必要あるか?
おまえが嫌だから、俺も嫌なんだ。
おまえは俺と深く繋がることも、口づけも、触れることすら嫌悪しているんだろ?
「魔力が尽きたら、それが、俺の限界だ」
魔力の供給なんてものは、そもそもが自然の道理に背いているようなものだ。
なぜそんな能力をリアムが持ち得ているのかはわからないが、嫌々するくらいならして欲しくない。本音と正反対ともいえる方法を取らねばならないのだから。
パーシヴァルは、供給されるたびに心を乱してしまう自分が嫌でたまらなかった。愉悦や快楽を感じてしまうこと、リアムを特別な存在であると考えてしまうことが惨めで、悲しかった。
一方的でしかない。相手を不快にするだけの感情なんて抱きたくない。
あまりにも憐れで、居た堪れなくなる。だから、これ以上かき乱さないで欲しい。
「おまえに限界なんてないだろ。……俺がいるんだから」
しかし、リアムは聞いてくれなかった。
頼んだわけでもない。むしろやめて欲しいと言い続けている。やりたくないならやめるチャンスであるのに、嫌々な癖して、パーシヴァルを包み込むように抱きしめ、そっと口づけてきた。




