17.今日は何日?
パーシヴァルは覚醒し、見知らぬ天井が見えて目をしばたいた。
なにが起きたのか、ここはどこなのか。
考えてみるも、記憶はぷつりと途切れたままだ。
ふと気配がして横へ視線をずらすと、スタンリーの姿があった。おそらくパーシヴァルは寝台に寝かされていて、スタンリーはそばの椅子に座っているのだろう。剣と布を持っていることから、どうやら手入れをしていようだ。
「スタンリー……」
パーシヴァルが呼びかけてみると、声がかすれていて驚いた。
「おお、よかった。大丈夫か?」
さらにはスタンリーから笑みを向けられ、動揺に息を飲むことにもなった。
彼が向けてきたのは、十年ぶりとも言える懐かしさを感じる笑みだった。
パーシヴァルのことを心底心配し、無事とわかって安堵したという様子で、他になんの含みも感じられない。ヒューゴが向けてくれた笑みと同じものに見えた。
「なにか飲むか? それとも腹が減ったか?」
混乱に戸惑う頭でパーシヴァルが頷くと、スタンリーは「じゃあ、少し待っていろ」と言って部屋を出ていった。
そう、部屋である。どこなのかはわからないが、パーシヴァルは建物の中にいた。内装は艶やかでセンスがよく、小綺麗である。他人と交流のしないパーシヴァルは、どこぞへと出かける機会自体も少ない。乏しい記憶の中から、まるで王城のようだと薄ぼんやり思ったくらいで、どこなのかは見当もつかなかった。
なんにせよ、森の中やテントではない。パーシヴァルの記憶が途切れたあと、応援が来てくれたに違いなかった。
気づいたパーシヴァルは、じわりと涙が滲んできて、慌てて大きく深呼吸をした。ゆっくりと何度も繰り返し、浮かんでくる涙を堪らるために瞼をこすった。
死ねばいいと願っていたはずが、助けてしまった。
そして、助かったことを喜んでいる。
むしろ応援していたほうの魔族を殺してしまった。
そして、撃退できたことに安堵している。
なぜ? 以前の自分からはあり得ない感情を覚えていることが、不思議でならなかった。ただ、いかに気にかかるとはいえ、答えを出すことに躊躇いがあった。なぜかわからないなりに、考えた先にあるものは、いまの自分に耐えられないもののような気がして、言いようのない不安を感じていたのである。
「パーシヴァル?」
ドアの向こうからルーファスの声がして、パーシヴァルは飛び起きた。
「はい」
「目が覚めたって本当だったんだね。入っていい?」
「え、あ、どうぞ」
パーシヴァルが目をこすりながら声を張りあげると、ルーファスが嬉しげな様子で入ってきた。
「ありがとう。君のお陰で死者は一人も出なかったよ」
笑みを浮かべたルーファスは、パーシヴァルのほうへと近づいてきた。寝台の近くにある椅子へ腰を落ち着けたタイミングで、続いてドアが開き、スタンリーがトレーを手に乗せて戻ってきた。トレーには食事と水差し、そしてグラスが置かれてある。
「ほら。今回は俺の手製じゃないがな」
スープを差し出されたパーシヴァルは、受け取ってさっそく一口味わった。よく煮込まれており、身体がじんわり温まっていく。昨夜の記憶が蘇るも、より豊富な栄養が入っているように思われた。
「……スタンリーがつくったんじゃないって、じゃあ誰がつくったんだ?」
「城の料理人だ。ルーファス殿下のご厚意で、おまえだけは城の中へ運ばれたんだ」
「そう。騎士たちと一緒だと居心地が悪いかなって」
「あいつらと一緒の宿舎だと、休んでいる暇なんてなくなりますからね。感謝するのはいいとしても、行列をつくられたらたまったものじゃありません」
「それにしても、魔術って凄いものだな。改めて驚かされたよ」
「ええ。バラバラだった手や足も再生するなんて、まさに神の御業だ」
「神の御業か。ただ、あれほどの人数を一度に治療できるのはパーシヴァルだけだろう」
「おっしゃるとおり。初めて目の当たりにしましたが、天才パーシヴァルとは伊達じゃありませんね」
天才パーシヴァル。
ルーファスとスタンリーの会話を耳にスープを飲んでいたパーシヴァルは、その言葉にぴくりと反応して手を止めた。
「稀代の才能とはパーシヴァルのことを言うのだろうね。二千年の和平が崩れたことは不運でも、時を同じくしてパーシヴァルがいたことは僥倖と言えよう」
「ええ、それもおっしゃるとおりであります。年齢としても最盛期ですから、魔族はタイミングを見誤ったと悔やむことになるでしょう」
「そうだね。あ、もうすぐ成人するって言ってたけど、いつなんだい?」
