22.気づきと会得
「よし、大丈夫そうだね。そろそろ小隊と合流していいよ」
パーシヴァル以外の三人は着々と修得し、午前のうちに無事終えることができたようだ。
「はい」「ありがとうございました」
三人はそれぞれ辞去の挨拶をして、広間を出ていった。
「パーシヴァルはどうしようか……僕はこれから会議に出なきゃいけないんだよね」
「あ、うん。一人で練習してみるよ」
「わるいね。昨日の今日だから十七小隊の出番はないと思うし」
「……うん」
「暗唱できるようになったら、次はちゃんとイメージを練り上げるんだよ」
クリフォードも多忙の身だ。弟子を案じながらも、戦時下に於いては付きっきりで教授することはできない。
一人残されたパーシヴァルは続けて何度も練習したが、どうやっても成功することができないでいた。
いくらやってもイメージを描くことすらできず、練習する以前の問題に悩まされるばかりだ。
自分の不甲斐なさに嫌気が差して、大きくため息をついたときだった。
突然、部屋のドアが開いたと思いきや、アビゲイルが現れたのだ。
「まだやってるの?」
「いや、あの、うん」
「弱点があるとは意外ね」
やれやれと入ってきたアビゲイルは、部屋の隅へ行き、置かれてあった革袋を手に取った。
「忘れ物よ」
意外とはどういうことなのか。自分には弱点だらけなのに、とアビゲイルの物言いに引っかかったパーシヴァルだが、聞く勇気などあるはずもなく、ただ彼女が部屋を出ていくのを目で追っていた。
「あ、じゃあ、おつかれ」
黙ったままなのも悪いと思い、パーシヴァルは声をかけた。するとアビゲイルはドアの手前で立ち止まり、やおらパーシヴァルのほうへと振り返った。
「……クリフォードも意外と教え方が下手だったのね」
「えっ?」
「下手っていうか、優秀だからこそ他の人も簡単にできると思うのかな?」
「……どういうこと?」
「詠唱と見本だけでしょ? 説明が不足してるじゃない。普通は魔法陣も見せるものなのに」
「……魔法、なに?」
「魔法陣よ。さすがに独立して十年も経てば詠唱だけでも察しはつくけど、本来は……って何? どうしたの?」
「魔法……陣って、なに?」
聞くと、アビゲイルは信じられないといった顔で硬直した。
「えっ……知らないってどういうこと? 知らないはずないでしょう? 魔法陣なしで魔術の修得なんてできないんだから」
アビゲイルの困惑をどう受け止めたらいいのやら、パーシヴァルも戸惑った。
魔術を習ったのはヒューゴとクリフォードからである。
最初の師であるヒューゴは、パーシヴァルが六歳のときに亡くなってしまうまで、基礎魔術の前段階を丁寧に教えてくれた。魔力を練り上げて、放出する程度のもので、実際に魔術として繰り出す技を教えてくれたのはクリフォードだった。
パーシヴァルは、魔法陣なんて習ったこともなければ、存在すら知らずにこれまできた。
基礎魔術へと移行したあとも現在と同様に詠唱とお手本だけであり、一つ会得するにも何ヶ月、ときに年レベルもかかるのが常だった。そのため成人した今でも応用へ至れていないのである。
うつむいて押し黙っていたからか、アビゲイルが「本当なの?」と窺うように問いかけてきた。呆然としながらもパーシヴァルが頷くと、アビゲイルは眉根に寄せた皺をさらに深くした。
「……じゃあ術を発動するとき、どうやってイメージしているの?」
「それは……なんて言っていいのか……」
「普通は魔法陣がパッと浮かぶものよ。こんなふうに」
アビゲイルが手をかざすと、広間の床に円形の紋様が浮かび上がった。薄赤く発光しているそれを見て、パーシヴァルは息をのんだ。
視界から魔術が入ってきたような錯覚に襲われ、頭のてっぺんから足の先まで痺れたようになった。
