15.攻撃と回復
パーシヴァルは飛翔の術で飛び立った。背中にリアムを乗せ、低空飛行しながら魔族のもとへ向かっていた。今度ばかりは指摘されたとおり、透過の術もかけたうえでだ。
──言うことはもっともだけど、言い方がいちいち腹立つんだよな。
今ここでパーシヴァルがバランスを崩したら、リアムは間違いなく死ぬだろう。
故意に殺す勇気はないといえ、あわやという事故なら、などと魔が差してしまいそうになる。
パーシヴァルの願いは人間すべてが死滅することであり、自分自身すら例外じゃない。苛立たされたときに、ひとりくらい、などと悪魔のささやきとも言える不埒なことを考えてしまうのは常あることだった。
「……おい!」
リアムの怒鳴り声がして、パーシヴァルははっとした。
「近づきすぎだ」
すでに目的は間近にまで迫っていたらしい。何千という魔族の鳴らす地鳴りめいた音も轟いているのに、肩を叩かれていたことに気づいていなかった。
パーシヴァルは一度上昇し、大きな半円を書くように方向を変えたあと、少し離れた地点で停止した。
王都の方角へ向かっている魔族は、最初に見つけたときよりだいぶ距離を縮めている。
「いつの間に……魔術を使っている感じはしないのに」
「分析は後だ。あれをやれ。雷を召喚しろ」
パーシヴァルははっとして、発動すべく身構えた。しかし、と手を止める。あんな大群のどこを狙えばいいというのか。
普段から考えるということをしないパーシヴァルは、息を吸うかのごとく身についている癖で、そばにいる人間──リアムに問いかけた。
「どこにぶつけたらいい?」
「二つに分けろ。前後にして、なるべく離すんだ。あと、可能なら火や水の召喚も同時にできるといい」
リアムから言われたそのまま、狙いを定めて発動させた。
すぐに雷鳴が轟き、少し離れた地点に降り立つと雷光とともに衝撃が響いた。同時に炎と滝さながらな大量の水が現れ、魔族たちはてんやわんやの状態になった。
「いいぞ。次はさっきのやつをあてろ。威力は加減しなくていいから、でかいのをぶつけてやれ」
リアムの声が聞こえてすぐさま発動させた。狙わなくていいというなら瞬時にできる。
耳鳴りのような音がして、空間を切り裂くような衝撃が続く。反動で後ろへと飛ばされながら、パーシヴァルはぽかんとした。
──これ、俺がやったの?
耳をつんざくほどの衝撃音がやんだあとも、いまだに身体がびりびりと痺れている。雷に匹敵する威力だった。
「もう一度だ。続けられるだけ撃て」
抱きとめられていたらしく見上げると、リアムは驚いた様子もなく、ただ端正な美貌を魔族のほうへ据えている。
なにを見惚れているのか。パーシヴァルは頬を熱くしながら前方へと向き直り、もう一度同じことをした。
確かに狙う必要はない。パーシヴァルの放った魔法弾は、一発で魔族二十人分は飲み込むことのできるしろものだった。
「いいぞ。加減なんて必要ない。そのままぶつけまくれ」
リアムに言われるがまま、むちゃくちゃに撃ちまくった。パーシヴァルは考えることをしなかった。リアムが指すほうへ、声のかけられたことを、すぐさま実行に移した。
防衛魔法を突き破るのは難だが、相手の魔力を上回ればいいだけの話だ。魔族は隊列を組むどころではなくなったらしく右往左往とし、次第に緑色の血しぶきがあがり始めた。
「うわ!」
しかし、敵もバカではない。隙をついてこちらへ攻撃魔法をぶつけてくる者もいる。自分の防衛術が破られるはずはないとの自負はあっても、怯んでしまうのはまた別の話なのだ。
「いいから、無視して撃ちまくれ」
リアムがそれらを剣でうけとめ、ないでくれた。攻撃を避けて向かってくる敵も、リアムは鮮やかにも打ち倒してくれた。
