13.自己中心的なのはどっちだ
もし触れられていたら、反射的に攻撃できたかもしれない。しかし、触れるか触れないかの距離に驚き、咄嗟に息を殺してしまったのが失敗だった。今さらという思いで攻撃に転じるきっかけを失してしまったのだ。
なんだったのか。いや、誰だったのか。
可能性としては同じ隊の三人以外に考えられないが、一晩中考えても答えは出なかった。終いにパーシヴァルは眠気に抗えなくなり、こう思い込むことにした。
経験したことのない疲労が見せた生々しい夢だったのだと。
そうしてようやく寝付いたパーシヴァルは、寝不足によって大した回復を得られないものと不安を抱えていた。しかし、起こされて目覚めたとき、予想外にも体調が万全だったことに驚かされたのだった。
──栄養満点なスープって、こんなに効果があるものなんだ。
安堵し、まるで魔法のようだと感心した。
そして第十七特任小隊の一向は、任地であるハーショーへ向かって出発した。王都から見て西の方角へ、徒歩で行軍するのである。
「……も、もう一回休憩を……」
つまり、パーシヴァルにとってほっとしたのもつかの間というやつだった。
いかに調子が万全だろうと、パーシヴァルは平常の体力そのものが子ども以下なのだ。出不精で引きこもりなうえに、魔力を使うだけですべてを済ませるパーシヴァルに、体力などあるはずがない。
「またかよ? 昼過ぎにはテヌーズへ到着する予定が、この調子じゃ何もない平地での野営になるぞ」
スタンリーの何度目かのため息を耳にしながら、パーシヴァルはまたもや身体を折った。足は引きつり、膝裏は伸びず、太ももはしゃがめと命じて一歩も歩けない。
「す、すぐ復活するからさ」
「まあ……昨日みたいなことになったら大変だしな」
パーシヴァル以外の三人は、一時間前となんら様子が変わらず平気な顔で、まるで散歩でもしているかのように優雅だ。つまり、兵士である彼らにとってその速度はかったるいとも言えるものであり、不満と同義である。
「空を飛ぶ術を見たことがあるんだけど、パーシヴァルは会得してる?」
ルーファスは気遣うように訊ねながら、パーシヴァルに水を差し出した。不満を表に出さない態度はさすが国民すべてから慕われている王子だが、彼とて内心のほうは呆れているに違いない。耐え忍ばれるというのは苛つかれるより胸を刺すものである。
「はい……できますが、俺一人が飛翔するだけの術なんです。全員を運ぶことはできません……」
パーシヴァルは鳥よりも高いところまで飛翔し、鷹よりも早く移動することができる。ただそれは一人ならばという前提のことであり、他人をも飛翔させる術は難易度が高く、基礎すら修得し終えていないパーシヴァルは、練習どころか知識すら頭に入っていないものだった。
「そっか……アビゲイルが使っていたのを見たことがあったから……」
「彼女はその……俺より進んでいますから」
パーシヴァルが消え入りそうな声で言うと、ルーファスは納得した様子で眉尻を下げ、「バラバラになるわけにはいかないしなあ」と言って、気遣うようパーシヴァルの肩を叩いた。
この半日でパーシヴァルのプライドはぐしゃぐしゃに痛めつけられていた。格下であるはずの人間たちから呆れられ、魔術師としても未熟者と突きつけられたのだ。
人と関わるというのは世間を知ることである。引きこもりは安寧とした自宅と、甲斐甲斐しく世話をしてくれる庇護者に守られている。外の世界へ出れば、温室で育った鼻っ柱はぼきぼきに折られてしまう。世の常、避けられない道理だ。
「……一度引き返そう。手遅れとなるまえに仕切り直したほうがいい」
そのとき、突然リアムが声をあげた。
「仕切り直すって、どういうことだ?」
困惑した面々を代表して、スタンリーがリアムに説明を求めた。リアムはしかめた顔でパーシヴァルを一瞥し、耳障りなほど大きなため息をついた。
「パーシヴァルがなぜこの隊にいるのかは承知している。ただ、上層部がわかっていないのは、才能だけじゃなんの意味もないってことだ。魔力が劣っても技術のある魔術師のほうがいい」
出立して二時間ひと言も喋らなかったリアムは、表情だけは今にもブチギレる寸前というほど憎々しげだった。とうとうというタイミングで堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。
「他の魔術師を招聘するっていうのか?」
「そうだ。自己中心的な考えの天才様は一人で行動したほうがいい。ヒューゴ様とクリフォード様という優秀な魔術師に師事していながら、攻撃はろくにできないし、飛翔の術も中途半端で、なのに防衛魔術は三日持つなんて、身を守ることしか考えていない無能じゃないか」
「言い過ぎだぞ。どうしたっていうんだ?」
もういい。うんざりだ。
スタンリーとルーファスはなだめるべくおろおろとしているが、喧嘩を売られたパーシヴァルは買う以外にない。温度のない顔でリアムを睨みつけ、その美麗な顔にも怯むまいと歯を食いしばった。
「わかったよ! 俺だけ抜ければいいんだろ?」
「そうだ。遅いくらいだが、ようやくわかってくれて助かるよ」
「……そもそも最初から人間たちのいる小隊なんかに所属したくなかったんだ」
「とうとう化けの皮を剥がしたか。天才様は俺たちすべてを見下しているんだもんな? 魔術師連中の義務なんぞ戦場ではむしろ迷惑なんだよ」
「迷惑なのはこっちだ! 俺一人ならすぐにでもハルアラへ行けるのに、おまえらのペースに付き合ってやってるんだからな」
「俺らのペース? はっ! 口だけは達者だな。魔力切れを起こしてぶっ倒れるやつが」
「あんな……す、スープくらい俺でもつくれる!」
「二人ともいい加減にしろ! パーシヴァルも本気にするなって」
なだめようとするスタンリーとルーファスを他所に、睨みをぶつけあったパーシヴァルとリアムは、ふんっとそっぽを向き、互いに距離を取るべく歩き出した。
そのときである。突然、パーシヴァルは肌が粟立つのを感じた。まるで雷が起きる前触れのように産毛が逆立ち、毛穴が開いたような感覚を覚えて、瞬時に防衛魔法を発動した。
──ルーファス王子!
いくら怠惰なパーシヴァルでも、王子を守らねばという義務は頭の中にしっかとある。
ルーファスと少し距離があるのを見て取ったパーシヴァルは、足で近づくより、自分が常にまとっている術の範囲を広げたほうが早いと即断し、瞬く間に術を発動した。
ぼうっと魔術の光が四人を覆ったときだった。いきなり空が暗転し、あたりは日が沈んだあとのように薄暗くなった。
「なんだ?」
スタンリーが天を仰いだより先に、リアムは防衛術の範囲から飛び出していた。地鳴りが起きたのだが、ここまで轟いてくるより先にアリアムは感知していたらしい。
「おい! リアム!」
剣を抜いたリアムはスタンリーの声には耳を貸さず、構えながらどこぞへ走っていく。
──あのバカはどこへ行くんだ? あいつこそ自己中心的じゃないか。
パーシヴァルは呆気にとられながら、胸のうちで毒づいた。