いきなりルーファスから問いかけられ、パーシヴァルは目をしばたいた。
「えっと……今日は何日でしたっけ?」
「十五日だよ」
「あ……じゃあ、もう」
「成人したのか? おめでとう!」
「じゃあ、もう酒も飲める年だな。回復したら一杯やろう」
二人から笑みを向けられ、パーシヴァルはますます温度をあげた。人間から祝いの言葉をもらうなど、生まれて初めてのことだ。礼もしかり、戸惑うことばかりが起きてどう反応したらいいかわからなくなる。
「お酒もだけど、結婚することもできるね」
「確かに。魔術師は騎士と違って怪我をして終わりなんてこともないしな。天才なんだし、さぞ引く手あまただろう」
スタンリーの言葉には妬みのような感情が滲んでいた。パーシヴァルはいつも向けられているものとは違う角度からの嫉妬に驚き、思わず口元を自嘲ぎみに緩めた。
「あり得ないって。魔術師と結婚しようなんて物好きはいないしさ」
「ああ? もしかして慰めようとしてくれてんのか?」
「違うって。事実を言ってるだけだ」
パーシヴァルが後から知ったことによると、スタンリーは女性と口を利くのが苦手で、御年二十二ながらいまだに浮いた話がないのだという。
ルーファスのほうも知る由はなく、「そんなことないよ」と逆にパーシヴァルを慰めるよう口を挟んできた。
「現在の話だろう? 以前は何人かいたという話だ」
「殿下のおっしゃるとおり、魔術師との結婚を避ける理由って、魔術師を産めないってだけだろ。今どきこだわりのない人もいるだろうし、結婚しちゃいけない法もない」
「そうだね。姓はないけど、そういった場合はお相手の家督を名乗ることになるのかな? なんにせよ制限されているわけじゃないよ」
「子供を産むことのできない女もいるだろ? そういうやつなら安定した仕事なんだし、相手になってくれるんじゃないのか?」
「まあ、子供のことは別としても、パーシヴァルだって家庭を持つことができる。遠慮することはないんだよ」
必死に慰めてくれている二人を見ていて、パーシヴァルはおかしくなってきた。親切にされたうえ、心からの笑みまで向けられては、人間嫌いの心も砕けてくるというものだ。二人に対して気安い気分になってきたパーシヴァルは、話の流れで思い出したことを聞いてみたくなり、うずうずとしてきた。
「あの……」
「なんだ? もしかして惚れた相手がいるのか?」
「いや、そうじゃない。あの、番いって、どういう意味かなって」
「番い?」
「耳にしたことがあって……結婚みたいな意味かと思ったんだけど、なんなのかなって」
「結婚と違うのは、獣とかに使う言葉だからじゃないのか?」
「獣? じゃあ、人間には使わないってこと?」
だったらなぜパーシヴァルのお告げに使われていたのか。
人間も動物というくくりなのだろうか。結婚というのは人間が考え出した制度であり、魔水晶の生まれた時代にはなかった概念だからとか?
考えていると、黙り込んでいたルーファスが「いや」と言って、なにか意見があるようだった。
「確かにスタンリーの言うとおりだけど、もし人間に使うとするのなら、結婚よりも深い繋がりを示す意味があるのかもしれない。結婚は神の前で誓約を交わすけれど、離婚する場合もあるだろう? 正式に誓いを立てずに生涯をともに過ごす夫婦もいる。番うというのは誓約がなくても繋がれるもので、もっと深いものを指すのかもしれない」
「殿下がおっしゃると説得力はありますけど、俺はやっぱり人間に当てはめる言葉とは思えませんね」
「まあ、普通は使わないからね」
「それで成人したばかりの若者はいったいどうしたんだ? もう番いたい相手でもいるっていうのか?」
スタンリーからにやついた笑みを向けられるも、パーシヴァルは温度のない顔で受け止め、目を細めて見せた。勘違いは勘弁してもらいたい。
「だから違うって。意味がわからなかったから、知りたかっただけだ。……ありがとうございます」
事実パーシヴァルは純粋に、意味を知りたかっただけだった。番うというのは結婚に関わるものなのか、であればお告げがかなうことは絶対にないとの考えで、確かめたかったからだった。
お告げをたまわった時点では、意味など深く考える気もなかった。そのはずが、いつの間にかパーシヴァルは淡い期待を抱いてしまっていたらしい。
人間から感謝を向けられたこと、ルーファスたちと気安く話せるようになったことで、もしかしたらなどと、可能性を見出そうとしていたのかもしれない。