「おまえには近づけさせない」
リアムはパーシヴァルから距離を取りつつも、離れなかった。四方に手が届く範囲からは出ずに、敵が近づいてくるまで耐えたあと斬撃をくらわせているようだ。魔法攻撃は的確に削ぎながら、近づかせたあとでとどめを刺す。
パーシヴァルの攻撃から見ればちまちまとして見えるが、一撃必殺の腕は、無駄な動きをいっさい見せなかった。
パーシヴァルはそんなリアムの手腕と度胸に感心しながら、言われたとおりのことを愚直に実行していた。砂埃で視界が塞がるほど撃ち続け、自分にこれほどの魔力があるとは思わず驚いていた。
何十発と撃ち続けても威力はまったく衰えない。
やはり、魔術師は偉大なる存在だ。人間どころか、魔族すらも圧倒できるのだから。
パーシヴァルは自分の力に酔いしれるあまり、頭が徐々に麻痺していった。
魔力が尽きることなどすっかり失念し、前兆に気づくことができなかった。
突如ぴたりと出てこなくなったあと、パーシヴァルはがくんと力が抜けて地面に膝をついた。
「パーシヴァル?」
膝をついたパーシヴァルは、そのまま両手もつき、どっと重みを増した身体を支えきれず、地面のうえに身体を預けた。
「おい! ……攻撃があったのか?」
リアムの声が遠のいていく。
「怪我は……もしかして魔力が尽きたのか? おい!」
手も足も動かない。指の先すら無理だ。
このまま眠ってしまいたい。
「……くそっ」
ふと、何かが触れた。
かさかさに乾いたパーシヴァルの唇に、温かく柔らかな、やや湿り気のあるものが触れ、離れようとしない。
なんだろう。考えるも、眠ることでしか回復できないパーシヴァルは、すでに意識の大半を夢の世界へ沈み込ませている。
息を吸うと、どくんと心臓が跳ねた。
もう一度吸うと、今度は指がぴくりと微動した。
さらに入ってきた空気は、味がした。温かくてお菓子のような甘みのある、なんとも美味な味だった。
「んっ……」
息を求めて軽く開けた隙間から、今度はプディングのようなものが入ってきた。歯に触れたそれを舌でなぞると消えてしまったが、果実を絞ったような水が滴り落ちてきた。
蕩けるほどに甘く、美味で、ごくりと飲んだ瞬間に、身体全体に血が通ったような感覚になった。
あれをもっと飲めば、立ち上がれるかもしれない。
──もっと欲しい。
息を喘がせながらつぶやいた。伝わったのか、プディングが戻ってきた。自らパーシヴァルの舌へたどり着き、喜ばしいことに絡めてくれた。
「はあ……あっ……」
ただ甘みを味わうだけで、血が通っていく。吸うほどに、力がみなぎってくる。
立ち上がれそうだ、とパーシヴァルは思った。手に力をこめればぐっと握れるし、足も動かせる。
ただ、まだ魔術を使えるまでにはいかない。もう少し欲しい。
そう訴えるべく、与えてくれている何かに抱きついた。両手で抱えることができて、腕を回すと、より近づいた気がした。そのとき、ふと匂いがして、記憶を呼び起こされた。
──リアムの上着。
パーシヴァルははっとして、目を開けた。そして、気がついた。
息を呑み目を見開いたが、パーシヴァルは止められなかった。味わうほどに力のみなぎる食事を途中で終わらせられなかった。
舌を絡めると回復が早まることを知り、必死に絡めながら、徐々に冷静になっていく頭は沸騰しそうになった。
回復といってもパーシヴァルの総量を満たすには程遠い。万全になるまで続けたら何時間とかかりそうだった。そんなことになったら、回復したところで羞恥のあまり死にたくなるに違いない。
こうしてパーシヴァルは何分、いや何十分だろうという時間を苦悶の中で過ごしていた。




