14.糸ほどの細い関係
リアムが駆け出してすぐに、あたりは目がくらむほどの閃光に包まれた。鼓膜を破らんばかりの轟音も続いたが、衝撃自体はさほど大きくない。直接の攻撃を受けたわけではなさそうだった。
どうやらリアムはそれらをすぐさま察知して、一人応援に向かったらしい。
「失礼します」
パーシヴァルはしばし躊躇ったのちに、そっとルーファスの胸に触れた。
「なんだ?」
「防衛術を張りました」
ついでにスタンリーの胸にも触れ、パーシヴァルは二人から後退した。遠隔でも二人くらいなら問題ない。間違いなく術が発動したことを確認したパーシヴァルは、よしとばかりに飛び上がった。
「どこへ行くんだ?」
「いまかけた術は、俺が離れても効果はあります」
「……そうじゃなくて、おまえはどこへ……パーシヴァル!」
説明している暇はない。パーシヴァルは答えず、二人に背を……いや、足を向けて飛び去った。
行動を起こすつもりはなかった。
リアムが向こう見ずにも駆け出さなければ──
飛び上がったパーシヴァルは、鳥が飛び立つかのごとくの速度から鷹が獲物を狙うほどの速さへと速度を上げ、あたり一面を見渡せるという高さにまで上昇した。
方向を見定めようとしたパーシヴァルだったが、敵どころか動物の陰すら見えない平原であるからか、簡単にリアムを見つけることができた。
「どこに向かってるんだよ」
ひた走る姿は滑稽なほどで、少しばかりだがパーシヴァルは溜飲を下げた。
リアムのもとへ滑空し、剣を手にしていないほうの腕をつかんだ。指折りの騎士の感覚は鋭敏である。近づく気配を察知してリアムは剣を振りかざしてきたが、風に乗っているパーシヴァルのほうが速かった。
「なんでおまえが……余計なお世話だ」
腕を掴んですぐに、リアムのほうも掴み返してくれたのだが、パーシヴァルはあわやのところでバランスを崩してしまいそうになった。
「つべこべ言う暇があるんなら、抱きついていてくれない?」
パーシヴァルにあるのは速さだけで、筋力のほうはまるでない。リアムのほうからしがみついてもらわねば、いつ落としてしまうかという状況だ。
リアムは不満げなうめき声を漏らしたが、地上の木が小指の先ほどにまでなってしまう高さで否はできなかったのだろう。
曲芸さならがらに、パーシヴァルの腕を掴んで腰へと周り、おぶさるように背中から抱きついてきた。
「殿下はご無事なのか?」
ごーごーと耳につく風の音の向こうから、リアムの声が途切れ途切れにパーシヴァルの耳へと届いた。
「あたりまえだろ。遠隔の防衛術くらいはできる」
「だったら、どこへ向かってるんだ?」
パーシヴァルはルーファスたちのいる場所とは正反対の方向へと向かっている。
「……敵を探してるんだよ」
答えると、リアムは黙り込んだ。少しして腕をたたかれ、「あそこだ」と言われて見ると右側後方に黒い塊が移動している様子が見えた。
よく見るために、さらに上へのぼってみる。向こうからは見られないよう、こちらは観察できるギリギリの距離を測ってみてだが、経験の乏しいパーシヴァルに正確な目測はできない。
「このくらいで大丈夫かな? 気づかれる?」
「……距離は悪くない。ただ、空中で静止している鳥なんていないからな」
なるほどと納得したパーシヴァルは、動かねばと考えたものの、だとしてどこへ?と、ますますわからなくなった。
「……じゃあ、どうすればいいの?」
「とりあえず降りてくれ」
言われて、パーシヴァルは慌てて滑空し、林のあるほうへと降り立った。
「ふん。多少は頭が回るようだな」
降り立つとリアムは、すぐさまパーシヴァルから距離をとり、きょろきょろとしながら敵のいた方角へと歩き出した。
「どういう意味だよ」
「あのまま牧草地に降り立たれたらどうしたものかと思ったが、ここならましだ」
リアムの態度は相変わらず刺々しい。助けてやったにもかかわらずだ。
パーシヴァルの下げた溜飲はたちまち消え失せ、ぶすっとした顔で立ち止まった。
すると足音が続いてこないことに気づいたのか、ひとり歩き進めていたリアムも足を止め、大きくため息をついた。
「……不貞腐れている暇があったら、何ができるのか教えてくれないか?」
「教えるって、なにを?」
「魔術だ。防御と召喚、それと飛翔は見せてもらった。他にはなにができるんだ?」
