20.師であり兄である者
「リアムがどうしてここに?」
クリフォードが驚くのも当然だ。人嫌いであるパーシヴァルを訪ねる者など限られている。しかも真夜中になんてまずあり得ない。
それはパーシヴァルたちのほうも同じだったが、特にリアムは目の前でドアが勝手に開いたことに面食らった様子で、反応ができずに固まっている。
「クリフォードこそどうしたんだよ? ハーショーに行ってたはずだろう?」
だからと、パーシヴァルは慌てて助け舟を出した。
「するまでもなく魔族が侵攻してきたと聞きつけてね。到着したばかりなんだけど……いやあ、驚かされたよ」
「あ、それは」
「見舞いにまで来てもらえる仲になっていたとはね。小隊のメンバーと協力して戦ったとも聞いていたけど、パーシヴァルも成人した自覚が芽生えてきたのかな?」
クリフォードはいつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべて、パーシヴァルのほうへと近づいてきた。
「ええ。パーシヴァルの体調が芳しくないと耳にしたものですから……このような時間にはなりましたが、寝付くまえにと様子を見に参りました」
リアムは当然ともいう顔で言い訳めいたことを言い、クリフォードはリアムのほうへと振り返った。クリフォードの表情に探るような色は感じられず、心から嬉しいといった様子だ。その反応を見て、パーシヴァルはようやくと詰めていた息を吐き出した。リアムとの会話は聞こえていなかったらしい。
「パーシヴァルを気にかけてくれて嬉しいよ。こんなことなら慌てて戻ってくる必要はなかったかな?」
「そうおっしゃるということは、ハーショーのほうも?」
「うん。混乱状態だった。ただ、僕自身は魔族に遭えずじまいでね、観察はまだできていないんだ」
「魔族はどのようにしてスロンベリーにまで侵攻できたのでしょう」
「飛翔する術があるにしても、大群では目立つものね。透過の術を使ったのか。にしてもだが……それより、パーシヴァルはいったいどうしたんだ?」
クリフォードは笑みをたたえたまま、パーシヴァルのほうへくるりと身体を反転させた。
「俺?」
「まるで別人じゃないか。どんな魔術を見つけ出したのか、是非とも教えてもらいたいな」
「……えっと」
「隠すなんて水くさいことはするなよ? 僕の念願を知っているだろう?」
クリフォードの念願とは、魔力を回復させる手段を見つけ出すことである。クリフォードはスロンベリー国内だけでなく、他国も含め、存命の魔術師の中で抜きん出た知識を持っている。歴史を遡ってみても、比肩できる者はそう見つけられないだろう。
そのクリフォードが何年と研究して未だに見つけられていないのが、魔力を回復させる方法だった。
魔術の中には体力を回復させたり怪我の治癒をできるものがある。クリフォードはそれらと同様の魔術がないかを模索し続けていた。
パーシヴァルはどう答えていいやらわからず、押し黙ってしまう。するとクリフォードは眉根を寄せ、次にはっと何かに気がついたような顔をした。
「まさかお告げがかなったのか?」
まさかとはこっちの台詞だ!
