11.必要なのは栄養と睡眠①
パーシヴァルが覚醒したのは、あまりの空腹がゆえであった。
「あ……」
あたりに漂っていた肉の溶けた香りに鼻腔を刺激され、思わず声を漏らしてしまった。魔力が枯渇してしまった場合、まずは睡眠が必要だが、多少の回復をしたあとは、もっと眠るためのエネルギーが必要なのである。
「パーシヴァル?」
ぼやけた視界が明瞭になるにつれ、松明のゆらめきと、三人の男の姿が浮かび上がってきた。
いつの間に夜になっていたのか、光源は松明の灯りしかない。パーシヴァルはテントの中に寝かせられていたらしく、開けられた入り口のすぐ外に焚き木があり、その周りを囲むようにルーファスとスタンリー、そしてリアムの三人が丸太を椅子にして座していた。
「大丈夫か? スープをつくったんだが、食べれそうなら盛るぞ」
どうやら三つの影のうち、パーシヴァルのほうへ安堵の顔を向けているのはルーファスとスタンリーのようだ。
「スープ? ……うん、欲しいかも」
パーシヴァルは身体を起こした。そのときふいにスープとは別の香りを感じ、すこし前に嗅いだような気がして、なんだろうと匂いの元をたどった。きょろきょろとすると、なんとパーシヴァルが寝ていたところに葉が敷き詰められており、その上部にリアムの上着が畳んで置かれてあった。位置的に枕の代わりとして使わせてもらっていたらしい。
わざわざこんなことを?
葉のほうはスタンリーたちかもしれない。なんとなくやりかねないような気がする。しかし、だとしてリアムの上着があるのはなぜなのか。
答えはリアムが置いた以外にないだろう。
パーシヴァルはまさかと驚き、とたんに熱を帯びたように全身が熱くなった。
「ほら。熱いから気をつけろ」
頬に熱を集めていたさなかに、スタンリーが近くへやってきてカップを差し出してくれた。
「あ、ありがと……」
どきどきとしつつ受け取ると、スープの香りに食欲をそそられ、動揺はどこへやらパーシヴァルはすぐに口をつけた。
「うま……」
素朴だが、師匠の料理に負けず劣らずなほどの美味さだった。肉はほろほろに崩れるほど煮込まれており、野菜はたっぷり、塩気の塩梅も絶妙だ。
息をつくのももったいないとばかりに一気に飲み干し、空になったカップを名残惜しげに下ろすと、パーシヴァルはあるものに目が吸い寄せられた。焚き木のうえに枝が組まれており、そこには湯気のたつ鍋が吊るされていた。
「もっと要るか?」
スタンリーはパーシヴァルの願いを察してくれたらしく、おかしげにしながら再び手を差し出してきた。
「……もらえるなら……ほ、欲しいかも」
「ああ。残ってる分全部飲みきってもいいぞ。ほら、カップを寄越せ」
「……ありがとう」
パーシヴァルはひっくり返った声で答えてしまい、恥ずかしさのあまり目を泳がせた。それを見たスタンリーはにやりとした笑みを浮かべ、パーシヴァルは点と点が繋がった感覚に陥った。
デジャブじゃない。以前に彼を見た記憶がある、と。
その記憶は、数日前に赴いた王城の入口でのことだ。リアムを追いかけていった兵士は彼だったのではないか。お告げを賜ったあとに声をかけてきたのも彼のような気がする。いや、間違いなくスタンリーだ。
パーシヴァルにとっての人間は区別するに値しない対象だった。
誰もが一様に魔術師を疎んじ、妬みと憎悪を向けてくるだけの存在。そう思いこんでいた。かかわる必要のない相手はすぐさま記憶から消すべきだと考えていた。
ルーファスは王子であるため、さすがに最初から別個の存在として認識していたが、スタンリーを認識したのは同じ隊に属するため仕方なくのことだった。
それが、親切にされたことで初めて他の人と区別する気になったのだ。
「そんな成りで明日はどうするんだ?」
リアムの声がして、パーシヴァルは最後の影に目を向けた。炎の灯りが届くかぎりぎりの場所でひとり、リアムは片膝を立てて座っている。剣を突き立て、そこに腕を絡ませながら身体を預けている彼は、日の下で見たときと寸分違わぬ美しさだった。しかし、パーシヴァルのほうへ据えられた視線は冷徹なほどに鋭く、口元は不愉快極まりないといった様子で歪んでいる。
「自分の限界を把握しておくのは常識だ。戦場では弱さよりも虚勢のほうが厄介ってこともな。天下の魔術師様は国防に従事なされていらっしゃるっていうのに、そんな重要なこともご存知であらせられないのですか?」
リアムはなぜパーシヴァルに対して辛辣なまでの態度をとるのか。行動は正反対ともいえる気遣いを見せてくれるのに、わけがわからない。
パーシヴァルにとって、人間の中で特別な対象として認識した最初はリアムだ。
リアムは口こそ悪いが態度は優しく、腹を立てるべきなのか、感謝の念を抱いていいのか、パーシヴァルの気分をぐちゃぐちゃに混乱させてくれる。彼をまえにすると自分の気持ちがわからなくなり、落ち着かなくなってしまうのだ。




