2.開戦報告
城の広間には、ざっと見渡しても数千という人間がひしめき合っていた。誰もが若く、意気軒昂として闘志に満ち溢れている。
「わたしたちは別室でクリフォードから話を聞くそうよ」
後ろから声がして、振り返ると藍色のローブをまとった魔女が立っていた。
パーシヴァルより十歳ほど年上な彼女のことは当然ながらに知っている。アビゲイルという名の魔女で、彼女の任地は王都を含んでいるため、他の魔術師よりは顔を合わせる機会が多くあった。
「クリフォードが来てるの?」
「……決まっているでしょう?」
温度の感じられない顔で返され、パーシヴァルは言葉に詰まった。
いくら他の魔術師たちより会う機会が多いと言っても、「やあ」「ひさびさだね」などと挨拶をしたり、天気の話などの雑談はしない。師と弟子という関係でない限りは、親しくなったところで意味がないからだ。
希少な魔術師は国に散らばらざるを得ず、一人前として見做されると、離れた土地へと飛ばされる。
魔術師の会合で顔を合わせる以外に会う機会がないというのに、誰が世間話を楽しむというのか?
そのうえパーシヴァルだけでなく、魔術師の連中は誰もが、他人のことなどまったくもってどうでもよいという気質を持っている。魔術師同士が無意味にも寄り合うと、なにか剣呑な計略でも練っているのではと人の噂に上がりかねないのだから、好き好んで親しくしようなどという奇特な輩は、パーシヴァルの兄弟子でかつ師でもあるクリフォードしかいないのである。
アビゲイルはパーシヴァルの無言を承諾と取ったのか、ならばと言った様子でマントを翻し、奥のほうにあるドアへと向かいだした。
パーシヴァルは後を追い、すぐにたどり着いた部屋へとアビゲイルとともに入室した。
そして、驚きに息を呑んだ。
部屋は会議室なのか、二十人ほど囲める大きなテーブルが中央に鎮座していた。そこにはなんと魔術師たちが座っていたのである。
しかも存命の半数が雁首を揃えている。 成人していないパーシヴァルは会合に招かれる機会はないため、これほどの数の魔術師を一度に見たことがなかった。なぜなのか不可解に思いながらも、聞く意欲が湧くはずもなく、置物の一つとなるべく、適当な場所へ腰を下ろした。
席についたあと、パーシヴァルは老若男女の魔術師たちをざっと見渡し、なんともなしに目礼した。返してくれたのは片手の指の数にも満たない。
それもそのはず、十人はいるというのに、会話はおろか誰も声を発しておらず、入るまで無人であると思い違いをしていたほど一様に黙りこくっているからだ。まるで葬式のごとくに気だるい様子なのは、彼らもパーシヴァルと同様、人混みを歩いてきたせいで疲弊しているのかもしれない。
「やあやあ、揃ってるね」
がらりと空気を変えたのは、太陽のごとく陽気に入ってきたクリフォードだった。
颯爽とした足取りは風魔法でも使ったかのように軽やかで、見る人すべてを和ませる柔和な顔は常に微笑みを称えている。現れるだけで春の陽光を連れてきたかのように晴れやかな空気にしてくれた彼は、魔術師でありながら魔術師らしさから最もかけ離れた男だった。
態度と明るさ、そして魔力によるところが理由だが、しかしながら彼の地位は国の二番手に位置し、次期王室選任魔術師は彼以外にいないというべき才能と実力を併せ持っている。
クリフォードはパーシヴァルを見つけると笑みを大きくし、手をぶんぶんと振って「終わったら僕のところに来て」と声を張り上げた。
「さて、時間もないのでさっそく始めるよ?」
クリフォードはぐるりと魔術師たちを見渡し、テーブルの中央に地図を広げた。
「……魔族が反乱を起こしたことは聞いているよね?」
クリフォードの指は地図の北の端、ハルアラの森を指した。場は少しどよめき、一斉に二十二の眼が示された一点に向けられた。
「魔法獣を放ってくれたのはマホーフだった。書面にある日付は一月前となっている」
クリフォードのほっそりとした指が東のほうへとずれる。
「実際に反乱が起きたのは、その日付よりも一週間ほど前のことらしい。最初に襲われたのはキッチュだ」
その言葉で、何人かが息を呑んだ。
ハルアラの森に住む魔族が反乱を起こした話を知らぬ者はいない。しかし、詳しい経緯や状況は錯綜していて、把握できている者はいなかった。
