12.必要なのは栄養と睡眠②
「リアムおまえ、いったいどうしたんだ?」
リアムの横で瓶を取り出していたスタンリーが、びっくりした様子で手を止めた。
「一人で無理をして死ぬのは勝手だが、隊に所属している場合は別だって説明してやってるんだ。自己中心的で傲慢な人間がいると敵と闘うまえに自滅する可能性があるってことをな」
リアムの憎々しげな声に、スタンリーは笑い声を漏らした。瓶の中身を自分のカップに注ぎ入れながら、なだめるような口調で言う。
「それを言うなら、パーシヴァルの不調を汲み取ってやれなかった俺らのほうに問題がある。成果あっての結果なんだから。一人で事を治めさせて、それでもなお働かせようとしたこと自体が考えなしだったんだよ。ぶっ倒れてもおかしくないし、休ませてやるべきだったんだ」
「そうか、ならこいつのせいで命の危険に陥るのも覚悟のうえってことだな?」
「……曲解するなよ。そんなことは言ってないだろ」
「ふん。そいつを擁護するってことは、宣言してるも同然なんだよ。殿下のことは俺が守るから、せいぜいおまえは天下の魔術師様のほうを守ってやるといい」
リアムは苛々とした様子で吐き捨てるように言い、立ち上がってどこぞへと歩き出した。
「おい! どこ行くんだよ?」
スタンリーがあげた驚きの声に、リアムは「見張りだよ」と答えただけで、振り返りもせず後ろ手に振って去っていった。
「見張りって……あいつ、いったいどうしたんだ?」
「……なにか気にかかることでもあるのかな? 他のことで苛立っているように見えるね」
ルーファスもリアムの態度に違和感を感じ取ったらしく、心配している様子で首を傾げた。
「ええ。もともと人付き合いが得意なやつじゃないですけど、融通が聞かないくらい真面目なやつなんです。リアムらしくありません」
「わたしは彼とこれまでに数度しか会ったことがなかったけど……スタンリーはリアムとアカデミーの同期だったんだっけ?」
ルーファスに訊かれて、スタンリーは「はい……」と答えたあと、同期で幼なじみだけど、あんなふうに無茶苦茶なことで激昂するリアムは珍しいと続けた。
「戦地へ赴くということで神経が張り詰めているのでしょうか」
「かもしれないね。腕に覚えがある者ほど武者震いといったもので緊張しているのかもしれない」
「ええ。……だからパーシヴァル、気にすることないぞ」
スタンリーからいきなり慰めるようなことを言われて、パーシヴァルはぽかんとした。スタンリーはパーシヴァルのアホづらをバカにするでもなく励ますような笑みのまま、手に持っていた瓶を持ち上げた。
「おまえもどうだ? 景気づけに一杯やらないか?」
「……なんなの、それ?」
「大人の飲み物だよ」
スタンリーはパーシヴァルが飲み干したカップを勝手に掴んで、瓶をそこへ傾けた。
ぶわりとアルコールの香りがして、パーシヴァルは中身の正体にようやく気がついた。
「いや、俺、まだ成人してないし……」
「えっ? でも、成人年齢に達していないと従軍できないんじゃなかったか?」
「……あと数日だから」
誤差のようなもの、などと口にしたらおしまいだ。散々パーシヴァル自ら憤慨していたのだから。
「あと数日ってんなら、成人したも同然だろ。祝い酒といこうじゃないか」
スタンリーは飲めとばかりに顎をしゃくってきたが、パーシヴァルが拒否を示すべく両手を振り、断った。
スタンリーは「堅いやつだな」と苦笑しつつもそれ以上の無理強いはやめたようで、ルーファスのカップへと手を伸ばしていた。
「数日ってことは、もうすぐなんだね。おめでとう」
「あ……はい……ありがとうございます」
王子から直々に祝いの言葉をたまわり、パーシヴァルはしどろもどろに顔を伏せた。そのまま酒を酌み交わし始めた二人から離れ、パーシヴァルは鍋のほうへ向かった。
中身をカップへとすくい、飲みながら、パーシヴァルはふと襲いかかってきた感覚に意識を奪われていた。
パーシヴァルが未成年であることを知ったときのスタンリーの表情が、遠い昔に見た記憶を呼び起こしていたのだ。
まだ記憶も朧げだったころ、ヒューゴに連れられてよく街へ出ていた。馴染みの食堂があり、そこで見た大人たちの顔とスタンリーが重なって見えた。悪意はないし、呆れてもいない。バカにしているわけでもないが、多少の畏怖と、ほんのわずかな羨望を感じる複雑な表情だ。
差別はしていないという態度は見せつつも、自分たちと同じ区分のものではないとはっきり感じ取れるものである。
──魔術師と人間は明確に違う。だから当然だ。
パーシヴァルは思いつつ、腹も心も満たしてくれたスープを手に、どこか寂しさのようなものを感じている自分にも気がついていた。
身体は同じ。ただ魔術を使えるかの違いだけ。同じく魔術を使える魔族とは、見た目も然り、血の色すら違っていた。
それなのに、と考えつつ、満たされた身体はパーシヴァルの瞼を重くさせ、頭がまわらなくなってくる。
失った魔力を回復させるのは容易なことではない。
パーシヴァルは、ルーファスたちと合流したあとの記憶が途切れてしまっていたことがひどく気にかかっていた。テントへ運ばれたことから推察するに、おそらくは魔力が尽きて失神してしまったのだろう。
そんな事態は生まれて初めてのことであり、どれくらいで回復するか今のパーシヴァルにはわからなかった。
クリフォードから聞いていたのは、魔力を回復させるための特効薬や技がないということだ。疲労や怪我、病気などを治癒する魔術はあれど、魔力に関しては栄養を取って身体を休めるしか方法がないのだという。
パーシヴァルはもう一杯と思いながらもうとうととしてしまい、テントへ行って横になることを選んだ。そして、親切にも人間から用意してもらった寝床のうえへ、そっと横になったのだった。
◇ ◆ ◇
ふと、身体がぴくりと反応した。
耳に届くは虫や動物などの人間以外の生物の音だけである。
あたりは墨を垂らしたかのような暗闇で、テントの中にいるのか何もない空間にいるのか判別することもできない。
そんな状況で防衛魔法が発動したのである。
何かが、意思を持って身体に触れた気がした。いや、気のせいであるはずがない。自動的といってもいいくらい身についた反射的反応は、意識が覚醒していなくとも発動される。現実に誰かが触れたのは間違いない。
ただ、どこに誰が触れたのかまではわからなかった。
おそらく寝返りかなにかをして、誰かの一部に触れてしまっただけなのだろう。そう考えて、パーシヴァルは再び眠りに戻ろうとした。そのとき、すぐ目の前で何者かの気配がし、身体を強張らせた。
布のこすれる音と、かちゃりという、まるで剣のさやが立てたような音が、真上というほどの距離で聞こえたのである。
パーシヴァルはとっさに息を殺した。しかし、眠った振りをしたほうがいいとすぐに思い直し、規則的な呼吸を繰り返すことにした。
心臓がばくばくと早鐘を打ち、手は汗ばみ、喉は乾いていた。それでも、眠った振りをし続けた。
やがてその誰かは離れていったようだった。
目の前にあった気配が消え、両手を伸ばしたよりも遠い位置で物音がしたあと、しばらくして寝息の音が三つに増えた。
その間だけでなく、そのあとも、長い間パーシヴァルは寝つけなかった。
眠れるわけがなかった。
誰ともわからない相手と触れてしまいそうなほど近づいて、すぐさま平静になれるやつがどこにいるというのか。