パーシヴァルのお告げとは、生涯ただ一人と番えば伝説となれるなどという、バカげたものだ。どこに相手がいるというのか。
パーシヴァルは慌てて頭を振った。
「そんなわけないだろ?」
「お告げであれば、想像もできない力が働くこともある。だから──」
「クリフォード様。パーシヴァルは直前の行軍で、かなり体力を使っておりました」
リアムがクリフォードの言葉にかぶせて、いきなり割って入ってきた。
「行軍?」
「はい。パーシヴァルの体力はすでに限界でした。そのうえで魔力を使ったので、魔力自体が減ってしまったように見えただけではないでしょうか」
「つまり、倒れたのは魔力のせいではなかったと?」
「……はい」
「だから、食事をして休眠したあと、回復していたと言いたいのか?」
「……おそらくは」
リアムの真剣な眼差しを受けて、クリフォードはふっと笑みをこぼした。
「かもしれないな。僕は倒れたときのパーシヴァルを見ていないからね。パーシヴァルはどう思う?」
クリフォードは顎をなでながら、ではというようにパーシヴァルのほうへ水を向けた。
「……俺は……よくわからない。たぶんリアムの言うとおりだと思う……」
しどろもどろになりながらも、パーシヴァルはクリフォードに事実を隠すことにした。
兄貴分であり師でもあるクリフォードに対して、些細とは言えない嘘をついたのは初めてのことである。つくにしてもクリフォードにならすぐ見破られるようなものばかりで、訓練をサボっていたとか、黙ってお菓子を食べたとか、その場限りの嘘しかついたことがなかった。
クリフォードの念願が実現できたというのに、伝えないのは不誠実かもしれない。
それでも、リアムからしてもらったことで、当人が隠したい様子であるうえに、手段を説明するには羞恥を伴う。後ろめたい気持ちはありつつも、直後なこともあって、誤魔化すほうを選んだのだ。
「……そうか」
「うん。言いにくいんだけど、クリフォードがいない間、食事もまともに取ってなかったから、それもあるのかも……」
「おまえはまた! 言い聞かせておいたのに」
「ごめん。今度ので反省したよ。スタンリーがスープをつくってくれたりして、栄養って大事なんだって身にしみたし」
「スープなんてつくってもらったのか?」
「うん。すごく美味しくて……」
話題が逸れたのをいいことに、パーシヴァルはこの数日にあったことを話して聞かせた。これまでの日々からは考えられないようなことが続けざまに起きて、パーシヴァルはクリフォードに話したくてうずうずしていたのだ。うんうんと嬉しげに相槌を打つクリフォードと盛り上がり始めたさなか、リアムが辛抱たまらずといった様子で近づいてきて、クリフォードに向かって頭を下げた。
「お話中のところ申し訳ありません。わたしはここで失礼させていただたいと存じます」
「あ、そうだね。二人で話しこんじゃって申し訳ない。来てくれてありがとうね」
「いえ。失礼します」
リアムは安堵した様子でもう一度頭を下げ、機敏にも部屋を出ていった。
「……リアムも大変だったろうに、おまえのことを心配してこんな時間にも様子を見に来てくれるなんて、ありがたい限りだね」
「あ、うん。スタンリーやルーファス殿下も来てくれたし……」
「おまえが団体行動なんてできるのか不安だったけど、たった二日でこれほどまでに仲を深めるなんて、嬉しくてたまらないよ」
クリフォードは、師ではなく兄の顔をして言った。普段は優しげな表情の中にも厳しさがあり、成人に近づいていた最近は顕著だったが、やはり弟分に対する愛情は隠しきれないらしい。
「幼い頃のパーシヴァルを思い出すなあ。ほら、ヒューゴに連れられて王城へ来たとき、よく近所の子と遊んでいただろう?」
「……そ、そうだったっけ?」
「泥だらけになってよく怒られていたじゃないか。ヒューゴに向かって早く行こうってせっついていたくらいなのに、忘れてしまったのか?」
「ヒューゴと出かけていたのなんて……五歳とかそんな頃だろ? 覚えてないよ」
本当のところは覚えていた。ただパーシヴァルにとっては、思い返してクリフォードのように口元を緩ませるような記憶じゃない。
思い出したくもない。消してしまいたいほどの記憶だ。
『ねえ。パーシヴァルって化物なの?』
昨日までは楽しく遊んでいた友が、今日会ったときは怯えと恐れを含んだ目を向けてくるようになる。そんな記憶を思い出して、愉快に笑うことなどできるだろうか。
『パーシヴァル……くんといると、ママが心配するんだ。だから……』
そして終いには、遊ばなくなるどころか目も合わせなくなり、パーシヴァルと話そうなんて子どもは一人もいなくなってしまう。
『魔法使いの魔は悪魔の魔』
『魔法使いは魔族の生まれ変わりだ』
『僕たちとは別の生き物なんだ』
だから、差別してもいい。いや、差別するべきだと言わんばかりの言葉。
成長するにつれ、向けられる言葉は鋭さを増していった。避けられるだけに留まらず、憎悪や敵意を向けられるようになったのだ。
幼き純真な心に突き刺さった言葉は、パーシヴァルの胸に棘となって残り、次々と溜まっていった。それらはいまだ鋭さを失っておらず、パーシヴァルの胸についた傷もひとつたりとて癒えていない。
今もなお、思い出すたびに刺さったばかりのごとく痛みを覚え、真っ赤な鮮血となって心を苛むものであり続けていた。