先程まで靄がかっていたものが、とたんに明瞭となったような、これまで明確に形にできなかったものが、はっきりと輪郭を帯びた感覚だった。
喉の奥のつかえが取れたかのごとくすっきり爽快となったパーシヴァルは、疼く衝動を抑えることができず、思考する暇なしに魔術を発動した。
直後に空気すら振動するほどの轟音が響き、広間の中に破片が飛び散り、もうもうと粉塵が舞った。
放ったパーシヴァル本人も驚き、アビゲイルはあんぐりと口を開けた。
城内最大の広間であるここは、二百名はゆったりと歓談できる広さがあった。その一面の壁が、ほとんど崩れ落ちてしまったのだ。
「……今の、さっきの……」
アビゲイルはがくがくと震える声でつぶやいた。
「できたみたい……」
「中距離なんてものじゃない……短距離のような破壊力よ。だって、城にはユージーンの防衛魔術がかかってるのよ?」
そうだ、とパーシヴァルは思い出した。
今のは、魔族と戦っていたとき自身が放ったものよりも凄まじい破壊力だった。距離を長くする分威力は落ちる。ものの道理であるから当然だが、パーシヴァルは今、最小ともいえる力に抑えていた。城内で戦闘中と同じ力など出したら壊してしまう。だからと無意識に発動しながらも気をつけていたのに、ユージーンの術を突き破って壁を破壊してしまった。
「……発動も一瞬だったわよ」
「あ、それはいつもだけど」
「あの速さが常態なの? あなた一人で対抗できるんじゃない?」
恐ろしげに言ったアビゲイルの言葉は、リアムも口にしていたことだったと、パーシヴァルはふと思い出した。
「そんなことないよ。俺なんて全然……未熟だし」
「術の種類を知らないってだけでしょう? 現在求められているのは戦闘能力よ」
攻撃魔術は、様々な種類がある。炎や雷、水や風などの天然の要素を含んだものや、遠投用や近距離用など手段に応じたものまで様々だ。
基礎までしか会得していなかったパーシヴァルは、当然ながら目で見た経験はあれど発動するすべは身につけていない。
できないことが多すぎるあまり、自分のことをなんの能力もない者として貶め、ただの埋め合わせであり、お飾りの存在でしかないと思い込んでいた。
だからこそ、卑屈な心情を悟られないために、不遜なほど傲慢な態度を取っていたのだ。
──もしかしたら、俺にもそこそこ力があるってこと?
アビゲイルから指摘されたことは、パーシヴァルに大きな気づきを与えた。
基礎魔術だけしか会得していない自分でも、そんなに劣っていないのかもしれない、と。
「さすが天才ね」
「いや……俺は……」
「そろそろ自覚してるんじゃない? 隠されていたみたいだけど、さすがにわかるでしょ? 自分が類まれな才能を持っているってこと」
アビゲイルの言うとおり、パーシヴァルはようやく自分本来の力に気づき始めていた。
ただ、ここにひとつ、本人だけでなく、パーシヴァルの才能をよく知る者たちにもまだ気づけていないことがあった。
天才が生まれ持った才能以外にも、天井知らずの力を身に着け始めていたことである。
リアムから魔力を供給されたことの裏に、当人たちも知り得ないことが起きていた。
もともとの最大値へ回復するだけでなく、供給するたびに魔力の総量自体が増えていたのである。
魔力というのは限界値を伸ばすことができない代物で、生活すべてを犠牲にするレベルの修行を積まずには不可能なことというのが常識だ。
もともと比類なきレベルの魔力を持っていたにもかかわらず、あり得ないことも起きている。
気持ちひとつで、戦況が、いやこの世界すべてがどうにでもなるといえるほどの力が、いまパーシヴァルの中に眠っている。それほどの力を得ているとまでは、いまだに誰一人として気づけていなかった。