北の国キッチュはハルアラの森と隣接しており、この二千年もの間、敬遠する諸国とは違って、魔族と友好的な関係を築いていた。
魔族が畏怖されていたのは、外見が人間とは違うこと、魔法を使えることの二点のみで、戦争が頻発していたわけではない。居住地であるハルアラは実り豊かな森であり、畜産農業をするわけでもない魔族は不自由なく暮らしていた。
キッチュは、人間世界の特産物を魔族に提供し、代わりに希少な魔力の恩恵に預かっていた。
差別もせず交易をしているキッチュは諸国の鑑として、世界連合では発言権を大きくしていた。しかし魔族が真っ先に攻め入ったのは、万が一にでも味方になってくれる可能性のあった友好国だったのだ。衝撃とともにその事実が伝えているのは、魔族は人間すべてに容赦をしないということ。つまりは背水の陣の覚悟で宣戦布告をしたという震え上がる事実だ。
──震え上がる? ばかばかしい。花でも贈ってやりたいよ。
どんよりと表情を曇らせている魔術師たちの中で、あろうことかパーシヴァルはひとり、魔族に喝采を送っていた。
魔族の覚悟は生半可じゃない。人間側がいかに期待しようとも和平条約が結ばれる見込みはないだろう。
この戦争は、どちらかの種が死に絶えるそのときまで終わらないように思える。
「手紙には、一週間足らずでキッチュの国土は炎に覆われ、半月としないうちに三千万人という国民の半数が虐殺されたと書かれてあった」
「そんな……マホーフは応戦しなかったのか?」
猛り狂う炎は国境の森にも延焼し、噴煙と魔法攻撃によって朽ちた城壁が外からの侵入を拒んでかなわなかったのだという。爆音を聞いてすぐ駆けつけた東の国マホーフの軍勢は、ただ隣国が堕ちていく様を眺めているしかできなかったようだ。
生き残っていた国民も多くいたはずだが、マホーフ軍はすぐの撤退を余儀なくされた。次に狙われるのは自国かもしれないとの懸念をまえに、無理強いをする将校は処分を免れないからだ。
しかしてマホーフ軍は帰途につきつつも、魔族の反乱を伝えるべくの魔獣を諸国へ放ってくれた。
そのため、反乱そのものは諸国の監視網が先に掴んでいたものの、詳細は今になって遅れて届いたという次第だった。
「……マホーフは内乱が多い国だ。軍備は他国と比較してかなり整っている。わが軍の目算では一年は持たせられるとの見込みだ」
「持たせられる……」
ぽつりとつぶやいた老年の魔術師に、クリフォードは安堵を誘うような温度のある笑みを向けた。
「マホーフなら打ち倒す可能性は十分にあると思いますよ。ただ、マホーフが敗れた場合のことまで考えておかなきゃならなりません。攻撃の規模から算出して、わがスロンベリーを含め、諸国が総出で立ち向かわなければ沈静させるのは難しいでしょう」
難しいどころか不可能だ。
魔族は魔術師と同じく魔力を使役することができる。しかして、魔術師は人間であり、生まれながらに素質がなければ魔力を使いこなすことができない。そのうえ、百万人に一人の割合でしか現れないのだ。
魔術師というのは希少だが、数字はそのまま力にもあてはめることができる。つまり魔術師はたった一人で百万の人間に匹敵するほどの力を有しているのだ。
五十年に一度キッチュが行っていた調査によると、魔族の総数は二十四年前の時点で千五百万ほどだったという。人間側がおおよその数で一億ほどであることを考えれば、魔術師よりもやや数が多い程度だ。人間側も兵力の数で圧倒したとして、一見すると互いの力は拮抗しているように見える。
しかし、人間側はすでに大国のひとつであるキッチュを失っている。
そのうえ魔族は生まれながらの戦闘民族であり、人間の魔術師はすべてが戦闘に耐えられるわけじゃない。平和ボケしていたせいで国益になる魔術ばかりを磨いていたからだ。老人や子供に今さら戦闘訓練をさせるわけにはいかないのだから、実際に戦地へ向かえる数は半分と言っていい。
つまり、現実的な視点で分析すると、頭をひねる必要もなく結果が見えてくる。
──どれほど足掻こうが、人類の滅亡は確定事項なんだよ。
開戦する以前に人間側は負けていたのだ。
パーシヴァルは確実に訪れる未来を想像して、どうやっても緩む口元を抑えることができなかった。