「基礎的なものならあらかたできるよ。透過の術とか」
「……他には?」
「えっと……っていうか、先に何をするつもりなのかを言えよ。そしたら俺が使えそうな魔術を言うし、そのほうが早い」
可能なことを並べるというのは、できないことを打ち消していくことでもある。
師であるクリフォードとヒューゴは優秀な魔術師だ。弟子としてそばにいたパーシヴァルは、会得できていなくとも知識だけは豊富にある。
知っているのに、自分にはできない。魔術を思い出すごとに、未熟者だと突きつけられるように感じてしまうのだ。
「……それを言うなら逆だ。作戦ってものは何ができるのかを把握してから立てるものなんだよ」
リアムから指摘され、パーシヴァルは小さく舌打ちをした。彼の言う通りである。
しかし、反撃に使えそうな魔術は伝え終えてしまった。素直に告げたら、たかがそれだけかよと、バカにされるのは目に見えている。
パーシヴァルは考えをめぐらせ、あることを思いついた。
誤魔化すためには、感心させてやればいい、と。
「とりあえずヒナギクで騎士団に連絡するよ」
「……それくらい既にしているものと思っていた」
パーシヴァルの目論見は逆効果になってしまった。
これもまたリアムの言うとおりである。報告は即すべきことであり、ましてや得意げに言うものでもない。
パーシヴァルは自責半分苛立ち半分の気持ちでヒナギクを召喚し、魔族の軍勢と位置を伝えるべく魔法をかけた。
飛び立つ魔獣を見ながら、パーシヴァルははっとして、慌てて透過の術をかけた。魔族に見られたら撃ち落とされてしまうと考えたからだが、見上げていたリアムは、ヒナギクの姿が消えたのを見て「ほう」と感心の声をあげた。
「……しかしあんな派手な攻撃をしかけるなんていったいどういうつもりなんだ? 迎撃してくださいと言わんばかりだろ。よほど舐められていると見えるな」
「いや、もしかしたら広範囲に透過の術をかけているのかもしれない」
「すると、ここら一帯の外からは見えないってことか? ふん、便利なものだな。しかしそうなると、ヒナギクの報せを受けるまで誰も気づいていない可能性がある……おまえの召喚術の範囲は?」
「召喚……の範囲? えっと、現在地上にあるものなら召喚できるけど……」
範囲って、こういうことだよな?
パーシヴァルが要領を得ないまま伝えると、リアムは黙り込んでしまった。眉根を寄せ、考え込むように宙を睨みつけたまま静止している。
何を考えているのだろう。わかるはずはないが、攻撃の手法に関するものには違いない。ならばとパーシヴァルのほうも頭をひねってみた。
しかし、基礎魔術なんぞたかが知れているものしかできないのだから、考えても結果は同じだ。
どうしようにも埒が明かなくなってきたパーシヴァルは、唯一知っている攻撃魔術である、魔法弾を試しに放ってみることにした。
手をかざし、敵と見定めた木に向けて放つ。
ぼすっと音がして、狙った木を外した魔法弾は遠くの草にあたった。
「難しいな」
首をひねりつつ、もう一度試した。それも外したパーシヴァルは、何度も繰り返し挑戦した。しかし何度やっても、五歩ほどの距離ですら当たらない。
「……」
パーシヴァルは自分の無能さに呆れるよりもぞっとした。不甲斐ないどころではない。
まさか見られていないよな?
見られていたら恥ずかしさで死ぬとの思いで、おそるおそるリアムの様子を窺うと、ぱっちりと目が合い、パーシヴァルは飛び上がった。
「それ、威力はどれくらいまで高められるんだ?」
しかし驚くことに、リアムはバカにすることもなく、真剣ともいえる様子で質問を投げかけてきた。
「……試したことない」
「だったら試してみろ。威力があれば下手でも関係ないわけだし、おまえの力なら十分脅威になる。森でのときみたいに」
それもそうだ。
納得したうえに、バカにされなかったこともあり、パーシヴァルは瞠目しながらも素直に頷いた。
「……うん。試しにやってみるよ」
「ああ。……ったく、少しくらい頭を使えないのか? 透過の術なんてものがあるんなら、飛翔しているときに使えよ。それこそ話が早く済んだってのに」
これにも同感だ。
ただ、今回は物言いのほうに腹が立ち、子供じみた真似だとわかりつつも、パーシヴァルは頷き返さなかった。




