18.魔力のためであるはずが
ルーファスとスタンリーは少しして部屋を出ていき、パーシヴァルはまたも深い眠りについた。
こんなにも疲弊したことはない。前回ぶっ倒れたときは、夜中にリアムが回復させてくれていた。
しかし、今回はそうもいかない。手段を知られたからには二度目はないはずだ。つまり今回はリアムに頼ることなく回復するしかないのである。
だからルーファスたちが来たときに顔を出さなかったのだ。と考えて、パーシヴァルは目を開けた。
いつの間にやら夢と現実の境をさまよっていたらしい。
今度は見知らぬ天井を見ることはできず、窓から差し込む月の光が朧げに見えるだけだった。
真夜中であろう、静まり返った部屋の中はやけに寒々しく感じる。
ものさみしさに不安を覚え、疲労のせいで精神のほうも参ってしまっているのかと身震いした。
早いところ回復しなければならない。そのために、とパーシヴァルは再び寝入ろうとした。しかし眠れず、何度も寝返りを打ちながら、歯をぎりっと噛んだ。
眠れないのは、期待しているせいだ。
リアムが来てくれるのではないか。前回のように忍んで現れて、回復させてくれるのではと期待してしまっている。人間に頼るなんて情けないと思いながらも、あの陶酔するほどの魔力を欲して仕方がないのである。
会いたくない。会わないほうがいい。来ないで欲しい。
頭の中で繰り返しながら、部屋のドアから目が離せない。
すると驚くことに、かすかに音を立てながらドアが開き、ひっそりと誰かが入ってきた。
おぼろげな月光だけでは、シルエットすら見えない。風のせいかもしれないのに、パーシヴァルはリアムであると確信した。
すると床を踏みしめる音が確かに聞こえてくるではないか。
パーシヴァルは少しばかり頭を起こした。眠った振りをしていればいいものを、月光に照らされた彼の姿を見たいという欲に抗えなかったのである。
「起きていたか」
舌打ちが聞こえてきたと同時に、忌々しげに歪められたリアムの美貌がうっすらと見えてきた。
「なにしに来たんだよ」
パーシヴァルも声に苛立ちを含ませた。期待や安堵の感情を悟られたらたまったものではない。万が一にでも気づかれたら舌を噛んで死にたくなるほどのことだ。
「また攻撃を受けたらどうする?」
「攻撃なんて……もう魔族は蹴散らしただろ」
「……追撃が来るかもしれない」
「それでもこんなこと……そもそも必要ないって」
「必要があるかどうかは、俺たちが決めることじゃない。魔族側の問題だ」
「でも普通はするものじゃないし、俺とリアムがこんなこと……おかしいだろ?」
「おかしかろうが、仕方がないんだ。他に方法がないんだから」
「方法なんて他にもあるって。魔術師は俺だけじゃないんだし」
「おまえじゃなきゃだめだからここに来てるんだろ。おまえの魔力がなければ、世界は終わってしまう。だから……」
世界なんぞ終わったっていい。人類は滅亡すべきであり、パーシヴァルにとっては歓迎すべきことなのだから。
「おまえの魔力を回復させてやれるのは……俺以外にいないから」
屈辱に声を震わせているらしいリアムの言葉を聞いて、パーシヴァルははっとした。
高潔な騎士は、世界平和のために苦渋を飲む決意を固めたらしい。
大きくため息をついたリアムは、これ以上の会話は不要とばかりにパーシヴァルの上へかがみこみ、そっと口づけた。
今回は遠慮をするつもりはないらしく、すぐさま舌が入ってきた。あのときパーシヴァルが求めたからか、もしくはその効果にリアムのほうも気づいているからか。
「んっ……」
じわじわと、回復していく。スープを胃に流しこむ比ではない。そのうえ味のほうも、スープとは比較にならない。この世でこれ以上美味いものが存在するとは思えないほど、極上の美味さである。
拒否できるはずがない。リアムの息も、唾液も、舌も、永遠に味わっていたいくらいに魅惑的なのだ。
抗いがたいほどの陶酔に、パーシヴァルは筋力が徐々に戻ってきても、リアムを無理にどかせようとはしなかった。
「……こんなもんか?」
ふいに離されて、リアムの美貌が目の前に現れた。やれやれといった顔で、ひと仕事終えたように息を切らせている。
確かに前回よりも時間をかけてくれたからか、かなり魔力は戻ってきている。しかし、とパーシヴァルは首を横に振った。
「もう少し」
パーシヴァルは目的を忘れ、手段のほうを求め始めていた。意識してのことではなかったが、口から勝手に出てしまったのである。
「はあ? おまえ、さっきは──」
「まだ、足りないから」
パーシヴァルの言葉にリアムはうめくような声を返した。否応もないが、しかし、信じられないと言った表情で。
実のところ足りないどころかこれ以上の必要はないと言ってよかった。おそらくだが朝まで眠ればだいぶ回復できているはずだった。しかし、もっと欲しかった。
パーシヴァルにはもう嫌悪も不快感も、羞恥もなくなっていた。その代わりにあったのは別の望みだった。
もう一度欲しい。あの恍惚とする感覚を味わいたい。
パーシヴァルの頭にあったのは、リアムから得られる魔力がもっと欲しいという欲望だけだった。
舌打ちでもされるかとの覚悟の上だったが、リアムはひとつため息をついただけで再開してくれた。
しかも、必要もないのに髪を撫で始めてもいる。
なぜこんなことを?
考えながら、パーシヴァルはちょっと泣きそうになった。
幼かった頃、ヒューゴがしてくれた手つきに似ていた。庇護する対象を愛おしんでいるかのようで、嫌々しているはずなのに、リアムも恍惚としてくれているのではないかと錯覚してしまいそうになった。
パーシヴァルはおずおずとリアムの背中に手を回し、ぎゅっと身を寄せた。
リアムは嫌がりもせず、パーシヴァルの首元に腕を回して、身体を横たえた。狭い寝台のうえで、横になりながら抱きしめ合っているかのようである。
魔力のため。
リアムは、国を守るためにパーシヴァルが必要で、自分にしかできないから身を捧げているだけである。
そのはずが、まるで愛し合う二人のように、身体を寄せ、口づけを深めている。
魔力がみるみる回復していくのを感じながら、パーシヴァルは心も満たされていくような気がした。




