10.第十七特任小隊
リアムは振り返ることなく、ずんずんと歩みを進めていく。
パーシヴァルはといえば、状況が落ち着いたとたんに疲労を自覚してふらふらとなっていた。
危機的状況や羞恥、怒りや負い目など、自堕落な日々では何ヶ月という時間をかけねば味わえない様々な感情が一気に襲いかかってきたのだ。脳が悲鳴をあげるのも無理はなく、向こう見ずなまでに魔力を消費したこともあって、三日三晩はもつはずだった魔力が尽きかけていた。
のんきなまでに軽快だった足取りは重くなり、一歩進むことに身体は沈み込むような怠さを覚えた。今にも横になりたくて仕方がない。喉の渇きもあの程度じゃ癒えず、目はかすみ、意識も途切れ途切れとなっていた。
しかしパーシヴァルは、リアムのまえで弱々しい様子を断固として見せたくなかった。そのため、必死に平気なふりをしてなんとか後ろにくっついていたのだった。
歩き出してすぐの頃だろうか、騎士団の制服をまとった人間が現れ、すれ違う数が少しずつ増えてきていた。
彼らは口々に、魔族がどうの攻撃がなどとささやきながら早足で森の奥へと向かっていく。戦闘のあった場所へ向かっているのだろう。それもそのはず、パーシヴァルの魔法攻撃はとかく派手だった。王都の外からも見えていたに違いなく、何事かと駆けつけるのは国防に従事する騎士団として当然だ。
リアムはすれ違いざまに、同僚から説明を求めるよう声をかけられていた。しかし、返答をしつつも、話し込んだりはせず、歩みを止めようとはしなかった。おそらく一刻でも早くルーファス王子のもとへパーシヴァルを連れていきたいのだろう。歩く速度は少しずつ増していき、パーシヴァルはだるい身体を引きずって追うしかなく、休む暇を与えてもらえなかった。
「リアム!」
森の出口あたりで、がしゃがしゃと耳うるさい鋼の音が聞こえてきた。機動性を重視した現代の制服とまるで違う鎧のようなそれは、一昔前の騎士を彷彿とさせる。
「大丈夫か? あれはいったいなんなん……おまえは、パーシヴァル?」
鎧男は見上げるほどの体躯で、筋肉だるまのようにバカでかい。なのに愛嬌のある顔をして、自身の位置を報せるように片手をあげて駆け寄ってくる様は、滑稽ともいえる奇妙さだった。
「おまえは……誰だ?」
どこかで見たような見ていないような。思い出せそうで喉の奥に引っかかっているようなデジャブめいた感覚に、パーシヴァルは眉根を寄せた。
「俺はスタンリー・ビークロフトだ。なにがあったんだ?」
こいつが、とパーシヴァルは眉間の皺を深めた。横にいたリアムはスタンリーの疑問には答えず、なぜか憤慨した様子でにじり寄っていく。
「殿下をお止めしなかったのか?」
「いや、止めようとしたんだけど……殿下だぞ?」
「……残党がいたらどうするつもりだったんだ」
「えっ、残党って……じゃあ、やっぱり魔族の襲撃があったのか?」
スタンリーのまぬけな声に、リアムは言い返そうとしたようだが、口をつぐむほうにしたらしい。スタンリーの後ろから鷹揚とした足取りでやってきたもうひとり、ルーファス王子が近づいてくるのを迎えて、深々と頭を下げた。
「ルーファス殿下に拝謁いたしますは、アーシュウェン公爵家の長子がリアムであります。大変におまたせいたしました。魔術師のパーシヴァルをお連れいたしました」
「堅苦しい態度はやめてくれ。……今日から同じ隊の仲間なんだ。殿下なんて敬称はいいから、ただルーファスと呼んでくれ」
え……と、パーシヴァルは青ざめた。ルーファスとリアムが同じ隊ということは、パーシヴァルも同様なわけで、リアムとはここでおさらばというわけにはいかないらしい。
二度と会うことはないだろうと高をくくっていたというのに、とんだ誤算だ。パーシヴァルは疲弊していたこともあり、がくりと膝に手をつき脱力した。
「もったいないお言葉、至極恐縮に賜ります」
「だから、それが堅いって言ってるんだ。君とともに戦地へ赴けることを光栄に思っている。もっと気楽に、他の騎士たちのように仲間として接してもらいたいんだ」
君主制国家で王位第一継承権を持つルーファス王子は、その身分の高さに反して気さくな人柄だった。平気で王都をぶらつくし、誰にでも声をかけるうえに、話しかけられても嫌な顔せず笑顔で応対してくれる稀有な人物だ。日々勉学と鍛錬に勤しむ生真面目さも併せ持ち、敵あらば自らが迎え撃つと言ってはばからず、現にこのように従軍の意思を固めて実戦に赴こうとしているのだから、国民から絶大な人気を誇っていた。
「……幸甚の至りであります。殿下のお身は必ずお守りいたします」
「それは互いに心がけるべきことだろう。で、なにがあったんだ? 敵襲か?」
「はい。魔族が森に集まっておりました。その数六十三と小隊ほどの規模でありました」
リアムの返答に、ルーファスとスタンリーは息を呑んだ。
「本当か? それで……まさか二人で撃退したってわけじゃないよな?」
「いえ……彼が……パーシヴァル一人の功績であります。その余波により森林火災が生じましたが、それについても彼が処理してくださいました」
リアムから庇いたてたような物言いをされ、パーシヴァルは驚くあまり目を見開いた。ルーファスとスタンリーは別の意味で驚いたらしく、同時にパーシヴァルへと目を向けた。
「パーシヴァルが一人で?」
「とんでもないな……」
「そのため現在は警戒の必要はないと判断し、合流すべく馳せ参じていた次第であります。予定どおりこのままハーショーへ向かいましょう」
リアムはルーファスを気遣っているようだ。すぐに出立すべきとの提案に、当のルーファスはなぜか「うーん」と肯定しかねる態度を見せた。
「殿下、なにかご懸念事がおありでしょうか?」
「ん? ああ、すぐに出立していいものかと思ってね」
「まだ昼過ぎでありますし、ハリホト山までなら日が沈むまでには進めると存じます」
「すぐに出た場合だろう? パーシヴァルは大丈夫なのだろうか? なんだか体調が悪いように見えるのだけど」
ルーファスの言葉を聞いて、リアムは歩き出して以来初めてパーシヴァルを見た。はっとし、忌々しいとでもいうように顔を歪めた。ぴくりとかすかに動かしただけのそれは、あまりにもかすかな変化だったため気づいた者はいなかった。
「いえ、俺は……いや僕は全然平気です」
パーシヴァルはといえば、よもや気づかれまいと考えていたので、ルーファスの言葉に心底驚いていた。
「無理をして強がる必要はない。体調がわるいのなら少し休んでからにしよう」
「殿下のおっしゃるとおりだ……あれだけの魔術を使ったんだ。天下の魔術師といえど、ぶっ倒れても仕方ない」
続けて聞こえたスタンリーの言葉がパーシヴァルの柔いプライドに突き刺さり、こめかみがひくりと痙攣した。
「そうだ。魔術師といえど人間だ。魔力が無限なはずはない。殿下のお気遣いはもっともであります。出立はパーシヴァルの回復を待ってからにいたしましょう」
さらにと続いたリアムの言葉で、パーシヴァルはいよいよ憤懣やる方ない気持ちにまで高ぶった。
「じゃあ、城へ戻って──」
「いえ、全然平気です。今から出立しましょう」
「えっ?」
「ハリホト山どころか……その先にあるどっかまでも、余裕で行けますから。まったく、全然、なにも悪いところはありません」
パーシヴァルは立っているのもやっとというほど疲れ切っていた。頭痛がひどく耳鳴りも起きており、なぜハリホト山へ行くのか、これから何をするのかもまったく理解できていなかった。
ただ、三人の言葉は「たかがあんな程度で情けない」と言っているようにしか思えず、ここで休んでは魔術師としての沽券に関わるという、己のプライドを守るための意地を張っただけだった。




